柱たちの胸
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開いた病室の窓から、カツっと引っ掻くような音がした。善逸が何事かと振り向くと、縁に立った一羽の鴉がいる。
「ひゃっ⁉ 何、何ッ⁉ 任務⁉ 任務なら無理だよ! 俺、足骨折してるから!」
「……寂シイ。アタシ、寂シイヨ」
「寂しいって……。君は誰?」
「アタシ、清治サンノ鎹鴉ノ琵琶子。清治サン、イナイ。遠クヘ行ッタカラ……」
「ああ……そっか。えっと……何日経ったっけ?」
指を折って数えるが、いかんせん毎日同じような一日を過ごしているので、清治が発ってから何日経ったか曖昧になっている。そんなに前の事でもないようにも思ったが、この琵琶子はずいぶんしょんぼりとしている。
琵琶子は、善逸の寝台の上にピョイっと跳ねてやって来て、善逸の顔を見上げる。
「奈良ッテ遠イ? アタシ飛ンデ行ケル?」
「いっ、いやぁ……。さすがに無理じゃない? どのくらい遠いのか、俺もよく分かんないけどさ。渡り鳥ならともかく、鴉じゃそこまで胸肉が発達してないんじゃ……」
「胸肉‼ ソウ、アタシハ若イカラ、マダ胸肉ガ発展途上ナノォォォ‼ 年頃ノ鴉ニ助平 な事言ワナイデ‼ 大キナ胸肉ガ好キナノネ!? ヤッパリ男ハミンナソウナンダワーッ‼ カァァァァァ‼」
「いっ、いや……助平って……。別にそういう意味じゃ……」
「カァァァァァッ‼ 清治サンニ会イタイヨー!」
琵琶子の目からはポタポタ雫が垂れている。それが涙だと分かった時、善逸はひどく驚いた。まさか鳥も涙を流すとは。
「ちょっとさぁ、泣かないでよ! 俺は女の子の涙に弱……って今さらだけど女の子で合ってるよね!? 男の涙はどうでもいいんだけどさぁ。まったく、鴉なんて雄か雌か判んないよ! どっちも黒いし!」
「名前デ判ルデショ! アタシハ女ノ子ナノ! アッ、アレレ……。清治サンヲ想ウト、何ダカ卵ガ産マレソウ……。ウッ、産マレルゥ~ッ!?」
「ギャー‼ 急に産気づかないで‼ 困るよこんな所で! 巣! 巣はどこ!? どっかフワフワな所ない!?」
善逸は慌てて琵琶子の尾っぽの下に両手を差し込んだ。
「カッ、カッ、カァァァーッ!」
独特の息遣いでいきんだ琵琶子。善逸も合わせて「ヒッ、ヒッ、フー」と息をして、ゴクリと息を呑む。
卵が出てくるのかと思いきや、出てきたのは少々温かくてベチョっとしたブツだった。
「ギャァァァァッ‼ お前何すんだよ! 何の嫌がらせ⁉ ただの糞 じゃん!」
「カッ!?」
「見ろよコレ…………」
何とも言えない空気が漂う。
「……メデタク初卵 カト思ッタノニ。オカシイナ」
「どう間違えたらウンチと卵を産み間違えるの? そしてどうしてくれんのさ、この手!」
「運ガ付イタッテ事デ許シテ」
「ハァァァァッ⁉ 何が『運が付いた』だよ! こんなの『運の尽き』だよ!」
「恥ズカシイ‼ 清治サンニハ言ワナイデ。オ願イ」
善逸は目を吊り上げて怒っている。すぐに手を洗いに行けないので、とりあえずちり紙で手を拭うが、全くもってすっきりしない。
「もうっ、困った鴉だな。で、何? そんなに清治の事が好きなの?」
「…………」
琵琶子はモジモジし始めた。今さらながら羽で顔を隠す。
「へぇ……。アイツは鴉まで落とすんだな、ったく、見境のないあのスケコマシめ」
「清治サンガ好キ。運命的ナ出会イダッタヨ。アタシ、人間ニ生マレタカッタヨ。ソレカ、清治サンガ鴉トシテ生マレレバ良カッタ」
清治の鴉姿……。そうなればせっかくの男前も、見分けもつかないただの真っ黒い鴉なので何の自慢にもならないが、ずいぶんと物をはっきり言うような厄介な鴉になるだろう。
「アタシノ恋ハ叶ワナイ。ダカラセメテ、ズット一緒ニイタイ。アタシ、清治サンノ為ナラ何デモスルヨ。鬼ニ殺サレタッテイイヨ。清治サンガ生キテイラレルナラ、アタシハ死ンデモイイ。会イタイ、心配デ心配デ堪ラナイヨ」
