騙された者
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獪岳は庫裏 (僧侶の住居)の玄関前で塀の苔を睨んで突っ立っている。元々不機嫌だと捉えられかねない顔つきだが、今夜もまたそうだ。
「獪岳さん、ちょっといいですか」
砂利を踏む音がすると、暗闇から清治の顔がボウッと浮かび上がった。
「何だよ」
「何考えてるんですか」
「……は?」
何もしていないのに非難されたような気がして、獪岳はムカっとした。
「違いますよ。そんな真剣な顔でいるから、何か策でも練っているのかなって」
「チッ……紛らわしい訊き方すんなよな。何も練ってねぇよ」
「じゃあ何を考えてるんですか?」
「だからよぉ、何かムカつくんだよな、その訊き方」
「獪岳さんの頭の中は、普段何を思っているのか気になるんですよ。自分から何も喋んないし」
ただの暇つぶしに来たのか。獪岳はそう思った。
「戻れよ、お前とは話したくない」
「俺は話したいからここへ来たんですよ」
「こんな所で油売るんじゃねぇ。その隙に鬼が来たらどうすんだよ」
「……来ないですよ」
清治は座り込み、足を前に投げ出して、手を後ろについてのけ反る。急にやる気を失ったかのような清治に獪岳は戸惑った。
「鬼は朝まで帰って来ません」
「おい、それはどういう……」
「少なくとも今夜、この寺の人は狙われないはずです。だから大丈夫ですよ」
獪岳の脳裏には天狗面の男の絵が浮かんでいる。そしてその男が面を外した姿も。
「……そうか」
獪岳も肩の力が抜けたように、清治の隣に同じ格好で座る。
「……話したのか?」
「はい。嫌味たっぷりで、ブチ切れそうになりました。獪岳さんだったら我慢ならずに刀で斬りかかってたでしょうね」
「……んだよ、失礼な奴だな」
「俺だって同じですよ。いっそのこと、あのまま頸を斬ってしまえば良かった」
鬼天狗は蓮峰。
夜な夜な出掛け、明け方に帰って来る。そして優玄の絵を見てから二人は、十中八九そうだと確信していた。
「俺、本当言うと壱ノ型が苦手なんですよね」
「…………」
獪岳は何も言わない。
「だって怖いじゃないですか。敵のすぐ目の前まで生身のまま突っ込んで行くんですよ。鬼が見ている目の前でやっと刀を抜く。俺はそれが怖くてさっきは何もできなかった。何ででしょうね、少し前の俺なら……善逸さんと出会う前の俺なら、きっとやってたのに」
「壱ノ型なんて、能がない技だぜ。あれは捨て身の技だ。もしもの時の算段も持たねぇまま突っ込んで行く、手数 のない奴のする無謀な技だ」
「……だから稽古しなかったんですか? 獪岳さんは壱ノ型を使わないと聞いています。いや、使えない ──と」
「チッ。……無駄なんだよ、あんなの。他の技の方が戦いに使える技だ。動かないただの木偶 を斬るのとわけが違うんだぜ」
「でも雷の呼吸の基本じゃないですか。獪岳さん、アンタ本当はできるんじゃないですか?」
獪岳はまた何も言わなくなった。機嫌を損ねたか──。清治は獪岳の言葉を待つ。
「霹靂一閃──、あれは青天の霹靂からきてる名前だ。澄み渡った青空に突然起こる雷。誰も雷が落ちるなんて思ってもねぇような時の雷だ」
「はい、技自体も抜刀していない状態からのものなので、相手の意表を突くものですね」
「敵を前にして、先に抜刀して構えないなんて狂ってる。余程の腰抜けか、余程の阿呆か。どんな生き物も、尖ったものを見りゃあ怖気づく。犬だって威嚇に牙を見せるだろ。それと同じで、刃を見せるってのは相手を間合いに入れない第一防御でもあるんだぜ」
腰抜けに阿呆。誰の事を言わんとしているのか。
