隠滅の炎
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吉野山の麓一帯に住む多くの人々も消火の手伝いに来て、何とか懸命に消火活動をしたわけだが、その甲斐も虚しく、本堂にまで延焼して寺は全焼してしまった。
焼けずに残ったのは境内と寺を囲む石垣、そして寺の大きな門くらいで、元々寺の裏側にある山肌が建物がなくなった事で、すっかり見えるようになってしまった。
気が付けば昼も過ぎ、これ以上は何もできないからと人々は「えらいこっちゃ」「これからどないするんや」と呟きながら帰って行く。
残ったのは、何とか境内に運び出せた仏像や掛け軸、仏具などくらいで、身一つになってしまった僧侶たちは呆然としながら座り込んでいる。すっかり疲れ果て、気落ちした様子で誰も言葉を発しない。
所々黒焦げの跡からはまだ小さな火が燻ぶっていて、辺りは焦げ臭い匂いが漂っている。何もかもがなくなってしまった今、僧侶たちの坊主頭にポツリと雨粒が落ち始めた。
「雨や……」
誰もが虚ろな目で空を見上げた。今の今まで、誰も雨雲に覆われている事に気が付かなかった。
「何で今さら降んのや……」
皆この雨に思う事は同じだ。だがこればっかりは文句を言ったところで何にもならない。
「皆さん、門の下へ移動しましょう。ひどくなりそうです」
清治は、唯一焼け残った寺の門の瓦屋根の下へ行こうと促すが、従うのは鬼殺隊士たちだけで、僧侶たちは動こうとしない。
「皆さん、風邪を引いては大変ですから、どうか皇さんの仰る通りに……」
駆けつけていた隠の女性は、僧侶たちに優しく話しかけた。
「あの……。和尚さんは無事でしょうか?」
「はい。優玄さんが一緒に救護所まで連れて来られましたよ」
「そうですか……」
「あの、皆さんに優玄さんについてお聞きしたいのですが。……ここでは何ですので」
雨脚が強くなる中、ゾロゾロと僧侶たちは門へと移動し始めた。
雨宿りをしながら、隠の女性は救護所に来た優玄について話す。
「優玄さんですが、下山された途端に倒れて、そのまま意識を失ってしまったのでお話を聞けなかったのですが、救護に当たった隠がどこか体に不調があるようだと言っていまして、一緒に生活されていた皆さんなら、何かご存じなのでは……と思ったんですが。持病などがあるようでしたら教えてほしいんです」
僧侶たちは黙り込む。
「あの……。治療の為なので、何かご存じでしたら教えていただきたいのですが。どんな事でも構いません。住職さんは特に思い当たる事はないと仰っていられてますが、皆さんはどうですか?」
再度呼びかけても、誰も何も答えない。
「優玄は長い間、誰かに毒を盛られていたようだ。まさかやっていたのはお前らか?」
獪岳は低い声で問いかけた。
「どっ、毒⁉」
「俺たちはそんな事……!」
「言いがかりはよしてくださいよ!」
何かを隠しているような様子を見て、獪岳は首に青筋を立てて、脅すように門をドンっと叩いた。
「お前らっ、坊主のくせに隠すんじゃねぇッ‼」
獪岳の怒号にビクンと体を震わせ、僧侶たちは肩をすくめる。隠の女性は何の事か分からず、獪岳に尋ねる。
「獪岳さん、毒とは何ですか?」
「ああ。何の毒かははっきりしねぇが、優玄はここへ来てからどんどんやせ細り、筋力も落ちて視力も悪くなっていったらしい。今じゃ体に発疹もあるし、粘膜もおかしな色だ。昨夜の事もあるし、もしかすると幻覚や幻視もあったりしてな。俺の見立てだからアテにならねぇかもしれねぇが、俺の昔の知り合いも毒を食らって似たような感じになっていた。……お前ら本当に何も知らねぇのか? 毎日一緒にいて、何か変だとは思わなかったのか?」
バツが悪そうにただうつむくだけの僧侶たち。これは確実に何かあると思った獪岳と清治は目配せした。
