生きてさえいれば
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泥に苔、木の根っこ。清治の目に映ったのは普通とは違うそんなものだった。足の速い山蟻が向こうから近づいてきたが、鼻の手前で方向を変えた。
「うっ……。俺は一体……」
顔が濡れている気がして、清治は手で触る。血だ。
どうやら頭から血が流れているようだ。口の中も錆びた釘を舐めたような味がする。顔の横には血が混ざった嘔吐物もあり、すぐに身を起こそうとしたが体中が痛くて顔をしかめる。
「キヨっ! 大丈夫か!」
獪岳の声がする。清治は薄目のまま声の方を見た。
「…………」
駆けつけた獪岳はすぐに清治の身体をくまなく確認する。血が出ている箇所はどこか、他には傷はないか、腕は折れていないか、肩は動くか、首は──。順に触っていき、みぞおちに触れた時、清治は「うっ」と声を漏らした。
「痛むか? ここか?」
「あっ、触らないでくださいよ……」
「チッ、足もやられてんな。捻挫か、右足首が腫れ上がってんぞ」
「マジっすか。……参ったな」
獪岳の他にも、何人もの声が近づいて来ては辺りをパタパタと走り回っている。
「何人おるんや⁉」
「こっちは六人! 全部で六人です! 柏班やと思います!」
「全員担架か? 下まで歩けそうな隊士はおるかッ?」
清治は手をゆっくりと上げて「歩ける」と意思表示をしたが、獪岳は手を下ろさせる。
「キヨ、無理だ。お前は俺がおぶって行く。おいっ、コイツを連れて行くからな! 他の奴らは頼んだぞ!」
清治は獪岳の背に身を預けて山道を下って行く。その間も清治は虚ろな目をして、善逸の羽織のような色の地平線の上に、青濃く広がる空を見ていた。それは自分の羽織と同じ色──。本当は獪岳が着るはずだった羽織の色──。
「兄貴……この羽織……」
「ああん!? 何が兄貴だ! 俺はお前の兄貴になった覚えはねぇぞ! ついでに言っとくがダチでもねぇからな! 呆けたような事言ってねぇでしっかりしろ! 何があったんだ! 鬼はどこへ行った⁉ お前が倒したのか!?」
獪岳に強く言われ、そうだったと清治は我に返る。確か班員の様子を見に行ったらみんなが倒れていて、そしたら桑島が現れて戦って……。
桑島は順に全ての型で清治に襲いかかり、清治はそれを躱し続けながらも頸を狙った。いくら刀を振るっても、頸を斬らなければただ剣舞をしているに過ぎない。息をつく間もない程の連続攻撃に、清治の太刀筋は正確さを欠き、隙が多く生まれてしまったところへ桑島の刃は迫ってきた。
いつの間にかそこで気を失っていたのか、血だらけになった自分を見れば負けたのだと一目瞭然である。だが幸い命までは取られなかった。
「鬼に負けた。鬼を取り逃してしまった」
「取り逃がしただと⁉」
「すんません……。やっぱ俺、隊士になる資格なんか……。藤襲山で生き延びたのは俺の力じゃなかった。周りの人がたくさん鬼を倒してくれたからだ。なのに俺は……」
清治は初めて蝶屋敷にやって来た時の事を思い出していた。
『最終選別は楽勝でした! あの山の鬼の、弱いの何のって』
あの時は隊士になれた喜びもあり、自信満々・意気揚々と腕を自慢していた。伊之助はそういう清治を褒めていたが、炭治郎や善逸はどう感じていただろうか。今、あの頃の自分と同じように入隊したばかりの隊士がそう言い放ったら、態度を改めるように言うだろうと清治は思う。
あの藤だらけの山で出会った女性……清治は「オバサン」と言い放ったが──、そして「オッサン」こと槇寿郎も、彼ら二人は他の誰とも違っていた。年齢や腕前を考えれば、おそらく元・隊士。なぜ選別を受けていたかは分からないが、熟練した技で鬼を倒していく様は見事と言わざるを得なかった。
十五人の受験者のうち、残ったのは十二人。鬼が弱かったのではない。あの二人が強すぎたのだ。二人の存在に助けられただけで、十人は運が良かっただけなのだ。
「俺には力がないから鬼を倒せなかった。なのに何で俺は生きてるんだ……。何で怪我だけで、殺されずに済んだんだ……」
