生きてさえいれば
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『獪岳、くれぐれも油断はせんことじゃ。少しでも心に隙があると──』
『先生、分かってますって!』
『とにかく筆まめにな』
『…………はい』
届けられたばかりの真新しい隊服に袖を通す兄貴。詰襟の首元の釦 を何個か外したままなのを見て、じいちゃんはいい顔をしない。何か言いたそうにモゾっと髭を動かしてみせたけど、結局何も言わなかった。
箱膳に用意した朝餉を三人で無言で食べる。兄貴は旨いとも言わず、すぐに平らげて飯椀を俺に差し出した。俺は御櫃 の栗ご飯を山盛りに盛りつけ、兄貴に返す。
『多すぎだ、バカ野郎』
『ごめん。でもさ、兄貴にはたくさん食べて強くなって、たくさん鬼を倒してほしいからさッ!』
不器用な俺。何でこんな率直で幼稚な言い方しかできなかったんだろう。もっと他に気の利いた言い方があったはずなのに。
『強くならねぇといけねぇのはお前の方だ、キヨ。いいか、また泣きベソ掻いて先生に迷惑をかけんじゃねぇぞ。先生を煩わせたら俺がぶった斬るからな!』
『これ、獪岳! 黙って食わんか。早くせんと鴉が呼びに来るぞ。清治もさっさと食って稽古じゃ!』
俺が兄貴の機嫌を損ねるような事を言って、兄貴は俺に悪態をついて、結局二人でじいちゃんに叱られる。このいつもの日常が今日で最後になる。俺は怖い兄貴がいなくなるのがちょっと嬉しかったけど、ちょっと寂しかった。一緒に修行してた兄貴がここからいなくなるなんて、何だか置いてけぼりになったような気がしたんだ。
鬼殺隊に入れば、いつ死んでしまってもおかしくない。もしかしてこれが今生での別れかも知れないなんて、思っていても誰も口になんか出さない。俺は朝餉を食いながら、じいちゃんや兄貴の顔を何度もこっそりと見ていた。
どうして二人はいつもと変わらない顔で飯を食えるんだろう。俺はこんなにも泣きそうなのに──。
朝餉が終わってしばらくした後、兄貴の鴉が迎えに来た。電光丸っていう変な名前の鴉だった。この鴉、元・鳴柱のじいちゃんと話す時はえらく丁寧だったけど、兄貴には口汚かった。やっぱり慣れない、鴉が人語を話すなんて。不思議すぎる。
『獪岳、これを羽織って行け』
框 に座って脚絆の紐を固く結んでいる兄貴の肩に、じいちゃんは綺麗にしておいた羽織を掛けようとした。
昨日のうちに洗濯をして天日干しもして、火熨斗 もかけて、きちんと衣紋掛 けに掛けておいた青い羽織。じいちゃんも俺も着ている三角の鱗模様の物の色違いだ。
『要りません』
兄貴は見向きもせずに答えた。俺はズキンと胸が痛む。
『なぜじゃ』
『そんな物は着られません』
『何じゃと……?』
俺は耳を塞ぎたかった。
兄貴、何でそんな言い方をしたんだよ──。
そんな言い方じゃ、じいちゃんが誤解しちゃうだろ──。
『世話になりました。先生、どうかお達者で』
『獪岳、待て……!』
背中を向けたまま、兄貴は素っ気ない言葉を残して戸を開ける。
『……兄貴! これ、おにぎり。栗ご飯の残りでだけど、さっき作っておいたんだ! お代わりしたのはおいしかったからだよね? 良かったら持って行──』
『──お前が食え。強くならなきゃいけねぇのはお前の方だ。俺をビビらせるくらい強くなってみろ』
『そんなッ……兄貴!』
兄貴は振り向きもせずに出て行った。俺とじいちゃんは外に出て、兄貴の姿が見えなくなるまで見送った。俺はじいちゃんが隣でどんな顔をしてたか、勇気がなくて見る事ができなかった。兄貴の背中ばかり目で追いかけてた。でも音は──音だけは、耳を塞いだとしても聞こえて来る。辛かったよ、今日はじいちゃんにとって嬉しい日のはずなのに、こんな音を聞くなんて。
先に家の中に入ったのはじいちゃんの方だった。じいちゃんは何も言わずに、兄貴の残して行った羽織を畳んで行李の中に仕舞う。ピリピリとした張り詰めた空気の中、俺は声もかけられずに黙って箱膳を流しまでせっせと運び、朝餉の片付けの続きをする。
