長次の姉はくのたま六年生
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「…取った」
「負けたあ……」
地面に押さえつけられた壱華は、首筋に当てられた同室・近葉 の棒手裏剣を一瞥して嘆いた。
授業後、鍛錬からの手合わせで負けてしまったのだ。
普段は絶対に勝つ彼女は悔しそうに目を細めた。
「壱華から一本取れるなんていつぶりかな?」
近葉 は壱華の手を引き起き上がらせる。
いつもより彼女の体が重く感じたのは気の所為ではない。
起き上がる時に力が入っていないのだ。
「お腹、痛いんでしょ?」
「うん…」
そのまま木の幹に寄りかかった壱華は、気怠そうに下腹部を擦り息を吐く。
四年生の後半あたりから生理痛が重くなっているのには気付いていた。
くのいちとしての厳しい鍛錬が成長期の体に負荷をかけすぎているのだ。
「だから今日くらい休もうって言ったのよ。あたしの前では弱いとこ見せてもいいのに。頑固なんだから」
「……だって、もう六年生だから。時間が惜しいんだよ」
壱華の表情は焦りや不安が滲んでいる。
五年生の冬休みが明けてから、彼女は前まであった余裕が感じられない。
六年生に上がってからそれは殊更 だ。
同室の変化が手に取るようにわかる近葉は、さてどうしたものかと思案する。
「とにかく今日は鍛錬終わりにしよう。一本取ったんだから従ってもらうわよ」
「先に帰ってて。私はもう少し走って来る」
「壱華!」
踵を返した壱華に対し、近葉は腕を捕まえ行かせない。
放して、戻るよの押し問答の途中、彼女らの脇を勢いよく何か塊が走り抜ける。
「いけいけどんど───ん!!」
「「!」」
思わず目を向けた二人の横を、ドタバタ通り過ぎる五人の忍たまたち。
七松小平太率いる体育委員会だ。
あっという間に遠ざかる五人を見れば、先頭の小平太はかなり元気そうで、その後ろの滝夜叉丸もまだいけるだろうが他三人は相当にきつそうだ。
おそらく裏裏山、いや裏裏裏山まで走って来たに違いない。
「相変わらず七松は体力お化けだわ。というか、体育委員会は走るのが活動なんだっけ?」
この光景に慣れている二人は傍観していたが、壱華は我に帰り「戻ろう」と後を追いかけた。
まだ戻りたくないとごねていたのになぜ、と近葉は疑問だったがすぐに気付く。
小平太に手合わせしてもらうつもりなのだ。
先に行ってしまった貪欲な彼女を思うと、人知れずため息が出た。
.
.
.
学園に戻った壱華は、門のすぐ近くで倒れ込んでいる体育委員会の元へ向かう。
近葉はまだ戻っておらず一人だ。
「みんなお疲れ様! 小平太、委員会活動終わりでしょ?今から私と手合わせして欲しいの、お願い」
「いいぞ。壱華は近葉と鍛錬していたのか?」
「うん。ちょうどよく小平太が通ったから切り上げて来たの」
小平太は倒れ込んでいる委員会の面々に終わりだと告げると、鍛錬場の方へ足を向ける。
「悪いけど先に行ってて。厠に寄ってくから」
「ああ」
小走りで厠へ向かう壱華を見送り、小平太は鍛錬場へ向かう。
そこに声をかけたのは近葉だった。
「七松ちょっと!…あのね、壱華は────…」
悪いけど頼むと言い、くのたま敷地内に戻って行った。
思わぬことを告げられた小平太は、思案の表情で今度こそ鍛錬場へ向かう。
少しばかり時間がかかった壱華だが、気取られぬよう元気なフリで戻る。
「手合わせは五日…六日ぶりくらい?じゃあ始めようか。お願いします!」
「お願いします」
同学年同士での手合わせは挨拶を省くが、壱華はこうして毎回必ず行うので相手はそれに合わせた。
