観天望気の作戦
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全員下山したわけだが、さて今夜はどうするか。春の日没はまだ早い。さっさと決めてしまわなければ夜間任務の準備も整わないだろう。
隠は隊士たちの意向に従うということで、全員が宿坊へ戻って湯浴みと休息を取っている間、食堂で班長会議が行われた。
山歩きの最中に何人もの山伏と遭遇したが、話を聞けば、鬼の話が出てから多くの修験者は夜間の修行を避けていると言う。また、同じ修験者で被害に遭ったという者もいないようだ。ただ、実際に鬼に遭遇した事があるかどうかは「分からない」との返事だった。山伏の格好をした鬼ならば、たとえ鬼だとしても、まず鬼だとは思わないそうだ。判断がつかないという事である。
「山伏がみんな夜間の修行をしていないのなら、夜の山に山伏がいればそいつが鬼だって事じゃねぇか?」
「いや、完全に全員がしていないってわけじゃないだろ。中にはやってる奴がいるかもしれない。間違って斬っちまったらどうすんだよ」
「じゃあどうすんだよ」
「分からねぇからこうして話し合ってんだろ?」
最上位の獪岳は目を動かして他の班長の話を聞いているだけで、口が動き出す事はない。
『獪岳さん、この件は俺たち二人だけでやりませんか?』
山歩きの前、清治が言った言葉を思い出している。
『優玄さんの事、ちょっと気になるんですよ』
『優玄? いじめられてるからか?』
『寺を出て行こうと思い詰めて泣いてましたし、懐剣を隠し持っているようなんです。まさかそれを変な事に使おうだなんて思ってませんよね』
『いじめる奴を殺そうってか? それとも自死か? あんなヒョロい奴にそんな勇気はねぇだろ。そういうもんは寺の坊主なら誰でも持ってるんじゃねぇのか?』
時間が来てしまって話はそこで止まっている。清治は優玄の事が気がかりでいるようだが、獪岳は優玄が描いた天狗面を着けていた人物の絵の方が気になっている。今の段階ではその正体の裏付けを取って、改めて作戦を練る必要がある。それにはこの大人数はかえって邪魔であり、事件の核心に迫るのは勘のいい清治と二人だけの方が段取りも良さそうだった。鬼の特定ができたら、その時は隊士たち全員でかかるという事だ。
「……決まらねぇなら、今日も昨日と同じ場所で警備すればいいだろ」
獪岳はようやく口を開いた。
「でもそれじゃあ埒が……!」
「だったらテメェが山ン中うろついて鬼を捕まえて来いやッ!」
一喝すると、場はシンと静まり返った。
「無駄に捜せば無駄に命を落としかねない。だから慎重になってんだろ。お前ら山を歩いて何も思わなかったのか? あの傾斜で、夜の闇の中で、鬼とまともに戦えると思ったのか!?」
「じゃあどうするんだよ! 山に来たんだから山で戦うしかないだろ!」
「そうだ。山で戦うしかねぇからこそ、慎重になれって言ってんだよ。でも別に夜に限る必要はねぇんじゃねぇか? できれば曇りや雨の日の昼間に戦いたい。少しでも空が明るい方が俺たちにとって有利だ」
これは清治からの入れ知恵である。班長会議の前に、頼まれていた事があった。
『山での戦闘に持ち込みたくないですけど、やるとすれば曇りや雨の日の昼間にしましょう。何とか鬼にそう仕向けるんです。隊士たちの階級も低いですし、まだまだ戦闘には慣れていません。だからその日までは他の隊士たちを各班の担当場所で警備に就かせておくんです。鬼が隊士たちだけを相手にしてくれればいいですけど、寺の人や宿の人に手を出してしまったら、俺たちがここへ呼ばれた理由も意味のないものになってしまう。できれば一般人の被害は避けたい。だから班長会議なんですが、そろそろ退屈になって来たみんなが強引に討伐したがると思うんですけど、ひとまず様子見を続け、昼間の戦闘をする方向へ何とか話を持って行ってくださいませんか』
清治の意向をそれとなく伝えたわけだが、やや強引だったか。だがそんな事を獪岳が気にする事はない。獪岳自身、団体行動は苦手であるし、二人だけでやろうと言われた事は正直言って嬉しかった。
