観天望気の作戦
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鬼殺隊一行はぞろぞろと蟻の行列のように山道を行く。木の多い山は日陰が多く、鬼にとって最適の住処ではないかと思ってしまう。実際藤襲山でもそうだったが、真っ昼間でも鬼による襲撃があった。だから休みたい時は昼間に日光浴をしながら寝たものである。
鬼は日の光さえ避けられれば、昼夜問わず活動できる。木が生い茂って日当たりの悪い場所なら山の中にならいくらでもある。また、雨の日や曇りの日も同じ。よって、人間にとっては昼間でも必ずしも安心というわけではないのだ。
さらに、鬼がどうこうという問題もさることながら、山は迷いやすい場所でもある。地図が頭にあったとしても、山道を進むうちによく分からなくなり、太陽がなければ方角もイマイチ分からなくなる。夜なら確実に身動きが取れなくなってしまうだろう。
「できれば山中で戦うのは避けたいですよね」
ハッハッと短い呼吸を繰り返しながら、清治は獪岳に話しかけた。獪岳もまた同様、荒い息で答える。
「まぁな。……こんだけ息が上がってる状況で襲い掛かって来られたら、できる事もできなくなっちまうぜ。でもこれってよぉ、鍛えて何とかなるもんなのか? こんだけ筋肉使って歩いてりゃ、そんだけ筋肉に血が必要なわけだし……こうなんのも必然じゃねぇか?」
「案外、らしくない事を言うんですね。まぁ人体学的には、血液が体中くまなく酸素を運んでくれてるって事らしいですからね。にしても、普通なら限界がある。でも不可能を可能にするのが例の呼吸ってやつでしょうね。やっぱ呼吸って大事なんですね」
「ああ。先生もそう言ってた。筋肉にちゃんと酸素を送らないと、力が出ないってな。強くなりたければ、呼吸を鍛えろって。……でもよっ、俺は山が苦手だぜ。いくら鍛えても、平気になる気がしねぇ」
「だったら猿に弟子入りするしかないですね」
「ああんッ!?」
冗談を言いながら、戦闘に向いていそうな平地を探す。木が多い場所での戦闘は、長い日本刀では具合が悪い。刀を振り回してうっかり幹に刀が刺さってしまえば命取りになる。
「藤襲山よりも平地が多いような気もしますね」
「まぁ、花見をする奴も多いくらいだからな。でもやっぱ木が邪魔だな。死角も多くなるし」
「いざとなったら、先に木を切り倒すって事も必要かもしれませんね。ほら、こないだの竹藪みたいに」
獪岳と初めて出会った竹藪。あの時は結局二人で竹を伐採してしまった。
「あん時は俺の方がたくさん斬ってたな」
「何言ってんですか! 俺の方が多かったですよ!」
「バカ野郎。その前から俺はあの猿みてぇな鬼を追ってもっと斬ってんだよ」
「俺は一度に斬った量の事を言ってんですよ!」
「数えたのか? あ?」
「……数えてはないけど。見た目ですよ、見た目!」
どうでもいい話である。
ちょうど沢があったので、全員そこで一休みをする事になったが、東京からたった一人世話人として来ている隠の女性は、ぐったりと座り込んだ。息苦しさと暑さで頭巾は身に着けていない。隠も体力がないとやっていられない職だが、多少人より自信があっても山歩きは疲れてしまう。ましてや東京からやって来て、ろくに休めてもいない。隊士たちが昼寝をしていても、一時間ほど寝てすぐに奈良の隠との打ち合わせや、宿坊とのやりとりも行い、疲労困憊の様子である。
「大丈夫ですか? 何か俺にできる事はありますか?」
「ああ……皇さん。すみません、お気遣いいただいて。私に構わず、どうぞ水を飲んで休んでください」
「いえ、俺は後でいいんですよ。ずいぶんお疲れのようです。ちょっと待っていてくださいね。水筒に水を入れて来ます。これ、お借りしますよ」
