隠滅の炎
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
──平凡に暮らしていた優玄の生活が一変してしまった最悪の日。
その日、優玄は母親から頼まれていた用事のため、学校帰りに少し離れた村にある親戚宅に寄った。そこで夕餉を馳走になり、帰宅したのはもう日が落ちてすっかり暗くなった頃だった。
土産にたくさん野菜をもらってきたため、風呂敷包みを担いだまま裏の勝手口へと回った。すると土間に血溜まりと血痕があるのを見つけ、慌てて母親を呼ぶが返事がない。グツグツと音を立てて煮えたぎるかまどの鍋の中には、味噌を入れる前の味噌汁か、汁は蒸発して具だけになって焦げ始めていた。また、まな板には小口切りにした葱がそのままになっていた。
夕餉の支度の途中のように見えたが、この大量の血は一体何なのか。家では獣肉を食べる事すら滅多にないため、おかしいと思った優玄は風呂敷包みを置き、土間から居間へと上がった。
なぜか物が散乱している中で、点々と続く血痕を辿った先は寝間だった。もう布団を敷いて寝ているのか。明かりのついていないそこでは、黒い大きな影がモゾモゾと動いていた。
(父ちゃん……?)
父親かと思ったが、父親にはこんなに上背はない。ならば泥棒かと思って、優玄は身構えた。
──クチャクチャ、バリバリ。ズズッと何かを啜る音を聞きながら、優玄はじっと目を凝らした。黒い影がふらりと動いた瞬間、畳の上に並んで寝転んでいる父と母の顔が、障子から漏れる月明かりにうっすら照らされて見えた。
(くっ、熊や!)
次の瞬間、優玄は畳に落ちていた座敷箒 を掴んで黒い影に思いきり振り下ろした。
『うわぁぁぁぁっ!』
箒は当たったようだったが、思わぬ反撃に遭い、優玄は何が何だか分からないうちに襖を破って、隣の居間まで物凄い力で吹き飛ばされてしまった。
『いっ……!』
どうやら家に熊が入り込み、父母を襲って無我夢中で食っているらしい。優玄は炭の燻ぶる囲炉裏に掛けてあった熱々の鉄瓶を掴んで、その黒い影に投げつけた。
『やめろぉぉぉっ!』
『ウ゛オ゛ア゛ァァァァァァァァッ!?』
中の湯が背中にかかったか。ものすごい咆哮を上げ、熱さでのたうち回る黒い影──。優玄は後退りながら、居間の明かりが薄暗く照らし出すその様子を見ていた。
べっとりと血が付いた顔を歪ませ、熱さに悶える大男。熊だと思っていた影は、人の形をしていた。
『ひっ、人⁉』
『ア゛アアアアアア゛ッ! 何するんや、このガキ……ッ!』
『ヒイッ……』
暗闇でギランと目を光らせて優玄を睨みつける男。その目は猫のように瞳孔がキュっと細く締まった目をしていた。
妖怪か化け物の類か。優玄は震える手で火箸を握って先端を男に向けた。
『くっ、来るな‼ 来るなぁぁぁぁっ‼』
大男は恨めし気に顔を歪ませながら優玄を見ると、背を向けて玄関から飛び出して行った。
『ハアッ、ハアッ……! 何や……何や今の……』
優玄は急いで蝋燭に火を灯し、寝間の惨状を目の当たりにする。
血だらけになり、腹を喰われていた両親。ぽっかり穴が空き、当たり前に息絶えている。母親の手はしっかりと包丁を握ったまま腕ごと引き千切られ、客間の隅に転がっていた。父親の頭は砕かれ、見るに堪えない姿になっていた。
優玄は突発的に吐いた。無残な姿もさることながら、漂う血生臭い匂いに耐えられなかった。
『あっ、あっ……⁉ 父ちゃん、母ちゃん……何で? 何でこんな事に……? 何でなんやぁあああっ!』
熊だったら納得がいったかもしれない。だが人が人を喰うという事が理解できなかった。
なぜ両親が殺されたのか、何か理由があっての事なのか。喰われなければならないほどの事を両親がしたと言うのか。優玄は親戚宅に戻り、この事を伝えた。警察にも届け、男の仕業だと訴えたが、荒れた室内の様子や傷の具合から「そんな事があるわけない」と信じてもらえず、熊の仕業だとされた。
その男の顔を覚えていた優玄は、葬儀を終えてひと段落した後に男の顔を忘れないよう紙に描いて旅の準備をすると、親戚や近所の誰にも告げずに村を出た。そして似顔絵を人に見せながら各地を訪ね歩いて、両親の仇を討ちたいという執念だけでこの寺に辿り着いた──。
その日、優玄は母親から頼まれていた用事のため、学校帰りに少し離れた村にある親戚宅に寄った。そこで夕餉を馳走になり、帰宅したのはもう日が落ちてすっかり暗くなった頃だった。
土産にたくさん野菜をもらってきたため、風呂敷包みを担いだまま裏の勝手口へと回った。すると土間に血溜まりと血痕があるのを見つけ、慌てて母親を呼ぶが返事がない。グツグツと音を立てて煮えたぎるかまどの鍋の中には、味噌を入れる前の味噌汁か、汁は蒸発して具だけになって焦げ始めていた。また、まな板には小口切りにした葱がそのままになっていた。
夕餉の支度の途中のように見えたが、この大量の血は一体何なのか。家では獣肉を食べる事すら滅多にないため、おかしいと思った優玄は風呂敷包みを置き、土間から居間へと上がった。
なぜか物が散乱している中で、点々と続く血痕を辿った先は寝間だった。もう布団を敷いて寝ているのか。明かりのついていないそこでは、黒い大きな影がモゾモゾと動いていた。
(父ちゃん……?)
