長次の姉はくのたま六年生
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忍術学園──…一流の忍者を育てる為の全寮制の学校だ。
男子である忍たま、そして女子のくのいち教室と明確に別れたこの学び舎は新学期を迎えた。
くのたま六年生の中在家壱華は、忍たま六年生の中在家長次の双子の姉である。
姉らしくしっかり者の彼女だが、明日からの実習に使う化粧道具を確認し気付く。
(紅が殆ど無い!買い足すの忘れてた…)
長屋の同室であり唯一の同級生・近葉 との護衛忍務で、ある城の姫君の影武者になるのだ。
近葉 に借りたいのは山々だが、自分に似合う色の紅ではないのを知っている。
こんな時の頼みの綱は同じ六年生の立花仙蔵だ。
壱華はすぐに忍たま長屋へ走る。
しっかり者の彼女にしては珍しく抜けていた。
年明けから進級試験に頭を悩ませていた為、紅が無くなりそうだったのをすっかり忘れていたのだ。
問題の試験──房中術を含む諸々はなんとか合格し六年生になれたものの、実のところ手放しで喜べない事情があった。
壱華は忍びとしての素質は備わっており、努力の成果でそれに関しては問題なく合格した。
だが色…房中術はお情けで合格したも同然で、彼女は試験を真の意味で突破していないのである。
考えれば気は重くなり、顔は険しくなっていく。
"このままであれば到底卒業はさせられない"
くのいち教室の教師・山本シナ、そして女装に長けている山田伝蔵の両名からはっきり告げられているのだ。
壱華は努力家であり、丸五年学んだ忍者としての術 は充分に備わっている。
もちろんまだたまご の身だが、この一年更に鍛錬を重ねればプロとしてやっていけるだろうと教師陣らの期待値も高い。
色任務を除いて────
それがくのいちとしては致命的なのに。
忍たま長屋を歩く壱華は、どうしたものか考えながら六年い組の部屋前に着いた。
ちなみに忍たまとくのたまは校舎や敷地がはっきりと分かれており、許可なくお互いの敷地に入ることは禁止されている。
だが五年生以上になると合同実習が増えるので、連絡の為自由に行き来可能だ。
「仙蔵ー?いる?」
中に人の気配がするので仙蔵か文次郎、二人のうちどちらかはいるだろう。
「いない」
明らかに仙蔵とは違う声が中からし、壱華は戸を開け伺う。
そこには文次郎が帳簿と向き合い渋い表情をしていた。
「お疲れ様。仙蔵に用があるんだけど、待たせてもらっていい?」
「好きにしろ。もう入ってるだろ」
主に許可を得る前に既に入室した壱華は、すぐに文次郎の前にしゃがみ込みじっと凝視する。
「…文次郎、また夜通しやってたでしょ。何徹目?」
「お前には関係ない」
相も変わらず濃い隈をこさえた男は、算盤 を弾き何度目になるのか頭を抱える。
会計委員会委員長となり早ひと月。
先週提出されたばかりの各委員会の予算案と向き合っている。
あの予算会議は最初から最後まで壮絶だった。
円満とは程遠い委員会の予算会議を思い出せば、自然と眉間の皺が深くなる。
すると直ぐ様咎める声色が降ってきた。
「関係あるなしじゃない。抱え込みすぎだよ…同級生として心配してるの。やらなきゃならないのはわかるけど、下級生にもあまり無理させたらだめだからね」
「……善処する」
改善する気のない文次郎はとりあえずこう答えたものの、付き合いの長い壱華に誤魔化しはきかない。
「何度も言うけど、池で寝るのはだめ。特に入学したばかりの一年生には過酷すぎる。文次郎もちゃんと布団で寝なきゃ、忍者は体が資本なんだから。もし眠れないなら私が何か物語でも読んであげようか?子どもを寝かしつける時によくやるあれはね、誰にでも効果があるんだって」
くどくど始まる説教に、文次郎は盛大に顔を顰め腕組みした。
今に始まったやりとりではないが、耳にたこができる程聞いてもううんざりだ。
しかも後半は随分と子ども扱いしているようで、いい気はしない。
「あーわかったから少し黙ってろ。見ての通り俺は忙しい」
「………」
ぴしゃりと遮断され、壱華は不満気だ。
目の下に消えない濃い隈を刻んだ男を真正面から睨んでいる。
しばしピリピリとした空気が漂っていたが、僅かな足音と共に背後の戸が開く。
