吉原炎上
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夜明け前、家の戸板からコツンコツンとしきりに音がして目が覚めた清治と桑島は、真っ暗な家の中で蝋燭に火を灯し、刀を持って恐る恐る戸を開けた。
戸のすぐ前には鴉が横たわっており、苦しそうにあんぐり嘴を開いている。
「まさか琵琶子か⁉ どうした琵琶子!」
「んッ? お前の鴉か?」
「はいっ、多分そうです。おい、どうしたんだよ。何があったんだ?」
清治は鴉を抱き上げると、家の中へと入れてやった。生きてはいるようだが、鼓動が速くて呼吸も荒い。
「鬼に追われたか」
「……かもしれませんね。怪我はないようですが。琵琶子には吉原の様子を見て来るよう頼んでいたんです。きっとその報告に来たんだと思うんですが……。俺、ちょっとこの辺を見て来ます。鬼がいるかもしれませんしね」
清治は日輪刀を手に取ると表へ出た。空はまだ夜明け前で真っ暗。鬼が出てもおかしくない時間帯である。鳥たちもまだ寝静まっているので、辺りは何の物音もない。自分が草履で踏みしめる草の音にすら清治は反応して立ち止まるが、立ち止まれば何の音もなくなってしまう。
藤襲山の最終選別でもそうだったが、山では何者かがいるのではと疑うと、誰もいなくても不思議と気配を感じてしまうものだ。それは動く事のない無機物だと思っている周囲の木々が、実は生き物でありその「気」を感じてしまうからだろう。また、極限状態では幻覚も幻聴も起きてしまう。人の脳はありもしないものを簡単に作り上げてしまうのだ。
気がするだけだと分かっているものの、誰かが自分を見ているような気がする。そう感じて、清治はキョロキョロと首を動かしていた。
家の周囲を回り、前の広場を抜け、桃園をぐるりと回って広場へと戻って来た清治は、落雷で折れてしまった柏の木の傍へとやって来た。この木は山の崖っぷちに立ち、ここからは景色が遠くまでよく見える。
遠く吉原の方角を見ると、微かに空が赤く見える。夜明けのしるしかと思ったが、日の出の方角とはちょっと違っている。ポツンとその辺だけが赤いのだ。吉原は繁華街の浅草にごく近く、その街の光かとも思ったが、一晩中明るいものなのかどうか清治は知らない。
「おい、清治ー! 鴉がお前の名を呼んどるぞ!」
声を張り上げて呼ぶ桑島。清治は大きく返事をして駆けた。
「清……清ッ……治サン」
座布団の上に寝かされた鴉はどうやら琵琶子で間違いないらしい。
「何だ! どうしたんだよ琵琶子……!」
「ハッ、ハァッ、ハァ~ッ‼ ……吉原、吉原……エンジョ」
「援助? 吉原に援助要請か?」
「違ウ……。吉原…………炎上」
「何!? 炎上?」
「昨日ノ夜、鬼ト戦闘……激シイ戦闘……。柱の手、斬リ落トサレタ動カナイ。形勢不利……鬼、頸取ッテモ死ナナイ……毒。他ノ隊士多数集マ……ッタモノノ、分カラナイ、ミンナ爆発、アタシ逃ゲ……カッ!」
琵琶子はまた気を失ってしまった。清治が何度も呼びかけるが反応はない。
「師範は⁉ 善逸さんは⁉ 黄色い人はどうなったんだよ!」
何よりもそれが気になって仕方がなかった。手が斬り落とされたと言うのは、柱──つまり音柱が、という事か。
「桑島先生‼」
「うむ。この鴉はそれを急いでお前に伝えに来たようじゃな」
「先生ッ、善逸さんは無事でしょうか!? 音柱でさえも手をなくすなんて……! みんな爆発したって!」
「落ち着け清治、落ち着くんじゃ」
「落ち着けません! うわぁぁぁぁッ! 師範が! 師範がーッ!」