父親かと思ったが、父親にはこんなに上背はない。ならば泥棒かと思って、優玄は身構えた。
──クチャクチャ、バリバリ。ズズッと何かを啜る音を聞きながら、優玄はじっと目を凝らした。黒い影がふらりと動いた瞬間、畳の上に並んで寝転んでいる父と母の顔が、障子から漏れる月明かりにうっすら照らされて見えた。
(くっ、熊や!)
次の瞬間、優玄は畳に落ちていた座敷
『うわぁぁぁぁっ!』
箒は当たったようだったが、思わぬ反撃に遭い、優玄は何が何だか分からないうちに襖を破って、隣の居間まで物凄い力で吹き飛ばされてしまった。
『いっ……!』
どうやら家に熊が入り込み、父母を襲って無我夢中で食っているらしい。優玄は炭の燻ぶる囲炉裏に掛けてあった熱々の鉄瓶を掴んで、その黒い影に投げつけた。
『やめろぉぉぉっ!』
『ウ゛オ゛ア゛ァァァァァァァァッ!?』
中の湯が背中にかかったか。ものすごい咆哮を上げ、熱さでのたうち回る黒い影──。優玄は後退りながら、居間の明かりが薄暗く照らし出すその様子を見ていた。
べっとりと血が付いた顔を歪ませ、熱さに悶える大男。熊だと思っていた影は、人の形をしていた。
『ひっ、人⁉』
『ア゛アアアアアア゛ッ! 何するんや、このガキ……ッ!』
『ヒイッ……』
暗闇でギランと目を光らせて優玄を睨みつける男。その目は猫のように瞳孔がキュっと細く締まった目をしていた。
妖怪か化け物の類か。優玄は震える手で火箸を握って先端を男に向けた。
『くっ、来るな‼ 来るなぁぁぁぁっ‼』
大男は恨めし気に顔を歪ませながら優玄を見ると、背を向けて玄関から飛び出して行った。
『ハアッ、ハアッ……! 何や……何や今の……』
優玄は急いで蝋燭に火を灯し、寝間の惨状を目の当たりにする。
血だらけになり、腹を喰われていた両親。ぽっかり穴が空き、当たり前に息絶えている。母親の手はしっかりと包丁を握ったまま腕ごと引き千切られ、客間の隅に転がっていた。父親の頭は砕かれ、見るに堪えない姿になっていた。
優玄は突発的に吐いた。無残な姿もさることながら、漂う血生臭い匂いに耐えられなかった。
『あっ、あっ……⁉ 父ちゃん、母ちゃん……何で? 何でこんな事に……? 何でなんやぁあああっ!』
熊だったら納得がいったかもしれない。だが人が人を喰うという事が理解できなかった。
なぜ両親が殺されたのか、何か理由があっての事なのか。喰われなければならないほどの事を両親がしたと言うのか。優玄は親戚宅に戻り、この事を伝えた。警察にも届け、男の仕業だと訴えたが、荒れた室内の様子や傷の具合から「そんな事があるわけない」と信じてもらえず、熊の仕業だとされた。
その男の顔を覚えていた優玄は、葬儀を終えてひと段落した後に男の顔を忘れないよう紙に描いて旅の準備をすると、親戚や近所の誰にも告げずに村を出た。そして似顔絵を人に見せながら各地を訪ね歩いて、両親の仇を討ちたいという執念だけでこの寺に辿り着いた──。
