観天望気の作戦
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水を汲み直し、無理矢理奪い取った天秤棒をヒョイと担いで、清治はスタスタと歩いて行く。その様子を屋根の上から烏龍が不安そうにじっと見ているので、大丈夫だと清治はさりげなく目配せをした。
「雑巾、ようけありますか? 俺にも一枚ください」
「あっ、ありますけど……。でもホンマにええですって。僕がやりますんで」
「いーや。少し休んどってください。全部俺がします。得意なんで」
清治は腕まくりをして無理やり雑巾をもらうと、水でぬらして固く絞り、廊下の端に立った。
「よう見とってくださいよ。俺、すごいんです。兄ちゃんにも負けませんでしたからね」
「……?」
板張りの長い廊下をビュンと雑巾がけで走り抜ける清治。端まで行って方向転換すると、またビュンと走り抜ける。
「まだまだですよ。こっからもっと速くしますさかい、ちゃんと目ェ開けとってくださいよ」
「……は、はぁ」
────シィィィィィィィィ……
清治は奥の手・例の「呼吸法」を使う。
「行くで~!」
目にもとまらぬ速さで雑巾がけを終え、あっという間に終わらせてしまった。優玄は口をぽかんと開けながら、廊下に残る湿った拭き跡を確かめる。
「……すごいなぁ! ホンマに拭かはったんか、よう見とっても分からんかったですけど、ちゃんと拭き跡がありますね~」
「ヘッヘッヘ! これ、得意なんですよ。俺は三歳から毎朝雑巾がけをしとりましたからね。お陰で足腰が強くなって、こうして鬼殺隊で生かしとるんです」
「さすが鬼殺隊士になられただけありますね。僕ならまだ半分も終わっとらんですよ、ハハハ」
「優玄さん、俺も父親を鬼に殺されました。目の前でね。俺は鬼を許せへんのです。親の仇だけやなくて、どんな鬼も。だからこの山におる鬼天狗、どうしても倒したいんです。……何か見たんやったら、教えてくれませんか」
「…………」
楽しそうに笑っていた優玄の顔から、静かに笑みが消えて行く。そして深くうつむいた。
「僕、ホンマに目悪いんですわ。特に最近、日に日に見えづらくなっとります。そのせいでよう人を見間違えて、違う人の名前を呼んでしまったりして……もう何もかもアカンのですわ。蓮峰さんも言っとりましたやろ? 法螺吹きやって。信用ならんって思われとんのです。僕でさえも、自分の事は信用ならんのですわ」
優玄は笑いながら、目に涙を溜めていた。清治はそんな優玄の表情とは違い、厳しい顔つきでいる。
「その蓮峰さんやけど、あの人は夜、外で修行しとられるんですってね?」
「……はぁ、ご存じでしたか。元々は山伏やったっちゅう事ですけど、この山で修行中に和尚 さんと仲良くなって寺で過ごすようになったっちゅう話です。今は夜中じゅう起きて山に出て、何ややっとるっちゅう事ですけど、昼間は房でお休みしとられるか、護摩行をやっておられます」
「そうですか……」
清治はより一層難しい顔をした。
(やっぱ獪岳さんが今朝見たちゅう話はホンマなんやな。それにしても、こんな鬼が出るちゅう中でよく外におれるもんや)
まるで襲ってくれと言わんばかりの行動である。無事でいるのはたまたま鬼と遭遇しないというわけか。
(獪岳さんが言っていたように、確かに体つきが普通の人とは違う感じやった。寺の修行僧と言えば食事は質素やし一日二食、ほとんどがこういう優玄さんのようなヒョロリとした体形や。まぁ元が山伏と言うんなら、ガッシリしとってもおかしくない。でも元・山伏言うのはホンマか? ……元・鬼殺隊士や言うなら、鬼が出ても平気やっちゅう事にもなるわな)
日輪刀の類さえあれば、襲われても何とかできる。わざわざ東京から鬼殺隊がやって来るくらいの状況で、全く鬼を恐れていないような行動をする者は明らかにおかしい。もしくは夜の修行に行くと言いつつも、実は夜な夜な鬼を斬っている人間である可能性すらある。
「蓮峰さんは一体どういうお人で?」
「……若い頃は何や軍人やったっちゅう話です。海軍か、陸軍か、どっちや言うとったかな。せやけど、背中に大火傷を負って除隊したとか。確かに大きな火傷の跡があるんですけど、その話をすると怒らはるんで誰も何があったかはよう聞いとらんようですわ。気も力も強い人やさかい、あの人の言う事には誰も逆らえんのです」
「なるほどね。やからあの時、優玄さんが言おうとしていたのを止めた蓮峰さんに、みんな乗っかったんですね。要は強い者に巻かれとけみたいな」
「……いつもの事です。僕はみんなから嫌われとるさかい」
優玄は肩を震わせ、静かに涙を流し始めた。
「僕、もうここを出ようと思っとるんです。仕事は与えられたものを黙々とするだけなんでつらくはないけど、どうも集団生活は向いとらんようです。もう耐えきれんかも分からんのです。まぁこんな僕ですから、行くあてなんてないんですけどね。これから一人でどないしようかとばかり考えとります」
「そんな……。それじゃあ和尚さんが寂しがるでしょうに」
「そっ、そないな事は……。きっとせいせいするでしょう。厄介な者を引き取ったもんやと思ってはりますよ」
「何言うてはるんですか。優玄さんは和尚さんに気に入られとるやないですか。俺にはそう思えましたよ」
「うっ、うえっ、そんなことっ……ううう……」