「壱華。来ていたのか」
振り返れば待ち人・仙蔵が小脇に文次郎そっくりの生首人形を抱えて入って来た。
初めて見るそれは壱華を驚かせるのに充分だ。
「ちょっと何それ! 文次郎にそっくりじゃない。誰が作ったの? 仙蔵ってばそんな趣味があったんだ?」
壱華は文次郎そっくりの生首人形を愛でる仙蔵の姿を想像してしまう。
「言っておくが私におかしな趣味はないぞ」
後退り引いている壱華に得意気な表情の仙蔵は、これはだな、と説明し始めた。
先週の予算会議で予算を削られないための「盾」にするため、作法委員会委員長の仙蔵が用意したものだ。
簡単に言えば、文次郎を精神的に追い詰め予算を勝ち取る目的の為である。
この作戦、途中まではまあまあ上手くいっていたのだが、最後は予算を貰うことはできなかった。
「……というわけで、金楽寺 の修繕に予算を使うことになって終わった。今文次郎が向き合っているのは再度提出した予算案だ」
「それは二人とも災難だったね…あっ、長次は怪我しなかった? 文次郎! さっさと図書委員会に予算を寄越しなさいよ」
話を聞いた壱華は弟の心配と、彼が委員長を務める図書委員会に予算を寄越せと詰め寄る。
忙しいやつだ、と文次郎も仙蔵も苦笑いした。
とはいえこんなやりとりももう六年目に入ると、慣れも通り越している。
生首フィギュア・もんじろくんを文机に置いた仙蔵は、壱華に向き合う。
「ところで、何か用があるのか?」
「ああそうなの。明日実習があるんだけど、紅を切らしていたの忘れていて…仙蔵の貸してくれない?」
「それは構わないが、いつも抜かりないお前が珍しいな。よく使うのはこの色か?」
仙蔵は道具箱から貝紅を取り出し、開けて見せる。
壱華は実年齢よりいくらか上に見られるので、少し落ち着いた色合いの紅を使っていた。
仙蔵は女装に長けており、化粧技術も高く道具も数種類取り揃えているのでこうして頼ったのだ。
「そう、これ。私、この色しか似合わないから。本当はもっと若々しい明るい色がいいんだけど、なんだかちぐはぐで浮いてしまうから」
僅かに眉尻を下げた壱華に、仙蔵は何とも言えない気持ちになる。
彼女は自身の顔立ちに不満があり、美しいより可愛いという形容に憧れているのだった。
長次と似ているのは目元で、鼻筋の通ったそれなりに整った顔立ちをしている。
確かに形容するなら"美人"で、"可愛らしい"は当てはまらない。
他人から見れば何の問題もないのだが、本人はかなり気にしているのだ。
「そう言うな。壱華はどんな姿でもその場に溶け込むのが上手い。忍者たるもの違和感なくというのが重要なのだから、自信を持て。文次郎の女装を見ただろう?目立ちすぎるし見られたもんじゃない」
「おいっ! 俺に矛先を向けるな。俺だけじゃなく留三郎も小平太も長次も同じだぞ」
いきなり引き合いに出された文次郎はムッとした表情で二人を睨む。
だが女装落第点の他三人を引き合いに出したのが悪かった。
いや留三郎と小平太だけならよかったが、彼はうっかり地雷を踏んでしまう。
「コラ文次郎! あんたは懸命に努力している長次に何てことを言うの! あの子の女装が見られたもんじゃないなら、つまりは似ている私の化粧姿もおかしいってことじゃない」
目をひん剥いて抗議する壱華に、文次郎はやってしまったと焦る。
彼女は弟・長次のこととなると手がつけられなくなる過保護ぶりを発揮するのだ。
しかも顔が似ているから自分の化粧姿もおかしいのかと、間違った方向に捉えている。
「そんなこと言ってないだろ。お前は女で化粧してもおかしくないが、俺や長次は男だからいかんせん顔立ちや骨格がだな…」
「長次はね、顔の傷がなければすんなり合格するはず。きっと女装実習の時は人一倍思い悩んでるのよ…それをおくびにも出さず頑張ってるんだからね!」
「わかった、俺が悪かった。だから落ち着け」
また始まった、とゲンナリの文次郎と仙蔵は壱華を宥めようと試みる。
「壱華、大丈夫だ。長次は所作振る舞いは伝子さんに褒められていたぞ。身近にお前のような姉がいるんだ。きっと手本にしたんだろう」
仙蔵の絶妙なフォローは即効性があり、壱華はコロッと態度を変えて照れている。