「獪岳さん、壱ノ型……俺と一緒に稽古してみませんか?」
「はぁッ!?」
獪岳は目を見開いてバっと清治の方を向いた。
「何言ってんだテメェ……!」
「壱ノ型は防御ができない技です。だから使う時に無意識に恐怖心を持ってしまう。俺と一緒に、今からその恐怖心を克服しませんか」
何をバカな事を言っているのだと獪岳は呆気にとられた。
「俺は別に怖いわけじゃねぇッ! わざわざあんな隙だらけの技をやらねぇだけだ!」
「……嘘ですよね。アンタは弱虫だ。真の雷の呼吸は、理論上壱ノ型以外は要らないんです。一撃必殺の最強の技だからこそ、防御は不必要なんですよ! その壱ノ型がいつまで経ってもできないアンタこそ、腰抜けで阿呆なんじゃないんですか!」
「……ッ、テメェ‼」
獪岳はすぐさま立ち上がって刀を抜いて構える。
「殺すぞテメェ!」
「アンタに壱ノ型を使える俺が殺せるのか? 手元が震えてるぞ!」
「うるせぇッ‼ この野郎……。その糞ムカつく顔ツラ、胴体と泣き別れにしてやるぜ!」
────シィィィィィィ……
清治が刀を抜こうとした瞬間、獪岳は先手を打った。
────雷の呼吸 弐ノ型 稲魂
清治が抜ききる前に素早い五連撃を食らわす。獪岳の目には、清治の体を確かに斬ったように見えた。
「…………ッ⁉」
目の前にいたはずの清治がいない。
────雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃
「‼」
背後に殺気を感じた獪岳はすぐさま振り返り、体勢を低くして真っ直ぐ自分へと向かって来る清治の姿を捉えた。
「何っ!」
整った顔に切れ長の目。まるで刃物のように斬り込んでくる清治と目が合い、獪岳はすかさず技を繰り出す。
────雷の呼吸 肆ノ型 遠雷
遅かったか。獪岳の振るった刀は清治の頭のすぐ上をかすめただけだった。
「グアッ‼」
その隙に、清治の一閃は獪岳の腹を強く打ち払った。くの字になって吹き飛ばされた獪岳は、受け身を取るなり腹に手をやる。
(斬れて……ない⁉)
────シィィィィィィ……
見れば清治は再度攻撃を仕掛けようとしている。収めた刀に手をやり、頭を膝の高さまで下げて構えている。
(……峰打ちか!?)
本気で斬り込んでくると思った──。もちろん自分もそのつもりだったが──。
さすがにこれは稽古に過ぎないのか。だが清治の殺気は凄まじいものがある。何かの間違いで刃が通常通りに向けば、体は真っ二つに斬られてしまう。
「括目してよく見とけ。次は頸を狙うっ! 言い訳ばかりせずに真似してやってみろ、この臆病者!」
────雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃
「クッ‼」
立て膝のまま、獪岳は刀でそれを受け止める。ザザザッと音を出しながら、受け止めきれずに砂利を引きずって下がって行く。
────雷の呼吸 伍ノ型 熱界雷
「いい加減にしろ! 殺すぞテメェ!」
間髪入れずに立て膝のまま、獪岳は渾身の一撃を放つ。
「──っ‼」
手応えはある。今度こそ当たった。打ち上げられた清治は、宙で身をクルリと翻してそのまま闇の中に消えた──。
「…………?」
辺りはシンと静まり返ったまま、元の静かな夜に戻った。
「……おいキヨっ。キヨっ!」
まさか当たり所が悪かったか。獪岳も峰打ちで対抗したはずだが、急に自信がなくなった。慌てて刀を見るも、血の一滴も付いていない。
「何だよ、揶揄ってんのか? おいキヨっ! 出て来い! ふざけんじゃねぇッ!」
呼んでも返事一つ聞こえない。それどころか──。
「班長! 大変です! すぐに来てください!」
血相を変えた班員が二人、獪岳を呼びに来た。
