長次の姉はくのたま六年生
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この日壱華は、用具委員会の手伝いをすべく用具倉庫へ向かっていた。
先日くのたま長屋の雨漏りが発覚し、留三郎に修繕してもらい、その御礼に委員会活動を手伝うと約束したのだ。
早く終われば手合わせにも応じると言われ、実はそれが目当てだったりもする。
用具委員会委員長の留三郎とは、小平太の次に多く手合わせする相手だ。
彼の得意武器・鉄双節棍 の動きを完全に見切るのは難しく、卒業までにはなんとかと思っている。
「お疲れ様ー!今日はよろしくお願いします」
「あっ、壱華さん」
「こんにちは」
「手伝いありがとうございます」
用具倉庫にいた忍たまたちに声をかければ、一年生が三人、三年ろ組の富松作兵衛、四年ろ組の浜守一郎がそれぞれ挨拶してくる。
既に今日の作業は決まっており、壱華は一年ろ組の下坂部平太と共に手裏剣的 の修補をと言われた。
「了解。脚立は私が持つからね。ところで、留三郎の姿がないけどどうしたの?」
辺りを見回すと、守一郎が予算案を提出しに行ったと告げる。
「あーあの金楽寺 の修繕に使うはめになったから再提出になったっていう…」
先日、六年い組の長屋でその話しを聞いていた。
文次郎が相変わらず隈を濃くして算盤 を弾いていたが、用具委員会はまだ提出していなかったらしい。
「そうなんです。用具委員会は普段の仕事量が多くて予算案の提出が遅れてしまったんですよ。昨日ぼくと食満先輩と浜先輩で遅くまで練り直してやっとできました」
作兵衛は果たしてあれが通るのかと不安なのだが、やりきった清々しさを出している。
頑張る姿に弱い壱華は眉尻を下げた。
「それはお疲れ様だったね。皆で頑張って考えて出したんだから、会計委員会もちゃんとわかってくれるよ。じゃあ活動に移ろうか」
「「「「「はい!」」」」」
委員長代理のように声をかけると、平太と共に鍛錬場へと向かった。
「あの…、脚立重くないですか?」
「全然。このくらいどこまでも運べるよ」
平太は上級生ながら女の壱華に脚立を運ばせてしまい申し訳なさそうにしている。
「じゃあ的 まで競争しよう! よーい、どん!」
「ええっ!」
脚立を担いだまま走り出したので、平太は慌てて追うも当然のように追いつけない。
着いた頃には壱華は既に修補の箇所を確認していた。
「壱華さん、すごく早いです…」
「平太も鍛錬すればすぐに速くなるよ。早速始めよう。まずここなんだけど…」
二人はてきぱきとボロボロの的 を直していき、酷いのはいちから作ったりと真面目に取り組んだ。
平太の素直さに癒される壱華は、長次の幼い頃に似ていると終始笑顔である。
「…よしと、これで最後だね。高さを揃えて…できた!」
「やったあ。壱華さんすごく慣れてますね」
きれいに整備された的 を見て、平太は目を輝かせる。
実は壱華はこれまでもたまに用具委員会を手伝っていたのだ。
生きていく上で修補技術は役立つと教えてくれたのは留三郎で、今もできることは自分でやっている。
さすがに雨漏りなどは留三郎に頼るが、くのいち教室の机の歪みを直したり小さなことは彼女がしていた。
それを聞いた平太は、尊敬の眼差しを送る。
「やっぱり六年生ともなるとできないことはないんですね。ぼくは食満先輩たちみたいに何でもできるようになれるのか…」
「今はまだでも、努力次第でできるようになるよ。平太は幼い頃の長次に少し似てるの」
