突然の来訪者
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夕餉の部屋に突然現れた少年に、全員が目を丸くした。
「どうも! 飯時に来てしまってすみません! 俺、皇 清治 って言います! この間藤襲山での最終選別で合格し、晴れて隊士になりました! 呼吸は雷です! みなさんどうぞよろしくお願いします!」
ペコリと頭を下げた。明朗快活、大きな声。その清治という名のように清々しいまでの風体だ。新調されたばかりの隊服は折り目正しく、腰の刀の鞘は黄金色に輝いている。
「何だかよく分かんねぇ野郎だが、お前、強そうだな。いい感じだぜ」
伊之助の口の端から海老天のしっぽが飛び出している。ハキハキとした口調が伊之助に好印象を与えたようだ。
「はいっ、ありがとうございます! 最終選別は楽勝でした! あの山の鬼の、弱いの何のって」
「ガハハハハッ、いいぜいいぜ! そうでなくちゃ鬼殺隊士は務まらねえぜ!」
「ところで、この中の誰ですか、雷の呼吸の隊士は」
みんなが一斉に金髪の少年の方を見る。だが、いつの間にか善逸は部屋の角におでこをくっつけ、背中を丸めて小さくなっていた。
「……まさか、この人?」
清治は意外に思ったのか、急に焦り出した。
「……嘘だろ? この人が?」
どういう意味なのか訊きたいところだが、誰もが口をつぐんでいた。まぁ、言いたい事は分かる。
「あの、おたくは本当に雷の剣士ですか?」
自信の欠片もないような情けない後ろ姿。実際よりも善逸の背中は小さく見えていた。
「ガハハハハ! どうした紋逸! ビビったのか?」
シッ! っとアオイが伊之助の手を弾はじいた。
「あの、皇……君だっけ? 煉獄さんから話は聞いてるよ。あれが我妻善逸って言って、雷の呼吸の使い手だ。ちょっと変わった奴だけど、善逸はこう見えてすごく強いから、心配しないでくれ、なっ?」
炭治郎は微妙な空気を変えようと、必死で善逸を立てる。
「はぁ。確かに変わっていますね。煉獄のオッサンも髪の色がすごかったですけど、この人もすごいですね」
「……帰ってくれよ」
ボソっと呟く善逸の声に、全員が反応した。
「帰ってくれ。他に人を紹介するから」
「他にも雷の呼吸の剣士がいるんですか!?」
「いるよ。俺よりもはるかにすごい奴がね」
「善逸……何言ってんだよ。そんな言い方……」
炭治郎は、落ち込んだ様子の善逸に何とか自信を持ってほしかった。善逸は強いのに、なぜそんなに後ろ向きなのか分からない。強いんだからと何度も言い聞かせているのに、善逸は一向に自信がない様子なのだ。
「うるせぇな炭治郎! 何だよコイツ、俺の弟子になりたいだって!? 俺にはこんな奴に教える事なんてないんだよ!」
善逸は全く振り返ろうとしない。部屋の角に向かって一生懸命叫んでいる。
「何言ってるんだ。お前の霹靂一閃は素晴らしいって、育手のお墨付きだろ? あんなすごい一閃はどこの誰にもできないって」
「そんなの、俺を頑張らせる為の方便だ」
「そうは言っても、ちゃんとこれまでやって来たじゃないか。善逸は今までたくさんの人を守って来ただろ? みんな善逸に助けられて今日も生きてる。こんなに素晴らしい事はないだろ。それもこれも、善逸の素晴らしい技のお陰だ。その技を伝えるんだよ。技を覚えたら、次の世代に伝えるんだ。呼吸はそうやって昔から受け継がれてきたものじゃないか。善逸だって、育手から技を受け継いだだろ?」
炭治郎の説得は続く。その間、伊之助は我関せずでバクバク食事を続け、挙句にどんぶりに盛るのが面倒くさくなったのか、御櫃を抱えて食べだした。
「……そうです! 俺に技を教えてください! 俺は育手に満を持して送り出されて藤襲山に向かったけど、何て言うか……まだまだ不完全だなって。技を自分の物にできていないって言うか、何か道具を使ってズルをしてる感じって言うか。俺は技を自分の物にしたい。自分自身が刃と一体化できるような、そんな技を身に着けたいんです‼」
シンと静まり返った室内に、伊之助の咀嚼音だけが響く。噛んでいるのはたくあんか。
「なぁ、応えてあげたらどうだ? まだ何もしてないのに断るなんて誠実じゃないよ。無理だったらまたその時にどうすればいいか考えればいい。善逸の兄弟子に託す事もできるだろ? 何かあれば俺も協力するし、相談にだって乗る。だからさ、挑戦してみないか? 俺たちだって、いつかは弟子を取ることだってあるだろう。教えられる側から教える側にいつかはならないといけない。煉獄さんだって、これからは俺たちが鬼殺隊を支える柱になるんだって言ってたじゃないか。俺たち同期の中で善逸が一番早く師範になるんだぞ? これってすごい事だよ! 俺はすごく羨ましいよ!」
善逸は正座をしたまま、膝に乗せた拳にギュッと力を入れる。
「ほら、善逸」
優しく問いかける炭治郎の声に、善逸はわずかに頭を上げる。
「……知らねぇぞ、どうなっても。俺は弱いんだからな」
「いいんですか!?」
「……よくねぇよ。でも、俺に何か教えられることがあるんだったら、力になってやってもいい。そん代わり文句言うなよ? 俺、先に言ったからな? 俺は弱いって」
善逸はゆっくりと首を動かし振り返る。清治はその金髪頭の「師範」との対面に逸はやる心を押さえられずに一歩前へ出る。
「皇君だったよな? 俺の名前は我妻ぜ────」
────────ッ!?