清治はボロボロ涙を流し、大声で泣き始めた。
「決めつけるな。まだどうなったかは分からんじゃろ」
「でもッ、でもッ!」
「落ち着け! いちいちそんな事で取り乱すなど、隊士として失格じゃ! 仲間の死など日常茶飯事の事! そんな事に振り回されとると、いざとなった時に手元が狂うぞ!」
桑島の一喝で、取り乱した清治はピタリと泣き止んだ。流した涙は袖で拭き、清治は恥じてペコリと頭を下げる。
「大変失礼しました。俺は今からすぐに吉原へ向かいます。状況は分かり次第お伝えします。琵琶子の事ですが、よろしければ具合が良くなるまでこちらで休ませてやってほしいのですが」
「構わん。任せとけ」
「助かります。では、琵琶子が元気になったら蝶屋敷に来るようお伝えください」
清治は床を上げると、すぐに隊服に着替えて出立の準備を始めた。桑島も床を上げ、箪笥の引き出しを開けて何やら中から取り出す。
「清治、これを着て行け。まだ外は肌寒かろう」
桑島は、急いで風呂敷に荷物を包む清治の手を止めて、一枚の羽織を手渡した。真っ青な鮮やかな色の羽織で、白の鱗模様の柄である。
「これは……」
すぐに桑島、そして善逸の羽織と色違いの物だと分かる。
「お前の名前には、青という字が入っておる。どうじゃ、男前のお前によく似合うと思うがなぁ」
「桑島先生……。いただいてもよろしいんですか?」
「駄目なのにやるわけがないじゃろう。ほれ、さっさと受け取らんか」
これをもらうという事は、同じ一門、家族として認められたという事である。清治は震える手でそれを受け取ると、思わず涙目になって鼻を啜った。
「また泣いておるぞ。せっかくの男前が台無しじゃ」
「へへっ、おかしいですね。善逸さんの泣き虫がうつっちゃったかな」
「そんなところは似んでいいわい。清治よ、彼も人なり我も人なり──じゃ。何事も、人にできて自分にできぬ事はない。この言葉を忘れるな」
「はいっ!」
清治は早速羽織に袖を通す。荷物を入れた風呂敷を背中に回して斜め掛けをし、腰には金色の派手な鞘の日輪刀を差してはにかんだ。
「おう、よく似合っておるわい。いい顔をしとる。この青が余計にそう見せるのかの」
「へへへっ、よしてくださいよ。桑島先生、突然訪ねて来たのに、いろいろとお世話してくださってありがとうございました。まだ入隊したばっかりで何の恩返しもできませんが、いつの日か必ずこのご恩に報います。それまでどうかお体を大切になさってください」
「お前も達者でな。また顔を見せに来てくれ。納豆をたくさん作って待っておるからの」
「はいっ! では、失礼します!」
清治が発った頃にようやく空に日が昇る。姿が見えなくなるまで見送った桑島は、柏の木をさすって吉原遊郭のある方角を見た。
「善逸よ……。お前は無事じゃろう、のう? 雷に打たれても死なんかったお前が死ぬわけがなかろうよ」
呟く桑島の手に、小さな蕾がチョンと触れる。
「ん……?」
枯れてしまったはずの柏の枝に、新しくぷっくりとした緑の蕾が芽吹いている。
「ほう、これはこれは……。柏の木、代は決して途切れない……じゃな」
非常に強くて丈夫とされる柏の木。根が深く張り、どんな環境にも耐えられる木として、昔から縁起のいい木とされてきた。
弟子が弟子を取り、技が継承されていく。桑島もその昔、ずっと昔から続いてきた雷の呼吸を師から学び、次世代へとそれを繋いできた。それがこれからもきっと続いていく。そんな嬉しい予感はこの蕾のように膨らんでいる。
