雷親父
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夕暮れを過ぎ、息を切らしながら薄暗い山道を登っていると、突然開けた場所に出た。そこには一面に桃の木が生えている。上へ上へと伸びる枝は樹霜のようにたわわに花をつけ、桜よりも鮮やかなその色はこの暗さでは桃色ではなく薄紫色に見える。
それでもまさにここは桃源郷。疲れきった清治 の顔はパッと明るくなる。
「チュン太郎、ここか?」
「チュン!」
案内を終えたと言わんばかりに、チュン太郎は甘い桃の花の香りに惹かれ、蜜を吸いにどこかの木に飛んで行ってしまった。
目を凝らすと、少し先の空に煙の出ている場所がある。どうやら民家があるらしい。
もう足が棒のようだが、清治は気が逸って駆け足になる。すると木の根っこに足が引っかかってしまったのか、ドテンと蹴躓いてしまった。
「あたたたた……。思っとる以上に足が疲れとるな。よう上がらんわ」
ふと見上げると、崖のすぐ脇に枯れた背の高い一本木が立っている。途中からぽっきりと折れ、鋭く尖った幹はそのままに、枝には萎 れた葉か蔦なのかが正体なさげにぶら下がってそよ風に揺れている。
「この木……何の木やろう。気になる木やな」
他の木は青々とした葉をつけているのに対し、この木だけは朽ちて死んでいるように見える。病気だというならさっさと切り倒した方がいいのだろうが、そのままになっているのはなぜなのか。
「誰じゃ」
家があると思われる方向から声がする。清治はキョロキョロと見渡し、声の主を探した。
「そこで何をしとる」
誰かが杖を持った手を上げて合図をする。それに気が付いた清治は、膝についた土を払いながら立ち上がった。
清治はペコリと頭を下げると、茅葺 屋根の家の前に立つ杖の人物の所まで駆け寄った。
「鬼殺隊士・皇すめらぎ清治と申します。元柱・桑島慈悟郎様を捜しておりまして、チュン太郎という雀に案内してもらって蝶屋敷よりやって参りました」
「……鬼殺隊士じゃと?」
白髪頭に白い髭。背丈は小さく、いかにも年寄りと言った風貌の老翁は、清治の言動を訝しんで眉を寄せた。
怪しまれたか。この山に人がいて喜んでしまい、清治はつい迂闊に「鬼殺隊士」という言葉を出してしまったが、世間のほとんどの人はその名を知らない。不審者と思われたくなくてきちんと丁寧に名乗ったつもりだが、隊士という時代錯誤な言葉にかえって怪しいと思われたかもしれないと焦った。
「あっ、いえ、俺が所属している武道の錬成集団でして……。ご存知なければどうかお気になさらず。あの、それより桑島様をご存知ではないでしょうか? この山にお住まいかと思うのですが」
「……いや、知らんなぁ。わしは隠居の身でな。ほとんど山から下りんから、人の噂は耳にせんのじゃ」
もしかしたらこの人物が桑島なのではないかと思ったが、老翁はこう言って否定する。
ならばたまたまこの山に住む年寄りに出くわしただけだと言うのか。それならば、他に桑島を知る人間はいないものか。清治はこの辺に集落がないか訊く事にした。
「あの、それでしたら……」
老翁は清治の話す途中でくるりと背を向けると、家の戸をガラリと開けて入り、早々に閉めようとする。完全に警戒されたかと思い、清治は言い淀んだ。だがここは何としても何か情報を得るしかない。
「あっ、あの‼ まだお聞きしたい事があるのですが」
「早く山を下りんと真っ暗になるぞ。逢魔時 じゃ、早く去れ」
老翁は怒ったような口ぶりで言う。つり上がった目に白い太い眉、左目の下にはざっくりと刻まれた傷跡、そして右脚は膝から下が棒……。これだけの威圧感のある人間がただの隠居老人とは思えず、清治は食い下がった。
「あなたは桑島様ではありませんか⁉」
