長次の姉はくのたま六年生
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文次郎、留三郎、小平太との合同実習が終わり、壱華は三人と共に学園に戻った。
近接戦闘が得意な四人は普段から手合わせしているのもあり、呼吸がよく合い滞りなく実習も終えた。
普段は喧嘩ばかりの文次郎と留三郎も壱華がいると説教が長いので大人しい。
「移動に大分かかって遅くなってしまったな」
小平太はそうぼやくと、腹が減ったと舌を出す。
「そうだなあ。実習自体は早く終わったが、いかんせんあそこは遠かった。夕飯はどうする?」
「食堂に握り飯くらいあるだろう」
留三郎も自身の鳴りそうな腹を擦り、文次郎は既に食堂に向かって足を進めている。
これから作るのはさすがに面倒だなと思った四人は、一縷の望みを賭けて食堂へと向かう。
運が良ければおばちゃんのおにぎりがあるのだが、果たして今日はどうなのか。
「私さ、文次郎がお握りって言うともうあの鉄粉おにぎりしか浮かばないんだよね」
壱華は想像して苦笑いが出る。
文次郎発案の投擲 に使うらしい鉄粉おにぎりを実際見た時は、かなり引いた。
それは六年生全員も同じだが、慣れとはこわいもので今は当然のように受け入れている。
「ん? なあ食堂からいい匂いがしないか?」
「わっ本当だ!」
小平太は食欲をそそる匂いにすぐ気付き、一目散に走りその後を壱華も追う。
すると気配を察したのか食堂の裏口から仙蔵が顔を覗かせた。
「やっと帰ってきたか。いいものを作っているから入れ」
手招きする姿を見て、四人は目を輝かせなだれ込むように食堂に足を踏み入れる。
すると厨房では大きな鍋で長次が雑炊をかき混ぜ、隣では伊作が味噌汁の味をみていた。
「みんなお疲れ様。ちょうどできたところだから、手を洗って座ってて」
「お帰り」
壱華は自分の為に長次が雑炊を作っているのに感激し、満面の笑みだ。
「ただいま! 長次も伊作も仙蔵もありがとう」
「飯にありつけて助かった。私はもう限界だ。その鍋全部平らげる自信があるぞ」
小平太の言葉に、文次郎と留三郎は「「そうはさせん」」ときれいに被りいがみ合う。
なんだかんだ気が合う二人は、揃って席に着いた。
即座に手を合わせ食べ始めると、作り終えた三人も茶を飲み一息つく。
「雑炊も味噌汁もおいしい! やっぱり人が作ったものは格別だよね。実習後に上げ膳据え膳は最高。長次、火傷しなかった?」
「…もそ」
長次は静かに頷く。
一年生の頃に火傷をして水ぶくれができて以来、壱華は弟が台所に立つと毎回こうして心配している。
現在は西洋菓子・ボーロを作り慣れているので炊事はお手のもので、火傷は滅多にしない。
「僕は火傷したんだけど…」
小指を見せながら苦笑いの伊作。
「伊作、もっと気をつけなさいよ。確かこの前も部屋で薬を煎じてて火傷したんでしょ?」
「あーあれ、そうだねえ。留三郎を巻き込んで…」
つい先日も不運なのか不注意なのか火傷をした伊作は、同室の留三郎を巻き込むまではいつものことだ。
ところがその後も不運が重なる。
留三郎は雑炊を食べる手を止め、あれには参ったなと笑う。
「穴に落ちるまではまだよかったが、伊作が鉤縄 を使おうとしたら二年い組の川西左近に引っ掛けて、持っていた熱い粥ごと穴に引き寄せたんだよな」
「それを三人で被って保健室行きというわけか」
想像するにたやすい仙蔵は、いつものことだと茶をすする。
もはや伊作の巻き込み不運は日常なのだが、普段は別の敷地内にいるくのたまにまで伝わっているのかと方方からため息が漏れる。
「二年のユキちゃんから聞いたの。その数日後に合同授業だったらしくてね。左近の作ったおかゆ、風邪引いた池田三郎次に食べさせる為だったんでしょ?食べ損ねた上に薬も飲めなかったって」
「それは申し訳ないことをしたよ…」
「穴に落ちるところからは不運だとしても、煎じていた器を素手で触るのは完全に伊作の不注意だよね。いつもやってるのにどうしてわからないの」
壱華は不注意を指摘しつつ、伊作の不運をなんとかしたいとは思っていた。
