吉野山
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吉野山と言えば、世に知れた桜の名所である。ぞろぞろと隊列を成して歩いて来た隊士たちは、その見事な桜に感嘆の声を漏らした。ここで見られる桜は染井吉野ではなく、ほとんどが白山桜と呼ばれる品種である。まだ下千本と呼ばれる山の下の方でのみの開花だが、今年は例年よりも少し早い開花なのだと案内人である宿坊の男は言った。隊士たちは東京ではまだ見ぬ桜にばかり気を取られて旅の気分が抜けないが、一人一人に配られた紙を見た途端に現実に戻されてため息をつく。
紙には隊士たちを五つの班に分け、その班名と担当場所の地図が書かれている。また、夜間任務を終えた明け方に毎日、現在打ち合わせをしているこの山道の入り口の広場に集まって点呼を取るとある。また他には、けが人などが出た場合もこの場所に常に関西地区の隠が待機しているので、救護などで利用できる事や、日中は麓の宿坊で食事や休息を取る事などが書かれていた。他にも幾つか細かな連絡事項があったが、とにかくそんな形でいつ帰られるか分からない任務に就く事となった。
「では着替えを済ませたら、班に分かれてこちらに整列してくださーい」
黒の揃いの隊服に着替えた隊士たちは、ガヤガヤとしながら各々の班に分かれて隠の前に並ぶ。一緒にやって来た隠は一人だけ。汽車に乗る際に藤の家紋の旗を持って添乗員のようにしていた女性だ。
「おいキヨ、お前はどの班だ」
「俺ですか? 俺は柏です」
「……んだよ、一緒かよ」
班は木の名前で分けられた。松・杉・檜・柏・楠の五種類で、各班に班長として一人ずつ上級の隊士が割り当てられ、その他下級の隊士は特にこれと言った理由はないまま適当に割り振られたようである。
柏の中では丁 の獪岳が最上位であり、必然的に班長となった。
「丁だったんですね。よろしくお願いします、班長!」
「足引っ張んじゃねぇぞ。お前のせいで死体になって東京に戻んのだけは御免だぜ」
「お互いそうならないよう気をつけましょう」
清治は内心ほっとしていた。ざっと見渡して、集められた隊士たちの中ではこれはと感じる気概のある者はいない。どの隊士も風格からして経験不足感は否めず、もちろん清治自身もそうであるが、いざとなったら頼っていい相手を見つけるのが難しそうだったからだ。
丁と言えば、なかなかの階級である。どんな風に階級を上げてきたか、獪岳の武勇伝もぜひ聞きたいものである。
同じ班には他にも十代の男が六人、計八人で行動となるが、獪岳は集まった班員をひと睨みして舌打ちをした。
「ちょっと、いきなり何ですかその態度。良くないなぁ、班長ともあろうお方が」
清治はそれとなく獪岳に肘打ちをして態度を改めるように言った。
「……だってよ、コイツら生きて帰る気があんのか? どいつもこいつもおどおどした顔しやがって」
「それは獪岳さんが怖い顔してるからでしょ。確実に『とんでもない班になってしまった』って思ってますよ。俺も思いますもん」
「それはこっちが言いたい事だ! 俺はこういうシケた面が大っ嫌い なんだよ。おいお前ら、俺に迷惑かけんじゃねえぞ! わかったな!?」
「「「「「「はっ、ははは……はいっ‼」」」」」」
「おいキヨ、テメェは返事しねぇのかよ」
「えっ? あー、はいはい。俺は迷惑かけるつもりはありませんが、そういう獪岳さんもみんなに迷惑かけないよう気を付けてくださいよ。自分は良くてみんなはダメだって言うのはズルいですからね」
「ったくクソ生意気な事ばっかほざく奴だな!」
「俺は生意気ですけど、獪岳さんもきっと生意気ですよ。人からよくそう言われませんか?」
「何だとこの野郎! 年下のくせに!癸 ごときが出しゃばんじゃねぇ!」
「アンタも元は癸だったでしょう!? 誰もが通る隊士としての輝かしい第一歩である癸という位をバカにするんですか!? 柱だってみんな癸だったんですよ!?」