「違う」
「その顔の傷……。そしてその義足……」
「これは若い頃、戊辰戦争で負った傷じゃ。見苦しかろう。さっさと行け」
「本当でしょうか? 俺にはあなたこそが桑島様だと思えてなりません」
「くどい‼」
腹を立てた老翁は、持っていた杖を清治に勢いよく投げつけた。
「霹靂一閃‼」
清治は瞬時に腰の刀を抜き、杖を真二つに斬った。
「なっ!?」
「刀を抜いてしまい、大変失礼いたしました。ですが、このような仕打ちをされる覚えはありません。俺は人を訪ねて来ただけです。危害を加えに来たわけではありません。あなたが本当の事を仰っていないと思い、このようにしつこく尋ねているのです」
「知らんと言ったら知らん! お前は誰かと勘違いしておるのじゃろう! そんな名前の者は知らん!」
「勘違いだったら良かったんですが……。あなたの着るその羽織は俺の師範の物と色違いです!」
「んッ!?」
「ここまではるばる来たんです! 本当の事を言っていただかないと帰るに帰れません‼」
老翁は、大きなギョロ目をもっと大きく見開いた。老翁の枯草色の羽織には、見覚えのある三角の鱗模様がある。このよく知る柄の一致がただの偶然だとは思えない。
「あなたは俺の師範、我妻善逸の育手の桑島慈悟郎様、そうですね!?」
老翁は目を泳がせる。間違いない、と清治は思った。
「先日、師範の任務に同行させていただき、その技をこの目で見て感銘を受けました。ぜひ教えを請いたいと思いましたが、現在師範は吉原での任務に就いておられて手ほどきを受けられませんので、こうして師範の育手の方を訪ねて──」
「ちょっと待たれい。お主の師範は我妻善逸じゃと言ったな?」
「はいっ」
「わしには何の話かさっぱり分からん」
「まだそんな事を仰いますか。あなたは元・鳴柱の桑島様でしょう?」
「いや、その事ではない。あの善逸 が師範じゃと? お前は何を言っておるのじゃ」
桑島は一切の事情を知らない。当然の事である。師弟関係になってからまだ三日ほど。その間善逸には「弟子を取ったんです」などと育手に浮かれた文を出すつもりもなかっただろう。完全に身分不相応、何なら知られたくなかったのではないかとすら思う。
「チュンチュンチュン! チュンチュンチューン! チュン、チュンチュンチュンチュン!」
突然チュン太郎が桑島の肩に下り立ち、激しく鳴き始めた。夕餉代わりに桃の花の蜜を存分に堪能していたのだろうが、丁度良く姿を現した。チュン太郎は何か報告しているかのようである。
「ほうほう……そうか。いやぁ、あの善逸がのぅ……」
桑島は「信じられない」といった様子で顎をさすっている。清治にはそんな事よりも、桑島がチュン太郎のさえずりをしっかりと理解している事の方が信じられなかった。
「俺は隊士になったばかりでまだ癸なんですが、縁あって煉獄槇寿郎さんから我妻さんを紹介していただき弟子入りしました。最初は断られたんですが、何とか承諾していただいて……! 俺も善逸さんのような素晴らしい壱ノ型を身に着けたいと思っています。壱ノ型は全ての型の基本、一番大事な技だと思いますし、雷の呼吸の中では初手にして最強の技だと思っています」
もっと強くなりたいという思いでこれまでやってきたが、完全に行き詰まっている。それを打開できればと常々刺激を求めていた。今の力をさらに精進させるには何が必要か。それを善逸の師である桑島に問うてみたかった。
その思いを正直に伝える。技の向上、それ以外に求めるものはない。父を殺された事、鬼をこの世から完全に消し去るという目標、その為にはどんな努力も惜しまない。清治は初対面の相手に遠慮もせずに熱っぽく語った。
それが必死に見えたのかもしれない。一所懸命に訴える清治が幼気 に見えたのか、気難しそうな顔の桑島の白髭が動いた。