「ええっ!? ぼくが中在家先輩に?」
平太は信じられないと声を上げる。
長次が一年生の頃は自分のようにビビりだったのだろうか。
俄 には信じがたい。
「うん。長次は夜に一人で厠に行けなかったし、引っ込み思案なところがあって私の後ろに隠れたり…懐かしいな」
幼少期を思い出して浸るが、実はこれは二人が五歳くらいの話で忍術学園に入る頃には堂々としていた。
平太は今の長次をそのまま一年生まで縮めて、壱華と共にビビりながら厠に行く姿を思い浮かべる。
そしてなんだか可笑しくなった。
「あの中在家先輩も何かに恐れる時期があったんですね」
「そう。誰しも成長するの。平太は長次と同じろ組なんだから自信持って!」
ろ組なのは関係なさそうだと思ったが、平太はしかと返事をし二人は片付けていく。
するとそこへ、一年は組のしんべヱと喜三太が大慌てでやって来た。
一体何事なのか。
「はあっ!? 文次郎と留三郎が喧嘩してるって、どうして委員会活動中にそんなことになるの」
「出したばかりの予算案を差し戻されたみたいです〜」
喜三太が嘆く。
「壱華さん、とにかく一緒に来てください! 食満先輩たち、ぼくたちが修補したばかりの塀近くで喧嘩してるんですよ」
しんべヱは壱華の手を引き、頼むと懇願する。
壱華は怒りが湧き、三人を引き連れ現場へ向かう。
そして本当に塀付近で争う二人を見て、怒鳴った。
「二人とも喧嘩はやめなさい! 修補したばかりだってのに、早く塀から離れて!」
「「今はそれどころじゃない!」」
意に返さない二人はさらに激しく争い、塀間近に迫るではないか。
いつもの小競り合いでなく今日はかなり本気のようで、壱華のやめさせようとする声も耳に入らないようだ。
六年生の本気の喧嘩を見た一年生たちは、怖いと震え壱華の後ろに隠れる。
そのうちに騒ぎを聞きつけた守一郎と作兵衛も来て、どうしたらと顔を見合わせた。
この場を収められるのは他の六年生か壱華のみで、彼女は怯える一年生を見てついに激昂する。
「留三郎! 文次郎! やめなさいって言ってるでしょ!! 皆すごく怖がってるじゃないの。平太なんて顔色が斜堂先生みたいになってる」
「それは元からです〜」
間髪入れずに喜三太が突っ込んだ。
「守一郎、作兵衛。一年生も、こんな風になったら絶対だめだよ! 下級生の手本になるべき上級生が見苦しい所を見せて、示しがつかない。皆ごめんね」
壱華は用具委員会の五人に詫びると、尚も喧嘩をやめない二人に大きな飛び蹴りを喰らわせる。
「やめなさいっ!!」
「「ぐおっ!」」
その見事な飛び蹴りは文次郎と留三郎を同時に吹っ飛ばし、その先に偶然いたある人物に体当たりした。
「うわあっ!!」
薬草取りから戻ったばかりの保健委員会委員長・善法寺伊作は籠を背負っており、背後から二人に体当たりされ転び中身をぶち撒けた。
一連の流れを見ていた五人は呆気にとられ、平太は涙目になり少しちびってしまった。
「こ、怖いぃぃ…」
文次郎より留三郎より壱華がこわい。
他の四人も同感だった。
まさか吹っ飛ばした先に伊作がいるとは夢にも思わないい壱華は、顔面蒼白で三人に駆け寄る。
「伊作、ごめん! どうしてこんな所にちょうど良くいるの!?」
起き上がらせながら半ば怒ったように詰め寄ると、伊作は苦笑いだ。
「薬草取りから帰って来て保健室に行く所だったんだよ。何があったの?」
「…すまん」
「…すまない」
土埃に塗れている文次郎と留三郎は、揃って素直にすまないと告げた。
壱華の飛び蹴りでいくらか冷静になったようだ。
.
.
.