討伐作戦が始まる前から内乱が始まりそう……。同じ班の隊士たちはお互い顔を見合わせてうつむいた。口うるさく、気難しそうな獪岳に完全に委縮してしまっているが、その獪岳にいちいち逆らう清治の言動も予測不可能で恐ろしい。
「では、皆さんの顔合わせも済んだと思います。みんなで力を合わせて頑張っていきましょう! 何か質問はありますか?」
「はいっ‼ ちょっとよろしいですか?」
隠の呼びかけに、真っ先に手を上げたのは清治だ。
「ここにいるみんなは鎹鴉を置いて来たと思いますが、今回の任務では代わりの鴉はいないんでしょうか?」
「その事ですが……あっ、ちょうど来ましたね」
隠が空を見上げると、カァカァと五羽の鴉が空を飛んでやって来た。
整列する隊士たちの前に、ズラリと横一列に並んだ五羽の鴉。これらは奈良の隊士たちの鎹鴉だった・・・鴉たちで、現在は仕える主を失っている鴉たちである。
その鴉が一羽ずつ班に割り振られ、任務に随行するという事だ。首には班名が書かれた小さな前掛けを着けている。
「……ワイハ烏龍 。柏班ハココヤナ?」
トコトコ歩いて柏班の元にやって来た鴉。見た目は他の鎹鴉と変わらないが、口調は関西訛りだ。
「…………」
「何ヤ、東京モンハ大人シイナ。誰モ喋ランノカイ」
「……烏龍? 烏龍って名前ですか?」
誰も話そうとしないので、清治が代わりに反応した。
「セヤ。何ヤ、烏龍ノ烏ノ字ハ鴉ノ事ラシイネン、ヨウ知ランケド。茶ヤアラヘンデ。ワイハコウ見エテ大阪生マレヤ。ジジイヤケドナ」
「……おいキヨ、何て言ってる?」
獪岳が耳打ちする。
「いや、聞けば大体分かるでしょ」
「こんな関西訛りはよく分かんねえんだよ。何か慣れ慣れしくてムカつく喋り方だな」
「それはお互い様ですよ。俺だって関東訛りはまどろっこしくて気取った感じ……いや、これ以上はよしておきましょう。しょうがないですね。分かりましたよ、俺は関西出身なので、通訳は俺に任せてくださいよ。あのぉ烏龍、ちょっとこの山について訊きたいんやけどええか? 水湧いとるとことか、川でもええわ、何やそういう場所があるなら教えてほしいんやけどな」
「何ヤ兄チャン、コッチノ言葉ヤンケ。ヤルノォワレェ」
清治にとっては何でもない事だ。てっきり関東出身だと思っていた清治が、実は関西出身だったと知り、獪岳は相当に驚いた。
「ふんふん、ほなこの辺に水あるんやな。分かったわ、おおきに。……って事ですよ、獪岳さん。山で過ごす時はやはり水辺がないときついです。飲み水にできるようなきれいな水は怪我を負った時にも有用ですし、山に入る前に所在を十分に知っておくべきですよ。地図で言えばこの辺だそうです」
烏龍という鴉は東京の言葉をあまり聞いたことがないので、嘴を半開きにしてキョトンとしている。
「あ……ああそうだな。確かに……」
「すごいなお前。そんな事考えてもなかったよ」
「頭がいいんだな」
「いや、藤襲山では年上の人たちがそうしていたから、それに倣ったまでですよ」
獪岳は内心苦虫を噛む思いだった。さっさと鬼を殺してさっさと東京へ帰ろうとしか思っていなかった獪岳は、今夜ないし明日には任務を終わらせるつもりだった。その為大した作戦を考えていなかったのだが、清治は長期間になる事を見込んで詳しく聞き込みをした事で株を上げた。経験豊富な丁であるはずの獪岳は、班長として少しバツが悪い。
「あと方角やけど、どっちが北や?」
「コッチヤ」
「ほな地図で言えばこういう見方やな。……アッハッハ、かまへんかまへん。……そやなぁ、ほんならその方がええって事やな。えっ? ホンマかいな~、アッハッハ」
清治は鴉と地図を見て何やら楽しそうに話し込んでいる。言葉が違うだけで、こう人は違って見えるのだろうか。東京の言葉を話す清治はネチネチとしていて気に障るような男に感じるが、関西の言葉を話す清治は幾分か柔らかく、笑顔も多くて生き生きとして見える。
(張り切りやがって……。こんなんだったらお前が班長やれよ!)
