師範の一閃
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『と、父ちゃん……?』
髪を短く剃った作務衣 姿の父親は、襲い掛かって来た生き物を薙刀で斬りつけた。皇 家自慢の和泉守兼定作の薙刀である。この時、薙刀の師範代である父親は初めて生き物を斬ったが、大した効果はなかった。
『こいつは鬼や! 清治、正治を連れて早よ逃げえッ!』
『鬼やて? 鬼って何や⁉』
『人喰い鬼や。寺の門の前の坂を下った先に、藤の家紋が玄関に大きく描いてある家があるさかい、その家のもんに鬼が出た言うて、鬼殺隊を呼んでもらいッ。早よ行け!』
鬼? 鬼殺隊? 清治は何の事かさっぱり分からない。
『早よせい! 死にたいんか!』
『わっ、分かった!』
『清治、俺その家知っとるわ! 俺が行って言うてくるさかい、お前は父ちゃんの──』
言っている先で「鬼」は飛びかかって父親の首に喰らいつき、その肉を喰いちぎってクチャクチャ噛みながら、まるで木の実でも採るかのように一瞬にして左腕をもいで外へ逃げた。何が起きたか分からず、清治と正治は父親から噴き出し続ける温かい鮮血を体中に浴びながら、その光景を見て呆然と立ち尽くしていた。
『いたぞ! アイツだー!』
『あっちへ逃げたぞ! 追え!』
その直後、数人の黒尽くめの詰襟の男たちがどこからかバタバタとやって来て、その逃げた「鬼」と呼ばれる生き物の後を騒がしく追って行った。
『兄ちゃん……。父ちゃんは……』
『……ああ。あかんわ、もう…………助からへん』
喰われた父親の姿。ほんの少し前まで喋っていたのに、今は目を見開いたままピクリとも動かない。夕方には一緒に飯を食べたのに。昼間には一緒に境内の掃き掃除をして、朝には一緒に読経をして……。
順を追って遡り、今日一日を振り返る。確かにさっきまで生きていたのに、血だるまになって、お堂を血潮でいっぱいにして、今はもう死んでいる──。
その後、黒頭巾の人間が数人やって来た。きちんとお堂の掃除をして、金をたくさん置いて行った。血で汚れた畳の修繕費としてもたくさん金を置いて行った。足りなければ請求してくれと言って去って行った。
正治は塞ぎ込んでしばらく誰とも話せず、ぼーっとしていたかと思うと突然堰を切ったかのように泣き喚く日々が続いた。清治は自分の無力さに絶望し、無我夢中になって薙刀の稽古をした。強くなればきっと仇をとる事ができると信じていた。その時はまだ知らなかったのだ──、ただの薙刀や刀では鬼は死なない事を。
やがて父親が口走った「鬼殺隊」という組織を知り得て、日輪刀という不思議な武器の存在も知った。
日輪刀こそが唯一父を襲った鬼を殺せる。それが分かった清治は、薙刀を日本刀へと持ち替えた。
『俺は必ず──────────────』
「──────────俺は必ず……父ちゃんの仇を……」
脳震盪から回復した清治は、夢を見て呟いた自分の声に起こされて目を開けた。土の匂い、青草の匂い、海苔のいい匂い……。
────シィィィィィィィィ……
「……これって……師範の……音……?」
────雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃
横たわったまま見た善逸の姿は、夜空を駆け抜ける火球のように眩しい光を纏い、煌めき、それは瞬きもできないほどの一瞬で、鮮やかで──。剣ばかり振るって来た清治には上手な言葉が思いつかない。ただ、育手の壱ノ型よりも、自分の壱ノ型よりも、それらを遥かに凌駕する一閃であった事は確かで、気付けば興奮で心臓が激しく脈打っていた。
姥鬼の頸は、耳を塞ぎたくなるような断末魔の声と共に宙を舞う。勝利の瞬間にも動じず、納刀の所作まで美しかった。
「す、すごい……。そうか、炭治郎さんはこれを見て……」