首を伏せてカァとため息をつき、落ち込む琵琶子。鴉のくせに一丁前に切ない恋をしているのだ。
「俺も叶わない恋をしてる……かもな」
「カモ?」
「俺の好きな子は……。そうだな……病気、うん、病気みたいな感じでさ。記憶がなくなって、喋る事ができなくなっちゃったんだ。それに、皮膚も弱くて外にも行けない。体力を保つために寝てばっかだから、あまり会いにも行けない」
「……ソッカ。我妻サンモ辛インダ……」
「でも、俺はその子の笑顔を見られるだけで幸せだよ。言葉を交わせなくても、俺はその子が生きているだけで幸せだし、この世に生まれてきて良かったって思うよ。その子の事を思えばどんな辛い任務だって頑張れるし、その子のためなら死んでもいい。まぁできれば二人ともが生き残る道を探すだろうけどね。何よりも、俺は病気がいつか必ず治るって信じてる。いつか病気が治ったら、広いお花畑に連れて行ってあげたいんだ。他にもね、色んな場所に連れて行ってあげたいし、おいしい鰻重も食べさせてあげたい」
「我妻サン……。見直シタヨ。イイ人ネ」
見直したとはどういう事か。善逸は少しムッとしながらも、琵琶子に微笑みかけた。
「誰にも言うなよ。清治には特に‼ 俺も琵琶子の恋の事は清治には言わないからさ。ほら、約束」
善逸は小指を差し出す。すると琵琶子は片足を持ち上げ、善逸の小指をぎゅっと掴んだ。
「頑張ろうな、琵琶子。清治はきっと元気に帰って来るよ。少しの辛抱だ」
琵琶子は元気になって飛び立って行った。隊士には必ず相棒がいる。その相棒は誰よりも隊士を思い、傍にいてくれるのだ。その事がどんなに心強い事か。
「……チュン太郎、ちょっとは琵琶子を見習えよ。お前の主人が手の上にウンコ洩らされたんだぞ? それなのに知らん顔で寝てるなんて……」
そのチュン太郎もご主人様といるから安眠できているのだが、善逸はそんな事には思い至らない。
(清治、必ず無事に帰って来いよ。お前の帰りを待ってる奴が琵琶子の他にもいるんだからな)
夕暮れの空に、琵琶子が羽を広げて飛ぶ姿が映える。向上心が高く、張り切り屋の清治だが、奈良の吉野でも率先して鬼と戦っているのだろうか。善逸は弟子の身を案じて止まなかった。
「ひゃっ⁉ 何、何ッ⁉ 任務⁉ 任務なら無理だよ! 俺、足骨折してるから!」
「……寂シイ。アタシ、寂シイヨ」
「寂しいって……。君は誰?」
「アタシ、清治サンノ鎹鴉ノ琵琶子。清治サン、イナイ。遠クヘ行ッタカラ……」
「ああ……そっか。えっと……何日経ったっけ?」
指を折って数えるが、いかんせん毎日同じような一日を過ごしているので、清治が発ってから何日経ったか曖昧になっている。そんなに前の事でもないようにも思ったが、この琵琶子はずいぶんしょんぼりとしている。
琵琶子は、善逸の寝台の上にピョイっと跳ねてやって来て、善逸の顔を見上げる。
「奈良ッテ遠イ? アタシ飛ンデ行ケル?」
「いっ、いやぁ……。さすがに無理じゃない? どのくらい遠いのか、俺もよく分かんないけどさ。渡り鳥ならともかく、鴉じゃそこまで胸肉が発達してないんじゃ……」
「胸肉‼ ソウ、アタシハ若イカラ、マダ胸肉ガ発展途上ナノォォォ‼ 年頃ノ鴉ニ
「いっ、いや……助平って……。別にそういう意味じゃ……」
「カァァァァァッ‼ 清治サンニ会イタイヨー!」
琵琶子の目からはポタポタ雫が垂れている。それが涙だと分かった時、善逸はひどく驚いた。まさか鳥も涙を流すとは。
「ちょっとさぁ、泣かないでよ! 俺は女の子の涙に弱……って今さらだけど女の子で合ってるよね!? 男の涙はどうでもいいんだけどさぁ。まったく、鴉なんて雄か雌か判んないよ! どっちも黒いし!」
「名前デ判ルデショ! アタシハ女ノ子ナノ! アッ、アレレ……。清治サンヲ想ウト、何ダカ卵ガ産マレソウ……。ウッ、産マレルゥ~ッ!?」
「ギャー‼ 急に産気づかないで‼ 困るよこんな所で! 巣! 巣はどこ!? どっかフワフワな所ない!?」
