雷親父
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清治は手桶を用意してもらい、水を入れて足を洗った。長旅のせいで足袋は泥で汚れ、洗わずの状態ではもう履きたくないほどだ。
「蝶屋敷からなら遠かったじゃろう。汽車は? まさか歩いて来たのか?」
桑島は土間で味噌汁をよそいながら訊く。
「はい。歩いたり、走ったり。いい鍛錬になりましたよ」
「ハッハッハ! いい心がけじゃ」
「俺は滋賀出身なんですが、滋賀から東京まで、脚だけで来ましたからね。このくらいの距離なら全くもって大丈夫ですよ」
「善逸にも見習わせたいものじゃな。あやつは新宿からここまで来るのに汽車に乗りたいと泣いて駄々を捏ねたもんじゃ。……ま、尻を引っ叩いて歩かせたんじゃがな。おっとっと!」
片足がない桑島は箱膳を運びながら躓きそうになる。
「あっ、手伝います!」
清治は慌てて板の間より一段下がった土間へ下りる。
「すみません。先ほどは杖を駄目にしてしまって」
「よいよい。投げたのはわしじゃ。代わりの物なら他にもある。ほれ、そこの下駄を履け。せっかく洗った足が汚れるぞ」
「はっ、はい!」
二人分の箱膳。清治はかつて善逸が使っていたという物を使わせてもらう。そこには白飯と大根の味噌汁の他、木綿豆腐を茹でて胡麻味噌をかけた物と、ぜんまいと野蕗 の炊き合わせ、白菜の漬物が載っている。
蝶屋敷の食事に比べればかなり質素であるが、男が作った物にしては滋養の均等が取れている。
「豆腐はわしが今朝作った物じゃ。少し硬いが、木綿じゃから食べ応えがあるじゃろう」
「手作りですか! これは凄い」
「飯はまだあるから遠慮なく食え。漬物と梅干ならいくらでもある」
「はいっ、ありがたくいただきます!」
清治はしっかりと手を合わせ、炊き立ての飯を掻き込んだ。
「善逸は元気にやっとるかの」
「はい! 少し前に任務で怪我をされたようで、同期の方と長期療養していたと聞いていますが」
「まったく、あやつはろくに文もよこさんな。兄弟子の方もじゃ。半年に一度ほどしかよこさん。男とはこんなもんかの。誰もこの年寄りを心配してくれんわい」
「ハハハハ、便りがないのは良い便りって言いますからね。それに、桑島先生がいつもお元気だからこそ、心配無用だって思っているのでしょう」
「だといいがな。わしには薄情な奴らにしか思えんわい。毎日心配しとるこっちが阿呆のようじゃ」
久しぶりの人との食事とあって、桑島は嬉しそうである。たった一人で山で過ごしていると人恋しくなるのだろう。善逸が息子だとすれば、その弟子である清治は孫のようなもの。同門であればこその話題も次々と出てきて話は盛り上がる。
「ほぅ、お前は陣場笛町の道場で習ったのか。その辺りに育手がおると聞いた事はあるがわしは面識がない。どんな師じゃ」
「歳は三十過ぎでまだ若かったです。隊士としてやっていたのはほんの三年ほどで、唯一の肉親の妹さんが重い病で臥せってしまったので、看病の為に辞めたようです。結局亡くなってしまったようですが……。元々は血気盛んな人だったみたいですけど、妹さんの死ですっかり性格が変わってしまったようで。隊士に復帰もできたと思うんですけど、全く気力がなくなってしまって、早々に育手の道を選んだと言っていました」
技を覚えるだけなら十分な道場だった。育手は丁寧で優しく、清治も覚えが良かったので衝突もなかった。ただ、柱を目指すのなら別の人間に教えてもらえと言われ、最終選別を機に清治は育手の元を去った。
「桑島先生の御高名は関西でも聞きましたし、育手も知っていました。足を負傷して引退したと」
「こりゃ情けない功名じゃな」
「いえ。電光石火の早業で数多の鬼を斬ってきた伝説の鳴柱として有名ですよ。雷の呼吸はどうしても脚を酷使してしまうので仕方がないと思います。俺もできるだけ後々に響かないよう、よく鍛えているつもりです。善逸さんもあまり体重を増やさないよう気を付けているようで」
「何じゃと? あやつがそんな事を?」
