吉原炎上
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清治が浅草に辿り着いたのはもう日がすっかり昇った昼時だった。ただでさえ街は人でごった返している中、いつもに増して人が行き交い、口々に夜中の爆発事件の事を噂している。
「おいおい、見たかよ。きれいさっぱり燃えちまったな。何でも、陸軍のお偉いさんが吉原の女に恨みを持って大砲を撃ち込んだって話だぜ。アームストロング砲だとよ」
「アームストロング砲だって? 今時そんな古いもんを? 俺は空からデケェ隕石が落ちて来たって聞いたぞ」
「バカ、二人とも何を荒唐無稽な事を言ってんだよ。俺が見るに、あれはただの寝タバコだ。吉原はな、昔っから寝タバコでボヤが多いんだ。どうせどっかの揚げ屋から火が出て、それが瓦斯 灯に引火して爆発したってわけよ。瓦斯の威力ってのはすげぇもんなんだぜ? お前さんたちの足りねぇ頭 では分かんねぇだろうがな、ハッハッハ。うちのかみさんなんか、ああいう下品で汚らしい場所が更地になってせいせいしたって喜んじまってな」
「でも瓦斯灯って、確か何年か前に全部撤去しなかったか? 火事起きて危ねぇからって」
「うっ、うるせぇっ。吉原の町はな、風情を大事にするんだよ。浪漫だ、浪漫。ここは他の町とは別世界なんだよッ!」
吉原でなぜ大爆発があったのか清治にも分からない。だが、その噂のどれもが違うと断言できる。きっと爆発は鬼が起こしたものに違いなく、ただの火の不始末からの大火事ではないはずだ。
とにかく人の噂なんかはあてにならない。清治は人の中をすり抜けて吉原の大門 を目指した。
(ここやな)
この間来た時とは全く様相が違っている。何もかも燃えてしまって枠だけになっている大門。その向こうに軒を連ねていた店は真っ黒に焦げてぺしゃんこに崩れている。
(何やこれは……。ホンマ、大砲撃ち込んだとか、隕石が落ちたって言われてもおかしくないくらいやで)
焼け残った大門には鎖が幾重にも引かれて中には入れないようになっているが、そこには野次馬たちが押し寄せている。その中に清治も混ざり、郭くるわの中の様子を窺った。
「入らないでください! 危険です! まだ消火活動が終わっていませんので!」
「消火っつったって、全部燃えちまってんだろ? お前らが何かヤベェ事をやった火消しでも必死にやってんのかーッ? ハッハッハー!」
「近江屋の青柳花魁は無事か!? 贔屓の子なんだよ~! 誰か教えてくれよ~!」
「へへっ、ツケがチャラになんねぇかな。帳簿も燃えちまっただろ」
「下がってください! 近づかないでください!」
真っ黒な詰襟隊服に黒の頭巾を被って目だけを出した隠たちが、両手を広げて必死で呼びかけながら野次馬を押し返している。
「ちょっとすみません! 通してください!」
「何だよデケェ兄ちゃん、押すんじゃねぇよ」
「痛ぇなぁ、肘が当たったぞ」
無理矢理体をねじ込んで最前列まで行く。そして立ちはだかる隠に小声で声をかけた。
「お疲れ様です、癸 の皇 という者です。ここで音柱をはじめ、我妻、竈門、嘴平隊士が潜入捜査をしていたはずですが、どうなりましたか?」
「なっ……! ご存じでしたか!」
「我妻隊士は俺の師範なんです。無事かどうかを知りたい」
「そっ、それは……」
「何かあったんですか!?」
「いえ……はぁ、まぁ」
清治はじれったくなる。気付けば隠の胸倉を掴んで揺さぶっていた。
「早く! 早く教えてくださいよ!」
「おっ、俺もよく分かりませんが、全員負傷して明け方蝶屋敷へ運ばれたと」
「どの程度の負傷ですか!? 意識はあるんですか!?」
「それは分かりませんッ。ですが……ですがおそらく重症で──」