四十人の隊士たちに対し、たった一人の隠とは、何とかわいそうな事だろう。奈良の隠も食事や洗濯などできるだけの事を手伝ってくれているが、今は新しい隊士を募集するのに忙しいようで、関西じゅうを駆け回って隊士を引っ張ってこようとしているらしい。
清治は沢の水を水筒に入れ、ついでに手拭いを濡らして固く絞った。隠の顔が真っ赤になっていたのを冷やそうと思っての事だ。
「どうぞ。きれいな水でしたよ。味も問題ないようです」
「ああ、そんな……。隠の私が先にいただくわけにはいきません」
「いいんですよ。どうか無理はしないでください。俺たちは日頃から鍛えてますし、何しろ藤襲山では飲まず食わずでしたからね。それを突破したんですから。さぁ、早く飲んでください」
「皇さん、本当にありがとうございます」
隠はゴクゴクとおいしそうに飲んだ。
「あと、少し日焼けしましたかね。これ、顔に当ててください。きっと火照りがましになりますよ。そうだ、最近新しく売り出された保湿軟膏……何でしたっけ、くりいむ……って言ったかな。肌を白くさせる効果があるようで、街の女性に大人気になっているようですよ。日焼け肌にも良さそうですし、東京に戻ったらぜひ探してみてください」
「皇さん……何から何まで……! それに流行に敏感なんですね」
「いやぁ、たまたま街を歩いているとそんな話を聞きましてね。しっかし、これだけ男がいるのに、誰一人として女性を気遣えないなんて。これじゃあ誰からもお嫁になんて来てもらえないですよ。ねー? 獪・岳・さんっ」
水筒の水を飲んでいた獪岳はブーッと噴き出した。
「なっ、何で俺に振るんだよ‼ 関係ねぇだろ‼」
「だって、一番の仲良しじゃないですか。獪岳さんとまともに話せるのは俺くらいでしょ」
「仲良しじゃねぇっ‼ 勘違いすんなよ、俺はたまたまお前と同じ班になっただけだ! 必要に迫られて話してるだけだ!」
「って言いながら、結構話に付き合ってくれてるじゃないですか。いやぁ俺たち、たまたま同じ呼吸だし、俺の師範・善逸さんの兄弟子だし。これって運命ですかね。出会うべくして出会っちゃった……みたいな」
「ケッ! カスの名前なんか出すんじゃねぇ。反吐が出るぜ」
獪岳は足元に咲いている蒲公英 を憎々しげに踏みつけた。
「さて、もうそろそろ出発しますか。日が暮れるといけない」
「そうですね。この先を下れば、沢がもう一か所あるようです。予定ではそこを見て、修験道の方たちが多く修行していらっしゃるという崖の岩場の近くを通って下山します」
「分かりました。あっ、ちょっと待っててください」
清治は、沢に生えていた太めの枝を二本切って長さを揃え、節や小枝を刀で削るように切り落とし、握りやすいように加工した。
「これ、杖として使ってください。両手に持つ事で歩きやすくなるはずですよ」
清治の配慮に、獪岳は顔を思いきり引きつらせた。隠の女性は涙ぐみながら感謝感激を繰り返す。
「じゃあ出発しましょうか。みんな頑張ろう!」
清治は率先して先頭を歩く。
(……この野郎、また出しゃばりやがって。計算でやってんのか? 何の点数稼ぎだよ)
とにかく面白くない。清治の見た目と言えば、背は高く、体も引き締まって筋肉もあり、サラサラの黒髪に切れ長の涼やかな目の持ち主である。鼻筋も通っていて、歯並びも良くて笑うと白い歯が見える。男らしい豪胆さと女性的な繊細さを持ち合わせたような、完璧に近い男である。
また、素なのか計算なのか分からないが気配り上手で、コイツを嫌うのはひねくれた奴くらい……と思った途端、獪岳はズンと気分が落ち込んだ。
(……それって俺じゃねぇかよ)
自覚はある。ひねくれた奴だと。
だがどうしようもないのだ。上手に人に甘えたり、人を褒めたりできない。褒めるという誰でも無意識にしているような些細な事ができず、対等の友人関係というものが成立し難いのだ。