「他の隊士は何杯も飯をお代わりしていますが、師範はずいぶんと小食のようで。俺は空腹の欲求に素直に従って食えるだけ食ってしまっていましたが、膝への負担の事を考えると気を付けなければと思いました。善逸さんは体の管理もしっかりとして、素晴らしい方です」
桑島は首を傾げている。清治の師は本当にあの善逸なのだろうか……と思ったのだろう。
「いや、あやつは食い意地が張っておってなぁ。育ちが育ちじゃからの、食える時に食えるだけ食いたいと言ってよくお代わりもしたし、何でもつまみ食いしておったわ。……そんな事を心掛けるなど、一体どういう風の吹き回しじゃ? わしゃあやつにゲンコツしすぎたかの」
「そ、そうなんですか? あれ? 意外だなぁ、決してそんな風には……」
「朝寝坊はするわ、稽古は怠けるわ、仮病を使うわ、脱走するわでひどい弟子じゃった。対して兄弟子の方は真面目じゃったが、口が悪くてな。まぁどちらかと言うと兄弟子の方が出来が良かったと言えるじゃろう、ハッハッハ!」
善逸の兄弟子──。その人物の事も気になる。善逸よりも前に入隊したという話だが……と、その兄弟子の事を清治は問う。
壱ノ型だけできない兄弟子と、壱ノ型だけしかできない弟弟子。その凸凹の関係のいびつさを語れば、桑島の話は自然と長くなる。
「というわけでな、善逸は歩み寄ろうとしておったが、獪岳の方がなぁ。とにかく気が合わん二人じゃった。獪岳は内心では善逸が競争相手じゃったのじゃろう。難癖をつけていびっておったな。ところで、お前の腕はどんなもんじゃ。型は幾つできるかの」
「はい、恐れながら、全ての型を習得しております。ですが、どれも極めてはおらず、今ひとつと言ったところです」
「ほう……全ての型をやりおるか。こりゃ楽しみじゃわい」
「……え?」
桑島は一人嬉しそうにニカっと笑っている。何か企んでいるようにも見えたが、それこそ清治が望んでいた事だ。自分に興味を持ってもらって、桑島から手ほどきを受けたい。
この夜、清治は桑島と布団を並べて横になった。
(師範……今頃どうしてはるか。……どうかご無事でおってくださいよ)
胸騒ぎが止まらない。吉原に潜む鬼を倒しに柱が動員された。それだけでも敵が手強い相手なのだと分かる。
歩き疲れた体だったが、なかなか寝つけずに寝返りばかりしていた。
「蝶屋敷からなら遠かったじゃろう。汽車は? まさか歩いて来たのか?」
桑島は土間で味噌汁をよそいながら訊く。
「はい。歩いたり、走ったり。いい鍛錬になりましたよ」
「ハッハッハ! いい心がけじゃ」
「俺は滋賀出身なんですが、滋賀から東京まで、脚だけで来ましたからね。このくらいの距離なら全くもって大丈夫ですよ」
「善逸にも見習わせたいものじゃな。あやつは新宿からここまで来るのに汽車に乗りたいと泣いて駄々を捏ねたもんじゃ。……ま、尻を引っ叩いて歩かせたんじゃがな。おっとっと!」
片足がない桑島は箱膳を運びながら躓きそうになる。
「あっ、手伝います!」
清治は慌てて板の間より一段下がった土間へ下りる。
「すみません。先ほどは杖を駄目にしてしまって」
「よいよい。投げたのはわしじゃ。代わりの物なら他にもある。ほれ、そこの下駄を履け。せっかく洗った足が汚れるぞ」
「はっ、はい!」
二人分の箱膳。清治はかつて善逸が使っていたという物を使わせてもらう。そこには白飯と大根の味噌汁の他、木綿豆腐を茹でて胡麻味噌をかけた物と、ぜんまいと
蝶屋敷の食事に比べればかなり質素であるが、男が作った物にしては滋養の均等が取れている。
「豆腐はわしが今朝作った物じゃ。少し硬いが、木綿じゃから食べ応えがあるじゃろう」
「手作りですか! これは凄い」
「飯はまだあるから遠慮なく食え。漬物と梅干ならいくらでもある」
「はいっ、ありがたくいただきます!」
清治はしっかりと手を合わせ、炊き立ての飯を掻き込んだ。
「善逸は元気にやっとるかの」
「はい! 少し前に任務で怪我をされたようで、同期の方と長期療養していたと聞いていますが」
「まったく、あやつはろくに文もよこさんな。兄弟子の方もじゃ。半年に一度ほどしかよこさん。男とはこんなもんかの。誰もこの年寄りを心配してくれんわい」
