騙された者
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敷かれていた煎餅布団に寝かされた優玄の頬には、白い涙の跡ができていた。清治によって気を絶たれたまま、痩せた薄い腹を上下させている。
物置ではないかと思うような四畳ほどの小部屋が優玄の自室であるらしい。狭い中、壁に寄せて文机があり、その上には夏目漱石の新刊が置いてある。
「キヨ、どういう事だ」
獪岳は、優玄の持ち物をそれとなく見渡している清治に強い口調で訊く。
「分かりません。烏龍 ……鎹鴉にいきなり中に入れって言われて、裏の台所の勝手口から入ったんですが」
「……裏の勝手口?」
「はい。だって俺の担当場所は裏の井戸の所ですし。そこが一番近い入り口ですからとりあえず……。住職が危ないって言われて……」
庫裏前の担当は獪岳。そしてその建物の角を曲がれば裏手側になる台所がある。そこが清治の担当場所だった。
「お前、それまで何をしてたんだ」
「何って……。普通に立ってましたけど。そう、蓮峰さんが来て少し話をして……」
「何を話したんだよ」
「それは……。嫌な話ですよ」
清治はムスっとして黙り込んだ。思い出すとまた腹が立ってくるのだ。あの時、蓮峰の口からまさかお館様の話まで出てくるとは思わなかった。清治自身、お館様こと耀哉の事は話に聞いているだけで、お目にかかった事もない。病気で臥せている事は知っていたが、何の病気かも知らず、どの程度悪いのかも知らない。それだけ清治自身は下っ端なのである。実際は厚い忠誠心はまだ芽生えていない。撤回しろと迫ったが、立場上そういう態度を取っただけだった。
「お前、あの蓮峰って奴に何かそそのかされたのか?」
「……えっ?」
「何でさっき俺と手合わせしたんだよ。何を言われたんだよ」
「…………⁉」
清治は驚愕の表情を浮かべている。その顔を見て、獪岳は苛ついた。
「すっとぼけんじゃねぇ。お前、峰打ちだったから良かったものの、マジで斬られたんじゃねぇかって肝を冷やしたぜ。いくら手合わせつったって──」
「──何言ってんですか、獪岳さん」
「……あっ?」
「手合わせ? 峰打ち……? 俺には何の話か分からないんですけど」
獪岳は何の冗談を言っているのか。清治は青ざめた顔をして口元だけ笑っている。
「はぁっ? お前……っ、俺と一緒に壱ノ型の稽古をしようって……!」
「壱ノ型? 誰がそんな事を」
「お前だよ‼ 暇そうに何かくだらねぇ事をグダグダ言って来たかと思ったら、いきなりそう言い出して。壱ノ型ができねぇのは俺が弱虫で腰抜けだからだって……クソッ‼ テメェがほざいたんだろうが‼」
襟を掴まれ、頬を殴られる。何たる理不尽──。ムカっと来た清治は、すぐさま獪岳の頬を同じように殴り返した。
「テメェっ‼ 何しやがんだ!」
「それはこっちが言いたいですよ! 何で殴られなきゃなんないんだ! 俺はアンタと手合わせなんかしてない!」
「じゃあ俺は誰とやったってんだ! 確かにあれはお前だった! すぐ隣で座ってしばらく話をした! その青い羽織も着てた! あれはお前以外の誰だって言うんだよ!」
「そんな事、知りま……」
言い淀んだ清治は、目で獪岳に訴える。獪岳もそれに気付き、黒い大きく見開いた目で清治の目を凝視した。
「まさかこれが…………」
「「同士討ち……?」」
二人の声はピタリと重なった────。
物置ではないかと思うような四畳ほどの小部屋が優玄の自室であるらしい。狭い中、壁に寄せて文机があり、その上には夏目漱石の新刊が置いてある。
「キヨ、どういう事だ」
獪岳は、優玄の持ち物をそれとなく見渡している清治に強い口調で訊く。
「分かりません。
「……裏の勝手口?」
「はい。だって俺の担当場所は裏の井戸の所ですし。そこが一番近い入り口ですからとりあえず……。住職が危ないって言われて……」
庫裏前の担当は獪岳。そしてその建物の角を曲がれば裏手側になる台所がある。そこが清治の担当場所だった。
「お前、それまで何をしてたんだ」
「何って……。普通に立ってましたけど。そう、蓮峰さんが来て少し話をして……」
「何を話したんだよ」
「それは……。嫌な話ですよ」
清治はムスっとして黙り込んだ。思い出すとまた腹が立ってくるのだ。あの時、蓮峰の口からまさかお館様の話まで出てくるとは思わなかった。清治自身、お館様こと耀哉の事は話に聞いているだけで、お目にかかった事もない。病気で臥せている事は知っていたが、何の病気かも知らず、どの程度悪いのかも知らない。それだけ清治自身は下っ端なのである。実際は厚い忠誠心はまだ芽生えていない。撤回しろと迫ったが、立場上そういう態度を取っただけだった。
「お前、あの蓮峰って奴に何かそそのかされたのか?」
「……えっ?」
「何でさっき俺と手合わせしたんだよ。何を言われたんだよ」
「…………⁉」
清治は驚愕の表情を浮かべている。その顔を見て、獪岳は苛ついた。
「すっとぼけんじゃねぇ。お前、峰打ちだったから良かったものの、マジで斬られたんじゃねぇかって肝を冷やしたぜ。いくら手合わせつったって──」
「──何言ってんですか、獪岳さん」
「……あっ?」
「手合わせ? 峰打ち……? 俺には何の話か分からないんですけど」
獪岳は何の冗談を言っているのか。清治は青ざめた顔をして口元だけ笑っている。
「はぁっ? お前……っ、俺と一緒に壱ノ型の稽古をしようって……!」
「壱ノ型? 誰がそんな事を」
「お前だよ‼ 暇そうに何かくだらねぇ事をグダグダ言って来たかと思ったら、いきなりそう言い出して。壱ノ型ができねぇのは俺が弱虫で腰抜けだからだって……クソッ‼ テメェがほざいたんだろうが‼」
襟を掴まれ、頬を殴られる。何たる理不尽──。ムカっと来た清治は、すぐさま獪岳の頬を同じように殴り返した。
「テメェっ‼ 何しやがんだ!」
「それはこっちが言いたいですよ! 何で殴られなきゃなんないんだ! 俺はアンタと手合わせなんかしてない!」
「じゃあ俺は誰とやったってんだ! 確かにあれはお前だった! すぐ隣で座ってしばらく話をした! その青い羽織も着てた! あれはお前以外の誰だって言うんだよ!」
「そんな事、知りま……」
言い淀んだ清治は、目で獪岳に訴える。獪岳もそれに気付き、黒い大きく見開いた目で清治の目を凝視した。
「まさかこれが…………」
「「同士討ち……?」」
二人の声はピタリと重なった────。