「重症ッ⁉」
清治は隠を突き飛ばすように手を離し、くるりと身を翻して走り出した。途中人に何度もぶつかったが、目もくれずに走り続ける。
涙が溢れていた。蝶屋敷に収容されたと言っても、治療が間に合わずに息を引き取っているかもしれない。走りながら涙を拭く。真っ青で鮮やかな鱗模様の羽織の袖口は色が濃く変わっていた。
「おいおい、見たかよ。きれいさっぱり燃えちまったな。何でも、陸軍のお偉いさんが吉原の女に恨みを持って大砲を撃ち込んだって話だぜ。アームストロング砲だとよ」
「アームストロング砲だって? 今時そんな古いもんを? 俺は空からデケェ隕石が落ちて来たって聞いたぞ」
「バカ、二人とも何を荒唐無稽な事を言ってんだよ。俺が見るに、あれはただの寝タバコだ。吉原はな、昔っから寝タバコでボヤが多いんだ。どうせどっかの揚げ屋から火が出て、それが
「でも瓦斯灯って、確か何年か前に全部撤去しなかったか? 火事起きて危ねぇからって」
「うっ、うるせぇっ。吉原の町はな、風情を大事にするんだよ。浪漫だ、浪漫。ここは他の町とは別世界なんだよッ!」
吉原でなぜ大爆発があったのか清治にも分からない。だが、その噂のどれもが違うと断言できる。きっと爆発は鬼が起こしたものに違いなく、ただの火の不始末からの大火事ではないはずだ。
とにかく人の噂なんかはあてにならない。清治は人の中をすり抜けて吉原の
(ここやな)
この間来た時とは全く様相が違っている。何もかも燃えてしまって枠だけになっている大門。その向こうに軒を連ねていた店は真っ黒に焦げてぺしゃんこに崩れている。
(何やこれは……。ホンマ、大砲撃ち込んだとか、隕石が落ちたって言われてもおかしくないくらいやで)
焼け残った大門には鎖が幾重にも引かれて中には入れないようになっているが、そこには野次馬たちが押し寄せている。その中に清治も混ざり、郭くるわの中の様子を窺った。
「入らないでください! 危険です! まだ消火活動が終わっていませんので!」
「消火っつったって、全部燃えちまってんだろ? お前らが何かヤベェ事をやった火消しでも必死にやってんのかーッ? ハッハッハー!」
「近江屋の青柳花魁は無事か!? 贔屓の子なんだよ~! 誰か教えてくれよ~!」
「へへっ、ツケがチャラになんねぇかな。帳簿も燃えちまっただろ」
「下がってください! 近づかないでください!」
真っ黒な詰襟隊服に黒の頭巾を被って目だけを出した隠たちが、両手を広げて必死で呼びかけながら野次馬を押し返している。
「ちょっとすみません! 通してください!」
「何だよデケェ兄ちゃん、押すんじゃねぇよ」
「痛ぇなぁ、肘が当たったぞ」
無理矢理体をねじ込んで最前列まで行く。そして立ちはだかる隠に小声で声をかけた。
「お疲れ様です、
「なっ……! ご存じでしたか!」
「我妻隊士は俺の師範なんです。無事かどうかを知りたい」
「そっ、それは……」
「何かあったんですか!?」
「いえ……はぁ、まぁ」
清治はじれったくなる。気付けば隠の胸倉を掴んで揺さぶっていた。
「早く! 早く教えてくださいよ!」
「おっ、俺もよく分かりませんが、全員負傷して明け方蝶屋敷へ運ばれたと」
「どの程度の負傷ですか!? 意識はあるんですか!?」
「それは分かりませんッ。ですが……ですがおそらく重症で──」
「重症ッ⁉」
清治は隠を突き飛ばすように手を離し、くるりと身を翻して走り出した。途中人に何度もぶつかったが、目もくれずに走り続ける。
涙が溢れていた。蝶屋敷に収容されたと言っても、治療が間に合わずに息を引き取っているかもしれない。走りながら涙を拭く。真っ青で鮮やかな鱗模様の羽織の袖口は色が濃く変わっていた。