見事姥鬼の頸を取った善逸だったが、姥鬼と背中合わせのまま動かず、そのうち首から下だけになった姥鬼とほぼ同時にバタリと倒れてしまった。
「えっ……師範? 噓だ……嘘だろ?」
まさか相討ちになったと言うのか。清治は自分に善逸の羽織が掛けられている事に気が付き、それを掴んで善逸の元へと駆けつけた。
「師範! 師範⁉ どこをやられたんですかッ!?」
善逸はすぅ……と寝息を立てている。
「師範!」
「ね……ねじゅこちゃ……ぁ~ん」
「えっ⁉ 何ですか? 何て言ったんですか?」
まさか寝言だろうか。生きているのは確実だが、清治はわけが分からない。まさか寝ながら鬼を斬ったとでも言うのか。信じられない所業だが、善逸はこうして何とも気持ちよさそうな顔をしてちゃんと寝ている。
「嘘だろ……? 師範! 起きてくださいよ師範!」
「ふぁ⁉ あっ、その綺麗な顔は禰……じゃない!?何だ清治か……。そんな慌ててどうしたの?」
「何だでもどうしたのでもないですよ! ああっもう、隊服の釦ボタンが外れちゃってるじゃないですか! お腹丸見えですよ! って言うか、ちょい出ベソじゃないですか! しまってしまって!」
清治は善逸の体を起こして隊服の釦を閉めてやり、本人の羽織を着せてやる。
「鬼はちゃんと討ちましたからね‼ もう大丈夫です」
「……そっか、清治が倒したんだね。すごいじゃん、ありがとう。さすがだね」
「違いますよ! 何を言ってるんですか! 師範が倒したんじゃないですか!」
しょぼしょぼの目を擦りながら、善逸は微笑んでいる。
「ちょっと師範、寝ぼけないでくださいよ! 俺、見たんですから。師範の霹靂一閃」
「……はい?」
「だーかーらーッ‼ もうっ、しっかりしてくださいよ! 頭でも打ったんじゃないでしょうね?」
「かもね~、ヘヘヘ」
「ヘヘヘって……。一旦ちゃんと目を覚ましてくださいよ? 蝶屋敷に戻らなきゃいけないんですから。俺はちょっとあの婆さんに……」
清治は隊服の衣嚢 から数珠を取り出すと、正信偈 を唱え始めた。
「……道俗時衆共同心 唯何進斯高僧説 ……南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏……」
消えていく姥鬼に向けて、寺の次男坊である清治は手を合わせて唱えたのである。幼い頃から覚えていたのか、清治は何も見ずにスラスラと唱えている。まだ十四歳であるとは思えないほど張りのある力強い声が夜空の下に響き渡り、姥鬼の魂をあの世へと送り届けようとしていた。
出会ったのはほんの昨日の事だが、これまで軽口を叩いてばかりだった清治の見た事のない一面を見た気がした善逸は、ふっと笑いがこみ上げてきた。
(コイツ……何だかんだとクソ真面目じゃん。……生意気だけど、悪い奴じゃねぇんだよな)
最初に会った時から分かっていた、清治の純粋な音────。必死で正解を求めて己を磨き続けている。良いと思ったものは全て吸収し、自分のものにする為にさらに磨き上げる。
(じいちゃんだったら、こんな清治みたいな弟子がいれば大喜びだろうな。俺は違ったから……こんなんじゃなかったから……)
清治なら、獪岳を越えたに違いない。あるいは慈悟郎の技の継承者として正式に認められていたかもしれない。
「あ、あれをあの小僧に……返……してく……れ」
姥鬼の指は、胴体から離れて転がる自分の頭部を指していた。数珠を握った手を擦り合わせる清治は、姥鬼の最期の声に耳を傾けた。
「ん? 何だ……?」
若い娘が使うような漆塗りのつげ櫛。それが白髪頭に絡まっている。
「これか?」
「……阿……弥陀様は……こん……なわしを……救っ……くれるじゃ……うか」
「ああ。必ずお救いになる。だから唱えろ。婆さん、これからアンタが行く浄土には鬼なんていないから安心しな。もうお天道様を恐れる事もないし、不死の苦しみを味わう事もない。もし向こうで今まで喰ってきた奴らに会ったらちゃんと詫びろよ」