だが入学時からこうなのでどうにもならない。
今後は気をつけると項垂れる姿に、庇護欲が掻き立てられるのは長い付き合いだからなのか。
「おかわり!」
「もそ」
ひたすら雑炊を口に運んでいた小平太が、空になった茶碗を掲げる。
当然のように受け取った長次がおかわりをよそうべく厨房へ消えた。
壱華がふと小平太に顔を向けると、口端に米粒が付いているではないか。
懐から懐紙を取り出し、おもむろにそれを拭ってやる。
「ほら口に付いてる。雑炊は逃げないからゆっくり食べて。文次郎も留三郎も」
子どものように口元を拭われた小平太は、大きな丸い目できょとんとしている。
母にこうして拭われた記憶は十年以上前じゃないのか。
壱華は昔から世話焼きで、それは今でも変わらない。
一年生の頃は子どもの飯事 のようだったが、六年生ともなると傍目から見れば彼女は母のようだ。
実際十四、五歳で子を持つ女は多い。
皆が母のようだと内心思っていると、当の本人はなぜか恥ずかくなりもじもじと仲間たちを伺う。
そしてボソリとこう言ったのだ。
「あの、私のことは姉と思ってくれてもいいからね」
「「「「「……」」」」」
長次以外の五人の視線が壱華に集中する。
母じゃなくて?という突っ込みは誰も声にしなかったが、おかわりをよそった長次からお椀を受け取った小平太がはっきり声にした。
「いや思わない」
「どうして!?」
てっきり各々照れながら「そうだな」と言うと思っていた壱華は解せない。
「確かに壱華は長次の姉だが、私たちは同い年だろう」
何を言ってるんだと小平太にしては珍しく呆れている表情だ。
それに文次郎も続く。
「そりゃそうだ。しかもお前と長次は秋生まれだったよな?仙蔵以外はみんなお前たちより先に生まれてるぞ」
「えっ! 伊作と留三郎っておひつじ座でしょ。おひつじ座は三月生まれだよね?」
「俺たちは四月生まれのおひつじ座だ。つまり壱華は姉じゃなく妹だな」
わははと留三郎は笑う。
「壱華のようなしっかり者の妹っていいよね」
伊作がそう締めると、仙蔵が堪えきれず笑ってしまう。
壱華はずっと勘違いしていたのである。
「…姉さん、おかわりいるか?」
唖然とし顔を真っ赤にさせた壱華に、長次は残りの雑炊を差し出したのだった。
近接戦闘が得意な四人は普段から手合わせしているのもあり、呼吸がよく合い滞りなく実習も終えた。
普段は喧嘩ばかりの文次郎と留三郎も壱華がいると説教が長いので大人しい。
「移動に大分かかって遅くなってしまったな」
小平太はそうぼやくと、腹が減ったと舌を出す。
「そうだなあ。実習自体は早く終わったが、いかんせんあそこは遠かった。夕飯はどうする?」
「食堂に握り飯くらいあるだろう」
留三郎も自身の鳴りそうな腹を擦り、文次郎は既に食堂に向かって足を進めている。
これから作るのはさすがに面倒だなと思った四人は、一縷の望みを賭けて食堂へと向かう。
運が良ければおばちゃんのおにぎりがあるのだが、果たして今日はどうなのか。
「私さ、文次郎がお握りって言うともうあの鉄粉おにぎりしか浮かばないんだよね」
壱華は想像して苦笑いが出る。
文次郎発案の
それは六年生全員も同じだが、慣れとはこわいもので今は当然のように受け入れている。
「ん? なあ食堂からいい匂いがしないか?」
「わっ本当だ!」
小平太は食欲をそそる匂いにすぐ気付き、一目散に走りその後を壱華も追う。
すると気配を察したのか食堂の裏口から仙蔵が顔を覗かせた。
「やっと帰ってきたか。いいものを作っているから入れ」
手招きする姿を見て、四人は目を輝かせなだれ込むように食堂に足を踏み入れる。
すると厨房では大きな鍋で長次が雑炊をかき混ぜ、隣では伊作が味噌汁の味をみていた。
「みんなお疲れ様。ちょうどできたところだから、手を洗って座ってて」
「お帰り」
壱華は自分の為に長次が雑炊を作っているのに感激し、満面の笑みだ。
「ただいま! 長次も伊作も仙蔵もありがとう」
「飯にありつけて助かった。私はもう限界だ。その鍋全部平らげる自信があるぞ」
