観天望気の作戦
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「何や、まだ終わっとらんのかッ‼」
清治と烏龍が寺の門に差し掛かると、境内から大きな怒鳴り声が聞こえた。同時にガタン、バシャっと水がこぼれるような音もする。
「……何やろ。何かあったんかな」
「シッ、ワイガ先ニ見テ来ル。オ前ハソコニオレ」
鴉はバサバサと飛び立つと、本堂の立派な瓦屋根の上に止まる。清治は寺の門の陰に隠れ、目だけを出して遠目に様子を窺った。
「ホンマにタルっこいんやで、お前は!」
「すんまへん……すんまへん……!」
「謝っとる暇あるんならさっさとしーやー。あーあー、水こぼれたで? また汲んで来んとあかんなぁ、ハハハハハ」
「それ終わったら、みんなの敷布洗っといてな」
「はっ……はいっ」
優玄はひっくり返った桶を拾い、とぼとぼと戻って行く。清治は目立つ青い鱗模様の羽織を脱ぐと、サッと折りたたんで懐にしまった。
「カァッ! カァッ!」
しばらくして烏龍が屋根から合図を送る。清治はそっと門をくぐり、足音を立てないように優玄の後を追った。優玄は寺の裏手にある井戸へと向かっているようである。清治は明け方までその井戸の辺りで警備をしていたので、場所はよく分かっていた。
井戸へ着くと、優玄は釣瓶 を下ろし、カラカラと引き上げて桶に水を注ぐ。その横顔は暗く、小さく鼻を啜ってはため息をついていた。
「優玄さん!」
小声で呼びかけると、優玄はキョロキョロと辺りを見渡した。だが目が悪いせいか、なかなか気付いてもらえない。
「こっちです」
清治は優玄の足元に小石を投げる。その音に反応してやっと顔を向けた。清治はニコっと笑い、手を振った。
「どうも、昨日はお世話になりました。東京から来た鬼殺隊の皇です」
「すっ、皇さん……? ああっ、ど、どうも」
優玄はペコリと頭を下げる。急に話しかけられて慌てた様子の優玄は、動揺して滑らかに話せないようだ。
「すんません、お仕事中に。水汲みですよね、手伝いましょか」
「いっ、いえ、とんでもない!」
「でもその手、怪我されてますよ? ほら、擦りむいて青あざが」
「あっ、ああ、これは‼ すっ、すんません、お見苦しいものを見せてしもて」
これはさっき、優玄が同じ寺の僧侶に足を引っかけられて転んだ際の傷である。その場面を見たわけではなかったが、擦り傷は新しく、きっとそうに違いない。
「こんな訊き方したくないですけど、もしかしていじめられとるんですか?」
「いっ、いやそんな! 僕がノロマでドジやさかい、みっ、みんなに迷惑かけとるだけです。みなさん良うしてくれとります。そんな、いじめやなんて……」
そう言いながら、優玄の目は赤い。聞けば、彼は清治と同郷、琵琶湖を挟んで対岸の位置の出身であると言う。ちょうど一年前ほどに寺に来た十五歳であり、清治よりもたった一つ上と知って「なぁんだ」と笑い合った。しばらく故郷の話をして打ち解ける。
「そうですか。両親を亡くされたと……」
「はぁ。実は、熊に襲われたっちゅう事にしとったんですけど、ホンマは違うんですよ。ホンマは鬼に殺されたんですわ。でも僕が住んどった村では誰も鬼がおるっちゅう事を信じとらんかったさかい、そういう事にするしかなかったんです。ホンマは二人とも体のあちこちを喰われて死んどりました」
「その鬼は?」
「……僕が家に帰って来た時、ちょうどどこかへ行きました。それっきりです」
「そうですか。で、こんな遠くのこの寺へはどうして来はったんですか?」
「……身寄りもないし、貧乏やったさかい、村の人の口利きでこの寺に入る事になったんですわ。それに……村じゅうに噂になってしもて、村に居づらかったんです。ホンマは僕がやったんやないかって言う人もおりました。僕は人と話す時は緊張するし、はっきり物を言えん事もあって、ちょっと変な奴やとよう言われとりましたし……」