鴨居ほどある高い背丈、隊服の上からでも判る隆々とした筋肉、村田に負けずとも劣らないほどのツヤツヤの黒髪、義勇のような切れ長の瞳、富士山のように高い鼻、杏寿郎のようにキュッと引き締まった意思の強い口元、岩をも噛み砕くようなしっかりとしたエラ顎に、女なら誰もがときめくようなはっきりと突出した男らしい喉仏──。
「グハッ!」
そんな煌めくような清治の姿を琥珀色の瞳に映すと、善逸は雷に打たれたかのように開いた口を歪ませて固まった。
(なッ……何だコイツ、まさか役者絵から飛び出て来たんじゃねぇだろうなぁぁぁぁぁぁっ!?)
まさに絵に描いたような美男子を目の前にして、善逸の体にはビリビリとした電撃が走り続ける。
──ダメだ、勝てっこない。
善逸は、せっかく振り向きかけた体をまた元に戻して壁に向かった。
「こっ……この話はなかった事に……」
「善逸ッ⁉」
「無理だろ、こんなの。こんな完璧人間に、こんなクソみてぇな俺が一体何を教えろってんだよ。死ねよ」
清治はビュンと善逸のすぐ背後までやって来て、スッと正座をした。
「お願いします! 俺を弟子にしてください! 一生懸命頑張ります! 俺には夢があるんです。いつか俺の名前・清治を刀の号にしたいんです! 雷光の如く、鋭く速く、目にも止まらないほどの火雷神のような剣士に俺はなりたいんです! 後の人が無惨を倒した俺のそんな姿を記憶して、俺の名を冠した刀を作るような、そんな伝説の剣士になりたいんです!」
清治は畳に額を擦りつけた。
「どんな努力でもします! 俺は絶対に諦めません! ですから俺を弟子に!」
善逸は返事をしない。何度も懇願は繰り返される。そんな時間が長々と続いた。
「……まぁ、突然の事のようでしたし、善逸さんにも考える時間が必要でしょう。皇さん、夕餉はまだでしょう? ご一緒にいかがですか?」
アオイは準備の為にスッと立ち上がる。
「はぁ、何しろ昼間からずっと走って来ましたからね。でも、いいんですか? 握り飯一つ恵んでもらえればそれでいいですよ。何ならこの辺に店があればそこで食うんでお構いなく」
「遠慮なさらず。どうせ余るくらいたくさん用意してありますので。それに今夜はもう遅いです。隊士の方のようですので、よろしければお泊りになられては? 夕餉が済んだら、どうぞ湯浴みも。お着替えも用意いたします」
「えっ? 湯までいただけるんですか? それは助かりますね。俺、ひどく汗をかいちゃってて」
清治の箱膳は善逸と向き合うように置かれ、清治は嬉しそうにそこへ座った。
「では、遠慮なくいただきます! あっ、師範、全然食べていないじゃないですか。もしかして食が細い方なんですかー?」
「…………」
善逸は返事もせずに、すっかりぬるくなった味噌汁を口に含む。師範になると正式に言ったわけではないはずだが、清治はもうすっかりそのつもりだ。善逸は一切清治と目を合わせないが、清治は何とか打ち解けようと延々と話しかける。
「師範、かっこいいですね、その金髪。俺も金髪にしたいなぁ。どうしたらそんな色になるんですか? 石灰でも被って米酢でもかけたんですかー?」
「…………」
「師範、女の子に随分モテるでしょ? 何しろ蒲公英 みたいに目立ってますもんね、その頭! 町歩いたら、キャー、お花みたいでかわいい♡ ってみんな寄って来ません?」
「…………」
「師範、壱ノ型の達人って事ですよね? 見てみたいなぁ。今度任務に出る時、俺もついて行っていいですか? 俺の動体視力でちゃんと見れますかねー?」
「…………」
椀を持つ善逸の手がブルブルと震え出した。マズい、噴火寸前だ。
「うっせぇわッ‼ こんな距離でそんなデカい声でベラベラと話しかけんじゃねぇよっ‼ 黙って食え‼」