守一郎と作兵衛に後を頼んだ留三郎は、一年ろ組の鶴町伏木蔵から手当てを受けながら不機嫌を隠せない。
それは文次郎も同様で、飛び蹴りされ冷静にはなったものの、二人は互いにそっぽを向いている。
いつもの光景ではあるが、真ん中にいる壱華は反省して頭を下げた。
「飛び蹴りしたのは私が悪かった。本当にごめんなさい」
先に壱華が手を合わせ謝ると、二人も幾分申し訳なさそうに再度伊作に謝った。
当の本人はこれもいつもの不運だと笑っているのがありがたい。
「予算案で揉めるのはわかるけどね。下級生の前ではよくないよ。しかも修補したばかりの塀の側なんて。壱華も、女の子が飛び蹴りしたらだめだよ」
優しくも的確に諭すので三人はおとなしく返事をし、文次郎と留三郎はもう行くと立ち上がる。
「壱華、そんな顔をするな」
留三郎が声をかける。
文次郎も悪いのは俺たちなんだからと続く。
「そうだ。お前の飛び蹴りは実戦でも通用する程強かったが、ちゃんと受け身は取ってるんだから心配するな」
留三郎は怪我をさせたと気にしている壱華への気遣いも欠かさない。
普段はすぐ熱くなるのに、こんな時は冷静にその人を見ているのだ。
二人が去ると、保健室には伊作と壱華と伏木蔵が残される。
ちなみに三年は組の三反田数馬もいるのだが、彼女は気付いていない。
誰がこの茶を淹れたのかとぼんやり思いながら、目の前の湯呑を傾ける。
「壱華さんの飛び蹴り、見てみたかったです〜」
包帯を片付けながら伏木蔵がワクワクしている。
「え、そう?」
やっぱり実習でも使えるかな、などと満更でもない壱華に、伊作は笑うしかない。
「そうだ壱華、このあと本当は留三郎と手合わせするはずだったんだよね?」
「あー…うん。まあまた今度かな」
昨日、留三郎から聞いていた伊作は気掛かりがあった。
このところの壱華は焦っているように見えると、彼女の同室や小平太から心配の声が寄せられているのだ。
それは伊作含む六年生皆が感じていたことで、理由もそれなりに理解してはいた。
壱華は気負いすぎているのではないか。
くのたま最高学年として、長次の姉として、この先の進路、全てが伸し掛かっているのだろう。
本人にしかわからない葛藤もある。
それは六年生の伊作たちも同じだ。
「ねえ壱華。つらいときは我慢せず声に出してよ。みんな君を心配してる」
「…………」
いつになく真剣な声色に、壱華は気まずそうに体が強張る。
「僕たち同級生じゃないか」
「…同室って似るの?留三郎みたいなこと言って。…あーあ、敵わないな」
壱華は口を尖らせ、皆に心配かけていることに申し訳なさが込み上げてくる。
下を向いたら涙が出そうで、精一杯の強がりを言わねば気が済まない。
「言っておくけど、私は伊作の不運の方が心配だよ」
「容赦ないですね」
そう呟いたのは数馬だった。
先日くのたま長屋の雨漏りが発覚し、留三郎に修繕してもらい、その御礼に委員会活動を手伝うと約束したのだ。
早く終われば手合わせにも応じると言われ、実はそれが目当てだったりもする。
用具委員会委員長の留三郎とは、小平太の次に多く手合わせする相手だ。
彼の得意武器・
「お疲れ様ー!今日はよろしくお願いします」
「あっ、壱華さん」
「こんにちは」
「手伝いありがとうございます」
用具倉庫にいた忍たまたちに声をかければ、一年生が三人、三年ろ組の富松作兵衛、四年ろ組の浜守一郎がそれぞれ挨拶してくる。
既に今日の作業は決まっており、壱華は一年ろ組の下坂部平太と共に手裏剣
「了解。脚立は私が持つからね。ところで、留三郎の姿がないけどどうしたの?」
辺りを見回すと、守一郎が予算案を提出しに行ったと告げる。
「あーあの
先日、六年い組の長屋でその話しを聞いていた。
文次郎が相変わらず隈を濃くして
「そうなんです。用具委員会は普段の仕事量が多くて予算案の提出が遅れてしまったんですよ。昨日ぼくと食満先輩と浜先輩で遅くまで練り直してやっとできました」
作兵衛は果たしてあれが通るのかと不安なのだが、やりきった清々しさを出している。
