吉原炎上
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病室では、点滴を施され、添え木を当てられた足を包帯でグルグル巻きにされた善逸がスースー寝息を立てて眠っていた。頭部の傷も縫われたのか、木綿が当てられている。
「師範……」
「では、私はこれで。何かあればまた声をかけてください」
「ありがとうございます」
静かに眠っている善逸を見て、清治は張り詰めていた緊張が一気に解れ、傍にあった椅子にドカリと座った。
桃源山から休まずに走り続けて吉原に行き、そこから蝶屋敷までやって来たのだ。疲れていないわけがない。
「ひどい怪我ですね、師範」
返事はない。代わりに鼻ちょうちんがプク~っと膨らんでパンッと割れた。
「──⁉」
思わず目撃してしまった清治は、笑いを堪えるのに必死になる。だが、よく見れば善逸の顔は吉原で善子という怪女として働いていた時の化粧をしたままだ。その間抜けな顔で鼻ちょうちんなど、笑うなという方が無理である。
「ププッ……。なんちゅう顔してはるんや」
できる事ならこの奇っ怪な娘姿を寫眞に残しておきたいほどである。
「この太い眉毛さえ何とかすりゃ、本当は女の子みたいなかわいらしい顔してはるんやけどな」
清治は善逸の前髪を掻き上げる。雷に打たれて色が変ってしまった不思議な髪の色。思えば、善逸の瞳の色も明るい茶色で、太陽の下では黄色く輝いて見えていた。
きっと雷様に選ばれた男なのだ──。そう思わずにはいられない。
「師範、せっかくのお顔が台無しですよ」
清治は、寝台の横の棚に置かれた水の張った樽に自分の手拭いを浸した。それを固く絞って、不格好な化粧を優しく落としてやる。
泣いていたのだろうか、目の下には白い涙の筋が残っている。
「頑張らはったんですね。大変な戦いだったんでしょう。また今度、元気にならはったら武勇伝聞かせてもらいますよ」
「う……うう……」
冷たい手拭いに反応したのか、善逸はうわ言のように何かを言う。
「ね……禰豆……子ちゃんは……俺が……守」
それっきり何も言わず、またスースー寝ていった。
「何や師範、女の子の名前を呼ぶなんて。夢でも見てはるんか。……ちゃんと好きな子がおらはったんですね」
すっかり元通りの少年顔になった善逸を見て清治は微笑む。病室の外では、まだバタバタと足音が響いている。窓の外を見れば、隠たちがひっきりなしに出入りしていて慌ただしい。
炭治郎と伊之助はどんな具合か。手をなくしたという音柱は大丈夫か。師範の身を確かめた途端に心配になってくる。また、あれだけ広い範囲で焼け野原にしてしまった吉原一帯の事は、今後鬼殺隊としてどう取り繕っていくのだろう。鬼の仕業は何であれ鬼殺隊の責任になる。あれだけの野次馬と突拍子もない噂話が広まっていれば、後始末をするのはかなりの困難を極めるのではないか。
そんな事を自分が考えても仕方のない事だが、清治は善逸の寝顔を見ながらあれこれと思案する。
「あら……こんにちは」
ふわりといい香りが漂う。隊服の上に白衣を羽織った背丈の低い女性が、廊下から清治に微笑みかけた。
(これは……藤襲山の匂い。藤の花の匂いや)
清治が立ち上がって頭を下げると、女性は寝ている善逸の傍までやって来る。
「もしもーし、我妻君。大丈夫ですかー?」
耳元で呼びかけるが、反応はない。
「あの、寝ていらっしゃるようです」
「そうね。薬がよく効いているわ。足が折れて、ひどく痛がるから眠ってもらっているのよ」
実際は泣いて騒いでやかましいから、搬送の時点でさっさと眠らせたと言って良い。
「は、はぁ……。あの、師範……いや、善逸さんはまた復帰できるでしょうか」
「あなたは我妻君とどういう関係なのですか? 師弟関係なのかしら」
「はい。ついこの間弟子にしてもらったばかりで」
色違いの鱗模様の羽織を羽織っているので疑われなかったようだ。
「私は胡蝶しのぶと言います。この蝶屋敷の主で、怪我をした隊士の治療を行っています」
「癸の皇清治です」
琵琶子が言っていたのは、この女性の事のようである。確かに、賢そうで気品に溢れ、吉原で見かけたどんな女性よりもはるかに美しい顔立ちである。こんなに若く、そして女性の身で医療行為をしていると言うのなら、余程の才女だろう。
だが、しのぶは自分が蟲柱だとは名乗らなかった。
「この足は、複雑に骨が折れていました。何らかの衝撃で折れた足には、さらに何かで押し潰されたような跡もありました。正直言って、歩けるようになったとしても、また隊士として復帰できるという保証はありません。きちんと骨がくっつき、本人が機能回復に懸命になってくれれば、あるいはそれも可能かもしれませんが」
清治は床に座り込み、しのぶに土下座をした。
「お願いします! 善逸さんを治してください!」
「皇さん、やめてください」