清治は善逸の怒声にのけ反る。
「わお……。師範は食事作法に厳しい方なんですね。……わかりました、静かに食べます!」
早速師範に叱られた清治は、静々と食べ始めた。
善逸はムスッとした顔のまま、無言で食べている。そんな情緒不安定な善逸を見て、炭治郎は心配になった。
「みなさん、今日は特別に食後の甘味を用意しました」
しばらく台所から戻って来なかったアオイの手には、大皿いっぱいの揚げ饅頭が積まれていた。
「天ぷらの衣が余っていましたし、先日隠からいただいた差し入れの饅頭も早めに食べないといけないと思い、こうして天ぷらにしてみました。善逸さん、甘い物がお好きでしょ? 食欲がないのであれば、こちらをたくさん召しあがってください」
まんじゅうの天ぷらと聞き、善逸の表情は一瞬和らぐ。きっとさっき盗み食いしようとしていた饅頭だ。ゴクリと喉が鳴る。
「へぇ……師範は甘い物好き……っと」
清治は懐から紙と鉛筆を取り出し、手を動かす。
「へぇ。いつも帳面を持ち歩いているのか?」
「はい。俺、すぐ忘れちゃうんで。そう言えば、おたくは?」
「俺? 俺は竈門炭治郎。こっちは嘴平伊之助。善逸と俺たちは同期なんだ」
「師範と同期なんですね。これからどうぞ、よろしくお願いします」
「皇君、君は幾つなんだ? 結構身長があるみたいだけど」
「はぁ、十四です。あっ、清治って呼んでください。苗字では堅苦しいでしょうし。師範もどうぞ、そう呼んでくださいね!」
人見知りをしない清治はすぐに打ち解けた。善逸はと言えば、こちらは少々人見知りで目も合わせない。清治が男だったせいも無きにしも非ずだが。
皆で取り合いになりながら饅頭を平らげ、夕餉の時間は終わり、清治は湯浴みをしに向かった。
「どうも! 飯時に来てしまってすみません! 俺、
ペコリと頭を下げた。明朗快活、大きな声。その清治という名のように清々しいまでの風体だ。新調されたばかりの隊服は折り目正しく、腰の刀の鞘は黄金色に輝いている。
「何だかよく分かんねぇ野郎だが、お前、強そうだな。いい感じだぜ」
伊之助の口の端から海老天のしっぽが飛び出している。ハキハキとした口調が伊之助に好印象を与えたようだ。
「はいっ、ありがとうございます! 最終選別は楽勝でした! あの山の鬼の、弱いの何のって」
「ガハハハハッ、いいぜいいぜ! そうでなくちゃ鬼殺隊士は務まらねえぜ!」
「ところで、この中の誰ですか、雷の呼吸の隊士は」
みんなが一斉に金髪の少年の方を見る。だが、いつの間にか善逸は部屋の角におでこをくっつけ、背中を丸めて小さくなっていた。
「……まさか、この人?」
清治は意外に思ったのか、急に焦り出した。
「……嘘だろ? この人が?」
どういう意味なのか訊きたいところだが、誰もが口をつぐんでいた。まぁ、言いたい事は分かる。
「あの、おたくは本当に雷の剣士ですか?」
自信の欠片もないような情けない後ろ姿。実際よりも善逸の背中は小さく見えていた。
「ガハハハハ! どうした紋逸! ビビったのか?」
シッ! っとアオイが伊之助の手を弾はじいた。
「あの、皇……君だっけ? 煉獄さんから話は聞いてるよ。あれが我妻善逸って言って、雷の呼吸の使い手だ。ちょっと変わった奴だけど、善逸はこう見えてすごく強いから、心配しないでくれ、なっ?」
炭治郎は微妙な空気を変えようと、必死で善逸を立てる。
「はぁ。確かに変わっていますね。煉獄のオッサンも髪の色がすごかったですけど、この人もすごいですね」
「……帰ってくれよ」
ボソっと呟く善逸の声に、全員が反応した。
「帰ってくれ。他に人を紹介するから」
「他にも雷の呼吸の剣士がいるんですか!?」