頑張る姿に弱い壱華は眉尻を下げた。
「それはお疲れ様だったね。皆で頑張って考えて出したんだから、会計委員会もちゃんとわかってくれるよ。じゃあ活動に移ろうか」
「「「「「はい!」」」」」
委員長代理のように声をかけると、平太と共に鍛錬場へと向かった。
「あの…、脚立重くないですか?」
「全然。このくらいどこまでも運べるよ」
平太は上級生ながら女の壱華に脚立を運ばせてしまい申し訳なさそうにしている。
「じゃあ
「ええっ!」
脚立を担いだまま走り出したので、平太は慌てて追うも当然のように追いつけない。
着いた頃には壱華は既に修補の箇所を確認していた。
「壱華さん、すごく早いです…」
「平太も鍛錬すればすぐに速くなるよ。早速始めよう。まずここなんだけど…」
二人はてきぱきとボロボロの
平太の素直さに癒される壱華は、長次の幼い頃に似ていると終始笑顔である。
「…よしと、これで最後だね。高さを揃えて…できた!」
「やったあ。壱華さんすごく慣れてますね」
きれいに整備された
実は壱華はこれまでもたまに用具委員会を手伝っていたのだ。
生きていく上で修補技術は役立つと教えてくれたのは留三郎で、今もできることは自分でやっている。
さすがに雨漏りなどは留三郎に頼るが、くのいち教室の机の歪みを直したり小さなことは彼女がしていた。
それを聞いた平太は、尊敬の眼差しを送る。
「やっぱり六年生ともなるとできないことはないんですね。ぼくは食満先輩たちみたいに何でもできるようになれるのか…」
「今はまだでも、努力次第でできるようになるよ。平太は幼い頃の長次に少し似てるの」
「ええっ!? ぼくが中在家先輩に?」
平太は信じられないと声を上げる。
長次が一年生の頃は自分のようにビビりだったのだろうか。
「うん。長次は夜に一人で厠に行けなかったし、引っ込み思案なところがあって私の後ろに隠れたり…懐かしいな」
幼少期を思い出して浸るが、実はこれは二人が五歳くらいの話で忍術学園に入る頃には堂々としていた。
平太は今の長次をそのまま一年生まで縮めて、壱華と共にビビりながら厠に行く姿を思い浮かべる。
そしてなんだか可笑しくなった。
「あの中在家先輩も何かに恐れる時期があったんですね」
「そう。誰しも成長するの。平太は長次と同じろ組なんだから自信持って!」
ろ組なのは関係なさそうだと思ったが、平太はしかと返事をし二人は片付けていく。
するとそこへ、一年は組のしんべヱと喜三太が大慌てでやって来た。
一体何事なのか。
「はあっ!? 文次郎と留三郎が喧嘩してるって、どうして委員会活動中にそんなことになるの」
「出したばかりの予算案を差し戻されたみたいです〜」
喜三太が嘆く。
「壱華さん、とにかく一緒に来てください! 食満先輩たち、ぼくたちが修補したばかりの塀近くで喧嘩してるんですよ」
しんべヱは壱華の手を引き、頼むと懇願する。
壱華は怒りが湧き、三人を引き連れ現場へ向かう。
そして本当に塀付近で争う二人を見て、怒鳴った。
「二人とも喧嘩はやめなさい! 修補したばかりだってのに、早く塀から離れて!」
「「今はそれどころじゃない!」」
意に返さない二人はさらに激しく争い、塀間近に迫るではないか。
いつもの小競り合いでなく今日はかなり本気のようで、壱華のやめさせようとする声も耳に入らないようだ。
六年生の本気の喧嘩を見た一年生たちは、怖いと震え壱華の後ろに隠れる。
そのうちに騒ぎを聞きつけた守一郎と作兵衛も来て、どうしたらと顔を見合わせた。
この場を収められるのは他の六年生か壱華のみで、彼女は怯える一年生を見てついに激昂する。
「留三郎! 文次郎! やめなさいって言ってるでしょ!! 皆すごく怖がってるじゃないの。平太なんて顔色が斜堂先生みたいになってる」
「それは元からです〜」
間髪入れずに喜三太が突っ込んだ。
「守一郎、作兵衛。一年生も、こんな風になったら絶対だめだよ! 下級生の手本になるべき上級生が見苦しい所を見せて、示しがつかない。皆ごめんね」
