我執の鬼
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隠の女性は背後からやって来る隊士たちの声に振り返った。手が伸ばせる範囲くらいしかしっかりと見えないような暗い山道で、それらが隊士たちの発するものだと判ったのは、東京の言葉が聞こえたからである。
隊士たちもまた、背中に「隠」と字があるのを見て呼びかけた。
「隠さん、この先で楠班が大変な事になっているって聞いたんだけど、どの辺かな? 案内してくれる?」
「ああ、みなさんお疲れ様です。楠班ですか? 何かあったんですか?」
ずっと救護所にいたので、隠は何も知らない。
「えっ、それで向かってるんじゃないの?」
「いえ私は……。あの、大変な事って一体……?」
「俺たちもよく分かんないんだけど、鴉の話では崖の斜面で隊士たちが倒れてるから助けに行くようにって。楠班の鴉は殺されてたらしくて、だから連絡が遅れたみたいなんだよ」
「……えっ⁉」
「柏班も、班長以外全員やられたんだろ? 楠班もやられたとなると……こりゃ大変な事になりそうだ」
そんな事を聞いたとあれば、清治の行方を捜すよりも楠班の救助を先にするべきだが、隠の女性はそんな当たり前の判断すらもできなかった。一緒に何かあったのではないかと思って、ますます清治の行方が心配になる。
「あのっ、どなたか皇 さんを見かけませんでしたか!? 救護所からいなくなってしまったんです!」
「皇? さぁ」
「あいつ、正義感が強いから一人で鬼捜しにでも行ったのかもな」
「あり得るな。やたらめったら張り切ってたし」
「でも、怪我をされてて……! とても歩ける状態じゃないくらいに足首が腫れているんです!」
誰も清治の行方を知らない。隠の女性は落胆しながらも隊士たちと一緒に山を歩き、途中で楠班員を発見してその回収を手伝った。幸いにして全員息はあるようで、隊士たちが担いで救護所まで運ぶ事になった。
隊士たちはまた戻って来て、清治の捜索を手伝ってくれると言う。隠は捜索を続けると言って、下山する隊士たちとは逆方向である山道をさらに奥へと進んで行く。
(皇さんはきっと鬼を捜しに行ったんだ。あんな怪我をしてるのに……)
額からは出血し、足首も挫いている。また、頸椎にも痛みがあるとの事で、夜が明けてから医者を呼んで精密に診てもらう手筈になっていた。それまでは絶対安静にするべきだったのにも拘かかわらず、清治は姿を消した。
(皇さん、少しだけ弟 に似てる。何か……何かすごく懐かしい。皇さんが笑うと、まるで庄ちゃんが戻って来たみたいで……)
隠には二つ下の弟がいた。両親は知人の通夜の帰りに鬼に殺され、姉弟は同居の祖父母に育てられたが、十五で弟は隊士を志して剣術道場に入門し、二年後に藤襲山に行ってそのまま帰って来なかった。祖父母も病気で相次いで亡くなり、一人になってしまった隠には良い縁談の話もあったが、自分にも何かできないかとそれを断って隠に志願した。
戦う力はない。だから陰で前線の隊士たちを支える側として、鬼への恨みを晴らしたい。そんな隠だったが、清治に出逢ってからというもの、気にかけずにはいられなかった。
亡き弟の顔を思い出そうとすれば、だんだん清治の顔が浮かんでくる。いつの間にそんな事になってしまったのか。どんなに大切な思い出でも、人の記憶とはだんだんと薄れていくもの。一度似ていると思っただけで、どんどん記憶が書き替えられていく。
少し自信家のようにはにかみながら「行ってきます」と言って、そのまま戻って来なかった弟。その姿が今は清治と重なっている。清治もまた、そんな事になってしまうのではないか。
(どうか、どうか、無事でいて皇さん‼)
隠の女性は、清治に作ってもらった杖を使いながら山道を急いだ。
隊士たちもまた、背中に「隠」と字があるのを見て呼びかけた。
「隠さん、この先で楠班が大変な事になっているって聞いたんだけど、どの辺かな? 案内してくれる?」
「ああ、みなさんお疲れ様です。楠班ですか? 何かあったんですか?」
ずっと救護所にいたので、隠は何も知らない。
「えっ、それで向かってるんじゃないの?」
「いえ私は……。あの、大変な事って一体……?」
「俺たちもよく分かんないんだけど、鴉の話では崖の斜面で隊士たちが倒れてるから助けに行くようにって。楠班の鴉は殺されてたらしくて、だから連絡が遅れたみたいなんだよ」
「……えっ⁉」
「柏班も、班長以外全員やられたんだろ? 楠班もやられたとなると……こりゃ大変な事になりそうだ」
そんな事を聞いたとあれば、清治の行方を捜すよりも楠班の救助を先にするべきだが、隠の女性はそんな当たり前の判断すらもできなかった。一緒に何かあったのではないかと思って、ますます清治の行方が心配になる。
「あのっ、どなたか
「皇? さぁ」
「あいつ、正義感が強いから一人で鬼捜しにでも行ったのかもな」
「あり得るな。やたらめったら張り切ってたし」
「でも、怪我をされてて……! とても歩ける状態じゃないくらいに足首が腫れているんです!」
誰も清治の行方を知らない。隠の女性は落胆しながらも隊士たちと一緒に山を歩き、途中で楠班員を発見してその回収を手伝った。幸いにして全員息はあるようで、隊士たちが担いで救護所まで運ぶ事になった。
隊士たちはまた戻って来て、清治の捜索を手伝ってくれると言う。隠は捜索を続けると言って、下山する隊士たちとは逆方向である山道をさらに奥へと進んで行く。
(皇さんはきっと鬼を捜しに行ったんだ。あんな怪我をしてるのに……)
額からは出血し、足首も挫いている。また、頸椎にも痛みがあるとの事で、夜が明けてから医者を呼んで精密に診てもらう手筈になっていた。それまでは絶対安静にするべきだったのにも拘かかわらず、清治は姿を消した。
(皇さん、少しだけ
隠には二つ下の弟がいた。両親は知人の通夜の帰りに鬼に殺され、姉弟は同居の祖父母に育てられたが、十五で弟は隊士を志して剣術道場に入門し、二年後に藤襲山に行ってそのまま帰って来なかった。祖父母も病気で相次いで亡くなり、一人になってしまった隠には良い縁談の話もあったが、自分にも何かできないかとそれを断って隠に志願した。
戦う力はない。だから陰で前線の隊士たちを支える側として、鬼への恨みを晴らしたい。そんな隠だったが、清治に出逢ってからというもの、気にかけずにはいられなかった。
亡き弟の顔を思い出そうとすれば、だんだん清治の顔が浮かんでくる。いつの間にそんな事になってしまったのか。どんなに大切な思い出でも、人の記憶とはだんだんと薄れていくもの。一度似ていると思っただけで、どんどん記憶が書き替えられていく。
少し自信家のようにはにかみながら「行ってきます」と言って、そのまま戻って来なかった弟。その姿が今は清治と重なっている。清治もまた、そんな事になってしまうのではないか。
(どうか、どうか、無事でいて皇さん‼)
隠の女性は、清治に作ってもらった杖を使いながら山道を急いだ。