「わしの子たちはみんな強い子じゃ。この柏の木のように、雷に打たれてもなお生き続けるようにな」
朝日が老いた顔を明るく照らす。桑島は眩しそうに目を細めた。
戸のすぐ前には鴉が横たわっており、苦しそうにあんぐり嘴を開いている。
「まさか琵琶子か⁉ どうした琵琶子!」
「んッ? お前の鴉か?」
「はいっ、多分そうです。おい、どうしたんだよ。何があったんだ?」
清治は鴉を抱き上げると、家の中へと入れてやった。生きてはいるようだが、鼓動が速くて呼吸も荒い。
「鬼に追われたか」
「……かもしれませんね。怪我はないようですが。琵琶子には吉原の様子を見て来るよう頼んでいたんです。きっとその報告に来たんだと思うんですが……。俺、ちょっとこの辺を見て来ます。鬼がいるかもしれませんしね」
清治は日輪刀を手に取ると表へ出た。空はまだ夜明け前で真っ暗。鬼が出てもおかしくない時間帯である。鳥たちもまだ寝静まっているので、辺りは何の物音もない。自分が草履で踏みしめる草の音にすら清治は反応して立ち止まるが、立ち止まれば何の音もなくなってしまう。
藤襲山の最終選別でもそうだったが、山では何者かがいるのではと疑うと、誰もいなくても不思議と気配を感じてしまうものだ。それは動く事のない無機物だと思っている周囲の木々が、実は生き物でありその「気」を感じてしまうからだろう。また、極限状態では幻覚も幻聴も起きてしまう。人の脳はありもしないものを簡単に作り上げてしまうのだ。
気がするだけだと分かっているものの、誰かが自分を見ているような気がする。そう感じて、清治はキョロキョロと首を動かしていた。
家の周囲を回り、前の広場を抜け、桃園をぐるりと回って広場へと戻って来た清治は、落雷で折れてしまった柏の木の傍へとやって来た。この木は山の崖っぷちに立ち、ここからは景色が遠くまでよく見える。
遠く吉原の方角を見ると、微かに空が赤く見える。夜明けのしるしかと思ったが、日の出の方角とはちょっと違っている。ポツンとその辺だけが赤いのだ。吉原は繁華街の浅草にごく近く、その街の光かとも思ったが、一晩中明るいものなのかどうか清治は知らない。
「おい、清治ー! 鴉がお前の名を呼んどるぞ!」
声を張り上げて呼ぶ桑島。清治は大きく返事をして駆けた。
「清……清ッ……治サン」
座布団の上に寝かされた鴉はどうやら琵琶子で間違いないらしい。
「何だ! どうしたんだよ琵琶子……!」
「ハッ、ハァッ、ハァ~ッ‼ ……吉原、吉原……エンジョ」
「援助? 吉原に援助要請か?」
「違ウ……。吉原…………炎上」
「何!? 炎上?」
「昨日ノ夜、鬼ト戦闘……激シイ戦闘……。柱の手、斬リ落トサレタ動カナイ。形勢不利……鬼、頸取ッテモ死ナナイ……毒。他ノ隊士多数集マ……ッタモノノ、分カラナイ、ミンナ爆発、アタシ逃ゲ……カッ!」
琵琶子はまた気を失ってしまった。清治が何度も呼びかけるが反応はない。
「師範は⁉ 善逸さんは⁉ 黄色い人はどうなったんだよ!」
何よりもそれが気になって仕方がなかった。手が斬り落とされたと言うのは、柱──つまり音柱が、という事か。
「桑島先生‼」
「うむ。この鴉はそれを急いでお前に伝えに来たようじゃな」
「先生ッ、善逸さんは無事でしょうか!? 音柱でさえも手をなくすなんて……! みんな爆発したって!」
「落ち着け清治、落ち着くんじゃ」
「落ち着けません! うわぁぁぁぁッ! 師範が! 師範がーッ!」
清治はボロボロ涙を流し、大声で泣き始めた。
「決めつけるな。まだどうなったかは分からんじゃろ」
「でもッ、でもッ!」
