我執の鬼
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寺の境内で睨み合う清治と蓮峰。この蓮峰はこれまで様々な姿に化けて隊士らを惑わせてきたわけだが、今がようやく本物の姿と言うべきか。いわゆる白い山伏の法衣に丸い頭襟、鈴懸に梵天を付け、腰には瓢箪、脚絆に草鞋……。対して清治は真っ黒な隊服に身を包み、夜の闇と同化している。
「桑島先生が脚を失ったのがお前のせいだって……?」
「ああそうや。いや、ワシが何かしたんちゃうで。でもワシが悪かったんやろな。……あの人の言う通り、ワシは何もかも未熟やったからな」
時は今から五十年近く前、年号が慶応から明治へと改まった頃の事である。当時すでに柱として活躍していた桑島慈悟郎の元を訪ねた蓮峰は、何度も何度も弟子入りを志願した。歳は十 も離れていないが、鳴柱の桑島は兄のような憧れでもあり、神のような存在でもあった。
「ワシはな、まぁ……素行不良ちゅうか、元は舞鶴の海軍におったが、他の奴らとよう揉め事を起こしとったさかい、クビになってもうてな。腹が立ったし、散々飲み歩いて酔って暴れとったら、絡んだ相手が鬼やったんや。そん時にたまたま助けてくれたんが桑島慈悟郎やったっちゅうわけや」
鬼は逃げる蓮峰の背中に火を噴き、火だるまになりかけた時に桑島が現れて、自らの羽織を脱いで防火槽に浸して背中の火を消してくれたと言う。命は助かったが、それによって蓮峰は背中に大火傷を負った。
「いやぁ、神も仏もおらんと思っとったワシにしたら、あの人が来た時はそれが間違いやったと思ったわ。あの人は間違いなく雷神、すぐに憧れてもうたわ。かっこええのなんの。ワシはあの人の事を調べ、主に東京で鬼殺隊をしとると知った。ワシはとりあえず関西で雷の呼吸の師を捜し出し、一通り技を身に着けてから、東京のあの人の元を訪ねた。でも門前払いやな。ワシの顔を見るなり、帰れ言うたんや」
桑島はめったに弟子を取らない。これはと見込んだ者しか許可しないが、その基準は桑島本人の心の内にあるので誰にも理由が分からない。獪岳のように自ら頼み込んだ者もいるが、善逸のように一切刀に触れた事もないような者にまで声を掛ける。あの正反対の二人に何が共通していたのかは不明だが、その気難しさを知る者からすれば、それは性格がやや丸くなった晩年の戯れだったとも取れる行動だっただろう。
雷の呼吸を習得していた蓮峰を頑なに受け入れなかったのは一体なぜか。やはり当時は桑島本人がまだまだ血気盛んな壮年で、柱として何かしらの強い信念と譲れないこだわりがあったからか。
「どうしようもないさかい、ワシは藤襲山で試験を受けた。そんで合格したんや。隊士になればきっと継子にしてくれると思ったさかい、必死こいて生き延びたんや。せやけどあかんかった。理由を聞いても何も言わん。帰れとの一点張りや。ワシはしばらく隊士としてやっとったが、ここでも他の隊士と一悶着を起こしてな、隊律違反や言うて相手と一緒に柱合会議にかけられ、喧嘩両成敗で締め出されたんや」
隊を抜けても日輪刀を持っていた蓮峰は、夜な夜な自主的に鬼狩りをして回った。隊士である事にこだわらず、もっと強くなって桑島に認められたいという思いだけがあったからだ。それにはたくさん鬼を倒して腕を磨くのが近道だと信じていたのだ。
