師範の一閃
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
姥鬼が塵のように姿を消すのを見届けた清治は、ポツンと残ったつげ櫛を拾った。
「師範、あの婆さん、これを師範にって……」
「……これを?」
椿蒔絵 の高級つげ櫛。これと同じ物を慈悟郎に拾われる前に町娘に贈った事がある。櫛を贈る為に、善逸は「耳」を使ってチンチロリンや花札で稼いだのだ。と言っても、高級とは言えどこにでもあるような櫛である。偶然同じ絵柄であっただけかもしれないが、もし贈った物であるならば、もうその町娘は──。
「師範、何ですか、コレ。師範の物……ってわけでもないでしょうし」
「さぁ。あの婆さん、ボケてたんじゃないの?」
「……まぁ、そうですね。師範には縁がなさそうな……ゴホッ‼ しっかし金になりそうだな、コレ。元が高そうだし、売って金にしちゃおうかな」
「……ったく、好きにしろよ」
善逸は知らないふりをしながら、過去の事を思い出していた。確かに昔贈ったつげ櫛に似ている。その時、町娘はつげ櫛を受け取ったはいいが、ちっとも喜びはしなかった。それどころか安物ではないかと鼻で笑った上、金の方が良かったと吐き捨てた。
あの頃は悲しくて虚しくてしょうがなかったが、今となってはそれで良かったのかもしれない。多分、つげ櫛はすぐに質屋に入れてしまったはずだ。それならばきっと今でも生きているだろう。姥鬼に喰われたのは、質屋でそれを買った別の娘なのであれば、まだ多少は心が救われる。……
「おーい!」
集落の方から声がする。合図のように提灯でグルグルと弧を描くので、どうやらさっきの村男のようである。
「アンタら大丈夫かいー?」
「大丈夫です! もう大丈夫ですよ!」
清治は声を張り上げて答えた。
「師範、歩けますか? 向こうに行きましょう」
二人は集落へと歩いて行く。村男の隣には姥鬼から助け出した娘がいた。
「あああぁぁぁ~ッ、あなたが来て下さらないと、私はどうなっていたか! ちょっと水を汲みに出た途端に、突然老婆に声をかけられて。ちょっと鎌を洗いたいから井戸を使わせてくれって言われたので、井戸へと案内してたんです。そうしたら突然!」
恐怖体験後で興奮気味の娘は、すっかり清治が退治したと思っている。いや、興奮しているのは清治のせいか。何しろ逞しい厚い胸板に抱かれたのだから。
この感謝の意、本来は善逸が受けるべきであって、そうであれば善逸もうら若き女性からの熱い御礼に鼻の下を伸ばして大満足だったかもしれないのだが、実際は娘が礼を言っているのは清治に対してだけである。
「何てお礼を申し上げればいいか! そうよお父さん、もうずいぶん遅いし、ぜひ家に泊まって行ってもらいましょうよ!」
「そうだな、ミヨ。いやぁ、鬼殺隊ってのは凄いもんだねぇ。ぜひ武勇伝をお聞きしたいものだよ」
女性は美男子の清治の腕を掴んで離さない。そして物凄い力でズルズルと自分の家の方へと引っ張って行く。
「いやっ、あの俺はッ!」
「遠慮しないで! あなたは命の恩人ですから」
娘はすっかり清治に恋をしている様子だった。このような町はずれの村で、日々畑を耕して暮らしている浅黒い芋娘。汗と泥で汚れた百姓ばかりの村の中で過ごしていれば、日々ときめきなどないだろう。
(まっ、参ったなぁ~)
こんな事は一度や二度ではない。朝市をやっている通りを歩けばすぐに声をかけられ、漬物や何やと勧められては口に試食を詰め込まれる。
それとは知らずに色町に迷い込んでしまえば、妓夫 に声をかけられ、うちの店にいい女がいるぞとそそのかされたり、もっと言えば、男を売れるいい店を紹介してやると金をちらつかせて言い寄られたりもした。
顔が良くて損した事はないが、大概事態は自分が望む方向へは行かず、その度に清治は隙を見て逃げ出していた。
「気持ちはありがたいんですが、すぐに行かなきゃならない所があるので」
「まぁ、泊まって行けばいいのに。こんな遅くに出歩くなんて危ないわ」
「いやぁはは。……仕事なんで」
「仕事があるなら引き止めるのも悪いだろう。どれ、お礼に今朝採れた軍鶏 の卵でも持って行ってもらおうか」
娘の父親は自宅へ入り、小さな籐籠に入った卵を二つ持って出て来た。
「あまり数を飼っていませんので、これだけなんですが。すみません、貧乏な家なもので、他に何もないんですよ」
「ぜひお醤油を垂らして生のままでご飯と一緒に召し上がって」
「はっ……はぁ。いや、何かかえってすみません。お礼なんていいのに……ねぇ師範?」
「……」
「それより、お名前を伺ってもよろしいですか?」
娘は清治しか見ていない。善逸は蚊帳の外だ。
「名前⁉ いやっ、俺にはそんな名乗るほどの名などはなくて……!」
「まぁ、意地悪なお人」
「いやぁ何て言うか、通りすがりの鬼殺隊士だ! って事でどうでしょう……アハ、アハハ……!」
「……スメラギキヨハルだよ!」