「中へ入れ。ちょうど飯が炊き上がったところじゃ。腹も減っておろう。とりあえず、一緒に飯を食いながら詳しく話を聞こうか」
「はっ、はい! ありがとうございます!」
清治は桑島の後に続いて家に上がらせてもらった。小さくて狭い古民家である。辺りはすっかり暗くなっていた。
それでもまさにここは桃源郷。疲れきった
「チュン太郎、ここか?」
「チュン!」
案内を終えたと言わんばかりに、チュン太郎は甘い桃の花の香りに惹かれ、蜜を吸いにどこかの木に飛んで行ってしまった。
目を凝らすと、少し先の空に煙の出ている場所がある。どうやら民家があるらしい。
もう足が棒のようだが、清治は気が逸って駆け足になる。すると木の根っこに足が引っかかってしまったのか、ドテンと蹴躓いてしまった。
「あたたたた……。思っとる以上に足が疲れとるな。よう上がらんわ」
ふと見上げると、崖のすぐ脇に枯れた背の高い一本木が立っている。途中からぽっきりと折れ、鋭く尖った幹はそのままに、枝には
「この木……何の木やろう。気になる木やな」
他の木は青々とした葉をつけているのに対し、この木だけは朽ちて死んでいるように見える。病気だというならさっさと切り倒した方がいいのだろうが、そのままになっているのはなぜなのか。
「誰じゃ」
家があると思われる方向から声がする。清治はキョロキョロと見渡し、声の主を探した。
「そこで何をしとる」
誰かが杖を持った手を上げて合図をする。それに気が付いた清治は、膝についた土を払いながら立ち上がった。
清治はペコリと頭を下げると、
「鬼殺隊士・皇すめらぎ清治と申します。元柱・桑島慈悟郎様を捜しておりまして、チュン太郎という雀に案内してもらって蝶屋敷よりやって参りました」
「……鬼殺隊士じゃと?」
白髪頭に白い髭。背丈は小さく、いかにも年寄りと言った風貌の老翁は、清治の言動を訝しんで眉を寄せた。
怪しまれたか。この山に人がいて喜んでしまい、清治はつい迂闊に「鬼殺隊士」という言葉を出してしまったが、世間のほとんどの人はその名を知らない。不審者と思われたくなくてきちんと丁寧に名乗ったつもりだが、隊士という時代錯誤な言葉にかえって怪しいと思われたかもしれないと焦った。
「あっ、いえ、俺が所属している武道の錬成集団でして……。ご存知なければどうかお気になさらず。あの、それより桑島様をご存知ではないでしょうか? この山にお住まいかと思うのですが」
「……いや、知らんなぁ。わしは隠居の身でな。ほとんど山から下りんから、人の噂は耳にせんのじゃ」
もしかしたらこの人物が桑島なのではないかと思ったが、老翁はこう言って否定する。
ならばたまたまこの山に住む年寄りに出くわしただけだと言うのか。それならば、他に桑島を知る人間はいないものか。清治はこの辺に集落がないか訊く事にした。
「あの、それでしたら……」
老翁は清治の話す途中でくるりと背を向けると、家の戸をガラリと開けて入り、早々に閉めようとする。完全に警戒されたかと思い、清治は言い淀んだ。だがここは何としても何か情報を得るしかない。
「あっ、あの‼ まだお聞きしたい事があるのですが」
「早く山を下りんと真っ暗になるぞ。
老翁は怒ったような口ぶりで言う。つり上がった目に白い太い眉、左目の下にはざっくりと刻まれた傷跡、そして右脚は膝から下が棒……。これだけの威圧感のある人間がただの隠居老人とは思えず、清治は食い下がった。
「あなたは桑島様ではありませんか⁉」
「違う」
「その顔の傷……。そしてその義足……」
「これは若い頃、戊辰戦争で負った傷じゃ。見苦しかろう。さっさと行け」
「本当でしょうか? 俺にはあなたこそが桑島様だと思えてなりません」