「いるよ。俺よりもはるかにすごい奴がね」
「善逸……何言ってんだよ。そんな言い方……」
炭治郎は、落ち込んだ様子の善逸に何とか自信を持ってほしかった。善逸は強いのに、なぜそんなに後ろ向きなのか分からない。強いんだからと何度も言い聞かせているのに、善逸は一向に自信がない様子なのだ。
「うるせぇな炭治郎! 何だよコイツ、俺の弟子になりたいだって!? 俺にはこんな奴に教える事なんてないんだよ!」
善逸は全く振り返ろうとしない。部屋の角に向かって一生懸命叫んでいる。
「何言ってるんだ。お前の霹靂一閃は素晴らしいって、育手のお墨付きだろ? あんなすごい一閃はどこの誰にもできないって」
「そんなの、俺を頑張らせる為の方便だ」
「そうは言っても、ちゃんとこれまでやって来たじゃないか。善逸は今までたくさんの人を守って来ただろ? みんな善逸に助けられて今日も生きてる。こんなに素晴らしい事はないだろ。それもこれも、善逸の素晴らしい技のお陰だ。その技を伝えるんだよ。技を覚えたら、次の世代に伝えるんだ。呼吸はそうやって昔から受け継がれてきたものじゃないか。善逸だって、育手から技を受け継いだだろ?」
炭治郎の説得は続く。その間、伊之助は我関せずでバクバク食事を続け、挙句にどんぶりに盛るのが面倒くさくなったのか、御櫃を抱えて食べだした。
「……そうです! 俺に技を教えてください! 俺は育手に満を持して送り出されて藤襲山に向かったけど、何て言うか……まだまだ不完全だなって。技を自分の物にできていないって言うか、何か道具を使ってズルをしてる感じって言うか。俺は技を自分の物にしたい。自分自身が刃と一体化できるような、そんな技を身に着けたいんです‼」
シンと静まり返った室内に、伊之助の咀嚼音だけが響く。噛んでいるのはたくあんか。
「なぁ、応えてあげたらどうだ? まだ何もしてないのに断るなんて誠実じゃないよ。無理だったらまたその時にどうすればいいか考えればいい。善逸の兄弟子に託す事もできるだろ? 何かあれば俺も協力するし、相談にだって乗る。だからさ、挑戦してみないか? 俺たちだって、いつかは弟子を取ることだってあるだろう。教えられる側から教える側にいつかはならないといけない。煉獄さんだって、これからは俺たちが鬼殺隊を支える柱になるんだって言ってたじゃないか。俺たち同期の中で善逸が一番早く師範になるんだぞ? これってすごい事だよ! 俺はすごく羨ましいよ!」
善逸は正座をしたまま、膝に乗せた拳にギュッと力を入れる。
「ほら、善逸」
優しく問いかける炭治郎の声に、善逸はわずかに頭を上げる。
「……知らねぇぞ、どうなっても。俺は弱いんだからな」
「いいんですか!?」
「……よくねぇよ。でも、俺に何か教えられることがあるんだったら、力になってやってもいい。そん代わり文句言うなよ? 俺、先に言ったからな? 俺は弱いって」
善逸はゆっくりと首を動かし振り返る。清治はその金髪頭の「師範」との対面に逸はやる心を押さえられずに一歩前へ出る。
「皇君だったよな? 俺の名前は我妻ぜ────」
────────ッ!?
鴨居ほどある高い背丈、隊服の上からでも判る隆々とした筋肉、村田に負けずとも劣らないほどのツヤツヤの黒髪、義勇のような切れ長の瞳、富士山のように高い鼻、杏寿郎のようにキュッと引き締まった意思の強い口元、岩をも噛み砕くようなしっかりとしたエラ顎に、女なら誰もがときめくようなはっきりと突出した男らしい喉仏──。
「グハッ!」
そんな煌めくような清治の姿を琥珀色の瞳に映すと、善逸は雷に打たれたかのように開いた口を歪ませて固まった。
(なッ……何だコイツ、まさか役者絵から飛び出て来たんじゃねぇだろうなぁぁぁぁぁぁっ!?)