「ああ…………なまんだぶ……なまんだぶ……」
姥鬼は涙を流しながら消えて行った。死ねない身になって、死に物狂いで生きて来た鬼。死がせめてもの救いになればいいと清治は思った。
髪を短く剃った
『こいつは鬼や! 清治、正治を連れて早よ逃げえッ!』
『鬼やて? 鬼って何や⁉』
『人喰い鬼や。寺の門の前の坂を下った先に、藤の家紋が玄関に大きく描いてある家があるさかい、その家のもんに鬼が出た言うて、鬼殺隊を呼んでもらいッ。早よ行け!』
鬼? 鬼殺隊? 清治は何の事かさっぱり分からない。
『早よせい! 死にたいんか!』
『わっ、分かった!』
『清治、俺その家知っとるわ! 俺が行って言うてくるさかい、お前は父ちゃんの──』
言っている先で「鬼」は飛びかかって父親の首に喰らいつき、その肉を喰いちぎってクチャクチャ噛みながら、まるで木の実でも採るかのように一瞬にして左腕をもいで外へ逃げた。何が起きたか分からず、清治と正治は父親から噴き出し続ける温かい鮮血を体中に浴びながら、その光景を見て呆然と立ち尽くしていた。
『いたぞ! アイツだー!』
『あっちへ逃げたぞ! 追え!』
その直後、数人の黒尽くめの詰襟の男たちがどこからかバタバタとやって来て、その逃げた「鬼」と呼ばれる生き物の後を騒がしく追って行った。
『兄ちゃん……。父ちゃんは……』
『……ああ。あかんわ、もう…………助からへん』
喰われた父親の姿。ほんの少し前まで喋っていたのに、今は目を見開いたままピクリとも動かない。夕方には一緒に飯を食べたのに。昼間には一緒に境内の掃き掃除をして、朝には一緒に読経をして……。
順を追って遡り、今日一日を振り返る。確かにさっきまで生きていたのに、血だるまになって、お堂を血潮でいっぱいにして、今はもう死んでいる──。
その後、黒頭巾の人間が数人やって来た。きちんとお堂の掃除をして、金をたくさん置いて行った。血で汚れた畳の修繕費としてもたくさん金を置いて行った。足りなければ請求してくれと言って去って行った。
正治は塞ぎ込んでしばらく誰とも話せず、ぼーっとしていたかと思うと突然堰を切ったかのように泣き喚く日々が続いた。清治は自分の無力さに絶望し、無我夢中になって薙刀の稽古をした。強くなればきっと仇をとる事ができると信じていた。その時はまだ知らなかったのだ──、ただの薙刀や刀では鬼は死なない事を。
やがて父親が口走った「鬼殺隊」という組織を知り得て、日輪刀という不思議な武器の存在も知った。
日輪刀こそが唯一父を襲った鬼を殺せる。それが分かった清治は、薙刀を日本刀へと持ち替えた。
『俺は必ず──────────────』
「──────────俺は必ず……父ちゃんの仇を……」
脳震盪から回復した清治は、夢を見て呟いた自分の声に起こされて目を開けた。土の匂い、青草の匂い、海苔のいい匂い……。
────シィィィィィィィィ……
「……これって……師範の……音……?」
────雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃
横たわったまま見た善逸の姿は、夜空を駆け抜ける火球のように眩しい光を纏い、煌めき、それは瞬きもできないほどの一瞬で、鮮やかで──。剣ばかり振るって来た清治には上手な言葉が思いつかない。ただ、育手の壱ノ型よりも、自分の壱ノ型よりも、それらを遥かに凌駕する一閃であった事は確かで、気付けば興奮で心臓が激しく脈打っていた。
姥鬼の頸は、耳を塞ぎたくなるような断末魔の声と共に宙を舞う。勝利の瞬間にも動じず、納刀の所作まで美しかった。
「す、すごい……。そうか、炭治郎さんはこれを見て……」