「優玄は普段の食事も残すほど食の細い奴なので、よく和尚さんに注意されとりました。出家して、質素で薄味な食事が口に合わんのは誰でもそうです。ほとんど毎日同じような物を食べとりますし、十代の育ちざかりにはえろう辛いんです。それでもしばらくすれば慣れるもんですが、優玄はなかなか完食できんので、体調を崩したりもしとりました」
「和尚さんがどうやらその事を蓮峰さんに相談したようで。蓮峰さんは漢方や薬草などに詳しく、和尚さんもよく軟膏を作ってもらったりしとりましたから。そしたら蓮峰さんから薬をいただいて……。私は調理の担当なのですが、蓮峰さんの指示通り、夕餉の時だけ滋養薬として優玄の椀にほんの楊枝の先っぽほどの粉薬を入れ、上から粥を注いどりました」
「粉薬? 何という名前の薬か知っていますか?」
「いいえ……。ただ、無味無臭の物だとの事で。調理場の棚の中の木箱に入れてしまっておりました」
調理担当の僧侶は、話しているうちにそれが薬ではなく毒薬だったと知り、声を震わせていた。そしてだんだん目に涙を溜め始める。
すぐにでもその粉薬が何か調べたいところだが、調理場があった場所も焼け落ちてしまい、焼け残っているのは鉄の鍋やかまどの跡、食器類くらいである。粥に入れていたという証言だけで、物的証拠はない。
「なぜ薬を与え続けたんですか? 優玄さんの体がだんだん悪くなっていっているのに気付きませんでしたか?」
「それは……」
「薬に疑いは持たなかったのですか? 弱っていく優玄さんを、見て見ぬふりをしていたのですか?」
「変やとは思いましたが……」
「だったらなぜ医者に見せなかったのですか? どうして住職に相談しなかったんですか?」
清治に詰められると、調理担当の僧侶は震えて泣き出した。
「れっ、蓮峰さんに訊いたら、好転反応やから気にせんでええって……! 一時的なものやからって!」
「好転反応?」
「強い薬なので、一時的に体が拒否反応みたいなもんを示すらしいんです。でもすぐに回復するっちゅうて聞いとったんです! 知らんかったんですよ! それが毒やったなんて! ホンマです! ホンマに知らんかったんです!」
嘘を言っている様子はない。本心から後悔しているようだった。
責めたくても責められない。すべての罪は蓮峰にあるのだ。
焼けずに残ったのは境内と寺を囲む石垣、そして寺の大きな門くらいで、元々寺の裏側にある山肌が建物がなくなった事で、すっかり見えるようになってしまった。
気が付けば昼も過ぎ、これ以上は何もできないからと人々は「えらいこっちゃ」「これからどないするんや」と呟きながら帰って行く。
残ったのは、何とか境内に運び出せた仏像や掛け軸、仏具などくらいで、身一つになってしまった僧侶たちは呆然としながら座り込んでいる。すっかり疲れ果て、気落ちした様子で誰も言葉を発しない。
所々黒焦げの跡からはまだ小さな火が燻ぶっていて、辺りは焦げ臭い匂いが漂っている。何もかもがなくなってしまった今、僧侶たちの坊主頭にポツリと雨粒が落ち始めた。
「雨や……」
誰もが虚ろな目で空を見上げた。今の今まで、誰も雨雲に覆われている事に気が付かなかった。
「何で今さら降んのや……」
皆この雨に思う事は同じだ。だがこればっかりは文句を言ったところで何にもならない。
「皆さん、門の下へ移動しましょう。ひどくなりそうです」
清治は、唯一焼け残った寺の門の瓦屋根の下へ行こうと促すが、従うのは鬼殺隊士たちだけで、僧侶たちは動こうとしない。
「皆さん、風邪を引いては大変ですから、どうか皇さんの仰る通りに……」
駆けつけていた隠の女性は、僧侶たちに優しく話しかけた。
「あの……。和尚さんは無事でしょうか?」
「はい。優玄さんが一緒に救護所まで連れて来られましたよ」
「そうですか……」
「あの、皆さんに優玄さんについてお聞きしたいのですが。……ここでは何ですので」
雨脚が強くなる中、ゾロゾロと僧侶たちは門へと移動し始めた。
雨宿りをしながら、隠の女性は救護所に来た優玄について話す。