「若いし、調子に乗っとったんやろうな。ワシは関東に残ってあちこちで鬼狩りをしとったが、ある日手に負えん鬼と出くわした。鬼のあまりの怪力に、ワシが必死こいて磨いてきた技なんか何にもならんかったんや。ワシに残されたんは殺されるかひたすら逃げるかのどっちかやった。そこでワシはまたしても雷神に助けられたんや」
桑島は蓮峰を庇い、脚に大怪我を負った。その脚でも桑島は果敢に戦い、激闘の末に鬼の首を取った。
ところが、蓮峰は桑島の技を目にしながらも、その憧れの対象が別のものに移っている事に気が付いた。柱でも苦戦するほどの圧倒的な強さを秘めた鬼の姿、斬られても斬られてもすぐに再生する肉体、そして鍛錬ではなく、人肉を喰らう事で力を得る面妖さ。
日に当たる事と、日輪刀による頸斬りさえ免れれば、永遠に生きていられる。どこへ行っても弾かれた蓮峰は人に縁 る事をやめ、鬼としての畢生 を選んだ。
「ワシは鬼に弟子入りしたんや。やけどな、その鬼はワシが殺してしもたわ。鬼に金棒やあらへん、鬼に日輪刀やで? こんなん、鬼にしたら怖くてしゃあないやろ。……気に食わん鬼はワシが全部殺してしもた。ちっとは感謝せい」
「……お前、桑島先生にはちゃんと礼を言ったのか?」
「ああん? 何がや」
「お前を助けたせいで先生は引退された。今も不自由な生活を送っておられる」
「せやろなぁ、そうでなくてももうずいぶんな爺 の歳やもんなぁ。あの脚やし、嫁さんももらえんだんやろうな、ハッハッハ! ……やからってこんなクソガキの世話なんかしくさって、あの人の気まぐれもええ加減にせえっちゅうねん」
蓮峰は気を失ったままの獪岳を足先で突つついた。清治は我慢ならず、腰の刀を抜く。
「やめろ! 俺の大事な兄貴分に何をするんだ!」
「兄貴分か……。ずいぶん仲が良さそうやんけ。ええなぁ、兄弟ごっこは」
「なぜ桑島先生がお前を弟子にしなかったか、お前には一生理解できないだろう」
「何や小僧、お前には解るんか?」
「当然だ。先生だけじゃなく、誰であっても断るだろうな」
清治は刀を構えたまま切っ先を蓮峰に向け、視線を決して外さない。ニヤニヤとしながらでも眼光鋭い蓮峰に負けじと食らいつく。
「そういや鱗滝左近次にも志願したけど断られてもうたわ。あのかっこええ面だけは参考にさせてもろたけどな、ハハッ。他にも誰やったかの、偉そうな事をワシにほざいといて、あらかた鬼に殺されてしもたようやが。人間は弱い。お前も弱い。弱すぎてあかん。どや、鬼になってから俺と戦わんか? その方が思いきりやれるやろ」
「ふざけんなよ、誰が鬼になるものか。鬼になるくらいだったら死んだ方がマシだ」
「ほぉ、根性あるんやな。小僧、お前そういや前に関西の言葉を話しとったな。何で今は話さへんのや」
「……お前と同じ言葉を使うなんて反吐が出る。俺は東京の隊士だ。一緒にするな」
「何や、気取りくさって。出身は滋賀やったか? ワシは大阪や。固い事言わんと同じ関西同士、仲良うしようや」
────雷の呼吸 弐ノ型 稲魂
清治は強く踏み出し、素早く刀を振って五連撃を食らわす。蓮峰のニヤけた顔に斬り込むが、それは単なる残像であり、当の蓮峰は飛び石に足を下ろすが如くヒョイヒョイと軽快に後退して行く。
「足はどうもあらへんか? 冷や汗が出とるぞ?」
「だっ……黙れ!」
「そうは言うても雷の呼吸は足が──」
「黙れって言ってんだよ! お前を絶対に許さない。人をたくさん殺して、何も悪くない優玄さんをあんな目に遭わせて、親切な住職も騙して、寺を燃やして……。お前は一体何がしたいんだ!」
蓮峰は瓢箪をグイと傾け、喉を鳴らして酒を飲む。旨そうにそれを飲んでさらに力を漲らせたのか、蓮峰の眼はギラギラと活気づく。