「落ち着け! いちいちそんな事で取り乱すなど、隊士として失格じゃ! 仲間の死など日常茶飯事の事! そんな事に振り回されとると、いざとなった時に手元が狂うぞ!」
桑島の一喝で、取り乱した清治はピタリと泣き止んだ。流した涙は袖で拭き、清治は恥じてペコリと頭を下げる。
「大変失礼しました。俺は今からすぐに吉原へ向かいます。状況は分かり次第お伝えします。琵琶子の事ですが、よろしければ具合が良くなるまでこちらで休ませてやってほしいのですが」
「構わん。任せとけ」
「助かります。では、琵琶子が元気になったら蝶屋敷に来るようお伝えください」
清治は床を上げると、すぐに隊服に着替えて出立の準備を始めた。桑島も床を上げ、箪笥の引き出しを開けて何やら中から取り出す。
「清治、これを着て行け。まだ外は肌寒かろう」
桑島は、急いで風呂敷に荷物を包む清治の手を止めて、一枚の羽織を手渡した。真っ青な鮮やかな色の羽織で、白の鱗模様の柄である。
「これは……」
すぐに桑島、そして善逸の羽織と色違いの物だと分かる。
「お前の名前には、青という字が入っておる。どうじゃ、男前のお前によく似合うと思うがなぁ」
「桑島先生……。いただいてもよろしいんですか?」
「駄目なのにやるわけがないじゃろう。ほれ、さっさと受け取らんか」
これをもらうという事は、同じ一門、家族として認められたという事である。清治は震える手でそれを受け取ると、思わず涙目になって鼻を啜った。
「また泣いておるぞ。せっかくの男前が台無しじゃ」
「へへっ、おかしいですね。善逸さんの泣き虫がうつっちゃったかな」
「そんなところは似んでいいわい。清治よ、彼も人なり我も人なり──じゃ。何事も、人にできて自分にできぬ事はない。この言葉を忘れるな」
「はいっ!」
清治は早速羽織に袖を通す。荷物を入れた風呂敷を背中に回して斜め掛けをし、腰には金色の派手な鞘の日輪刀を差してはにかんだ。
「おう、よく似合っておるわい。いい顔をしとる。この青が余計にそう見せるのかの」
「へへへっ、よしてくださいよ。桑島先生、突然訪ねて来たのに、いろいろとお世話してくださってありがとうございました。まだ入隊したばっかりで何の恩返しもできませんが、いつの日か必ずこのご恩に報います。それまでどうかお体を大切になさってください」
「お前も達者でな。また顔を見せに来てくれ。納豆をたくさん作って待っておるからの」
「はいっ! では、失礼します!」
清治が発った頃にようやく空に日が昇る。姿が見えなくなるまで見送った桑島は、柏の木をさすって吉原遊郭のある方角を見た。
「善逸よ……。お前は無事じゃろう、のう? 雷に打たれても死なんかったお前が死ぬわけがなかろうよ」
呟く桑島の手に、小さな蕾がチョンと触れる。
「ん……?」
枯れてしまったはずの柏の枝に、新しくぷっくりとした緑の蕾が芽吹いている。
「ほう、これはこれは……。柏の木、代は決して途切れない……じゃな」
非常に強くて丈夫とされる柏の木。根が深く張り、どんな環境にも耐えられる木として、昔から縁起のいい木とされてきた。
弟子が弟子を取り、技が継承されていく。桑島もその昔、ずっと昔から続いてきた雷の呼吸を師から学び、次世代へとそれを繋いできた。それがこれからもきっと続いていく。そんな嬉しい予感はこの蕾のように膨らんでいる。
「わしの子たちはみんな強い子じゃ。この柏の木のように、雷に打たれてもなお生き続けるようにな」
朝日が老いた顔を明るく照らす。桑島は眩しそうに目を細めた。