二人は間合いを取り、同じ武器・苦無を構えたとたん小平太が仕掛ける。
飛び込みながらも足払いする器用さは彼特有だ。
苦無で迫ってくると構えた壱華は、ふいに下半身を狙われ咄嗟に大きく飛び退る。
「はっ!」
次には苦無同士がぶつかり、小平太が壱華に飛びかかる。
地面に仰向けになれば終了だ。
壱華は足を振り上げながら器用にすり抜け、今度はこちらから仕掛けた。
苦無が激しくぶつかり合い、だがどんどん壱華が押され背後の手裏剣的に背中を打ち付ける。
前後左右は把握していても、背後まで気を配れなかったのは失態だ。
衝撃と同時に下腹部が酷く痛み、顔を顰めた。
「ここまでだな」
苦無が首元に迫り、小平太の顔が間近にある。
「まだだよ」
壱華は彼の腕を掴み足で腹を蹴ろうとするが、瞬時に飛び退かれ躱された。
力を入れているのにいとも簡単に抜けられてしまう。
再び間合いを詰め斬りかかるが、体の動きが鈍く思うように苦無も捌けない。
力で圧倒的に勝る小平太はあっという間に壱華を追い詰めた。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
下腹部の痛みが増し、耐えきれず膝を着く。
一瞬だけ視線を外したのち、ふいに強く肩を支えられたのに驚く。
すぐ横には小平太がいた。
「何…?まだ終わってないんだけど」
「その状態では手合わせにならないぞ」
見透かしたような視線が壱華を捕らえて逃さない。
「疲労があるのはお互い様でしょ」
「何事も見極めが大事だ。…さて。保健室か長屋、どちらがいい?」
「うわっ!」
小平太は徐に彼女を横抱きにすると走り出す。
「ちょっと、保健室はだめ!長屋に…」
逃れられないと思ったのか、壱華はばつが悪そうに長屋にしてくれと訴える。
長屋というのは忍たま側のことで、くのたま上級生は特別に出入り可能だが、忍たまはくのたま長屋には許可なく入れない。
「降ろすぞ」
小平太は勝手知ったる自室前の廊下に彼女を降ろした。
とたん何度目になるのか下腹部が痛みを増す。
体を縮めた壱華は、苦痛に歪む顔を見られないよう両手で覆い隠した。
こんな姿は見られたくないと内心訴えても、最早どうにもならない。
すると緩やかに頭が持ち上がる。
「えっ?えっ、なに」
突如浮いた頭、乗せられたそこは小平太の太腿だった。
立膝姿の彼に、所謂膝枕をしてもらっている状況だ。
見上げると同じく覗き込む丸い大きな眼 とかち合う。
「…誰かに見られたら誤解されない?」
「されない。体調不良の同級生を介抱しているだけだ」
僅かな動揺もせずはっきり告げる彼に思わず笑みが溢れる。
下心など皆無だからこそこんなことができるのか。
壱華はまあいいかと考えるのをやめた。
「…ありがとう。…やっぱりわかっちゃうか。悔しいなあ」
息を吐いて片腕で目を覆う。
五年以上も手合わせしてきた相手なのだから、壱華も小平太の不調にはすぐに気付く。
普段の動きとの違いは僅かでもわかってしまうのだ。
「壱華。年明けから焦っていないか?常に私たちと対等でありたいと思っているのはわかる。だが男と女は違う」
「……うん。わかってる。わかってるけど…」
弱音を吐けば泣きそうになる。
年々如実に現れる力の差、例え速さで勝っても力が加われば太刀打ちできない。
そして真に合格していない房中術の課題、くのいちとしての試練。
最高学年の余裕など微塵もなく、焦りが占めている。
「元気になったらまた手合わせしよう。だから今は休むといい」
頭上からの優しげな声に涙が滲む。
多くを声に出さない小平太の気遣いはありがたく、壱華はしばし甘えて目を瞑った。
.
.
.