ごまかした清治だったが、善逸はムスッとしながら教えてやった。
「えっ!? スメラギですって? 何て素敵で尊いお名前……。何だかお星様みたい」
乙女な娘の目には満天の星空が映り、キラキラと輝いていた。
「……ではこれで」
「道中お気をつけて! また近くへ来られたらぜひ寄って行ってくださいね」
何とか解放された清治は、籠に入った卵を受け取って善逸と村を後にした。
「師範、あの婆さん、これを師範にって……」
「……これを?」
「師範、何ですか、コレ。師範の物……ってわけでもないでしょうし」
「さぁ。あの婆さん、ボケてたんじゃないの?」
「……まぁ、そうですね。師範には縁がなさそうな……ゴホッ‼ しっかし金になりそうだな、コレ。元が高そうだし、売って金にしちゃおうかな」
「……ったく、好きにしろよ」
善逸は知らないふりをしながら、過去の事を思い出していた。確かに昔贈ったつげ櫛に似ている。その時、町娘はつげ櫛を受け取ったはいいが、ちっとも喜びはしなかった。それどころか安物ではないかと鼻で笑った上、金の方が良かったと吐き捨てた。
あの頃は悲しくて虚しくてしょうがなかったが、今となってはそれで良かったのかもしれない。多分、つげ櫛はすぐに質屋に入れてしまったはずだ。それならばきっと今でも生きているだろう。姥鬼に喰われたのは、質屋でそれを買った別の娘なのであれば、まだ多少は心が救われる。……
「おーい!」
集落の方から声がする。合図のように提灯でグルグルと弧を描くので、どうやらさっきの村男のようである。
「アンタら大丈夫かいー?」
「大丈夫です! もう大丈夫ですよ!」
清治は声を張り上げて答えた。
「師範、歩けますか? 向こうに行きましょう」
二人は集落へと歩いて行く。村男の隣には姥鬼から助け出した娘がいた。
「あああぁぁぁ~ッ、あなたが来て下さらないと、私はどうなっていたか! ちょっと水を汲みに出た途端に、突然老婆に声をかけられて。ちょっと鎌を洗いたいから井戸を使わせてくれって言われたので、井戸へと案内してたんです。そうしたら突然!」
恐怖体験後で興奮気味の娘は、すっかり清治が退治したと思っている。いや、興奮しているのは清治のせいか。何しろ逞しい厚い胸板に抱かれたのだから。
この感謝の意、本来は善逸が受けるべきであって、そうであれば善逸もうら若き女性からの熱い御礼に鼻の下を伸ばして大満足だったかもしれないのだが、実際は娘が礼を言っているのは清治に対してだけである。
「何てお礼を申し上げればいいか! そうよお父さん、もうずいぶん遅いし、ぜひ家に泊まって行ってもらいましょうよ!」
「そうだな、ミヨ。いやぁ、鬼殺隊ってのは凄いもんだねぇ。ぜひ武勇伝をお聞きしたいものだよ」
女性は美男子の清治の腕を掴んで離さない。そして物凄い力でズルズルと自分の家の方へと引っ張って行く。
「いやっ、あの俺はッ!」
「遠慮しないで! あなたは命の恩人ですから」
娘はすっかり清治に恋をしている様子だった。このような町はずれの村で、日々畑を耕して暮らしている浅黒い芋娘。汗と泥で汚れた百姓ばかりの村の中で過ごしていれば、日々ときめきなどないだろう。
(まっ、参ったなぁ~)
こんな事は一度や二度ではない。朝市をやっている通りを歩けばすぐに声をかけられ、漬物や何やと勧められては口に試食を詰め込まれる。
それとは知らずに色町に迷い込んでしまえば、
顔が良くて損した事はないが、大概事態は自分が望む方向へは行かず、その度に清治は隙を見て逃げ出していた。
「気持ちはありがたいんですが、すぐに行かなきゃならない所があるので」
「まぁ、泊まって行けばいいのに。こんな遅くに出歩くなんて危ないわ」
「いやぁはは。……仕事なんで」
「仕事があるなら引き止めるのも悪いだろう。どれ、お礼に今朝採れた
娘の父親は自宅へ入り、小さな籐籠に入った卵を二つ持って出て来た。
「あまり数を飼っていませんので、これだけなんですが。すみません、貧乏な家なもので、他に何もないんですよ」
「ぜひお醤油を垂らして生のままでご飯と一緒に召し上がって」
「はっ……はぁ。いや、何かかえってすみません。お礼なんていいのに……ねぇ師範?」
「……」
「それより、お名前を伺ってもよろしいですか?」
娘は清治しか見ていない。善逸は蚊帳の外だ。
「名前⁉ いやっ、俺にはそんな名乗るほどの名などはなくて……!」
「まぁ、意地悪なお人」
「いやぁ何て言うか、通りすがりの鬼殺隊士だ! って事でどうでしょう……アハ、アハハ……!」
「……スメラギキヨハルだよ!」
ごまかした清治だったが、善逸はムスッとしながら教えてやった。
「えっ!? スメラギですって? 何て素敵で尊いお名前……。何だかお星様みたい」
乙女な娘の目には満天の星空が映り、キラキラと輝いていた。
「……ではこれで」
「道中お気をつけて! また近くへ来られたらぜひ寄って行ってくださいね」
何とか解放された清治は、籠に入った卵を受け取って善逸と村を後にした。