「分からん」
呆気なく無邪気に答える蓮峰に、清治は耳を疑った。
「……は?」
「分からんのや。ワシは楽しんで生きとるだけや。……虫けらを弄 るんは、えろう楽しいで?」
「……ッ‼」
放り投げた瓢箪が地に落ち、中からは黒く見える液体が漏れ出て来る。それを見た清治は、目をカッと見開いて雄叫びを上げ、蓮峰に突進した。
「桑島先生が脚を失ったのがお前のせいだって……?」
「ああそうや。いや、ワシが何かしたんちゃうで。でもワシが悪かったんやろな。……あの人の言う通り、ワシは何もかも未熟やったからな」
時は今から五十年近く前、年号が慶応から明治へと改まった頃の事である。当時すでに柱として活躍していた桑島慈悟郎の元を訪ねた蓮峰は、何度も何度も弟子入りを志願した。歳は
「ワシはな、まぁ……素行不良ちゅうか、元は舞鶴の海軍におったが、他の奴らとよう揉め事を起こしとったさかい、クビになってもうてな。腹が立ったし、散々飲み歩いて酔って暴れとったら、絡んだ相手が鬼やったんや。そん時にたまたま助けてくれたんが桑島慈悟郎やったっちゅうわけや」
鬼は逃げる蓮峰の背中に火を噴き、火だるまになりかけた時に桑島が現れて、自らの羽織を脱いで防火槽に浸して背中の火を消してくれたと言う。命は助かったが、それによって蓮峰は背中に大火傷を負った。
「いやぁ、神も仏もおらんと思っとったワシにしたら、あの人が来た時はそれが間違いやったと思ったわ。あの人は間違いなく雷神、すぐに憧れてもうたわ。かっこええのなんの。ワシはあの人の事を調べ、主に東京で鬼殺隊をしとると知った。ワシはとりあえず関西で雷の呼吸の師を捜し出し、一通り技を身に着けてから、東京のあの人の元を訪ねた。でも門前払いやな。ワシの顔を見るなり、帰れ言うたんや」
桑島はめったに弟子を取らない。これはと見込んだ者しか許可しないが、その基準は桑島本人の心の内にあるので誰にも理由が分からない。獪岳のように自ら頼み込んだ者もいるが、善逸のように一切刀に触れた事もないような者にまで声を掛ける。あの正反対の二人に何が共通していたのかは不明だが、その気難しさを知る者からすれば、それは性格がやや丸くなった晩年の戯れだったとも取れる行動だっただろう。
雷の呼吸を習得していた蓮峰を頑なに受け入れなかったのは一体なぜか。やはり当時は桑島本人がまだまだ血気盛んな壮年で、柱として何かしらの強い信念と譲れないこだわりがあったからか。
「どうしようもないさかい、ワシは藤襲山で試験を受けた。そんで合格したんや。隊士になればきっと継子にしてくれると思ったさかい、必死こいて生き延びたんや。せやけどあかんかった。理由を聞いても何も言わん。帰れとの一点張りや。ワシはしばらく隊士としてやっとったが、ここでも他の隊士と一悶着を起こしてな、隊律違反や言うて相手と一緒に柱合会議にかけられ、喧嘩両成敗で締め出されたんや」
隊を抜けても日輪刀を持っていた蓮峰は、夜な夜な自主的に鬼狩りをして回った。隊士である事にこだわらず、もっと強くなって桑島に認められたいという思いだけがあったからだ。それにはたくさん鬼を倒して腕を磨くのが近道だと信じていたのだ。
「若いし、調子に乗っとったんやろうな。ワシは関東に残ってあちこちで鬼狩りをしとったが、ある日手に負えん鬼と出くわした。鬼のあまりの怪力に、ワシが必死こいて磨いてきた技なんか何にもならんかったんや。ワシに残されたんは殺されるかひたすら逃げるかのどっちかやった。そこでワシはまたしても雷神に助けられたんや」