優玄は悔しそうに顔を歪めた。ただ大人しいだけで言われなき疑いをかけられてしまう。それはこの寺の中でも同じ様だった。
清治もまた、ありもしない勝手な噂の被害に遭った事がある。父親が鬼に殺された時、長年檀家の恨みを買っていてとうとう殺されたのではないかと町で言いふらす者がいたのだ。「女と子供だけになった皇の寺にはもう力はない」と調子づいたのだろう。その時は別の町に住んでいた叔父が強く抗議してくれたから収まったものの、家族はしばらくの間は外を歩けなかった。急な不幸で心身が弱っている人間に、よくもまぁ嫌がらせができるものだと呆れたものである。失望して故郷を捨てた優玄の気持ちも分からなくもない。
桶に水を入れ終えた優玄は、天秤棒の両端にそれを引っかけると、フラフラと歩き出した。ぎこちない歩き方に、桶の水が揺れてバシャバシャとこぼれる。
「ああっ、俺がやりますよ」
「大丈夫です。僕の仕事やさかい……あっ!」
またよろけて転び、水をバシャンとぶちまけてしまった。
やせ細った体の優玄には体力がなさそうだ。それどころか、どこか体調が悪そうでもある。水を運ぶにしても、完全に体を持って行かれている。ちゃんと食べているのか、同年代にしてはあまりにも体格が違いすぎる。
「大丈夫ですか?」
慌てて駆け寄り、転んだ優玄に肩を貸してやる。すると、しゃがんだ優玄の懐の中に、刃物の柄のような物があるのがチラリと見えた。
(懐剣か……? 何でこんな物を……)
鬼が出るという吉野山に住んでいるので護身用に持っているのかと思ったが、それにしてもこの優玄に刀とは似合わない。せいぜい食事の支度で包丁を握るくらいしかできなさそうである。
「水は俺が運びますよ。今から本堂の廊下を掃除するんちゃいますか?」
「そ、そうですけど……」
「やっぱりね。寺の朝一はそうですよね。昨日はお世話になったし、俺も手伝います。午後まで時間あるから気にせんでええですよ」
「でっ、でもあきまへんって!」
「ええですって。そん代わり、昨日言おうとしとった話、聞かせてもらいますよ?」
「…………」
清治と烏龍が寺の門に差し掛かると、境内から大きな怒鳴り声が聞こえた。同時にガタン、バシャっと水がこぼれるような音もする。
「……何やろ。何かあったんかな」
「シッ、ワイガ先ニ見テ来ル。オ前ハソコニオレ」
鴉はバサバサと飛び立つと、本堂の立派な瓦屋根の上に止まる。清治は寺の門の陰に隠れ、目だけを出して遠目に様子を窺った。
「ホンマにタルっこいんやで、お前は!」
「すんまへん……すんまへん……!」
「謝っとる暇あるんならさっさとしーやー。あーあー、水こぼれたで? また汲んで来んとあかんなぁ、ハハハハハ」
「それ終わったら、みんなの敷布洗っといてな」
「はっ……はいっ」
優玄はひっくり返った桶を拾い、とぼとぼと戻って行く。清治は目立つ青い鱗模様の羽織を脱ぐと、サッと折りたたんで懐にしまった。
「カァッ! カァッ!」
しばらくして烏龍が屋根から合図を送る。清治はそっと門をくぐり、足音を立てないように優玄の後を追った。優玄は寺の裏手にある井戸へと向かっているようである。清治は明け方までその井戸の辺りで警備をしていたので、場所はよく分かっていた。
井戸へ着くと、優玄は
「優玄さん!」
小声で呼びかけると、優玄はキョロキョロと辺りを見渡した。だが目が悪いせいか、なかなか気付いてもらえない。
「こっちです」
清治は優玄の足元に小石を投げる。その音に反応してやっと顔を向けた。清治はニコっと笑い、手を振った。
「どうも、昨日はお世話になりました。東京から来た鬼殺隊の皇です」
「すっ、皇さん……? ああっ、ど、どうも」
優玄はペコリと頭を下げる。急に話しかけられて慌てた様子の優玄は、動揺して滑らかに話せないようだ。
「すんません、お仕事中に。水汲みですよね、手伝いましょか」
「いっ、いえ、とんでもない!」