じいちゃんは怒ってる。せっかく綺麗に整えて準備をしていた羽織を着て行ってくれなかったんだから。それ、一門の証なんだもんね。いや、師弟を越えた親子の証に近いか。それを拒否されたなんて。分かるよ、じいちゃんの気持ち。
でもさ、じいちゃん。
兄貴が『着られません』って言ったのはさ、きっとそういう意味 じゃないんだ────。
『先生、分かってますって!』
『とにかく筆まめにな』
『…………はい』
届けられたばかりの真新しい隊服に袖を通す兄貴。詰襟の首元の
箱膳に用意した朝餉を三人で無言で食べる。兄貴は旨いとも言わず、すぐに平らげて飯椀を俺に差し出した。俺は
『多すぎだ、バカ野郎』
『ごめん。でもさ、兄貴にはたくさん食べて強くなって、たくさん鬼を倒してほしいからさッ!』
不器用な俺。何でこんな率直で幼稚な言い方しかできなかったんだろう。もっと他に気の利いた言い方があったはずなのに。
『強くならねぇといけねぇのはお前の方だ、キヨ。いいか、また泣きベソ掻いて先生に迷惑をかけんじゃねぇぞ。先生を煩わせたら俺がぶった斬るからな!』
『これ、獪岳! 黙って食わんか。早くせんと鴉が呼びに来るぞ。清治もさっさと食って稽古じゃ!』
俺が兄貴の機嫌を損ねるような事を言って、兄貴は俺に悪態をついて、結局二人でじいちゃんに叱られる。このいつもの日常が今日で最後になる。俺は怖い兄貴がいなくなるのがちょっと嬉しかったけど、ちょっと寂しかった。一緒に修行してた兄貴がここからいなくなるなんて、何だか置いてけぼりになったような気がしたんだ。
鬼殺隊に入れば、いつ死んでしまってもおかしくない。もしかしてこれが今生での別れかも知れないなんて、思っていても誰も口になんか出さない。俺は朝餉を食いながら、じいちゃんや兄貴の顔を何度もこっそりと見ていた。
どうして二人はいつもと変わらない顔で飯を食えるんだろう。俺はこんなにも泣きそうなのに──。
朝餉が終わってしばらくした後、兄貴の鴉が迎えに来た。電光丸っていう変な名前の鴉だった。この鴉、元・鳴柱のじいちゃんと話す時はえらく丁寧だったけど、兄貴には口汚かった。やっぱり慣れない、鴉が人語を話すなんて。不思議すぎる。
『獪岳、これを羽織って行け』
昨日のうちに洗濯をして天日干しもして、
『要りません』
兄貴は見向きもせずに答えた。俺はズキンと胸が痛む。
『なぜじゃ』
『そんな物は着られません』
『何じゃと……?』
俺は耳を塞ぎたかった。
兄貴、何でそんな言い方をしたんだよ──。
そんな言い方じゃ、じいちゃんが誤解しちゃうだろ──。
『世話になりました。先生、どうかお達者で』
『獪岳、待て……!』
背中を向けたまま、兄貴は素っ気ない言葉を残して戸を開ける。
『……兄貴! これ、おにぎり。栗ご飯の残りでだけど、さっき作っておいたんだ! お代わりしたのはおいしかったからだよね? 良かったら持って行──』
『──お前が食え。強くならなきゃいけねぇのはお前の方だ。俺をビビらせるくらい強くなってみろ』
『そんなッ……兄貴!』
兄貴は振り向きもせずに出て行った。俺とじいちゃんは外に出て、兄貴の姿が見えなくなるまで見送った。俺はじいちゃんが隣でどんな顔をしてたか、勇気がなくて見る事ができなかった。兄貴の背中ばかり目で追いかけてた。でも音は──音だけは、耳を塞いだとしても聞こえて来る。辛かったよ、今日はじいちゃんにとって嬉しい日のはずなのに、こんな音を聞くなんて。
先に家の中に入ったのはじいちゃんの方だった。じいちゃんは何も言わずに、兄貴の残して行った羽織を畳んで行李の中に仕舞う。ピリピリとした張り詰めた空気の中、俺は声もかけられずに黙って箱膳を流しまでせっせと運び、朝餉の片付けの続きをする。
じいちゃんは怒ってる。せっかく綺麗に整えて準備をしていた羽織を着て行ってくれなかったんだから。それ、一門の証なんだもんね。いや、師弟を越えた親子の証に近いか。それを拒否されたなんて。分かるよ、じいちゃんの気持ち。
でもさ、じいちゃん。
兄貴が『着られません』って言ったのはさ、きっと