「優玄さんですが、下山された途端に倒れて、そのまま意識を失ってしまったのでお話を聞けなかったのですが、救護に当たった隠がどこか体に不調があるようだと言っていまして、一緒に生活されていた皆さんなら、何かご存じなのでは……と思ったんですが。持病などがあるようでしたら教えてほしいんです」
僧侶たちは黙り込む。
「あの……。治療の為なので、何かご存じでしたら教えていただきたいのですが。どんな事でも構いません。住職さんは特に思い当たる事はないと仰っていられてますが、皆さんはどうですか?」
再度呼びかけても、誰も何も答えない。
「優玄は長い間、誰かに毒を盛られていたようだ。まさかやっていたのはお前らか?」
獪岳は低い声で問いかけた。
「どっ、毒⁉」
「俺たちはそんな事……!」
「言いがかりはよしてくださいよ!」
何かを隠しているような様子を見て、獪岳は首に青筋を立てて、脅すように門をドンっと叩いた。
「お前らっ、坊主のくせに隠すんじゃねぇッ‼」
獪岳の怒号にビクンと体を震わせ、僧侶たちは肩をすくめる。隠の女性は何の事か分からず、獪岳に尋ねる。
「獪岳さん、毒とは何ですか?」
「ああ。何の毒かははっきりしねぇが、優玄はここへ来てからどんどんやせ細り、筋力も落ちて視力も悪くなっていったらしい。今じゃ体に発疹もあるし、粘膜もおかしな色だ。昨夜の事もあるし、もしかすると幻覚や幻視もあったりしてな。俺の見立てだからアテにならねぇかもしれねぇが、俺の昔の知り合いも毒を食らって似たような感じになっていた。……お前ら本当に何も知らねぇのか? 毎日一緒にいて、何か変だとは思わなかったのか?」
バツが悪そうにただうつむくだけの僧侶たち。これは確実に何かあると思った獪岳と清治は目配せした。
「優玄は普段の食事も残すほど食の細い奴なので、よく和尚さんに注意されとりました。出家して、質素で薄味な食事が口に合わんのは誰でもそうです。ほとんど毎日同じような物を食べとりますし、十代の育ちざかりにはえろう辛いんです。それでもしばらくすれば慣れるもんですが、優玄はなかなか完食できんので、体調を崩したりもしとりました」
「和尚さんがどうやらその事を蓮峰さんに相談したようで。蓮峰さんは漢方や薬草などに詳しく、和尚さんもよく軟膏を作ってもらったりしとりましたから。そしたら蓮峰さんから薬をいただいて……。私は調理の担当なのですが、蓮峰さんの指示通り、夕餉の時だけ滋養薬として優玄の椀にほんの楊枝の先っぽほどの粉薬を入れ、上から粥を注いどりました」
「粉薬? 何という名前の薬か知っていますか?」
「いいえ……。ただ、無味無臭の物だとの事で。調理場の棚の中の木箱に入れてしまっておりました」
調理担当の僧侶は、話しているうちにそれが薬ではなく毒薬だったと知り、声を震わせていた。そしてだんだん目に涙を溜め始める。
すぐにでもその粉薬が何か調べたいところだが、調理場があった場所も焼け落ちてしまい、焼け残っているのは鉄の鍋やかまどの跡、食器類くらいである。粥に入れていたという証言だけで、物的証拠はない。
「なぜ薬を与え続けたんですか? 優玄さんの体がだんだん悪くなっていっているのに気付きませんでしたか?」
「それは……」
「薬に疑いは持たなかったのですか? 弱っていく優玄さんを、見て見ぬふりをしていたのですか?」
「変やとは思いましたが……」
「だったらなぜ医者に見せなかったのですか? どうして住職に相談しなかったんですか?」
清治に詰められると、調理担当の僧侶は震えて泣き出した。
「れっ、蓮峰さんに訊いたら、好転反応やから気にせんでええって……! 一時的なものやからって!」
「好転反応?」
「強い薬なので、一時的に体が拒否反応みたいなもんを示すらしいんです。でもすぐに回復するっちゅうて聞いとったんです! 知らんかったんですよ! それが毒やったなんて! ホンマです! ホンマに知らんかったんです!」
嘘を言っている様子はない。本心から後悔しているようだった。
責めたくても責められない。すべての罪は蓮峰にあるのだ。