見事姥鬼の頸を取った善逸だったが、姥鬼と背中合わせのまま動かず、そのうち首から下だけになった姥鬼とほぼ同時にバタリと倒れてしまった。
「えっ……師範? 噓だ……嘘だろ?」
まさか相討ちになったと言うのか。清治は自分に善逸の羽織が掛けられている事に気が付き、それを掴んで善逸の元へと駆けつけた。
「師範! 師範⁉ どこをやられたんですかッ!?」
善逸はすぅ……と寝息を立てている。
「師範!」
「ね……ねじゅこちゃ……ぁ~ん」
「えっ⁉ 何ですか? 何て言ったんですか?」
まさか寝言だろうか。生きているのは確実だが、清治はわけが分からない。まさか寝ながら鬼を斬ったとでも言うのか。信じられない所業だが、善逸はこうして何とも気持ちよさそうな顔をしてちゃんと寝ている。
「嘘だろ……? 師範! 起きてくださいよ師範!」
「ふぁ⁉ あっ、その綺麗な顔は禰……じゃない!?何だ清治か……。そんな慌ててどうしたの?」
「何だでもどうしたのでもないですよ! ああっもう、隊服の釦ボタンが外れちゃってるじゃないですか! お腹丸見えですよ! って言うか、ちょい出ベソじゃないですか! しまってしまって!」
清治は善逸の体を起こして隊服の釦を閉めてやり、本人の羽織を着せてやる。
「鬼はちゃんと討ちましたからね‼ もう大丈夫です」
「……そっか、清治が倒したんだね。すごいじゃん、ありがとう。さすがだね」
「違いますよ! 何を言ってるんですか! 師範が倒したんじゃないですか!」
しょぼしょぼの目を擦りながら、善逸は微笑んでいる。
「ちょっと師範、寝ぼけないでくださいよ! 俺、見たんですから。師範の霹靂一閃」
「……はい?」
「だーかーらーッ‼ もうっ、しっかりしてくださいよ! 頭でも打ったんじゃないでしょうね?」
「かもね~、ヘヘヘ」
「ヘヘヘって……。一旦ちゃんと目を覚ましてくださいよ? 蝶屋敷に戻らなきゃいけないんですから。俺はちょっとあの婆さんに……」
清治は隊服の
「……
消えていく姥鬼に向けて、寺の次男坊である清治は手を合わせて唱えたのである。幼い頃から覚えていたのか、清治は何も見ずにスラスラと唱えている。まだ十四歳であるとは思えないほど張りのある力強い声が夜空の下に響き渡り、姥鬼の魂をあの世へと送り届けようとしていた。
出会ったのはほんの昨日の事だが、これまで軽口を叩いてばかりだった清治の見た事のない一面を見た気がした善逸は、ふっと笑いがこみ上げてきた。
(コイツ……何だかんだとクソ真面目じゃん。……生意気だけど、悪い奴じゃねぇんだよな)
最初に会った時から分かっていた、清治の純粋な音────。必死で正解を求めて己を磨き続けている。良いと思ったものは全て吸収し、自分のものにする為にさらに磨き上げる。
(じいちゃんだったら、こんな清治みたいな弟子がいれば大喜びだろうな。俺は違ったから……こんなんじゃなかったから……)
清治なら、獪岳を越えたに違いない。あるいは慈悟郎の技の継承者として正式に認められていたかもしれない。
「あ、あれをあの小僧に……返……してく……れ」
姥鬼の指は、胴体から離れて転がる自分の頭部を指していた。数珠を握った手を擦り合わせる清治は、姥鬼の最期の声に耳を傾けた。
「ん? 何だ……?」
若い娘が使うような漆塗りのつげ櫛。それが白髪頭に絡まっている。
「これか?」
「……阿……弥陀様は……こん……なわしを……救っ……くれるじゃ……うか」
「ああ。必ずお救いになる。だから唱えろ。婆さん、これからアンタが行く浄土には鬼なんていないから安心しな。もうお天道様を恐れる事もないし、不死の苦しみを味わう事もない。もし向こうで今まで喰ってきた奴らに会ったらちゃんと詫びろよ」
「ああ…………なまんだぶ……なまんだぶ……」
姥鬼は涙を流しながら消えて行った。死ねない身になって、死に物狂いで生きて来た鬼。死がせめてもの救いになればいいと清治は思った。
