吉野山
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誰かが車両内を歩く気配で清治は目が覚めた。結局あれからずっと眠りこけてしまっていたようだが、目の前にはいつの間にか獪岳が戻って来ていて、眉間にしわを寄せたまま眠っている。
車窓からは、稜線から夜明けの太陽がちょうど顔を出しているのが見える。列車がどこまで走って来たのか、山ばかりの景色からは何も分からない。
一度起きればもう一度寝直す事ができないくらいに目が冴えてしまった清治 は、長時間座っていて疼いてしまった体を解 そうと静かに座席を立った。
まだほとんどの隊士が眠っている。あちらこちらにある幼さの残る若者たちの寝顔は、今から鬼を殺しに行くものとは思えないほど安らかなものだ。果たしてここにいる全員が揃って無事に東京へ戻れるだろうか。今日の夜にはきっと目的の吉野へ着くはずで、休む間もなくすぐに討伐作戦が始まるだろう。敵は相当に手強いとの事。この朝日を明日の朝も拝めるだろうか。清治は直視できずに仲間たちの寝顔から目を逸らす。
体を解すと言っても、車内にはちょうど良い場所がない。仕方がないので客車から出た所のわずかな連結部で屈伸をする。いつもなら寝起きに体を動かすのが日課だが、ここではこの程度で良しとしなければならない。予定では昼前に大阪へ着く。もう数時間、この狭い箱の中に閉じ込められていなければならないようだ。
(琵琶子……元気になったやろか。もう蝶屋敷に戻って来とるかな。一応俺の事は、来たら伝えてもらうように言っといたけど……。遠征やし、みんな自分の鴉を連れて来れへんかったやろうけど、任務の間の連絡なんかはどうするんやろ)
そんな事を考えながら座席に戻ると、窓際に紙で何かを包んだ物が二つ置かれていた。いつの間にか起きていた獪岳は、戻って来た清治を見るなり「フン」と顔を逸らす。
「獪岳さん、昨日は言い過ぎました。俺もなかなか短気な方でね」
「……チッ」
「どうも雷の呼吸の剣士は気が短い人が多いようです。桑島先生もそうでしょう?」
「……まぁな」
「ところで、この包みは何です?」
「朝餉だとよ。あんパン一人二つずつ。隠が今配ってった」
「へぇ。あんパンなんて久しぶりだなぁ」
清治は座席に座ると、早速包みを開けた。パンの表面には黒胡麻ではなく、ご丁寧にも藤の家紋の焼き印が押されている。周りを見れば目を覚ました隊士から食べ始めているようなので、清治も早速パクリと食いついた。
「うん、旨い。このこしあんが何とも……。獪岳さんもいかがです? 旨いですよ」
「…………」
「もしかして、こしあんよりつぶあんの方が好きだとか?」
「…………」
「違いますか。じゃあ、そもそもあんこが苦手とか?」
「……だったら何だよ」
「フフッ、きちんと返事もしないで話を急ぐんですねぇ。いや、嫌いだったらこれが朝餉だなんて残念でしたね、ってだけの話ですよ。別に非難しようなんて思っていません。世の中そういう人もいますし。ただ言っておきますけど、めちゃくちゃ旨いですよ。多分思っているより甘くないです。寝起きの甘い物って結構入っていくもんですよ。体がそれを求めてるっていうか。いやぁ、真っ先に頭に栄養が行くのか、目がすっきりします。そう言えば枕元に菓子を置いて寝る人もいますね。目覚めを良くするために、起きがけにすぐ食べるんだそうですよ」
清治はわざとらしくパクリと大きくあんパンを食べて見せる。それが旨そうに見えたのか、獪岳も包みを開けて一つ齧った。
「そうそう、同じあんこの話ですがね、饅頭の天ぷらって食った事がありますか? この間蝶屋敷で初めて食ったんですけど、これがまた旨くて旨くて。何て言うか、油とあんこって合うんですね。思えばあの甘いカボチャやさつまいもも天ぷらにしますし。いや、天ぷらって何でも合うんでしょうね。苦い山菜も天ぷらだと不思議と気になりませんし」
獪岳は清治の話に耳を傾けているが、相槌も打たずに一人で喋らせている。
「それでですね、その饅頭の天ぷらですけど──」
「お前、よく喋る奴だな」
「そうですか? このくらい普通でしょ? 無理してでも少しくらい話さないと、人とは仲良くなれませんよ」
「別に仲良くなりたかねぇよ」
「何言ってるんですか。そんなだと、もし危機的状況になったら誰も助けてくれませんよ。同じ隊服を着ていると言っても、暗闇じゃ黒色は紛れてしまいますからね。きちんと声と顔くらい覚えてもらわなきゃ。特に暗闇では耳しか頼りにできない事もあるでしょ? 仲間の声くらいは今のうちに覚えておかなきゃ」
まともな事を言われると獪岳は返事をしなくなる。そんな子供っぽいところがある獪岳だが、清治がベラベラ喋っている間にあんパンを二つともペロリと食べてしまった。
「ほら、旨かったんでしょ?」
「……るせーな」
獪岳は腕組みをしてついでに足も組み、うつむいてまた寝るつもりでいるらしい。
「あ~あ、まったくもう。素直じゃないんだから」