「くどい‼」
腹を立てた老翁は、持っていた杖を清治に勢いよく投げつけた。
「霹靂一閃‼」
清治は瞬時に腰の刀を抜き、杖を真二つに斬った。
「なっ!?」
「刀を抜いてしまい、大変失礼いたしました。ですが、このような仕打ちをされる覚えはありません。俺は人を訪ねて来ただけです。危害を加えに来たわけではありません。あなたが本当の事を仰っていないと思い、このようにしつこく尋ねているのです」
「知らんと言ったら知らん! お前は誰かと勘違いしておるのじゃろう! そんな名前の者は知らん!」
「勘違いだったら良かったんですが……。あなたの着るその羽織は俺の師範の物と色違いです!」
「んッ!?」
「ここまではるばる来たんです! 本当の事を言っていただかないと帰るに帰れません‼」
老翁は、大きなギョロ目をもっと大きく見開いた。老翁の枯草色の羽織には、見覚えのある三角の鱗模様がある。このよく知る柄の一致がただの偶然だとは思えない。
「あなたは俺の師範、我妻善逸の育手の桑島慈悟郎様、そうですね!?」
老翁は目を泳がせる。間違いない、と清治は思った。
「先日、師範の任務に同行させていただき、その技をこの目で見て感銘を受けました。ぜひ教えを請いたいと思いましたが、現在師範は吉原での任務に就いておられて手ほどきを受けられませんので、こうして師範の育手の方を訪ねて──」
「ちょっと待たれい。お主の師範は我妻善逸じゃと言ったな?」
「はいっ」
「わしには何の話かさっぱり分からん」
「まだそんな事を仰いますか。あなたは元・鳴柱の桑島様でしょう?」
「いや、その事ではない。
桑島は一切の事情を知らない。当然の事である。師弟関係になってからまだ三日ほど。その間善逸には「弟子を取ったんです」などと育手に浮かれた文を出すつもりもなかっただろう。完全に身分不相応、何なら知られたくなかったのではないかとすら思う。
「チュンチュンチュン! チュンチュンチューン! チュン、チュンチュンチュンチュン!」
突然チュン太郎が桑島の肩に下り立ち、激しく鳴き始めた。夕餉代わりに桃の花の蜜を存分に堪能していたのだろうが、丁度良く姿を現した。チュン太郎は何か報告しているかのようである。
「ほうほう……そうか。いやぁ、あの善逸がのぅ……」
桑島は「信じられない」といった様子で顎をさすっている。清治にはそんな事よりも、桑島がチュン太郎のさえずりをしっかりと理解している事の方が信じられなかった。
「俺は隊士になったばかりでまだ癸なんですが、縁あって煉獄槇寿郎さんから我妻さんを紹介していただき弟子入りしました。最初は断られたんですが、何とか承諾していただいて……! 俺も善逸さんのような素晴らしい壱ノ型を身に着けたいと思っています。壱ノ型は全ての型の基本、一番大事な技だと思いますし、雷の呼吸の中では初手にして最強の技だと思っています」
もっと強くなりたいという思いでこれまでやってきたが、完全に行き詰まっている。それを打開できればと常々刺激を求めていた。今の力をさらに精進させるには何が必要か。それを善逸の師である桑島に問うてみたかった。
その思いを正直に伝える。技の向上、それ以外に求めるものはない。父を殺された事、鬼をこの世から完全に消し去るという目標、その為にはどんな努力も惜しまない。清治は初対面の相手に遠慮もせずに熱っぽく語った。
それが必死に見えたのかもしれない。一所懸命に訴える清治が
「中へ入れ。ちょうど飯が炊き上がったところじゃ。腹も減っておろう。とりあえず、一緒に飯を食いながら詳しく話を聞こうか」
「はっ、はい! ありがとうございます!」
清治は桑島の後に続いて家に上がらせてもらった。小さくて狭い古民家である。辺りはすっかり暗くなっていた。