桑島は蓮峰を庇い、脚に大怪我を負った。その脚でも桑島は果敢に戦い、激闘の末に鬼の首を取った。
ところが、蓮峰は桑島の技を目にしながらも、その憧れの対象が別のものに移っている事に気が付いた。柱でも苦戦するほどの圧倒的な強さを秘めた鬼の姿、斬られても斬られてもすぐに再生する肉体、そして鍛錬ではなく、人肉を喰らう事で力を得る面妖さ。
日に当たる事と、日輪刀による頸斬りさえ免れれば、永遠に生きていられる。どこへ行っても弾かれた蓮峰は人に
「ワシは鬼に弟子入りしたんや。やけどな、その鬼はワシが殺してしもたわ。鬼に金棒やあらへん、鬼に日輪刀やで? こんなん、鬼にしたら怖くてしゃあないやろ。……気に食わん鬼はワシが全部殺してしもた。ちっとは感謝せい」
「……お前、桑島先生にはちゃんと礼を言ったのか?」
「ああん? 何がや」
「お前を助けたせいで先生は引退された。今も不自由な生活を送っておられる」
「せやろなぁ、そうでなくてももうずいぶんな
蓮峰は気を失ったままの獪岳を足先で突つついた。清治は我慢ならず、腰の刀を抜く。
「やめろ! 俺の大事な兄貴分に何をするんだ!」
「兄貴分か……。ずいぶん仲が良さそうやんけ。ええなぁ、兄弟ごっこは」
「なぜ桑島先生がお前を弟子にしなかったか、お前には一生理解できないだろう」
「何や小僧、お前には解るんか?」
「当然だ。先生だけじゃなく、誰であっても断るだろうな」
清治は刀を構えたまま切っ先を蓮峰に向け、視線を決して外さない。ニヤニヤとしながらでも眼光鋭い蓮峰に負けじと食らいつく。
「そういや鱗滝左近次にも志願したけど断られてもうたわ。あのかっこええ面だけは参考にさせてもろたけどな、ハハッ。他にも誰やったかの、偉そうな事をワシにほざいといて、あらかた鬼に殺されてしもたようやが。人間は弱い。お前も弱い。弱すぎてあかん。どや、鬼になってから俺と戦わんか? その方が思いきりやれるやろ」
「ふざけんなよ、誰が鬼になるものか。鬼になるくらいだったら死んだ方がマシだ」
「ほぉ、根性あるんやな。小僧、お前そういや前に関西の言葉を話しとったな。何で今は話さへんのや」
「……お前と同じ言葉を使うなんて反吐が出る。俺は東京の隊士だ。一緒にするな」
「何や、気取りくさって。出身は滋賀やったか? ワシは大阪や。固い事言わんと同じ関西同士、仲良うしようや」
────雷の呼吸 弐ノ型 稲魂
清治は強く踏み出し、素早く刀を振って五連撃を食らわす。蓮峰のニヤけた顔に斬り込むが、それは単なる残像であり、当の蓮峰は飛び石に足を下ろすが如くヒョイヒョイと軽快に後退して行く。
「足はどうもあらへんか? 冷や汗が出とるぞ?」
「だっ……黙れ!」
「そうは言うても雷の呼吸は足が──」
「黙れって言ってんだよ! お前を絶対に許さない。人をたくさん殺して、何も悪くない優玄さんをあんな目に遭わせて、親切な住職も騙して、寺を燃やして……。お前は一体何がしたいんだ!」
蓮峰は瓢箪をグイと傾け、喉を鳴らして酒を飲む。旨そうにそれを飲んでさらに力を漲らせたのか、蓮峰の眼はギラギラと活気づく。
「分からん」
呆気なく無邪気に答える蓮峰に、清治は耳を疑った。
「……は?」
「分からんのや。ワシは楽しんで生きとるだけや。……虫けらを
「……ッ‼」
放り投げた瓢箪が地に落ち、中からは黒く見える液体が漏れ出て来る。それを見た清治は、目をカッと見開いて雄叫びを上げ、蓮峰に突進した。
