隠滅の炎
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僧侶たちは雨が止むのを待ち、無事だった仏像などを麓の宿坊へと運ぶ事になった。鬼殺隊も松班と杉班は護衛の為に僧侶たちについて行き、残りの檜 ・柏 ・楠 の三つの班は寺の焼け跡に残る事にした。
「では、何かあれば鴉に」
密な連絡を取り合う事にして、隠の女性も僧侶たちについて行く。優玄が飲まされていた薬について、介抱している現地の隠に話さなければならない。
「はい。どうか気を付けて」
門の外まで見送った清治はくるりと身を翻すと、深くため息をついた。焼け跡の周りに花開く桜がやけに物悲しく見える。
火が消えたからと言って気を緩めてはいけないのだが、寺に残った隊士たちはどっと疲れが出てしまったようで、寺の門に寄りかかって眠ってしまう者もいた。考えてみれば、昨日の昼前に起きてから丸一日が過ぎている。そして真夜中からこの昼過ぎまで続けた消火活動だ。寺にある井戸水だけでは足らず、遠くの沢まで水を汲んでは炎にかけ、また汲みに行って戻って来るという過酷な状況だった。燃える物は燃え尽き、燃えなかったものは煤 だらけで残り、やっと収束かと思った時になって雨が降って完全に鎮火した。
この徒労感が余計に隊士たちの疲れを倍増させる。それは清治も獪岳も同じだった。空は厚い雲に覆われ、どんよりとして暗い。今日は一日降ったり止んだりの調子なのだろう。
曇天は待ち望んでいた天候だが、今は鬼と戦う士気は隊士たちにはない。ただ一人を除いて──。
ガランと広くなった境内を見て、居ても立ってもいられなくなった清治は、何を思ったか突然腕立て伏せをし始めた。それを見て、足を伸ばして座っていた獪岳は鼻で笑って口だけを動かす。
「何してんだ、お前はバカなのか?」
「だって、じっとしてたらいろんな事を考えてしまうし、こうして体を動かしている方が忘れたい事を忘れられるので」
そう言いながら、清治は右腕一本で腕立てをしている。
「何だよ、忘れたい事って」
「あの時、蓮峰を斬れば良かった。何で鬼だって疑ってたのに、その場で確かめなかったんだろう。そうすれば寺が焼けなくても済んだかもしれないのに」
「そんな事言ったって、こうなる事なんか誰に予想できたんだよ」
「俺は経験が無さすぎる。何もかもが初めての事で……。鬼を斬る経験すら圧倒的に少ない。入隊したばっかだから仕方ないけど、何もかもがうまくいかない。俺のする事は、全部やり方が間違ってる気がする。しっかり考えているようで実は浅はかだったり、慎重にしすぎて機を逃したり。調子良かったのは藤襲山の最終選別までで、あとはずっと、これまで自分は世間知らずだったんだって事を突きつけられているだけなんですよ!」
「…………」
獪岳はじっと座って清治の腕立てを見ていた。せっかくの鮮やかな青い鱗模様の羽織の背中が、所々煤で黒く汚れていた。
自分への苛立ちを他人で解消しようとしない事には感心する。清治はそれを必死で自己消化しようとしている。
力がないなんて、辛くて惨めで悔しいだけだ。だから獪岳は弱い者が嫌いだ。嘆く暇があるなら、強くなる努力をしろ──。かつて獪岳はあのどうしようもない泣き虫に何度もそう言って来た。
清治は言ってやらなくても分かっているのだ。あの泣き虫と違うのは、強くなりたいという我武者羅な心がある事だ。だから獪岳は清治を嫌いになれない。この姿勢が自分と重なって見えるからだ。
仮に清治が弟子入りしたのが自分であったならば、師範として何を教えるだろうかと考える。
(バカな奴。あんな奴に弟子入りして何になるんだよ。あのカスも何にも教えてやらねぇで怪我ばっかしやがって。何のための師範だ。俺だったら……。俺だったらコイツに……)
眠い目にだるい体。今までの自分なら、他の隊士たちと同じように無関心に眠っていただろうと獪岳は思う。
それなのに、何百回も腕立てをしながら汗を流す清治をずっと見ていた。落ち込んでいる清治に何か声をかけてやりたい気持ちがあったが、ちょうどいい言葉が出てこなかった。
口下手なのだ。考えなしにうっかり何か言ってしまえば、また清治と喧嘩になってしまう。