「そ…う、かな…。長次、伝子さんから褒められていたんだ。よかったぁ」
安堵の表情を浮かべる壱華を挟み、仙蔵と文次郎は矢羽根であれこれやりとりしてこの場を丸く収めることに成功した。
その後彼女は仙蔵から借りた貝紅を片手に、気分良くくのたま長屋に戻って行った。
くのたま六年生・中在家壱華は、弟に対しかなり過保護な姉である。
男子である忍たま、そして女子のくのいち教室と明確に別れたこの学び舎は新学期を迎えた。
くのたま六年生の中在家壱華は、忍たま六年生の中在家長次の双子の姉である。
姉らしくしっかり者の彼女だが、明日からの実習に使う化粧道具を確認し気付く。
(紅が殆ど無い!買い足すの忘れてた…)
長屋の同室であり唯一の同級生・
こんな時の頼みの綱は同じ六年生の立花仙蔵だ。
壱華はすぐに忍たま長屋へ走る。
しっかり者の彼女にしては珍しく抜けていた。
年明けから進級試験に頭を悩ませていた為、紅が無くなりそうだったのをすっかり忘れていたのだ。
問題の試験──房中術を含む諸々はなんとか合格し六年生になれたものの、実のところ手放しで喜べない事情があった。
壱華は忍びとしての素質は備わっており、努力の成果でそれに関しては問題なく合格した。
だが色…房中術はお情けで合格したも同然で、彼女は試験を真の意味で突破していないのである。
考えれば気は重くなり、顔は険しくなっていく。
"このままであれば到底卒業はさせられない"
くのいち教室の教師・山本シナ、そして女装に長けている山田伝蔵の両名からはっきり告げられているのだ。
壱華は努力家であり、丸五年学んだ忍者としての
もちろんまだ
色任務を除いて────
それがくのいちとしては致命的なのに。
忍たま長屋を歩く壱華は、どうしたものか考えながら六年い組の部屋前に着いた。
ちなみに忍たまとくのたまは校舎や敷地がはっきりと分かれており、許可なくお互いの敷地に入ることは禁止されている。
だが五年生以上になると合同実習が増えるので、連絡の為自由に行き来可能だ。
「仙蔵ー?いる?」
中に人の気配がするので仙蔵か文次郎、二人のうちどちらかはいるだろう。
「いない」
明らかに仙蔵とは違う声が中からし、壱華は戸を開け伺う。
そこには文次郎が帳簿と向き合い渋い表情をしていた。
「お疲れ様。仙蔵に用があるんだけど、待たせてもらっていい?」
「好きにしろ。もう入ってるだろ」
主に許可を得る前に既に入室した壱華は、すぐに文次郎の前にしゃがみ込みじっと凝視する。
「…文次郎、また夜通しやってたでしょ。何徹目?」
「お前には関係ない」
相も変わらず濃い隈をこさえた男は、
会計委員会委員長となり早ひと月。
先週提出されたばかりの各委員会の予算案と向き合っている。
あの予算会議は最初から最後まで壮絶だった。
円満とは程遠い委員会の予算会議を思い出せば、自然と眉間の皺が深くなる。
すると直ぐ様咎める声色が降ってきた。
「関係あるなしじゃない。抱え込みすぎだよ…同級生として心配してるの。やらなきゃならないのはわかるけど、下級生にもあまり無理させたらだめだからね」
「……善処する」
改善する気のない文次郎はとりあえずこう答えたものの、付き合いの長い壱華に誤魔化しはきかない。
「何度も言うけど、池で寝るのはだめ。特に入学したばかりの一年生には過酷すぎる。文次郎もちゃんと布団で寝なきゃ、忍者は体が資本なんだから。もし眠れないなら私が何か物語でも読んであげようか?子どもを寝かしつける時によくやるあれはね、誰にでも効果があるんだって」
くどくど始まる説教に、文次郎は盛大に顔を顰め腕組みした。
今に始まったやりとりではないが、耳にたこができる程聞いてもううんざりだ。
しかも後半は随分と子ども扱いしているようで、いい気はしない。
「あーわかったから少し黙ってろ。見ての通り俺は忙しい」
「………」
ぴしゃりと遮断され、壱華は不満気だ。
目の下に消えない濃い隈を刻んだ男を真正面から睨んでいる。
しばしピリピリとした空気が漂っていたが、僅かな足音と共に背後の戸が開く。
「壱華。来ていたのか」
振り返れば待ち人・仙蔵が小脇に文次郎そっくりの生首人形を抱えて入って来た。
初めて見るそれは壱華を驚かせるのに充分だ。