「でもその手、怪我されてますよ? ほら、擦りむいて青あざが」
「あっ、ああ、これは‼ すっ、すんません、お見苦しいものを見せてしもて」
これはさっき、優玄が同じ寺の僧侶に足を引っかけられて転んだ際の傷である。その場面を見たわけではなかったが、擦り傷は新しく、きっとそうに違いない。
「こんな訊き方したくないですけど、もしかしていじめられとるんですか?」
「いっ、いやそんな! 僕がノロマでドジやさかい、みっ、みんなに迷惑かけとるだけです。みなさん良うしてくれとります。そんな、いじめやなんて……」
そう言いながら、優玄の目は赤い。聞けば、彼は清治と同郷、琵琶湖を挟んで対岸の位置の出身であると言う。ちょうど一年前ほどに寺に来た十五歳であり、清治よりもたった一つ上と知って「なぁんだ」と笑い合った。しばらく故郷の話をして打ち解ける。
「そうですか。両親を亡くされたと……」
「はぁ。実は、熊に襲われたっちゅう事にしとったんですけど、ホンマは違うんですよ。ホンマは鬼に殺されたんですわ。でも僕が住んどった村では誰も鬼がおるっちゅう事を信じとらんかったさかい、そういう事にするしかなかったんです。ホンマは二人とも体のあちこちを喰われて死んどりました」
「その鬼は?」
「……僕が家に帰って来た時、ちょうどどこかへ行きました。それっきりです」
「そうですか。で、こんな遠くのこの寺へはどうして来はったんですか?」
「……身寄りもないし、貧乏やったさかい、村の人の口利きでこの寺に入る事になったんですわ。それに……村じゅうに噂になってしもて、村に居づらかったんです。ホンマは僕がやったんやないかって言う人もおりました。僕は人と話す時は緊張するし、はっきり物を言えん事もあって、ちょっと変な奴やとよう言われとりましたし……」
優玄は悔しそうに顔を歪めた。ただ大人しいだけで言われなき疑いをかけられてしまう。それはこの寺の中でも同じ様だった。
清治もまた、ありもしない勝手な噂の被害に遭った事がある。父親が鬼に殺された時、長年檀家の恨みを買っていてとうとう殺されたのではないかと町で言いふらす者がいたのだ。「女と子供だけになった皇の寺にはもう力はない」と調子づいたのだろう。その時は別の町に住んでいた叔父が強く抗議してくれたから収まったものの、家族はしばらくの間は外を歩けなかった。急な不幸で心身が弱っている人間に、よくもまぁ嫌がらせができるものだと呆れたものである。失望して故郷を捨てた優玄の気持ちも分からなくもない。
桶に水を入れ終えた優玄は、天秤棒の両端にそれを引っかけると、フラフラと歩き出した。ぎこちない歩き方に、桶の水が揺れてバシャバシャとこぼれる。
「ああっ、俺がやりますよ」
「大丈夫です。僕の仕事やさかい……あっ!」
またよろけて転び、水をバシャンとぶちまけてしまった。
やせ細った体の優玄には体力がなさそうだ。それどころか、どこか体調が悪そうでもある。水を運ぶにしても、完全に体を持って行かれている。ちゃんと食べているのか、同年代にしてはあまりにも体格が違いすぎる。
「大丈夫ですか?」
慌てて駆け寄り、転んだ優玄に肩を貸してやる。すると、しゃがんだ優玄の懐の中に、刃物の柄のような物があるのがチラリと見えた。
(懐剣か……? 何でこんな物を……)
鬼が出るという吉野山に住んでいるので護身用に持っているのかと思ったが、それにしてもこの優玄に刀とは似合わない。せいぜい食事の支度で包丁を握るくらいしかできなさそうである。
「水は俺が運びますよ。今から本堂の廊下を掃除するんちゃいますか?」
「そ、そうですけど……」
「やっぱりね。寺の朝一はそうですよね。昨日はお世話になったし、俺も手伝います。午後まで時間あるから気にせんでええですよ」
「でっ、でもあきまへんって!」
「ええですって。そん代わり、昨日言おうとしとった話、聞かせてもらいますよ?」
「…………」