汽車は真っ黒な煙を出してまだまだ走り続ける。この後、半刻遅れで大阪に着いた一行は、一旦大阪の藤の家紋の家で昼餉を食べ、簡単に湯浴みを済ませて奈良方面行きの列車に乗って吉野山を目指した。
車窓からは、稜線から夜明けの太陽がちょうど顔を出しているのが見える。列車がどこまで走って来たのか、山ばかりの景色からは何も分からない。
一度起きればもう一度寝直す事ができないくらいに目が冴えてしまった
まだほとんどの隊士が眠っている。あちらこちらにある幼さの残る若者たちの寝顔は、今から鬼を殺しに行くものとは思えないほど安らかなものだ。果たしてここにいる全員が揃って無事に東京へ戻れるだろうか。今日の夜にはきっと目的の吉野へ着くはずで、休む間もなくすぐに討伐作戦が始まるだろう。敵は相当に手強いとの事。この朝日を明日の朝も拝めるだろうか。清治は直視できずに仲間たちの寝顔から目を逸らす。
体を解すと言っても、車内にはちょうど良い場所がない。仕方がないので客車から出た所のわずかな連結部で屈伸をする。いつもなら寝起きに体を動かすのが日課だが、ここではこの程度で良しとしなければならない。予定では昼前に大阪へ着く。もう数時間、この狭い箱の中に閉じ込められていなければならないようだ。
(琵琶子……元気になったやろか。もう蝶屋敷に戻って来とるかな。一応俺の事は、来たら伝えてもらうように言っといたけど……。遠征やし、みんな自分の鴉を連れて来れへんかったやろうけど、任務の間の連絡なんかはどうするんやろ)
そんな事を考えながら座席に戻ると、窓際に紙で何かを包んだ物が二つ置かれていた。いつの間にか起きていた獪岳は、戻って来た清治を見るなり「フン」と顔を逸らす。
「獪岳さん、昨日は言い過ぎました。俺もなかなか短気な方でね」
「……チッ」
「どうも雷の呼吸の剣士は気が短い人が多いようです。桑島先生もそうでしょう?」
「……まぁな」
「ところで、この包みは何です?」
「朝餉だとよ。あんパン一人二つずつ。隠が今配ってった」
「へぇ。あんパンなんて久しぶりだなぁ」
清治は座席に座ると、早速包みを開けた。パンの表面には黒胡麻ではなく、ご丁寧にも藤の家紋の焼き印が押されている。周りを見れば目を覚ました隊士から食べ始めているようなので、清治も早速パクリと食いついた。
「うん、旨い。このこしあんが何とも……。獪岳さんもいかがです? 旨いですよ」
「…………」
「もしかして、こしあんよりつぶあんの方が好きだとか?」
「…………」
「違いますか。じゃあ、そもそもあんこが苦手とか?」
「……だったら何だよ」
「フフッ、きちんと返事もしないで話を急ぐんですねぇ。いや、嫌いだったらこれが朝餉だなんて残念でしたね、ってだけの話ですよ。別に非難しようなんて思っていません。世の中そういう人もいますし。ただ言っておきますけど、めちゃくちゃ旨いですよ。多分思っているより甘くないです。寝起きの甘い物って結構入っていくもんですよ。体がそれを求めてるっていうか。いやぁ、真っ先に頭に栄養が行くのか、目がすっきりします。そう言えば枕元に菓子を置いて寝る人もいますね。目覚めを良くするために、起きがけにすぐ食べるんだそうですよ」
清治はわざとらしくパクリと大きくあんパンを食べて見せる。それが旨そうに見えたのか、獪岳も包みを開けて一つ齧った。
「そうそう、同じあんこの話ですがね、饅頭の天ぷらって食った事がありますか? この間蝶屋敷で初めて食ったんですけど、これがまた旨くて旨くて。何て言うか、油とあんこって合うんですね。思えばあの甘いカボチャやさつまいもも天ぷらにしますし。いや、天ぷらって何でも合うんでしょうね。苦い山菜も天ぷらだと不思議と気になりませんし」
獪岳は清治の話に耳を傾けているが、相槌も打たずに一人で喋らせている。
「それでですね、その饅頭の天ぷらですけど──」
「お前、よく喋る奴だな」
「そうですか? このくらい普通でしょ? 無理してでも少しくらい話さないと、人とは仲良くなれませんよ」
「別に仲良くなりたかねぇよ」
「何言ってるんですか。そんなだと、もし危機的状況になったら誰も助けてくれませんよ。同じ隊服を着ていると言っても、暗闇じゃ黒色は紛れてしまいますからね。きちんと声と顔くらい覚えてもらわなきゃ。特に暗闇では耳しか頼りにできない事もあるでしょ? 仲間の声くらいは今のうちに覚えておかなきゃ」
まともな事を言われると獪岳は返事をしなくなる。そんな子供っぽいところがある獪岳だが、清治がベラベラ喋っている間にあんパンを二つともペロリと食べてしまった。
「ほら、旨かったんでしょ?」
「……るせーな」
獪岳は腕組みをしてついでに足も組み、うつむいてまた寝るつもりでいるらしい。
「あ~あ、まったくもう。素直じゃないんだから」
汽車は真っ黒な煙を出してまだまだ走り続ける。この後、半刻遅れで大阪に着いた一行は、一旦大阪の藤の家紋の家で昼餉を食べ、簡単に湯浴みを済ませて奈良方面行きの列車に乗って吉野山を目指した。