(だけどキヨ、言い出しっぺのお前が足手纏いになんなよ。言った奴の責任ってもんがあんだからな)
獪岳は清治の能力を信用していないわけではない。全ての型ができるという生意気な奴だが、この面子の中ではこれ以上ないほどの相棒だ。しかし本当に二人だけで追求できるのか? 心配は尽きない。
一方、清治は、湯浴みを終えて宿坊の窓から西の夕焼け空を見つめていた。
(獪岳さん、上手く話を持って行ってくれたやろか。あの人の威圧感とあの強引さ、こういう時にこそ生かすべきや)
「カァーッカァーッ」
柏の前掛けを着けた鴉が遠くの空から飛んで来る。
「おおきに、烏龍。どうだった?」
「今ントコハ大丈夫ヤ。セヤケド、アノ優玄ナ、マタイジメラレトッタデ。今度ハセッカク乾イタバッカノ洗濯物ヲ竿カラ落トサレタンヤ。叱ラレテ、洗イ直シヤデ」
「はぁっ……。そら難儀やな」
「余リニ腹ガ立ッタサカイ、ツルッツルノ坊主頭ニ糞落トシテヤッタワ、カーッカッカ!」
「うっ、烏龍……。間違って優玄さんに糞落としてないやろうな? あそこの人みんな坊主頭やで。空から見分けつくんか?」
「……カッ⁉」
普段からこうやって気に障る人間に地味な仕返しをしているようであるが、優玄に落としたのならあまりの追い打ちである。
「とにかく今夜、もう一遍あの寺へ行くさかい。烏龍はこの寺の人の動きを空から見張っとってくれるか?」
「ガッテン承知! ホンナラノ」
烏龍は飛び立った。
(あと数日は雨降らんでくれよ。まだ証拠がないんや)
清治は空を拝んだ。集められた隊士たちは力が備わっていない者ばかり。経験が浅いからこそ、どんどん手柄を立てたがる。最初は親の仇だ何だと意気込んで入隊するが、給金が伴ってくると、出世欲に塗れてしまう隊士も出てくるものだ。楽をしてサクっと稼ぎたいという心理は、人間誰しも持ち合わせているのだろうが、こうして目的の鬼がいる以上、十分に準備する期間を怠れば、必ずや失敗してしまうだろう。
(俺たちには力がない。だからこそ鬼に有利な状況で戦うべきではないんだ。力がないからこそ、運と天を味方にしなければ……!)
まだ昨日ここへやって来たばかり。本来せっかちな清治は正直なところ気が焦ってしまっているが、何とかその気性を押さえつつ奮闘するのであった。
隠は隊士たちの意向に従うということで、全員が宿坊へ戻って湯浴みと休息を取っている間、食堂で班長会議が行われた。
山歩きの最中に何人もの山伏と遭遇したが、話を聞けば、鬼の話が出てから多くの修験者は夜間の修行を避けていると言う。また、同じ修験者で被害に遭ったという者もいないようだ。ただ、実際に鬼に遭遇した事があるかどうかは「分からない」との返事だった。山伏の格好をした鬼ならば、たとえ鬼だとしても、まず鬼だとは思わないそうだ。判断がつかないという事である。
「山伏がみんな夜間の修行をしていないのなら、夜の山に山伏がいればそいつが鬼だって事じゃねぇか?」
「いや、完全に全員がしていないってわけじゃないだろ。中にはやってる奴がいるかもしれない。間違って斬っちまったらどうすんだよ」
「じゃあどうすんだよ」
「分からねぇからこうして話し合ってんだろ?」
最上位の獪岳は目を動かして他の班長の話を聞いているだけで、口が動き出す事はない。
『獪岳さん、この件は俺たち二人だけでやりませんか?』
山歩きの前、清治が言った言葉を思い出している。
『優玄さんの事、ちょっと気になるんですよ』
『優玄? いじめられてるからか?』
『寺を出て行こうと思い詰めて泣いてましたし、懐剣を隠し持っているようなんです。まさかそれを変な事に使おうだなんて思ってませんよね』
『いじめる奴を殺そうってか? それとも自死か? あんなヒョロい奴にそんな勇気はねぇだろ。そういうもんは寺の坊主なら誰でも持ってるんじゃねぇのか?』
時間が来てしまって話はそこで止まっている。清治は優玄の事が気がかりでいるようだが、獪岳は優玄が描いた天狗面を着けていた人物の絵の方が気になっている。今の段階ではその正体の裏付けを取って、改めて作戦を練る必要がある。それにはこの大人数はかえって邪魔であり、事件の核心に迫るのは勘のいい清治と二人だけの方が段取りも良さそうだった。鬼の特定ができたら、その時は隊士たち全員でかかるという事だ。