壱華は用具委員会の五人に詫びると、尚も喧嘩をやめない二人に大きな飛び蹴りを喰らわせる。
「やめなさいっ!!」
「「ぐおっ!」」
その見事な飛び蹴りは文次郎と留三郎を同時に吹っ飛ばし、その先に偶然いたある人物に体当たりした。
「うわあっ!!」
薬草取りから戻ったばかりの保健委員会委員長・善法寺伊作は籠を背負っており、背後から二人に体当たりされ転び中身をぶち撒けた。
一連の流れを見ていた五人は呆気にとられ、平太は涙目になり少しちびってしまった。
「こ、怖いぃぃ…」
文次郎より留三郎より壱華がこわい。
他の四人も同感だった。
まさか吹っ飛ばした先に伊作がいるとは夢にも思わないい壱華は、顔面蒼白で三人に駆け寄る。
「伊作、ごめん! どうしてこんな所にちょうど良くいるの!?」
起き上がらせながら半ば怒ったように詰め寄ると、伊作は苦笑いだ。
「薬草取りから帰って来て保健室に行く所だったんだよ。何があったの?」
「…すまん」
「…すまない」
土埃に塗れている文次郎と留三郎は、揃って素直にすまないと告げた。
壱華の飛び蹴りでいくらか冷静になったようだ。
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守一郎と作兵衛に後を頼んだ留三郎は、一年ろ組の鶴町伏木蔵から手当てを受けながら不機嫌を隠せない。
それは文次郎も同様で、飛び蹴りされ冷静にはなったものの、二人は互いにそっぽを向いている。
いつもの光景ではあるが、真ん中にいる壱華は反省して頭を下げた。
「飛び蹴りしたのは私が悪かった。本当にごめんなさい」
先に壱華が手を合わせ謝ると、二人も幾分申し訳なさそうに再度伊作に謝った。
当の本人はこれもいつもの不運だと笑っているのがありがたい。
「予算案で揉めるのはわかるけどね。下級生の前ではよくないよ。しかも修補したばかりの塀の側なんて。壱華も、女の子が飛び蹴りしたらだめだよ」
優しくも的確に諭すので三人はおとなしく返事をし、文次郎と留三郎はもう行くと立ち上がる。
「壱華、そんな顔をするな」
留三郎が声をかける。
文次郎も悪いのは俺たちなんだからと続く。
「そうだ。お前の飛び蹴りは実戦でも通用する程強かったが、ちゃんと受け身は取ってるんだから心配するな」
留三郎は怪我をさせたと気にしている壱華への気遣いも欠かさない。
普段はすぐ熱くなるのに、こんな時は冷静にその人を見ているのだ。
二人が去ると、保健室には伊作と壱華と伏木蔵が残される。
ちなみに三年は組の三反田数馬もいるのだが、彼女は気付いていない。
誰がこの茶を淹れたのかとぼんやり思いながら、目の前の湯呑を傾ける。
「壱華さんの飛び蹴り、見てみたかったです〜」
包帯を片付けながら伏木蔵がワクワクしている。
「え、そう?」
やっぱり実習でも使えるかな、などと満更でもない壱華に、伊作は笑うしかない。
「そうだ壱華、このあと本当は留三郎と手合わせするはずだったんだよね?」
「あー…うん。まあまた今度かな」
昨日、留三郎から聞いていた伊作は気掛かりがあった。
このところの壱華は焦っているように見えると、彼女の同室や小平太から心配の声が寄せられているのだ。
それは伊作含む六年生皆が感じていたことで、理由もそれなりに理解してはいた。
壱華は気負いすぎているのではないか。
くのたま最高学年として、長次の姉として、この先の進路、全てが伸し掛かっているのだろう。
本人にしかわからない葛藤もある。
それは六年生の伊作たちも同じだ。
「ねえ壱華。つらいときは我慢せず声に出してよ。みんな君を心配してる」
「…………」
いつになく真剣な声色に、壱華は気まずそうに体が強張る。
「僕たち同級生じゃないか」
「…同室って似るの?留三郎みたいなこと言って。…あーあ、敵わないな」
壱華は口を尖らせ、皆に心配かけていることに申し訳なさが込み上げてくる。
下を向いたら涙が出そうで、精一杯の強がりを言わねば気が済まない。
「言っておくけど、私は伊作の不運の方が心配だよ」
「容赦ないですね」
そう呟いたのは数馬だった。