「何言ってやがる、らしくねぇな。頭でも打ったのか? とにかく何であろうと生きてんだから良かっただろうが! どんな事をしても、生きている事に価値がある。人はな、生きてさえいればいいんだ。例え失敗しても、生きてさえいれば何度でも立ち上がれるだろ」
「生きてさえいれば……」
「ああ。死ななければ絶対に負けじゃねぇ。どんなに惨めでも、どんなに辛い環境でもしがみついて生きて行くんだよ。ドブネズミみてぇにな。負けを受け入れるかどうかは自分の気持ち次第だ。諦めなければ負けじゃねぇ」
獪岳は生に貪欲に見える。だが、負けが見えているのに最後の最後まで生きようと必死にもがくのは、潔く死を受け入れられないような、人としてみっともない行為じゃないだろうか──。清治はぼんやりする頭の中で問いかけた。
獪岳の姿勢はきっと正しい。
『死なずに勝ち続けていれば、鬼殺隊ではそれが一番優れた隊士の証なんですよ!』
以前、善逸に言った言葉だ。あんなに励ましていたのに、今はその言葉で自分を鼓舞している。だが足りないものがあるとすれば、それは「勝つ事」だ。勝っても死んではならず、死なずに勝つ事、勝ち続ける事、それが選別で産屋敷が求める事だ。そしてそれは隊士になってからも求められる。
生を簡単に諦めるのは人間だけ。あれだけ死を怖がるくせに、なぜ生に執着せずに簡単に諦めてしまうのか。
「また機会はある。そん時にぶっ殺してやればいい。生きているからこそ、また挑めるんだぜ」
「そう……ですね……。まだまだいけますよね、俺。生きてますもんね」
「そうだ。お前はまだ負けてねぇ。まだ戦える。まだまだ戦えるぜ」
清治は獪岳の肩で涙をこぼしていた。鬼から人を守ろうとするのなら、隊士は生きるために貪欲にならなければならない。自分の命を大切にできない人間が、人の命を守れるわけがない。
清治をおんぶする獪岳は、清治の太ももをバシっと叩く。
「オラッ、泣くんじゃねぇ。俺はいちいち泣く奴が大嫌いなんだよ」
「……すんません」
「あーったく重いぜ。腹減ったし、眠 ィし……」
獪岳はブツブツ文句を言いながら清治を運ぶ。そして下山して救護所の隠に清治を託すと、すぐさま再度山を登って他の負傷隊士を担ぎに向かった。
「うっ……。俺は一体……」
顔が濡れている気がして、清治は手で触る。血だ。
どうやら頭から血が流れているようだ。口の中も錆びた釘を舐めたような味がする。顔の横には血が混ざった嘔吐物もあり、すぐに身を起こそうとしたが体中が痛くて顔をしかめる。
「キヨっ! 大丈夫か!」
獪岳の声がする。清治は薄目のまま声の方を見た。
「…………」
駆けつけた獪岳はすぐに清治の身体をくまなく確認する。血が出ている箇所はどこか、他には傷はないか、腕は折れていないか、肩は動くか、首は──。順に触っていき、みぞおちに触れた時、清治は「うっ」と声を漏らした。
「痛むか? ここか?」
「あっ、触らないでくださいよ……」
「チッ、足もやられてんな。捻挫か、右足首が腫れ上がってんぞ」
「マジっすか。……参ったな」
獪岳の他にも、何人もの声が近づいて来ては辺りをパタパタと走り回っている。
「何人おるんや⁉」
「こっちは六人! 全部で六人です! 柏班やと思います!」
「全員担架か? 下まで歩けそうな隊士はおるかッ?」
清治は手をゆっくりと上げて「歩ける」と意思表示をしたが、獪岳は手を下ろさせる。
「キヨ、無理だ。お前は俺がおぶって行く。おいっ、コイツを連れて行くからな! 他の奴らは頼んだぞ!」
清治は獪岳の背に身を預けて山道を下って行く。その間も清治は虚ろな目をして、善逸の羽織のような色の地平線の上に、青濃く広がる空を見ていた。それは自分の羽織と同じ色──。本当は獪岳が着るはずだった羽織の色──。
「兄貴……この羽織……」
「ああん!? 何が兄貴だ! 俺はお前の兄貴になった覚えはねぇぞ! ついでに言っとくがダチでもねぇからな! 呆けたような事言ってねぇでしっかりしろ! 何があったんだ! 鬼はどこへ行った⁉ お前が倒したのか!?」
獪岳に強く言われ、そうだったと清治は我に返る。確か班員の様子を見に行ったらみんなが倒れていて、そしたら桑島が現れて戦って……。