「お願いします! もう一度、師範が隊士として戦えるようにしてください! まだ俺は何も学ばせてもらってないんです! 一緒に頑張りたいんです!」
「私は自分ができる事をして手を尽くしています。ですが私は神様ではありません。何もかもを元通りにする力はありません。あとは本人の努力次第なんですよ」
「分かっています! でも、こんな風に足が砕けてしまったのはあんまりです。雷の呼吸は足が命なんです! 師範はすごい人なんです! すごい技を持っていて……」
しのぶは床に額を擦りつける清治の肩に優しく手を置いた。
「ええ、聞いていますよ。宇髄さんのお嫁さんから。我妻君は壱ノ型しかできないと聞いていましたが、その壱ノ型でも、神速・・を出して鬼の頸を取ったという話ですから」
「神速……?」
「私にはよく分かりませんが、通常の人間では目視できないほどの速さだという話です。その技で、嘴平君と力を合わせ、女の鬼の頸を取ったという話ですよ」
「伊之助さんと……?」
仲の悪そうな二人が、戦場では力を合わせて頸を取った。意外にも思えたが、何だかんだとやはりあの二人は仲間なのだろう。
「他のみなさんはご無事でしょうか」
「ええ、奇跡的に。今のところは皆さん眠っていますよ」
「音柱は……?」
「宇髄さんは左手と左目を失いました」
「えっ、目も……ですか?」
「柱は引退という事です。惜しいですね」
清治の記憶の中には、自信満々、威圧的で近寄り難い風格の宇髄の姿が残っている。上弦との戦いでは、あんなに体格に恵まれて筋肉が隆々とした柱でも引退に追い込まれるほどの傷を負うのだ。
柱が一人だけでは荷が重かったのではないか。ましてや自分の妻が三人も行方不明になっていたのである。家族を捜しながらの任務では、心的負担も多かっただろう。
「クヨクヨなんてしていられませんよ。鬼はまだたくさんいます。さぁ、若い力を振り絞って、みんなで鬼を倒しましょうね」
しのぶは小さな手を清治に差し出した。掴まって立ち上がれという事だろう。
たくさんの仲間に治療を施してきた小さな手。そのすべてを助けられたわけではないだろう。時には無力さを感じて、人知れず涙を流したかもしれない。
だが、しのぶは希望に満ちた目をして微笑んでいる。清治に立ち上がれと手を差し伸べている。
「はいっ……!」
清治はしのぶの手をぎゅっと掴んで立ち上がる。
「師範、ゆっくり休んでください。俺は今夜、鬼狩りに行ってきます。師範の分まで鬼を倒して来ます」
しのぶは清治の背中をポンポンと優しく叩くと、病室を出て行った。
第二部 柱の力 ──完──
「師範……」
「では、私はこれで。何かあればまた声をかけてください」
「ありがとうございます」
静かに眠っている善逸を見て、清治は張り詰めていた緊張が一気に解れ、傍にあった椅子にドカリと座った。
桃源山から休まずに走り続けて吉原に行き、そこから蝶屋敷までやって来たのだ。疲れていないわけがない。
「ひどい怪我ですね、師範」
返事はない。代わりに鼻ちょうちんがプク~っと膨らんでパンッと割れた。
「──⁉」
思わず目撃してしまった清治は、笑いを堪えるのに必死になる。だが、よく見れば善逸の顔は吉原で善子という怪女として働いていた時の化粧をしたままだ。その間抜けな顔で鼻ちょうちんなど、笑うなという方が無理である。
「ププッ……。なんちゅう顔してはるんや」
できる事ならこの奇っ怪な娘姿を寫眞に残しておきたいほどである。
「この太い眉毛さえ何とかすりゃ、本当は女の子みたいなかわいらしい顔してはるんやけどな」
清治は善逸の前髪を掻き上げる。雷に打たれて色が変ってしまった不思議な髪の色。思えば、善逸の瞳の色も明るい茶色で、太陽の下では黄色く輝いて見えていた。
きっと雷様に選ばれた男なのだ──。そう思わずにはいられない。
「師範、せっかくのお顔が台無しですよ」
清治は、寝台の横の棚に置かれた水の張った樽に自分の手拭いを浸した。それを固く絞って、不格好な化粧を優しく落としてやる。
泣いていたのだろうか、目の下には白い涙の筋が残っている。
「頑張らはったんですね。大変な戦いだったんでしょう。また今度、元気にならはったら武勇伝聞かせてもらいますよ」
「う……うう……」
冷たい手拭いに反応したのか、善逸はうわ言のように何かを言う。
「ね……禰豆……子ちゃんは……俺が……守」
それっきり何も言わず、またスースー寝ていった。
「何や師範、女の子の名前を呼ぶなんて。夢でも見てはるんか。……ちゃんと好きな子がおらはったんですね」
すっかり元通りの少年顔になった善逸を見て清治は微笑む。病室の外では、まだバタバタと足音が響いている。窓の外を見れば、隠たちがひっきりなしに出入りしていて慌ただしい。