まさに絵に描いたような美男子を目の前にして、善逸の体にはビリビリとした電撃が走り続ける。
──ダメだ、勝てっこない。
善逸は、せっかく振り向きかけた体をまた元に戻して壁に向かった。
「こっ……この話はなかった事に……」
「善逸ッ⁉」
「無理だろ、こんなの。こんな完璧人間に、こんなクソみてぇな俺が一体何を教えろってんだよ。死ねよ」
清治はビュンと善逸のすぐ背後までやって来て、スッと正座をした。
「お願いします! 俺を弟子にしてください! 一生懸命頑張ります! 俺には夢があるんです。いつか俺の名前・清治を刀の号にしたいんです! 雷光の如く、鋭く速く、目にも止まらないほどの火雷神のような剣士に俺はなりたいんです! 後の人が無惨を倒した俺のそんな姿を記憶して、俺の名を冠した刀を作るような、そんな伝説の剣士になりたいんです!」
清治は畳に額を擦りつけた。
「どんな努力でもします! 俺は絶対に諦めません! ですから俺を弟子に!」
善逸は返事をしない。何度も懇願は繰り返される。そんな時間が長々と続いた。
「……まぁ、突然の事のようでしたし、善逸さんにも考える時間が必要でしょう。皇さん、夕餉はまだでしょう? ご一緒にいかがですか?」
アオイは準備の為にスッと立ち上がる。
「はぁ、何しろ昼間からずっと走って来ましたからね。でも、いいんですか? 握り飯一つ恵んでもらえればそれでいいですよ。何ならこの辺に店があればそこで食うんでお構いなく」
「遠慮なさらず。どうせ余るくらいたくさん用意してありますので。それに今夜はもう遅いです。隊士の方のようですので、よろしければお泊りになられては? 夕餉が済んだら、どうぞ湯浴みも。お着替えも用意いたします」
「えっ? 湯までいただけるんですか? それは助かりますね。俺、ひどく汗をかいちゃってて」
清治の箱膳は善逸と向き合うように置かれ、清治は嬉しそうにそこへ座った。
「では、遠慮なくいただきます! あっ、師範、全然食べていないじゃないですか。もしかして食が細い方なんですかー?」
「…………」
善逸は返事もせずに、すっかりぬるくなった味噌汁を口に含む。師範になると正式に言ったわけではないはずだが、清治はもうすっかりそのつもりだ。善逸は一切清治と目を合わせないが、清治は何とか打ち解けようと延々と話しかける。
「師範、かっこいいですね、その金髪。俺も金髪にしたいなぁ。どうしたらそんな色になるんですか? 石灰でも被って米酢でもかけたんですかー?」
「…………」
「師範、女の子に随分モテるでしょ? 何しろ
「…………」
「師範、壱ノ型の達人って事ですよね? 見てみたいなぁ。今度任務に出る時、俺もついて行っていいですか? 俺の動体視力でちゃんと見れますかねー?」
「…………」
椀を持つ善逸の手がブルブルと震え出した。マズい、噴火寸前だ。
「うっせぇわッ‼ こんな距離でそんなデカい声でベラベラと話しかけんじゃねぇよっ‼ 黙って食え‼」
清治は善逸の怒声にのけ反る。
「わお……。師範は食事作法に厳しい方なんですね。……わかりました、静かに食べます!」
早速師範に叱られた清治は、静々と食べ始めた。
善逸はムスッとした顔のまま、無言で食べている。そんな情緒不安定な善逸を見て、炭治郎は心配になった。
「みなさん、今日は特別に食後の甘味を用意しました」
しばらく台所から戻って来なかったアオイの手には、大皿いっぱいの揚げ饅頭が積まれていた。
「天ぷらの衣が余っていましたし、先日隠からいただいた差し入れの饅頭も早めに食べないといけないと思い、こうして天ぷらにしてみました。善逸さん、甘い物がお好きでしょ? 食欲がないのであれば、こちらをたくさん召しあがってください」
まんじゅうの天ぷらと聞き、善逸の表情は一瞬和らぐ。きっとさっき盗み食いしようとしていた饅頭だ。ゴクリと喉が鳴る。
「へぇ……師範は甘い物好き……っと」
清治は懐から紙と鉛筆を取り出し、手を動かす。
「へぇ。いつも帳面を持ち歩いているのか?」
「はい。俺、すぐ忘れちゃうんで。そう言えば、おたくは?」
「俺? 俺は竈門炭治郎。こっちは嘴平伊之助。善逸と俺たちは同期なんだ」
「師範と同期なんですね。これからどうぞ、よろしくお願いします」
「皇君、君は幾つなんだ? 結構身長があるみたいだけど」
「はぁ、十四です。あっ、清治って呼んでください。苗字では堅苦しいでしょうし。師範もどうぞ、そう呼んでくださいね!」
人見知りをしない清治はすぐに打ち解けた。善逸はと言えば、こちらは少々人見知りで目も合わせない。清治が男だったせいも無きにしも非ずだが。
皆で取り合いになりながら饅頭を平らげ、夕餉の時間は終わり、清治は湯浴みをしに向かった。