清治はよく人に興味を持つ。そしてよく気が付く。だから誰からも好かれるのだ。獪岳は清治が苦手である。自分と正反対だからだ。そしてそんな清治が羨ましくもある。
鬼は日の光さえ避けられれば、昼夜問わず活動できる。木が生い茂って日当たりの悪い場所なら山の中にならいくらでもある。また、雨の日や曇りの日も同じ。よって、人間にとっては昼間でも必ずしも安心というわけではないのだ。
さらに、鬼がどうこうという問題もさることながら、山は迷いやすい場所でもある。地図が頭にあったとしても、山道を進むうちによく分からなくなり、太陽がなければ方角もイマイチ分からなくなる。夜なら確実に身動きが取れなくなってしまうだろう。
「できれば山中で戦うのは避けたいですよね」
ハッハッと短い呼吸を繰り返しながら、清治は獪岳に話しかけた。獪岳もまた同様、荒い息で答える。
「まぁな。……こんだけ息が上がってる状況で襲い掛かって来られたら、できる事もできなくなっちまうぜ。でもこれってよぉ、鍛えて何とかなるもんなのか? こんだけ筋肉使って歩いてりゃ、そんだけ筋肉に血が必要なわけだし……こうなんのも必然じゃねぇか?」
「案外、らしくない事を言うんですね。まぁ人体学的には、血液が体中くまなく酸素を運んでくれてるって事らしいですからね。にしても、普通なら限界がある。でも不可能を可能にするのが例の呼吸ってやつでしょうね。やっぱ呼吸って大事なんですね」
「ああ。先生もそう言ってた。筋肉にちゃんと酸素を送らないと、力が出ないってな。強くなりたければ、呼吸を鍛えろって。……でもよっ、俺は山が苦手だぜ。いくら鍛えても、平気になる気がしねぇ」
「だったら猿に弟子入りするしかないですね」
「ああんッ!?」
冗談を言いながら、戦闘に向いていそうな平地を探す。木が多い場所での戦闘は、長い日本刀では具合が悪い。刀を振り回してうっかり幹に刀が刺さってしまえば命取りになる。
「藤襲山よりも平地が多いような気もしますね」
「まぁ、花見をする奴も多いくらいだからな。でもやっぱ木が邪魔だな。死角も多くなるし」
「いざとなったら、先に木を切り倒すって事も必要かもしれませんね。ほら、こないだの竹藪みたいに」
獪岳と初めて出会った竹藪。あの時は結局二人で竹を伐採してしまった。
「あん時は俺の方がたくさん斬ってたな」
「何言ってんですか! 俺の方が多かったですよ!」
「バカ野郎。その前から俺はあの猿みてぇな鬼を追ってもっと斬ってんだよ」
「俺は一度に斬った量の事を言ってんですよ!」
「数えたのか? あ?」
「……数えてはないけど。見た目ですよ、見た目!」
どうでもいい話である。
ちょうど沢があったので、全員そこで一休みをする事になったが、東京からたった一人世話人として来ている隠の女性は、ぐったりと座り込んだ。息苦しさと暑さで頭巾は身に着けていない。隠も体力がないとやっていられない職だが、多少人より自信があっても山歩きは疲れてしまう。ましてや東京からやって来て、ろくに休めてもいない。隊士たちが昼寝をしていても、一時間ほど寝てすぐに奈良の隠との打ち合わせや、宿坊とのやりとりも行い、疲労困憊の様子である。
「大丈夫ですか? 何か俺にできる事はありますか?」
「ああ……皇さん。すみません、お気遣いいただいて。私に構わず、どうぞ水を飲んで休んでください」
「いえ、俺は後でいいんですよ。ずいぶんお疲れのようです。ちょっと待っていてくださいね。水筒に水を入れて来ます。これ、お借りしますよ」
四十人の隊士たちに対し、たった一人の隠とは、何とかわいそうな事だろう。奈良の隠も食事や洗濯などできるだけの事を手伝ってくれているが、今は新しい隊士を募集するのに忙しいようで、関西じゅうを駆け回って隊士を引っ張ってこようとしているらしい。
