生きてさえいれば
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宿坊の大広間は急遽救護所となり、手当てを受ける隊士たちを収容する準備が慌ただしく行われていた。避難して来た僧侶たちも「何か手伝いをしよう」と買って出て布団を敷いたり湯を沸かしたりと、宿坊は一気に騒然となる。
表では隊士たちが警備を務め、各鎹鴉たちも連絡に飛び回る。周辺には篝火を焚いて一帯を明るく照らし、夜の帳に備えていた。
運ばれて来た清治はすぐに傷の手当てを受けた。また、多少意識の混濁があると診断され、しばらく安静でいるようにと布団に寝かされていた。
「皇 さん、具合はいかがですか? お水を持って来ました」
東京からの隠の女性が、湯呑に水を入れて枕元までやって来る。
「あ……ありがとうございます。ハハッ、格好悪いですね、俺」
手当てされた頭には当て布が貼られているが、血が滲んで日の丸のようになっている。
「いいえ、そんな事はないですよ。大きな怪我じゃなくて良かったです」
隠は清治の背中に手を当て、ゆっくりと起き上がらせて湯呑を口元に運ぶ。冷たい吉野の湧き水だ。ゴクリゴクリと二回大きく喉仏が動く。隠は清治の瘡蓋 のある口元に手拭いをそっと当て、少し湯呑からこぼれた水を拭いた。
「あの時のお返しができました。皇さんに水を持って来ていただいた時の……」
「ハハ……。ありがとうございました、おいしかったです」
「もう一杯飲まれますか?」
「いえ。あのでも……世話をかけるついでに、いつか時間ができたらでいいので、この羽織……この袖の部分が破けてしまったのを縫ってもらえませんか」
「えっ……? ああ、ここですね。かしこまりました」
「すみません、お手数をおかけします」
「いいえ。ではお預かりしますよ」
清治は隠に手伝ってもらって羽織を脱ぐ。汗と煤 と泥で汚れたそれには、幸い血だけはついてない。
「洗っておきましょうか」
「そうしていただけると助かります」
「以前、同じ柄で違う色の羽織の方を見かけた事があります。もしかして同じ雷の呼吸の方でしょうか」
「……ええ……おそらく」
「いいですね、お揃いの羽織。みなさん仲がいいんですね」
隠は清治をもう一度布団に寝かし、羽織を綺麗に折り畳んで微笑むと、それを持って仕事に戻って行った。
(仲がいい……。そうやな。あの羽織を着なあかんのは、ホンマはあの人や)
不思議な夢だった。清治は善逸の記憶を追体験したのだった。まるで自分が本当にその場にいたかのように、音も匂いも肌の感覚も鮮明に覚えている。
あの時、弟子の獪岳に断られてどんな風に桑島が感じ、切なく思ったか。あの時、受け取らなかった獪岳の理由が何なのか。その両方の思いを知っているのは、これを目の前で見ていた善逸である。
その善逸の心が今なら手に取るように分かる。三人バラバラになってしまった今でも、それを繋ぎ留めているのは同じ一門の証であるこの羽織である。
そしてあの三人は三位一体、まさに羽織の三角模様のように心で繋がっているのだ。
(壱ノ型ができんだからって遠慮なんかせんで良かったんやで。そんな事なんかちっとも桑島先生は気にしとらんかった。立派な剣士になるよう願いを込めた贈り物やったんや。それに、龍になるには鱗が必要なんやで、獪岳さん)
清治はゆっくり起き上がると、傍に置かれた金色の日輪刀の鞘に手を伸ばした。体は痛むが、生きているからこそまた立ち上がれる。まだまだやれる。鬼を倒す為にここに来たのだ。命尽きるまで戦わなければならない。
表では隊士たちが警備を務め、各鎹鴉たちも連絡に飛び回る。周辺には篝火を焚いて一帯を明るく照らし、夜の帳に備えていた。
運ばれて来た清治はすぐに傷の手当てを受けた。また、多少意識の混濁があると診断され、しばらく安静でいるようにと布団に寝かされていた。
「
東京からの隠の女性が、湯呑に水を入れて枕元までやって来る。
「あ……ありがとうございます。ハハッ、格好悪いですね、俺」
手当てされた頭には当て布が貼られているが、血が滲んで日の丸のようになっている。
「いいえ、そんな事はないですよ。大きな怪我じゃなくて良かったです」
隠は清治の背中に手を当て、ゆっくりと起き上がらせて湯呑を口元に運ぶ。冷たい吉野の湧き水だ。ゴクリゴクリと二回大きく喉仏が動く。隠は清治の
「あの時のお返しができました。皇さんに水を持って来ていただいた時の……」
「ハハ……。ありがとうございました、おいしかったです」
「もう一杯飲まれますか?」
「いえ。あのでも……世話をかけるついでに、いつか時間ができたらでいいので、この羽織……この袖の部分が破けてしまったのを縫ってもらえませんか」
「えっ……? ああ、ここですね。かしこまりました」
「すみません、お手数をおかけします」
「いいえ。ではお預かりしますよ」
清治は隠に手伝ってもらって羽織を脱ぐ。汗と
「洗っておきましょうか」
「そうしていただけると助かります」
「以前、同じ柄で違う色の羽織の方を見かけた事があります。もしかして同じ雷の呼吸の方でしょうか」
「……ええ……おそらく」
「いいですね、お揃いの羽織。みなさん仲がいいんですね」
隠は清治をもう一度布団に寝かし、羽織を綺麗に折り畳んで微笑むと、それを持って仕事に戻って行った。
(仲がいい……。そうやな。あの羽織を着なあかんのは、ホンマはあの人や)
不思議な夢だった。清治は善逸の記憶を追体験したのだった。まるで自分が本当にその場にいたかのように、音も匂いも肌の感覚も鮮明に覚えている。
あの時、弟子の獪岳に断られてどんな風に桑島が感じ、切なく思ったか。あの時、受け取らなかった獪岳の理由が何なのか。その両方の思いを知っているのは、これを目の前で見ていた善逸である。
その善逸の心が今なら手に取るように分かる。三人バラバラになってしまった今でも、それを繋ぎ留めているのは同じ一門の証であるこの羽織である。
そしてあの三人は三位一体、まさに羽織の三角模様のように心で繋がっているのだ。
(壱ノ型ができんだからって遠慮なんかせんで良かったんやで。そんな事なんかちっとも桑島先生は気にしとらんかった。立派な剣士になるよう願いを込めた贈り物やったんや。それに、龍になるには鱗が必要なんやで、獪岳さん)
清治はゆっくり起き上がると、傍に置かれた金色の日輪刀の鞘に手を伸ばした。体は痛むが、生きているからこそまた立ち上がれる。まだまだやれる。鬼を倒す為にここに来たのだ。命尽きるまで戦わなければならない。