自分を差し置いて鴉と仲良くする清治に、獪岳は嫉妬しつつ思った。
「あのぉ……班長。呼吸は何ですか?」
「ああん? 雷だ」
「かっ、雷!?」
「何だよ文句あんのか? お前は?」
「みっ、水です!」
訊けば全員が水。それもそうだ。どこへ行っても水の呼吸の隊士が圧倒的に多い。
「……んだよ、みんな水かよ。つまんねえな。珍しい呼吸の奴でもいるかと思ったのによ」
「す、すみません……」
「あのぉ、あの人は……?」
鴉と話している清治を指す。
「アイツも雷だ」
「へ、へぇ……そうなんっすね。……おい、雷だってよ。お前、雷と一緒にやった事あるか?」
「……ねぇよ。滅多に見ねぇし」
「……だよな。ただでさえ少ねぇのに、何でこんな所で二人も揃うんだよ」
経験不足の隊士たちは、まだそんなに多く他の呼吸の隊士たちと一緒に任務に就いた事がない。同じ班となれば共闘する事になるが、うまく順応できるか不安顔だった。
紙には隊士たちを五つの班に分け、その班名と担当場所の地図が書かれている。また、夜間任務を終えた明け方に毎日、現在打ち合わせをしているこの山道の入り口の広場に集まって点呼を取るとある。また他には、けが人などが出た場合もこの場所に常に関西地区の隠が待機しているので、救護などで利用できる事や、日中は麓の宿坊で食事や休息を取る事などが書かれていた。他にも幾つか細かな連絡事項があったが、とにかくそんな形でいつ帰られるか分からない任務に就く事となった。
「では着替えを済ませたら、班に分かれてこちらに整列してくださーい」
黒の揃いの隊服に着替えた隊士たちは、ガヤガヤとしながら各々の班に分かれて隠の前に並ぶ。一緒にやって来た隠は一人だけ。汽車に乗る際に藤の家紋の旗を持って添乗員のようにしていた女性だ。
「おいキヨ、お前はどの班だ」
「俺ですか? 俺は柏です」
「……んだよ、一緒かよ」
班は木の名前で分けられた。松・杉・檜・柏・楠の五種類で、各班に班長として一人ずつ上級の隊士が割り当てられ、その他下級の隊士は特にこれと言った理由はないまま適当に割り振られたようである。
柏の中では
「丁だったんですね。よろしくお願いします、班長!」
「足引っ張んじゃねぇぞ。お前のせいで死体になって東京に戻んのだけは御免だぜ」
「お互いそうならないよう気をつけましょう」
清治は内心ほっとしていた。ざっと見渡して、集められた隊士たちの中ではこれはと感じる気概のある者はいない。どの隊士も風格からして経験不足感は否めず、もちろん清治自身もそうであるが、いざとなったら頼っていい相手を見つけるのが難しそうだったからだ。
丁と言えば、なかなかの階級である。どんな風に階級を上げてきたか、獪岳の武勇伝もぜひ聞きたいものである。
同じ班には他にも十代の男が六人、計八人で行動となるが、獪岳は集まった班員をひと睨みして舌打ちをした。
「ちょっと、いきなり何ですかその態度。良くないなぁ、班長ともあろうお方が」
清治はそれとなく獪岳に肘打ちをして態度を改めるように言った。
「……だってよ、コイツら生きて帰る気があんのか? どいつもこいつもおどおどした顔しやがって」
「それは獪岳さんが怖い顔してるからでしょ。確実に『とんでもない班になってしまった』って思ってますよ。俺も思いますもん」
「それはこっちが言いたい事だ! 俺はこういうシケた面が
「「「「「「はっ、ははは……はいっ‼」」」」」」
「おいキヨ、テメェは返事しねぇのかよ」
「えっ? あー、はいはい。俺は迷惑かけるつもりはありませんが、そういう獪岳さんもみんなに迷惑かけないよう気を付けてくださいよ。自分は良くてみんなはダメだって言うのはズルいですからね」
「ったくクソ生意気な事ばっかほざく奴だな!」
「俺は生意気ですけど、獪岳さんもきっと生意気ですよ。人からよくそう言われませんか?」
「何だとこの野郎! 年下のくせに!