桑島は順に全ての型で清治に襲いかかり、清治はそれを躱し続けながらも頸を狙った。いくら刀を振るっても、頸を斬らなければただ剣舞をしているに過ぎない。息をつく間もない程の連続攻撃に、清治の太刀筋は正確さを欠き、隙が多く生まれてしまったところへ桑島の刃は迫ってきた。
いつの間にかそこで気を失っていたのか、血だらけになった自分を見れば負けたのだと一目瞭然である。だが幸い命までは取られなかった。
「鬼に負けた。鬼を取り逃してしまった」
「取り逃がしただと⁉」
「すんません……。やっぱ俺、隊士になる資格なんか……。藤襲山で生き延びたのは俺の力じゃなかった。周りの人がたくさん鬼を倒してくれたからだ。なのに俺は……」
清治は初めて蝶屋敷にやって来た時の事を思い出していた。
『最終選別は楽勝でした! あの山の鬼の、弱いの何のって』
あの時は隊士になれた喜びもあり、自信満々・意気揚々と腕を自慢していた。伊之助はそういう清治を褒めていたが、炭治郎や善逸はどう感じていただろうか。今、あの頃の自分と同じように入隊したばかりの隊士がそう言い放ったら、態度を改めるように言うだろうと清治は思う。
あの藤だらけの山で出会った女性……清治は「オバサン」と言い放ったが──、そして「オッサン」こと槇寿郎も、彼ら二人は他の誰とも違っていた。年齢や腕前を考えれば、おそらく元・隊士。なぜ選別を受けていたかは分からないが、熟練した技で鬼を倒していく様は見事と言わざるを得なかった。
十五人の受験者のうち、残ったのは十二人。鬼が弱かったのではない。あの二人が強すぎたのだ。二人の存在に助けられただけで、十人は運が良かっただけなのだ。
「俺には力がないから鬼を倒せなかった。なのに何で俺は生きてるんだ……。何で怪我だけで、殺されずに済んだんだ……」
「何言ってやがる、らしくねぇな。頭でも打ったのか? とにかく何であろうと生きてんだから良かっただろうが! どんな事をしても、生きている事に価値がある。人はな、生きてさえいればいいんだ。例え失敗しても、生きてさえいれば何度でも立ち上がれるだろ」
「生きてさえいれば……」
「ああ。死ななければ絶対に負けじゃねぇ。どんなに惨めでも、どんなに辛い環境でもしがみついて生きて行くんだよ。ドブネズミみてぇにな。負けを受け入れるかどうかは自分の気持ち次第だ。諦めなければ負けじゃねぇ」
獪岳は生に貪欲に見える。だが、負けが見えているのに最後の最後まで生きようと必死にもがくのは、潔く死を受け入れられないような、人としてみっともない行為じゃないだろうか──。清治はぼんやりする頭の中で問いかけた。
獪岳の姿勢はきっと正しい。
『死なずに勝ち続けていれば、鬼殺隊ではそれが一番優れた隊士の証なんですよ!』
以前、善逸に言った言葉だ。あんなに励ましていたのに、今はその言葉で自分を鼓舞している。だが足りないものがあるとすれば、それは「勝つ事」だ。勝っても死んではならず、死なずに勝つ事、勝ち続ける事、それが選別で産屋敷が求める事だ。そしてそれは隊士になってからも求められる。
生を簡単に諦めるのは人間だけ。あれだけ死を怖がるくせに、なぜ生に執着せずに簡単に諦めてしまうのか。
「また機会はある。そん時にぶっ殺してやればいい。生きているからこそ、また挑めるんだぜ」
「そう……ですね……。まだまだいけますよね、俺。生きてますもんね」
「そうだ。お前はまだ負けてねぇ。まだ戦える。まだまだ戦えるぜ」
清治は獪岳の肩で涙をこぼしていた。鬼から人を守ろうとするのなら、隊士は生きるために貪欲にならなければならない。自分の命を大切にできない人間が、人の命を守れるわけがない。
清治をおんぶする獪岳は、清治の太ももをバシっと叩く。
「オラッ、泣くんじゃねぇ。俺はいちいち泣く奴が大嫌いなんだよ」
「……すんません」
「あーったく重いぜ。腹減ったし、
獪岳はブツブツ文句を言いながら清治を運ぶ。そして下山して救護所の隠に清治を託すと、すぐさま再度山を登って他の負傷隊士を担ぎに向かった。