善逸は慌てて琵琶子の尾っぽの下に両手を差し込んだ。
「カッ、カッ、カァァァーッ!」
独特の息遣いでいきんだ琵琶子。善逸も合わせて「ヒッ、ヒッ、フー」と息をして、ゴクリと息を呑む。
卵が出てくるのかと思いきや、出てきたのは少々温かくてベチョっとしたブツだった。
「ギャァァァァッ‼ お前何すんだよ! 何の嫌がらせ⁉ ただの
「カッ!?」
「見ろよコレ…………」
何とも言えない空気が漂う。
「……メデタク
「どう間違えたらウンチと卵を産み間違えるの? そしてどうしてくれんのさ、この手!」
「運ガ付イタッテ事デ許シテ」
「ハァァァァッ⁉ 何が『運が付いた』だよ! こんなの『運の尽き』だよ!」
「恥ズカシイ‼ 清治サンニハ言ワナイデ。オ願イ」
善逸は目を吊り上げて怒っている。すぐに手を洗いに行けないので、とりあえずちり紙で手を拭うが、全くもってすっきりしない。
「もうっ、困った鴉だな。で、何? そんなに清治の事が好きなの?」
「…………」
琵琶子はモジモジし始めた。今さらながら羽で顔を隠す。
「へぇ……。アイツは鴉まで落とすんだな、ったく、見境のないあのスケコマシめ」
「清治サンガ好キ。運命的ナ出会イダッタヨ。アタシ、人間ニ生マレタカッタヨ。ソレカ、清治サンガ鴉トシテ生マレレバ良カッタ」
清治の鴉姿……。そうなればせっかくの男前も、見分けもつかないただの真っ黒い鴉なので何の自慢にもならないが、ずいぶんと物をはっきり言うような厄介な鴉になるだろう。
「アタシノ恋ハ叶ワナイ。ダカラセメテ、ズット一緒ニイタイ。アタシ、清治サンノ為ナラ何デモスルヨ。鬼ニ殺サレタッテイイヨ。清治サンガ生キテイラレルナラ、アタシハ死ンデモイイ。会イタイ、心配デ心配デ堪ラナイヨ」
首を伏せてカァとため息をつき、落ち込む琵琶子。鴉のくせに一丁前に切ない恋をしているのだ。
「俺も叶わない恋をしてる……かもな」
「カモ?」
「俺の好きな子は……。そうだな……病気、うん、病気みたいな感じでさ。記憶がなくなって、喋る事ができなくなっちゃったんだ。それに、皮膚も弱くて外にも行けない。体力を保つために寝てばっかだから、あまり会いにも行けない」
「……ソッカ。我妻サンモ辛インダ……」
「でも、俺はその子の笑顔を見られるだけで幸せだよ。言葉を交わせなくても、俺はその子が生きているだけで幸せだし、この世に生まれてきて良かったって思うよ。その子の事を思えばどんな辛い任務だって頑張れるし、その子のためなら死んでもいい。まぁできれば二人ともが生き残る道を探すだろうけどね。何よりも、俺は病気がいつか必ず治るって信じてる。いつか病気が治ったら、広いお花畑に連れて行ってあげたいんだ。他にもね、色んな場所に連れて行ってあげたいし、おいしい鰻重も食べさせてあげたい」
「我妻サン……。見直シタヨ。イイ人ネ」
見直したとはどういう事か。善逸は少しムッとしながらも、琵琶子に微笑みかけた。
「誰にも言うなよ。清治には特に‼ 俺も琵琶子の恋の事は清治には言わないからさ。ほら、約束」
善逸は小指を差し出す。すると琵琶子は片足を持ち上げ、善逸の小指をぎゅっと掴んだ。
「頑張ろうな、琵琶子。清治はきっと元気に帰って来るよ。少しの辛抱だ」
琵琶子は元気になって飛び立って行った。隊士には必ず相棒がいる。その相棒は誰よりも隊士を思い、傍にいてくれるのだ。その事がどんなに心強い事か。
「……チュン太郎、ちょっとは琵琶子を見習えよ。お前の主人が手の上にウンコ洩らされたんだぞ? それなのに知らん顔で寝てるなんて……」
そのチュン太郎もご主人様といるから安眠できているのだが、善逸はそんな事には思い至らない。
(清治、必ず無事に帰って来いよ。お前の帰りを待ってる奴が琵琶子の他にもいるんだからな)
夕暮れの空に、琵琶子が羽を広げて飛ぶ姿が映える。向上心が高く、張り切り屋の清治だが、奈良の吉野でも率先して鬼と戦っているのだろうか。善逸は弟子の身を案じて止まなかった。