「ハハハハ、便りがないのは良い便りって言いますからね。それに、桑島先生がいつもお元気だからこそ、心配無用だって思っているのでしょう」
「だといいがな。わしには薄情な奴らにしか思えんわい。毎日心配しとるこっちが阿呆のようじゃ」
久しぶりの人との食事とあって、桑島は嬉しそうである。たった一人で山で過ごしていると人恋しくなるのだろう。善逸が息子だとすれば、その弟子である清治は孫のようなもの。同門であればこその話題も次々と出てきて話は盛り上がる。
「ほぅ、お前は陣場笛町の道場で習ったのか。その辺りに育手がおると聞いた事はあるがわしは面識がない。どんな師じゃ」
「歳は三十過ぎでまだ若かったです。隊士としてやっていたのはほんの三年ほどで、唯一の肉親の妹さんが重い病で臥せってしまったので、看病の為に辞めたようです。結局亡くなってしまったようですが……。元々は血気盛んな人だったみたいですけど、妹さんの死ですっかり性格が変わってしまったようで。隊士に復帰もできたと思うんですけど、全く気力がなくなってしまって、早々に育手の道を選んだと言っていました」
技を覚えるだけなら十分な道場だった。育手は丁寧で優しく、清治も覚えが良かったので衝突もなかった。ただ、柱を目指すのなら別の人間に教えてもらえと言われ、最終選別を機に清治は育手の元を去った。
「桑島先生の御高名は関西でも聞きましたし、育手も知っていました。足を負傷して引退したと」
「こりゃ情けない功名じゃな」
「いえ。電光石火の早業で数多の鬼を斬ってきた伝説の鳴柱として有名ですよ。雷の呼吸はどうしても脚を酷使してしまうので仕方がないと思います。俺もできるだけ後々に響かないよう、よく鍛えているつもりです。善逸さんもあまり体重を増やさないよう気を付けているようで」
「何じゃと? あやつがそんな事を?」
「他の隊士は何杯も飯をお代わりしていますが、師範はずいぶんと小食のようで。俺は空腹の欲求に素直に従って食えるだけ食ってしまっていましたが、膝への負担の事を考えると気を付けなければと思いました。善逸さんは体の管理もしっかりとして、素晴らしい方です」
桑島は首を傾げている。清治の師は本当にあの善逸なのだろうか……と思ったのだろう。
「いや、あやつは食い意地が張っておってなぁ。育ちが育ちじゃからの、食える時に食えるだけ食いたいと言ってよくお代わりもしたし、何でもつまみ食いしておったわ。……そんな事を心掛けるなど、一体どういう風の吹き回しじゃ? わしゃあやつにゲンコツしすぎたかの」
「そ、そうなんですか? あれ? 意外だなぁ、決してそんな風には……」
「朝寝坊はするわ、稽古は怠けるわ、仮病を使うわ、脱走するわでひどい弟子じゃった。対して兄弟子の方は真面目じゃったが、口が悪くてな。まぁどちらかと言うと兄弟子の方が出来が良かったと言えるじゃろう、ハッハッハ!」
善逸の兄弟子──。その人物の事も気になる。善逸よりも前に入隊したという話だが……と、その兄弟子の事を清治は問う。
壱ノ型だけできない兄弟子と、壱ノ型だけしかできない弟弟子。その凸凹の関係のいびつさを語れば、桑島の話は自然と長くなる。
「というわけでな、善逸は歩み寄ろうとしておったが、獪岳の方がなぁ。とにかく気が合わん二人じゃった。獪岳は内心では善逸が競争相手じゃったのじゃろう。難癖をつけていびっておったな。ところで、お前の腕はどんなもんじゃ。型は幾つできるかの」
「はい、恐れながら、全ての型を習得しております。ですが、どれも極めてはおらず、今ひとつと言ったところです」
「ほう……全ての型をやりおるか。こりゃ楽しみじゃわい」
「……え?」
桑島は一人嬉しそうにニカっと笑っている。何か企んでいるようにも見えたが、それこそ清治が望んでいた事だ。自分に興味を持ってもらって、桑島から手ほどきを受けたい。
この夜、清治は桑島と布団を並べて横になった。
(師範……今頃どうしてはるか。……どうかご無事でおってくださいよ)
胸騒ぎが止まらない。吉原に潜む鬼を倒しに柱が動員された。それだけでも敵が手強い相手なのだと分かる。
歩き疲れた体だったが、なかなか寝つけずに寝返りばかりしていた。