優玄は嗚咽を漏らして泣き続けた。清治にはこんな優玄が哀れに見えた。ちゃんとこうして自分の事を話せる人間なのに、常に自己否定するような性格が災いして思うように振る舞えないのだ。優玄に足りないのは、ほんの少しの勇気である。何とか力になってやりたいと思う清治だったが──。
「雑巾、ようけありますか? 俺にも一枚ください」
「あっ、ありますけど……。でもホンマにええですって。僕がやりますんで」
「いーや。少し休んどってください。全部俺がします。得意なんで」
清治は腕まくりをして無理やり雑巾をもらうと、水でぬらして固く絞り、廊下の端に立った。
「よう見とってくださいよ。俺、すごいんです。兄ちゃんにも負けませんでしたからね」
「……?」
板張りの長い廊下をビュンと雑巾がけで走り抜ける清治。端まで行って方向転換すると、またビュンと走り抜ける。
「まだまだですよ。こっからもっと速くしますさかい、ちゃんと目ェ開けとってくださいよ」
「……は、はぁ」
────シィィィィィィィィ……
清治は奥の手・例の「呼吸法」を使う。
「行くで~!」
目にもとまらぬ速さで雑巾がけを終え、あっという間に終わらせてしまった。優玄は口をぽかんと開けながら、廊下に残る湿った拭き跡を確かめる。
「……すごいなぁ! ホンマに拭かはったんか、よう見とっても分からんかったですけど、ちゃんと拭き跡がありますね~」
「ヘッヘッヘ! これ、得意なんですよ。俺は三歳から毎朝雑巾がけをしとりましたからね。お陰で足腰が強くなって、こうして鬼殺隊で生かしとるんです」
「さすが鬼殺隊士になられただけありますね。僕ならまだ半分も終わっとらんですよ、ハハハ」
「優玄さん、俺も父親を鬼に殺されました。目の前でね。俺は鬼を許せへんのです。親の仇だけやなくて、どんな鬼も。だからこの山におる鬼天狗、どうしても倒したいんです。……何か見たんやったら、教えてくれませんか」
「…………」
楽しそうに笑っていた優玄の顔から、静かに笑みが消えて行く。そして深くうつむいた。
「僕、ホンマに目悪いんですわ。特に最近、日に日に見えづらくなっとります。そのせいでよう人を見間違えて、違う人の名前を呼んでしまったりして……もう何もかもアカンのですわ。蓮峰さんも言っとりましたやろ? 法螺吹きやって。信用ならんって思われとんのです。僕でさえも、自分の事は信用ならんのですわ」
優玄は笑いながら、目に涙を溜めていた。清治はそんな優玄の表情とは違い、厳しい顔つきでいる。
「その蓮峰さんやけど、あの人は夜、外で修行しとられるんですってね?」
「……はぁ、ご存じでしたか。元々は山伏やったっちゅう事ですけど、この山で修行中に
「そうですか……」
清治はより一層難しい顔をした。
(やっぱ獪岳さんが今朝見たちゅう話はホンマなんやな。それにしても、こんな鬼が出るちゅう中でよく外におれるもんや)
まるで襲ってくれと言わんばかりの行動である。無事でいるのはたまたま鬼と遭遇しないというわけか。
(獪岳さんが言っていたように、確かに体つきが普通の人とは違う感じやった。寺の修行僧と言えば食事は質素やし一日二食、ほとんどがこういう優玄さんのようなヒョロリとした体形や。まぁ元が山伏と言うんなら、ガッシリしとってもおかしくない。でも元・山伏言うのはホンマか? ……元・鬼殺隊士や言うなら、鬼が出ても平気やっちゅう事にもなるわな)
日輪刀の類さえあれば、襲われても何とかできる。わざわざ東京から鬼殺隊がやって来るくらいの状況で、全く鬼を恐れていないような行動をする者は明らかにおかしい。もしくは夜の修行に行くと言いつつも、実は夜な夜な鬼を斬っている人間である可能性すらある。
「蓮峰さんは一体どういうお人で?」
「……若い頃は何や軍人やったっちゅう話です。海軍か、陸軍か、どっちや言うとったかな。せやけど、背中に大火傷を負って除隊したとか。確かに大きな火傷の跡があるんですけど、その話をすると怒らはるんで誰も何があったかはよう聞いとらんようですわ。気も力も強い人やさかい、あの人の言う事には誰も逆らえんのです」
「なるほどね。やからあの時、優玄さんが言おうとしていたのを止めた蓮峰さんに、みんな乗っかったんですね。要は強い者に巻かれとけみたいな」
「……いつもの事です。僕はみんなから嫌われとるさかい」
優玄は肩を震わせ、静かに涙を流し始めた。
「僕、もうここを出ようと思っとるんです。仕事は与えられたものを黙々とするだけなんでつらくはないけど、どうも集団生活は向いとらんようです。もう耐えきれんかも分からんのです。まぁこんな僕ですから、行くあてなんてないんですけどね。これから一人でどないしようかとばかり考えとります」
「そんな……。それじゃあ和尚さんが寂しがるでしょうに」
「そっ、そないな事は……。きっとせいせいするでしょう。厄介な者を引き取ったもんやと思ってはりますよ」
「何言うてはるんですか。優玄さんは和尚さんに気に入られとるやないですか。俺にはそう思えましたよ」
「うっ、うえっ、そんなことっ……ううう……」
優玄は嗚咽を漏らして泣き続けた。清治にはこんな優玄が哀れに見えた。ちゃんとこうして自分の事を話せる人間なのに、常に自己否定するような性格が災いして思うように振る舞えないのだ。優玄に足りないのは、ほんの少しの勇気である。何とか力になってやりたいと思う清治だったが──。