「何だよ」
「優玄って名前の坊さんがここの住職に襲いかかったって、鴉が‼」
「……はぁっ!?」
獪岳はわけも分からないまま、班員と一緒に庫裏の中へと突入した。
「獪岳さん、ちょっといいですか」
砂利を踏む音がすると、暗闇から清治の顔がボウッと浮かび上がった。
「何だよ」
「何考えてるんですか」
「……は?」
何もしていないのに非難されたような気がして、獪岳はムカっとした。
「違いますよ。そんな真剣な顔でいるから、何か策でも練っているのかなって」
「チッ……紛らわしい訊き方すんなよな。何も練ってねぇよ」
「じゃあ何を考えてるんですか?」
「だからよぉ、何かムカつくんだよな、その訊き方」
「獪岳さんの頭の中は、普段何を思っているのか気になるんですよ。自分から何も喋んないし」
ただの暇つぶしに来たのか。獪岳はそう思った。
「戻れよ、お前とは話したくない」
「俺は話したいからここへ来たんですよ」
「こんな所で油売るんじゃねぇ。その隙に鬼が来たらどうすんだよ」
「……来ないですよ」
清治は座り込み、足を前に投げ出して、手を後ろについてのけ反る。急にやる気を失ったかのような清治に獪岳は戸惑った。
「鬼は朝まで帰って来ません」
「おい、それはどういう……」
「少なくとも今夜、この寺の人は狙われないはずです。だから大丈夫ですよ」
獪岳の脳裏には天狗面の男の絵が浮かんでいる。そしてその男が面を外した姿も。
「……そうか」
獪岳も肩の力が抜けたように、清治の隣に同じ格好で座る。
「……話したのか?」
「はい。嫌味たっぷりで、ブチ切れそうになりました。獪岳さんだったら我慢ならずに刀で斬りかかってたでしょうね」
「……んだよ、失礼な奴だな」
「俺だって同じですよ。いっそのこと、あのまま頸を斬ってしまえば良かった」
鬼天狗は蓮峰。
夜な夜な出掛け、明け方に帰って来る。そして優玄の絵を見てから二人は、十中八九そうだと確信していた。
「俺、本当言うと壱ノ型が苦手なんですよね」
「…………」
獪岳は何も言わない。
「だって怖いじゃないですか。敵のすぐ目の前まで生身のまま突っ込んで行くんですよ。鬼が見ている目の前でやっと刀を抜く。俺はそれが怖くてさっきは何もできなかった。何ででしょうね、少し前の俺なら……善逸さんと出会う前の俺なら、きっとやってたのに」
「壱ノ型なんて、能がない技だぜ。あれは捨て身の技だ。もしもの時の算段も持たねぇまま突っ込んで行く、
「……だから稽古しなかったんですか? 獪岳さんは壱ノ型を使わないと聞いています。いや、
「チッ。……無駄なんだよ、あんなの。他の技の方が戦いに使える技だ。動かないただの
「でも雷の呼吸の基本じゃないですか。獪岳さん、アンタ本当はできるんじゃないですか?」
獪岳はまた何も言わなくなった。機嫌を損ねたか──。清治は獪岳の言葉を待つ。
「霹靂一閃──、あれは青天の霹靂からきてる名前だ。澄み渡った青空に突然起こる雷。誰も雷が落ちるなんて思ってもねぇような時の雷だ」
「はい、技自体も抜刀していない状態からのものなので、相手の意表を突くものですね」
「敵を前にして、先に抜刀して構えないなんて狂ってる。余程の腰抜けか、余程の阿呆か。どんな生き物も、尖ったものを見りゃあ怖気づく。犬だって威嚇に牙を見せるだろ。それと同じで、刃を見せるってのは相手を間合いに入れない第一防御でもあるんだぜ」
腰抜けに阿呆。誰の事を言わんとしているのか。
「獪岳さん、壱ノ型……俺と一緒に稽古してみませんか?」
「はぁッ!?」
獪岳は目を見開いてバっと清治の方を向いた。
「何言ってんだテメェ……!」