そろそろ四半刻になるというあたり、ボーロと茶を持った長次が現れた。
長屋の角を曲がってすぐに見えた同室と姉の恋仲のような姿に、驚き立ち止まる。
気配を察した小平太と目が合い、矢羽根でやりとりして頷いた。
長次はそのまま静かに二人の傍に寄ると、姉の顔にボーロを近づける。
「……ん?」
目を開けた壱華は長次がいて驚くも、ボーロを見てゆっくりと起き上がる。
「長次」
「作り立てだ。皆で食べよう」
何も訊かない長次は、既に知っているのだと気付く。
こうして横になっている理由を知っても触れずにいてくれる、できた弟だ。
だからこそ姉としてしっかりしなければ。
「ちょうど腹が減っていたんだ。文次郎たちが来る前にいただいてしまおう」
小平太は早速一切れ掴み口に入れた。
「ねえ、近葉にも持ってっていい?」
「もそ」
「ありがとう。じゃあ私も早速一口、いただきます!」
壱華も同様に頬張ると、甘さが口に広がり頬が緩む。
痛みで重苦しかった体が癒されていくようだ。
きっと一番心配されているのは自分なのだろう。
壱華はそれが悔しくも、だがこそばゆく嬉しかった。
そんな壱華を見た二人は、自然と目配せし顔を綻ばせたのだった。
「負けたあ……」
地面に押さえつけられた壱華は、首筋に当てられた同室・
授業後、鍛錬からの手合わせで負けてしまったのだ。
普段は絶対に勝つ彼女は悔しそうに目を細めた。
「壱華から一本取れるなんていつぶりかな?」
いつもより彼女の体が重く感じたのは気の所為ではない。
起き上がる時に力が入っていないのだ。
「お腹、痛いんでしょ?」
「うん…」
そのまま木の幹に寄りかかった壱華は、気怠そうに下腹部を擦り息を吐く。
四年生の後半あたりから生理痛が重くなっているのには気付いていた。
くのいちとしての厳しい鍛錬が成長期の体に負荷をかけすぎているのだ。
「だから今日くらい休もうって言ったのよ。あたしの前では弱いとこ見せてもいいのに。頑固なんだから」
「……だって、もう六年生だから。時間が惜しいんだよ」
壱華の表情は焦りや不安が滲んでいる。
五年生の冬休みが明けてから、彼女は前まであった余裕が感じられない。
六年生に上がってからそれは
同室の変化が手に取るようにわかる近葉は、さてどうしたものかと思案する。
「とにかく今日は鍛錬終わりにしよう。一本取ったんだから従ってもらうわよ」
「先に帰ってて。私はもう少し走って来る」
「壱華!」
踵を返した壱華に対し、近葉は腕を捕まえ行かせない。
放して、戻るよの押し問答の途中、彼女らの脇を勢いよく何か塊が走り抜ける。
「いけいけどんど───ん!!」
「「!」」
思わず目を向けた二人の横を、ドタバタ通り過ぎる五人の忍たまたち。
七松小平太率いる体育委員会だ。
あっという間に遠ざかる五人を見れば、先頭の小平太はかなり元気そうで、その後ろの滝夜叉丸もまだいけるだろうが他三人は相当にきつそうだ。
おそらく裏裏山、いや裏裏裏山まで走って来たに違いない。
「相変わらず七松は体力お化けだわ。というか、体育委員会は走るのが活動なんだっけ?」
この光景に慣れている二人は傍観していたが、壱華は我に帰り「戻ろう」と後を追いかけた。
まだ戻りたくないとごねていたのになぜ、と近葉は疑問だったがすぐに気付く。
小平太に手合わせしてもらうつもりなのだ。
先に行ってしまった貪欲な彼女を思うと、人知れずため息が出た。
.
.
.
学園に戻った壱華は、門のすぐ近くで倒れ込んでいる体育委員会の元へ向かう。
近葉はまだ戻っておらず一人だ。
「みんなお疲れ様! 小平太、委員会活動終わりでしょ?今から私と手合わせして欲しいの、お願い」
「いいぞ。壱華は近葉と鍛錬していたのか?」
「うん。ちょうどよく小平太が通ったから切り上げて来たの」
小平太は倒れ込んでいる委員会の面々に終わりだと告げると、鍛錬場の方へ足を向ける。
「悪いけど先に行ってて。厠に寄ってくから」
「ああ」
小走りで厠へ向かう壱華を見送り、小平太は鍛錬場へ向かう。
そこに声をかけたのは近葉だった。
「七松ちょっと!…あのね、壱華は────…」
悪いけど頼むと言い、くのたま敷地内に戻って行った。
思わぬことを告げられた小平太は、思案の表情で今度こそ鍛錬場へ向かう。
少しばかり時間がかかった壱華だが、気取られぬよう元気なフリで戻る。
「手合わせは五日…六日ぶりくらい?じゃあ始めようか。お願いします!」
「お願いします」
同学年同士での手合わせは挨拶を省くが、壱華はこうして毎回必ず行うので相手はそれに合わせた。
二人は間合いを取り、同じ武器・苦無を構えたとたん小平太が仕掛ける。
飛び込みながらも足払いする器用さは彼特有だ。