炭治郎と伊之助はどんな具合か。手をなくしたという音柱は大丈夫か。師範の身を確かめた途端に心配になってくる。また、あれだけ広い範囲で焼け野原にしてしまった吉原一帯の事は、今後鬼殺隊としてどう取り繕っていくのだろう。鬼の仕業は何であれ鬼殺隊の責任になる。あれだけの野次馬と突拍子もない噂話が広まっていれば、後始末をするのはかなりの困難を極めるのではないか。
そんな事を自分が考えても仕方のない事だが、清治は善逸の寝顔を見ながらあれこれと思案する。
「あら……こんにちは」
ふわりといい香りが漂う。隊服の上に白衣を羽織った背丈の低い女性が、廊下から清治に微笑みかけた。
(これは……藤襲山の匂い。藤の花の匂いや)
清治が立ち上がって頭を下げると、女性は寝ている善逸の傍までやって来る。
「もしもーし、我妻君。大丈夫ですかー?」
耳元で呼びかけるが、反応はない。
「あの、寝ていらっしゃるようです」
「そうね。薬がよく効いているわ。足が折れて、ひどく痛がるから眠ってもらっているのよ」
実際は泣いて騒いでやかましいから、搬送の時点でさっさと眠らせたと言って良い。
「は、はぁ……。あの、師範……いや、善逸さんはまた復帰できるでしょうか」
「あなたは我妻君とどういう関係なのですか? 師弟関係なのかしら」
「はい。ついこの間弟子にしてもらったばかりで」
色違いの鱗模様の羽織を羽織っているので疑われなかったようだ。
「私は胡蝶しのぶと言います。この蝶屋敷の主で、怪我をした隊士の治療を行っています」
「癸の皇清治です」
琵琶子が言っていたのは、この女性の事のようである。確かに、賢そうで気品に溢れ、吉原で見かけたどんな女性よりもはるかに美しい顔立ちである。こんなに若く、そして女性の身で医療行為をしていると言うのなら、余程の才女だろう。
だが、しのぶは自分が蟲柱だとは名乗らなかった。
「この足は、複雑に骨が折れていました。何らかの衝撃で折れた足には、さらに何かで押し潰されたような跡もありました。正直言って、歩けるようになったとしても、また隊士として復帰できるという保証はありません。きちんと骨がくっつき、本人が機能回復に懸命になってくれれば、あるいはそれも可能かもしれませんが」
清治は床に座り込み、しのぶに土下座をした。
「お願いします! 善逸さんを治してください!」
「皇さん、やめてください」
「お願いします! もう一度、師範が隊士として戦えるようにしてください! まだ俺は何も学ばせてもらってないんです! 一緒に頑張りたいんです!」
「私は自分ができる事をして手を尽くしています。ですが私は神様ではありません。何もかもを元通りにする力はありません。あとは本人の努力次第なんですよ」
「分かっています! でも、こんな風に足が砕けてしまったのはあんまりです。雷の呼吸は足が命なんです! 師範はすごい人なんです! すごい技を持っていて……」
しのぶは床に額を擦りつける清治の肩に優しく手を置いた。
「ええ、聞いていますよ。宇髄さんのお嫁さんから。我妻君は壱ノ型しかできないと聞いていましたが、その壱ノ型でも、神速・・を出して鬼の頸を取ったという話ですから」
「神速……?」
「私にはよく分かりませんが、通常の人間では目視できないほどの速さだという話です。その技で、嘴平君と力を合わせ、女の鬼の頸を取ったという話ですよ」
「伊之助さんと……?」
仲の悪そうな二人が、戦場では力を合わせて頸を取った。意外にも思えたが、何だかんだとやはりあの二人は仲間なのだろう。
「他のみなさんはご無事でしょうか」
「ええ、奇跡的に。今のところは皆さん眠っていますよ」
「音柱は……?」
「宇髄さんは左手と左目を失いました」
「えっ、目も……ですか?」
「柱は引退という事です。惜しいですね」
清治の記憶の中には、自信満々、威圧的で近寄り難い風格の宇髄の姿が残っている。上弦との戦いでは、あんなに体格に恵まれて筋肉が隆々とした柱でも引退に追い込まれるほどの傷を負うのだ。
柱が一人だけでは荷が重かったのではないか。ましてや自分の妻が三人も行方不明になっていたのである。家族を捜しながらの任務では、心的負担も多かっただろう。
「クヨクヨなんてしていられませんよ。鬼はまだたくさんいます。さぁ、若い力を振り絞って、みんなで鬼を倒しましょうね」
しのぶは小さな手を清治に差し出した。掴まって立ち上がれという事だろう。
たくさんの仲間に治療を施してきた小さな手。そのすべてを助けられたわけではないだろう。時には無力さを感じて、人知れず涙を流したかもしれない。
だが、しのぶは希望に満ちた目をして微笑んでいる。清治に立ち上がれと手を差し伸べている。
「はいっ……!」
清治はしのぶの手をぎゅっと掴んで立ち上がる。
「師範、ゆっくり休んでください。俺は今夜、鬼狩りに行ってきます。師範の分まで鬼を倒して来ます」
しのぶは清治の背中をポンポンと優しく叩くと、病室を出て行った。
第二部 柱の力 ──完──