「……決まらねぇなら、今日も昨日と同じ場所で警備すればいいだろ」
獪岳はようやく口を開いた。
「でもそれじゃあ埒が……!」
「だったらテメェが山ン中うろついて鬼を捕まえて来いやッ!」
一喝すると、場はシンと静まり返った。
「無駄に捜せば無駄に命を落としかねない。だから慎重になってんだろ。お前ら山を歩いて何も思わなかったのか? あの傾斜で、夜の闇の中で、鬼とまともに戦えると思ったのか!?」
「じゃあどうするんだよ! 山に来たんだから山で戦うしかないだろ!」
「そうだ。山で戦うしかねぇからこそ、慎重になれって言ってんだよ。でも別に夜に限る必要はねぇんじゃねぇか? できれば曇りや雨の日の昼間に戦いたい。少しでも空が明るい方が俺たちにとって有利だ」
これは清治からの入れ知恵である。班長会議の前に、頼まれていた事があった。
『山での戦闘に持ち込みたくないですけど、やるとすれば曇りや雨の日の昼間にしましょう。何とか鬼にそう仕向けるんです。隊士たちの階級も低いですし、まだまだ戦闘には慣れていません。だからその日までは他の隊士たちを各班の担当場所で警備に就かせておくんです。鬼が隊士たちだけを相手にしてくれればいいですけど、寺の人や宿の人に手を出してしまったら、俺たちがここへ呼ばれた理由も意味のないものになってしまう。できれば一般人の被害は避けたい。だから班長会議なんですが、そろそろ退屈になって来たみんなが強引に討伐したがると思うんですけど、ひとまず様子見を続け、昼間の戦闘をする方向へ何とか話を持って行ってくださいませんか』
清治の意向をそれとなく伝えたわけだが、やや強引だったか。だがそんな事を獪岳が気にする事はない。獪岳自身、団体行動は苦手であるし、二人だけでやろうと言われた事は正直言って嬉しかった。
(だけどキヨ、言い出しっぺのお前が足手纏いになんなよ。言った奴の責任ってもんがあんだからな)
獪岳は清治の能力を信用していないわけではない。全ての型ができるという生意気な奴だが、この面子の中ではこれ以上ないほどの相棒だ。しかし本当に二人だけで追求できるのか? 心配は尽きない。
一方、清治は、湯浴みを終えて宿坊の窓から西の夕焼け空を見つめていた。
(獪岳さん、上手く話を持って行ってくれたやろか。あの人の威圧感とあの強引さ、こういう時にこそ生かすべきや)
「カァーッカァーッ」
柏の前掛けを着けた鴉が遠くの空から飛んで来る。
「おおきに、烏龍。どうだった?」
「今ントコハ大丈夫ヤ。セヤケド、アノ優玄ナ、マタイジメラレトッタデ。今度ハセッカク乾イタバッカノ洗濯物ヲ竿カラ落トサレタンヤ。叱ラレテ、洗イ直シヤデ」
「はぁっ……。そら難儀やな」
「余リニ腹ガ立ッタサカイ、ツルッツルノ坊主頭ニ糞落トシテヤッタワ、カーッカッカ!」
「うっ、烏龍……。間違って優玄さんに糞落としてないやろうな? あそこの人みんな坊主頭やで。空から見分けつくんか?」
「……カッ⁉」
普段からこうやって気に障る人間に地味な仕返しをしているようであるが、優玄に落としたのならあまりの追い打ちである。
「とにかく今夜、もう一遍あの寺へ行くさかい。烏龍はこの寺の人の動きを空から見張っとってくれるか?」
「ガッテン承知! ホンナラノ」
烏龍は飛び立った。
(あと数日は雨降らんでくれよ。まだ証拠がないんや)
清治は空を拝んだ。集められた隊士たちは力が備わっていない者ばかり。経験が浅いからこそ、どんどん手柄を立てたがる。最初は親の仇だ何だと意気込んで入隊するが、給金が伴ってくると、出世欲に塗れてしまう隊士も出てくるものだ。楽をしてサクっと稼ぎたいという心理は、人間誰しも持ち合わせているのだろうが、こうして目的の鬼がいる以上、十分に準備する期間を怠れば、必ずや失敗してしまうだろう。
(俺たちには力がない。だからこそ鬼に有利な状況で戦うべきではないんだ。力がないからこそ、運と天を味方にしなければ……!)
まだ昨日ここへやって来たばかり。本来せっかちな清治は正直なところ気が焦ってしまっているが、何とかその気性を押さえつつ奮闘するのであった。