苦無で迫ってくると構えた壱華は、ふいに下半身を狙われ咄嗟に大きく飛び退る。
「はっ!」
次には苦無同士がぶつかり、小平太が壱華に飛びかかる。
地面に仰向けになれば終了だ。
壱華は足を振り上げながら器用にすり抜け、今度はこちらから仕掛けた。
苦無が激しくぶつかり合い、だがどんどん壱華が押され背後の手裏剣的に背中を打ち付ける。
前後左右は把握していても、背後まで気を配れなかったのは失態だ。
衝撃と同時に下腹部が酷く痛み、顔を顰めた。
「ここまでだな」
苦無が首元に迫り、小平太の顔が間近にある。
「まだだよ」
壱華は彼の腕を掴み足で腹を蹴ろうとするが、瞬時に飛び退かれ躱された。
力を入れているのにいとも簡単に抜けられてしまう。
再び間合いを詰め斬りかかるが、体の動きが鈍く思うように苦無も捌けない。
力で圧倒的に勝る小平太はあっという間に壱華を追い詰めた。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
下腹部の痛みが増し、耐えきれず膝を着く。
一瞬だけ視線を外したのち、ふいに強く肩を支えられたのに驚く。
すぐ横には小平太がいた。
「何…?まだ終わってないんだけど」
「その状態では手合わせにならないぞ」
見透かしたような視線が壱華を捕らえて逃さない。
「疲労があるのはお互い様でしょ」
「何事も見極めが大事だ。…さて。保健室か長屋、どちらがいい?」
「うわっ!」
小平太は徐に彼女を横抱きにすると走り出す。
「ちょっと、保健室はだめ!長屋に…」
逃れられないと思ったのか、壱華はばつが悪そうに長屋にしてくれと訴える。
長屋というのは忍たま側のことで、くのたま上級生は特別に出入り可能だが、忍たまはくのたま長屋には許可なく入れない。
「降ろすぞ」
小平太は勝手知ったる自室前の廊下に彼女を降ろした。
とたん何度目になるのか下腹部が痛みを増す。
体を縮めた壱華は、苦痛に歪む顔を見られないよう両手で覆い隠した。
こんな姿は見られたくないと内心訴えても、最早どうにもならない。
すると緩やかに頭が持ち上がる。
「えっ?えっ、なに」
突如浮いた頭、乗せられたそこは小平太の太腿だった。
立膝姿の彼に、所謂膝枕をしてもらっている状況だ。
見上げると同じく覗き込む丸い大きな
「…誰かに見られたら誤解されない?」
「されない。体調不良の同級生を介抱しているだけだ」
僅かな動揺もせずはっきり告げる彼に思わず笑みが溢れる。
下心など皆無だからこそこんなことができるのか。
壱華はまあいいかと考えるのをやめた。
「…ありがとう。…やっぱりわかっちゃうか。悔しいなあ」
息を吐いて片腕で目を覆う。
五年以上も手合わせしてきた相手なのだから、壱華も小平太の不調にはすぐに気付く。
普段の動きとの違いは僅かでもわかってしまうのだ。
「壱華。年明けから焦っていないか?常に私たちと対等でありたいと思っているのはわかる。だが男と女は違う」
「……うん。わかってる。わかってるけど…」
弱音を吐けば泣きそうになる。
年々如実に現れる力の差、例え速さで勝っても力が加われば太刀打ちできない。
そして真に合格していない房中術の課題、くのいちとしての試練。
最高学年の余裕など微塵もなく、焦りが占めている。
「元気になったらまた手合わせしよう。だから今は休むといい」
頭上からの優しげな声に涙が滲む。
多くを声に出さない小平太の気遣いはありがたく、壱華はしばし甘えて目を瞑った。
.
.
.
そろそろ四半刻になるというあたり、ボーロと茶を持った長次が現れた。
長屋の角を曲がってすぐに見えた同室と姉の恋仲のような姿に、驚き立ち止まる。
気配を察した小平太と目が合い、矢羽根でやりとりして頷いた。
長次はそのまま静かに二人の傍に寄ると、姉の顔にボーロを近づける。
「……ん?」
目を開けた壱華は長次がいて驚くも、ボーロを見てゆっくりと起き上がる。
「長次」
「作り立てだ。皆で食べよう」
何も訊かない長次は、既に知っているのだと気付く。
こうして横になっている理由を知っても触れずにいてくれる、できた弟だ。
だからこそ姉としてしっかりしなければ。
「ちょうど腹が減っていたんだ。文次郎たちが来る前にいただいてしまおう」
小平太は早速一切れ掴み口に入れた。
「ねえ、近葉にも持ってっていい?」
「もそ」
「ありがとう。じゃあ私も早速一口、いただきます!」
壱華も同様に頬張ると、甘さが口に広がり頬が緩む。
痛みで重苦しかった体が癒されていくようだ。
きっと一番心配されているのは自分なのだろう。
壱華はそれが悔しくも、だがこそばゆく嬉しかった。
そんな壱華を見た二人は、自然と目配せし顔を綻ばせたのだった。