「ちょっと何それ! 文次郎にそっくりじゃない。誰が作ったの? 仙蔵ってばそんな趣味があったんだ?」
壱華は文次郎そっくりの生首人形を愛でる仙蔵の姿を想像してしまう。
「言っておくが私におかしな趣味はないぞ」
後退り引いている壱華に得意気な表情の仙蔵は、これはだな、と説明し始めた。
先週の予算会議で予算を削られないための「盾」にするため、作法委員会委員長の仙蔵が用意したものだ。
簡単に言えば、文次郎を精神的に追い詰め予算を勝ち取る目的の為である。
この作戦、途中まではまあまあ上手くいっていたのだが、最後は予算を貰うことはできなかった。
「……というわけで、
「それは二人とも災難だったね…あっ、長次は怪我しなかった? 文次郎! さっさと図書委員会に予算を寄越しなさいよ」
話を聞いた壱華は弟の心配と、彼が委員長を務める図書委員会に予算を寄越せと詰め寄る。
忙しいやつだ、と文次郎も仙蔵も苦笑いした。
とはいえこんなやりとりももう六年目に入ると、慣れも通り越している。
生首フィギュア・もんじろくんを文机に置いた仙蔵は、壱華に向き合う。
「ところで、何か用があるのか?」
「ああそうなの。明日実習があるんだけど、紅を切らしていたの忘れていて…仙蔵の貸してくれない?」
「それは構わないが、いつも抜かりないお前が珍しいな。よく使うのはこの色か?」
仙蔵は道具箱から貝紅を取り出し、開けて見せる。
壱華は実年齢よりいくらか上に見られるので、少し落ち着いた色合いの紅を使っていた。
仙蔵は女装に長けており、化粧技術も高く道具も数種類取り揃えているのでこうして頼ったのだ。
「そう、これ。私、この色しか似合わないから。本当はもっと若々しい明るい色がいいんだけど、なんだかちぐはぐで浮いてしまうから」
僅かに眉尻を下げた壱華に、仙蔵は何とも言えない気持ちになる。
彼女は自身の顔立ちに不満があり、美しいより可愛いという形容に憧れているのだった。
長次と似ているのは目元で、鼻筋の通ったそれなりに整った顔立ちをしている。
確かに形容するなら"美人"で、"可愛らしい"は当てはまらない。
他人から見れば何の問題もないのだが、本人はかなり気にしているのだ。
「そう言うな。壱華はどんな姿でもその場に溶け込むのが上手い。忍者たるもの違和感なくというのが重要なのだから、自信を持て。文次郎の女装を見ただろう?目立ちすぎるし見られたもんじゃない」
「おいっ! 俺に矛先を向けるな。俺だけじゃなく留三郎も小平太も長次も同じだぞ」
いきなり引き合いに出された文次郎はムッとした表情で二人を睨む。
だが女装落第点の他三人を引き合いに出したのが悪かった。
いや留三郎と小平太だけならよかったが、彼はうっかり地雷を踏んでしまう。
「コラ文次郎! あんたは懸命に努力している長次に何てことを言うの! あの子の女装が見られたもんじゃないなら、つまりは似ている私の化粧姿もおかしいってことじゃない」
目をひん剥いて抗議する壱華に、文次郎はやってしまったと焦る。
彼女は弟・長次のこととなると手がつけられなくなる過保護ぶりを発揮するのだ。
しかも顔が似ているから自分の化粧姿もおかしいのかと、間違った方向に捉えている。
「そんなこと言ってないだろ。お前は女で化粧してもおかしくないが、俺や長次は男だからいかんせん顔立ちや骨格がだな…」
「長次はね、顔の傷がなければすんなり合格するはず。きっと女装実習の時は人一倍思い悩んでるのよ…それをおくびにも出さず頑張ってるんだからね!」
「わかった、俺が悪かった。だから落ち着け」
また始まった、とゲンナリの文次郎と仙蔵は壱華を宥めようと試みる。
「壱華、大丈夫だ。長次は所作振る舞いは伝子さんに褒められていたぞ。身近にお前のような姉がいるんだ。きっと手本にしたんだろう」
仙蔵の絶妙なフォローは即効性があり、壱華はコロッと態度を変えて照れている。
「そ…う、かな…。長次、伝子さんから褒められていたんだ。よかったぁ」
安堵の表情を浮かべる壱華を挟み、仙蔵と文次郎は矢羽根であれこれやりとりしてこの場を丸く収めることに成功した。
その後彼女は仙蔵から借りた貝紅を片手に、気分良くくのたま長屋に戻って行った。
くのたま六年生・中在家壱華は、弟に対しかなり過保護な姉である。