「アンタも元は癸だったでしょう!? 誰もが通る隊士としての輝かしい第一歩である癸という位をバカにするんですか!? 柱だってみんな癸だったんですよ!?」
討伐作戦が始まる前から内乱が始まりそう……。同じ班の隊士たちはお互い顔を見合わせてうつむいた。口うるさく、気難しそうな獪岳に完全に委縮してしまっているが、その獪岳にいちいち逆らう清治の言動も予測不可能で恐ろしい。
「では、皆さんの顔合わせも済んだと思います。みんなで力を合わせて頑張っていきましょう! 何か質問はありますか?」
「はいっ‼ ちょっとよろしいですか?」
隠の呼びかけに、真っ先に手を上げたのは清治だ。
「ここにいるみんなは鎹鴉を置いて来たと思いますが、今回の任務では代わりの鴉はいないんでしょうか?」
「その事ですが……あっ、ちょうど来ましたね」
隠が空を見上げると、カァカァと五羽の鴉が空を飛んでやって来た。
整列する隊士たちの前に、ズラリと横一列に並んだ五羽の鴉。これらは奈良の隊士たちの鎹鴉だった・・・鴉たちで、現在は仕える主を失っている鴉たちである。
その鴉が一羽ずつ班に割り振られ、任務に随行するという事だ。首には班名が書かれた小さな前掛けを着けている。
「……ワイハ
トコトコ歩いて柏班の元にやって来た鴉。見た目は他の鎹鴉と変わらないが、口調は関西訛りだ。
「…………」
「何ヤ、東京モンハ大人シイナ。誰モ喋ランノカイ」
「……烏龍? 烏龍って名前ですか?」
誰も話そうとしないので、清治が代わりに反応した。
「セヤ。何ヤ、烏龍ノ烏ノ字ハ鴉ノ事ラシイネン、ヨウ知ランケド。茶ヤアラヘンデ。ワイハコウ見エテ大阪生マレヤ。ジジイヤケドナ」
「……おいキヨ、何て言ってる?」
獪岳が耳打ちする。
「いや、聞けば大体分かるでしょ」
「こんな関西訛りはよく分かんねえんだよ。何か慣れ慣れしくてムカつく喋り方だな」
「それはお互い様ですよ。俺だって関東訛りはまどろっこしくて気取った感じ……いや、これ以上はよしておきましょう。しょうがないですね。分かりましたよ、俺は関西出身なので、通訳は俺に任せてくださいよ。あのぉ烏龍、ちょっとこの山について訊きたいんやけどええか? 水湧いとるとことか、川でもええわ、何やそういう場所があるなら教えてほしいんやけどな」
「何ヤ兄チャン、コッチノ言葉ヤンケ。ヤルノォワレェ」
清治にとっては何でもない事だ。てっきり関東出身だと思っていた清治が、実は関西出身だったと知り、獪岳は相当に驚いた。
「ふんふん、ほなこの辺に水あるんやな。分かったわ、おおきに。……って事ですよ、獪岳さん。山で過ごす時はやはり水辺がないときついです。飲み水にできるようなきれいな水は怪我を負った時にも有用ですし、山に入る前に所在を十分に知っておくべきですよ。地図で言えばこの辺だそうです」
烏龍という鴉は東京の言葉をあまり聞いたことがないので、嘴を半開きにしてキョトンとしている。
「あ……ああそうだな。確かに……」
「すごいなお前。そんな事考えてもなかったよ」
「頭がいいんだな」
「いや、藤襲山では年上の人たちがそうしていたから、それに倣ったまでですよ」
獪岳は内心苦虫を噛む思いだった。さっさと鬼を殺してさっさと東京へ帰ろうとしか思っていなかった獪岳は、今夜ないし明日には任務を終わらせるつもりだった。その為大した作戦を考えていなかったのだが、清治は長期間になる事を見込んで詳しく聞き込みをした事で株を上げた。経験豊富な丁であるはずの獪岳は、班長として少しバツが悪い。
「あと方角やけど、どっちが北や?」
「コッチヤ」
「ほな地図で言えばこういう見方やな。……アッハッハ、かまへんかまへん。……そやなぁ、ほんならその方がええって事やな。えっ? ホンマかいな~、アッハッハ」
清治は鴉と地図を見て何やら楽しそうに話し込んでいる。言葉が違うだけで、こう人は違って見えるのだろうか。東京の言葉を話す清治はネチネチとしていて気に障るような男に感じるが、関西の言葉を話す清治は幾分か柔らかく、笑顔も多くて生き生きとして見える。
(張り切りやがって……。こんなんだったらお前が班長やれよ!)
自分を差し置いて鴉と仲良くする清治に、獪岳は嫉妬しつつ思った。
「あのぉ……班長。呼吸は何ですか?」
「ああん? 雷だ」
「かっ、雷!?」
「何だよ文句あんのか? お前は?」
「みっ、水です!」
訊けば全員が水。それもそうだ。どこへ行っても水の呼吸の隊士が圧倒的に多い。
「……んだよ、みんな水かよ。つまんねえな。珍しい呼吸の奴でもいるかと思ったのによ」
「す、すみません……」
「あのぉ、あの人は……?」
鴉と話している清治を指す。
「アイツも雷だ」
「へ、へぇ……そうなんっすね。……おい、雷だってよ。お前、雷と一緒にやった事あるか?」
「……ねぇよ。滅多に見ねぇし」
「……だよな。ただでさえ少ねぇのに、何でこんな所で二人も揃うんだよ」
経験不足の隊士たちは、まだそんなに多く他の呼吸の隊士たちと一緒に任務に就いた事がない。同じ班となれば共闘する事になるが、うまく順応できるか不安顔だった。