清治は沢の水を水筒に入れ、ついでに手拭いを濡らして固く絞った。隠の顔が真っ赤になっていたのを冷やそうと思っての事だ。
「どうぞ。きれいな水でしたよ。味も問題ないようです」
「ああ、そんな……。隠の私が先にいただくわけにはいきません」
「いいんですよ。どうか無理はしないでください。俺たちは日頃から鍛えてますし、何しろ藤襲山では飲まず食わずでしたからね。それを突破したんですから。さぁ、早く飲んでください」
「皇さん、本当にありがとうございます」
隠はゴクゴクとおいしそうに飲んだ。
「あと、少し日焼けしましたかね。これ、顔に当ててください。きっと火照りがましになりますよ。そうだ、最近新しく売り出された保湿軟膏……何でしたっけ、くりいむ……って言ったかな。肌を白くさせる効果があるようで、街の女性に大人気になっているようですよ。日焼け肌にも良さそうですし、東京に戻ったらぜひ探してみてください」
「皇さん……何から何まで……! それに流行に敏感なんですね」
「いやぁ、たまたま街を歩いているとそんな話を聞きましてね。しっかし、これだけ男がいるのに、誰一人として女性を気遣えないなんて。これじゃあ誰からもお嫁になんて来てもらえないですよ。ねー? 獪・岳・さんっ」
水筒の水を飲んでいた獪岳はブーッと噴き出した。
「なっ、何で俺に振るんだよ‼ 関係ねぇだろ‼」
「だって、一番の仲良しじゃないですか。獪岳さんとまともに話せるのは俺くらいでしょ」
「仲良しじゃねぇっ‼ 勘違いすんなよ、俺はたまたまお前と同じ班になっただけだ! 必要に迫られて話してるだけだ!」
「って言いながら、結構話に付き合ってくれてるじゃないですか。いやぁ俺たち、たまたま同じ呼吸だし、俺の師範・善逸さんの兄弟子だし。これって運命ですかね。出会うべくして出会っちゃった……みたいな」
「ケッ! カスの名前なんか出すんじゃねぇ。反吐が出るぜ」
獪岳は足元に咲いている
「さて、もうそろそろ出発しますか。日が暮れるといけない」
「そうですね。この先を下れば、沢がもう一か所あるようです。予定ではそこを見て、修験道の方たちが多く修行していらっしゃるという崖の岩場の近くを通って下山します」
「分かりました。あっ、ちょっと待っててください」
清治は、沢に生えていた太めの枝を二本切って長さを揃え、節や小枝を刀で削るように切り落とし、握りやすいように加工した。
「これ、杖として使ってください。両手に持つ事で歩きやすくなるはずですよ」
清治の配慮に、獪岳は顔を思いきり引きつらせた。隠の女性は涙ぐみながら感謝感激を繰り返す。
「じゃあ出発しましょうか。みんな頑張ろう!」
清治は率先して先頭を歩く。
(……この野郎、また出しゃばりやがって。計算でやってんのか? 何の点数稼ぎだよ)
とにかく面白くない。清治の見た目と言えば、背は高く、体も引き締まって筋肉もあり、サラサラの黒髪に切れ長の涼やかな目の持ち主である。鼻筋も通っていて、歯並びも良くて笑うと白い歯が見える。男らしい豪胆さと女性的な繊細さを持ち合わせたような、完璧に近い男である。
また、素なのか計算なのか分からないが気配り上手で、コイツを嫌うのはひねくれた奴くらい……と思った途端、獪岳はズンと気分が落ち込んだ。
(……それって俺じゃねぇかよ)
自覚はある。ひねくれた奴だと。
だがどうしようもないのだ。上手に人に甘えたり、人を褒めたりできない。褒めるという誰でも無意識にしているような些細な事ができず、対等の友人関係というものが成立し難いのだ。
清治はよく人に興味を持つ。そしてよく気が付く。だから誰からも好かれるのだ。獪岳は清治が苦手である。自分と正反対だからだ。そしてそんな清治が羨ましくもある。