獪岳は、清治の姿を黙って見ている。──清治のあの情けない師範の代わりに。
誰かに頼まれたわけではないが、そうしてやりたかった。清治の師範の兄弟子として──。
「では、何かあれば鴉に」
密な連絡を取り合う事にして、隠の女性も僧侶たちについて行く。優玄が飲まされていた薬について、介抱している現地の隠に話さなければならない。
「はい。どうか気を付けて」
門の外まで見送った清治はくるりと身を翻すと、深くため息をついた。焼け跡の周りに花開く桜がやけに物悲しく見える。
火が消えたからと言って気を緩めてはいけないのだが、寺に残った隊士たちはどっと疲れが出てしまったようで、寺の門に寄りかかって眠ってしまう者もいた。考えてみれば、昨日の昼前に起きてから丸一日が過ぎている。そして真夜中からこの昼過ぎまで続けた消火活動だ。寺にある井戸水だけでは足らず、遠くの沢まで水を汲んでは炎にかけ、また汲みに行って戻って来るという過酷な状況だった。燃える物は燃え尽き、燃えなかったものは
この徒労感が余計に隊士たちの疲れを倍増させる。それは清治も獪岳も同じだった。空は厚い雲に覆われ、どんよりとして暗い。今日は一日降ったり止んだりの調子なのだろう。
曇天は待ち望んでいた天候だが、今は鬼と戦う士気は隊士たちにはない。ただ一人を除いて──。
ガランと広くなった境内を見て、居ても立ってもいられなくなった清治は、何を思ったか突然腕立て伏せをし始めた。それを見て、足を伸ばして座っていた獪岳は鼻で笑って口だけを動かす。
「何してんだ、お前はバカなのか?」
「だって、じっとしてたらいろんな事を考えてしまうし、こうして体を動かしている方が忘れたい事を忘れられるので」
そう言いながら、清治は右腕一本で腕立てをしている。
「何だよ、忘れたい事って」
「あの時、蓮峰を斬れば良かった。何で鬼だって疑ってたのに、その場で確かめなかったんだろう。そうすれば寺が焼けなくても済んだかもしれないのに」
「そんな事言ったって、こうなる事なんか誰に予想できたんだよ」
「俺は経験が無さすぎる。何もかもが初めての事で……。鬼を斬る経験すら圧倒的に少ない。入隊したばっかだから仕方ないけど、何もかもがうまくいかない。俺のする事は、全部やり方が間違ってる気がする。しっかり考えているようで実は浅はかだったり、慎重にしすぎて機を逃したり。調子良かったのは藤襲山の最終選別までで、あとはずっと、これまで自分は世間知らずだったんだって事を突きつけられているだけなんですよ!」
「…………」
獪岳はじっと座って清治の腕立てを見ていた。せっかくの鮮やかな青い鱗模様の羽織の背中が、所々煤で黒く汚れていた。
自分への苛立ちを他人で解消しようとしない事には感心する。清治はそれを必死で自己消化しようとしている。
力がないなんて、辛くて惨めで悔しいだけだ。だから獪岳は弱い者が嫌いだ。嘆く暇があるなら、強くなる努力をしろ──。かつて獪岳はあのどうしようもない泣き虫に何度もそう言って来た。
清治は言ってやらなくても分かっているのだ。あの泣き虫と違うのは、強くなりたいという我武者羅な心がある事だ。だから獪岳は清治を嫌いになれない。この姿勢が自分と重なって見えるからだ。
仮に清治が弟子入りしたのが自分であったならば、師範として何を教えるだろうかと考える。
(バカな奴。あんな奴に弟子入りして何になるんだよ。あのカスも何にも教えてやらねぇで怪我ばっかしやがって。何のための師範だ。俺だったら……。俺だったらコイツに……)
眠い目にだるい体。今までの自分なら、他の隊士たちと同じように無関心に眠っていただろうと獪岳は思う。
それなのに、何百回も腕立てをしながら汗を流す清治をずっと見ていた。落ち込んでいる清治に何か声をかけてやりたい気持ちがあったが、ちょうどいい言葉が出てこなかった。
口下手なのだ。考えなしにうっかり何か言ってしまえば、また清治と喧嘩になってしまう。
獪岳は、清治の姿を黙って見ている。──清治のあの情けない師範の代わりに。
誰かに頼まれたわけではないが、そうしてやりたかった。清治の師範の兄弟子として──。