「壱ノ型は防御ができない技です。だから使う時に無意識に恐怖心を持ってしまう。俺と一緒に、今からその恐怖心を克服しませんか」
何をバカな事を言っているのだと獪岳は呆気にとられた。
「俺は別に怖いわけじゃねぇッ! わざわざあんな隙だらけの技をやらねぇだけだ!」
「……嘘ですよね。アンタは弱虫だ。真の雷の呼吸は、理論上壱ノ型以外は要らないんです。一撃必殺の最強の技だからこそ、防御は不必要なんですよ! その壱ノ型がいつまで経ってもできないアンタこそ、腰抜けで阿呆なんじゃないんですか!」
「……ッ、テメェ‼」
獪岳はすぐさま立ち上がって刀を抜いて構える。
「殺すぞテメェ!」
「アンタに壱ノ型を使える俺が殺せるのか? 手元が震えてるぞ!」
「うるせぇッ‼ この野郎……。その糞ムカつく顔ツラ、胴体と泣き別れにしてやるぜ!」
────シィィィィィィ……
清治が刀を抜こうとした瞬間、獪岳は先手を打った。
────雷の呼吸 弐ノ型 稲魂
清治が抜ききる前に素早い五連撃を食らわす。獪岳の目には、清治の体を確かに斬ったように見えた。
「…………ッ⁉」
目の前にいたはずの清治がいない。
────雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃
「‼」
背後に殺気を感じた獪岳はすぐさま振り返り、体勢を低くして真っ直ぐ自分へと向かって来る清治の姿を捉えた。
「何っ!」
整った顔に切れ長の目。まるで刃物のように斬り込んでくる清治と目が合い、獪岳はすかさず技を繰り出す。
────雷の呼吸 肆ノ型 遠雷
遅かったか。獪岳の振るった刀は清治の頭のすぐ上をかすめただけだった。
「グアッ‼」
その隙に、清治の一閃は獪岳の腹を強く打ち払った。くの字になって吹き飛ばされた獪岳は、受け身を取るなり腹に手をやる。
(斬れて……ない⁉)
────シィィィィィィ……
見れば清治は再度攻撃を仕掛けようとしている。収めた刀に手をやり、頭を膝の高さまで下げて構えている。
(……峰打ちか!?)
本気で斬り込んでくると思った──。もちろん自分もそのつもりだったが──。
さすがにこれは稽古に過ぎないのか。だが清治の殺気は凄まじいものがある。何かの間違いで刃が通常通りに向けば、体は真っ二つに斬られてしまう。
「括目してよく見とけ。次は頸を狙うっ! 言い訳ばかりせずに真似してやってみろ、この臆病者!」
────雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃
「クッ‼」
立て膝のまま、獪岳は刀でそれを受け止める。ザザザッと音を出しながら、受け止めきれずに砂利を引きずって下がって行く。
────雷の呼吸 伍ノ型 熱界雷
「いい加減にしろ! 殺すぞテメェ!」
間髪入れずに立て膝のまま、獪岳は渾身の一撃を放つ。
「──っ‼」
手応えはある。今度こそ当たった。打ち上げられた清治は、宙で身をクルリと翻してそのまま闇の中に消えた──。
「…………?」
辺りはシンと静まり返ったまま、元の静かな夜に戻った。
「……おいキヨっ。キヨっ!」
まさか当たり所が悪かったか。獪岳も峰打ちで対抗したはずだが、急に自信がなくなった。慌てて刀を見るも、血の一滴も付いていない。
「何だよ、揶揄ってんのか? おいキヨっ! 出て来い! ふざけんじゃねぇッ!」
呼んでも返事一つ聞こえない。それどころか──。
「班長! 大変です! すぐに来てください!」
血相を変えた班員が二人、獪岳を呼びに来た。
「何だよ」
「優玄って名前の坊さんがここの住職に襲いかかったって、鴉が‼」
「……はぁっ!?」
獪岳はわけも分からないまま、班員と一緒に庫裏の中へと突入した。