小平太の言葉に、文次郎と留三郎は「「そうはさせん」」ときれいに被りいがみ合う。
なんだかんだ気が合う二人は、揃って席に着いた。
即座に手を合わせ食べ始めると、作り終えた三人も茶を飲み一息つく。
「雑炊も味噌汁もおいしい! やっぱり人が作ったものは格別だよね。実習後に上げ膳据え膳は最高。長次、火傷しなかった?」
「…もそ」
長次は静かに頷く。
一年生の頃に火傷をして水ぶくれができて以来、壱華は弟が台所に立つと毎回こうして心配している。
現在は西洋菓子・ボーロを作り慣れているので炊事はお手のもので、火傷は滅多にしない。
「僕は火傷したんだけど…」
小指を見せながら苦笑いの伊作。
「伊作、もっと気をつけなさいよ。確かこの前も部屋で薬を煎じてて火傷したんでしょ?」
「あーあれ、そうだねえ。留三郎を巻き込んで…」
つい先日も不運なのか不注意なのか火傷をした伊作は、同室の留三郎を巻き込むまではいつものことだ。
ところがその後も不運が重なる。
留三郎は雑炊を食べる手を止め、あれには参ったなと笑う。
「穴に落ちるまではまだよかったが、伊作が
「それを三人で被って保健室行きというわけか」
想像するにたやすい仙蔵は、いつものことだと茶をすする。
もはや伊作の巻き込み不運は日常なのだが、普段は別の敷地内にいるくのたまにまで伝わっているのかと方方からため息が漏れる。
「二年のユキちゃんから聞いたの。その数日後に合同授業だったらしくてね。左近の作ったおかゆ、風邪引いた池田三郎次に食べさせる為だったんでしょ?食べ損ねた上に薬も飲めなかったって」
「それは申し訳ないことをしたよ…」
「穴に落ちるところからは不運だとしても、煎じていた器を素手で触るのは完全に伊作の不注意だよね。いつもやってるのにどうしてわからないの」
壱華は不注意を指摘しつつ、伊作の不運をなんとかしたいとは思っていた。
だが入学時からこうなのでどうにもならない。
今後は気をつけると項垂れる姿に、庇護欲が掻き立てられるのは長い付き合いだからなのか。
「おかわり!」
「もそ」
ひたすら雑炊を口に運んでいた小平太が、空になった茶碗を掲げる。
当然のように受け取った長次がおかわりをよそうべく厨房へ消えた。
壱華がふと小平太に顔を向けると、口端に米粒が付いているではないか。
懐から懐紙を取り出し、おもむろにそれを拭ってやる。
「ほら口に付いてる。雑炊は逃げないからゆっくり食べて。文次郎も留三郎も」
子どものように口元を拭われた小平太は、大きな丸い目できょとんとしている。
母にこうして拭われた記憶は十年以上前じゃないのか。
壱華は昔から世話焼きで、それは今でも変わらない。
一年生の頃は子どもの
実際十四、五歳で子を持つ女は多い。
皆が母のようだと内心思っていると、当の本人はなぜか恥ずかくなりもじもじと仲間たちを伺う。
そしてボソリとこう言ったのだ。
「あの、私のことは姉と思ってくれてもいいからね」
「「「「「……」」」」」
長次以外の五人の視線が壱華に集中する。
母じゃなくて?という突っ込みは誰も声にしなかったが、おかわりをよそった長次からお椀を受け取った小平太がはっきり声にした。
「いや思わない」
「どうして!?」
てっきり各々照れながら「そうだな」と言うと思っていた壱華は解せない。
「確かに壱華は長次の姉だが、私たちは同い年だろう」
何を言ってるんだと小平太にしては珍しく呆れている表情だ。
それに文次郎も続く。
「そりゃそうだ。しかもお前と長次は秋生まれだったよな?仙蔵以外はみんなお前たちより先に生まれてるぞ」
「えっ! 伊作と留三郎っておひつじ座でしょ。おひつじ座は三月生まれだよね?」
「俺たちは四月生まれのおひつじ座だ。つまり壱華は姉じゃなく妹だな」
わははと留三郎は笑う。
「壱華のようなしっかり者の妹っていいよね」
伊作がそう締めると、仙蔵が堪えきれず笑ってしまう。
壱華はずっと勘違いしていたのである。
「…姉さん、おかわりいるか?」
唖然とし顔を真っ赤にさせた壱華に、長次は残りの雑炊を差し出したのだった。
