阿弥陀ヶ原の鬼婆
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『──俺がダメな奴だって思ったら、何も言わずに去れ』
ここへ来る道中に言われていた言葉だが、まさかその通りにできるわけもない。何とも情けない師範の姿、これのどこが「強い」のか、炭治郎に問いただしたくなる。
(でもここで見捨てちゃ、俺は鬼殺隊にいられなくなる! 仲間すら助けられない奴が、普通の人を助けられるわけがない!)
予定は狂う。素晴らしいとされる師範の壱ノ型を見て、見事鬼を討ち、怪我もなく蝶屋敷へ帰るつもりだった。
清治は暗闇の中、草を掻き分けながら姥鬼と師範の姿を捜す。すると前方斜め、崖沿いの大きな岩の前にいる姥鬼の後ろ姿を見つけた。
(いたぞ!)
姥鬼は善逸の足首に縄を括り、逆さにして傍の大木にぶら下げている途中だった。何とも手際よく縄を引き、木の根元に縄を括りつけている。こうして夜な夜な若い娘をさらっては、木にぶら下げて血抜きをし、喰らっていたと言うのか。
奪われた善逸の日輪刀は適当にその辺に投げ捨てられ、姥鬼の背後は無防備にもがら空き。そこに腰の曲がったただの老女がいるだけの、何とも弱々しい姿に見える。
(師範の意識はなさそうだ。どうする……刀を先に回収するか? それともあの婆さんを一気に片付けるか。今なら俺一人でも……)
藤襲山での経験から見て、あの姥鬼の能力もさほど高くなさそうだと判断した清治は、物音を立てないように静かに静かに近づいて行く。ざわざわと風が吹いて草が揺れているのがせめてもの幸い。どうしても出てしまう草を踏む音と隊服の擦れる音がそれに上手に紛れ込む。
善逸の目を覚ます事は容易ではない。ましてや、考えたくない事ではあるが、生きているのかも分からない。意識を取り戻したとしてもすぐに反撃に転じられない善逸の助太刀に賭けるよりは、このまま姥鬼の背後から一瞬で頸を取ってしまおうと考えた。
無駄なくやりきるには、数ある型の中でも壱ノ型と肆ノ型が有効であると考えた清治だったが、壱ノ型では少し距離がありすぎ、速度が落ちてしまう可能性がある。では肆ノ型の遠雷はどうか。こちらは抜刀した状態で行う技なので、反撃された場合にすぐに防御、または別の型に切り替えられる。速度は壱ノ型に劣るが、一息に姥鬼との間合いを縮める事もできる。
清治は、風が強く吹く瞬間を見計らって刀を鞘からそっと抜き、にじにじと前へ進む。姥鬼までもう十五歩、そして十歩と言った所──。
「もう一人小僧がおったがのぅ。ま、小娘も飽きた事じゃし、ちょうどえぇわい。どれどれ……この小僧の肝の味でも確かめてみるかぇ」
姥鬼は善逸の羽織をはぎ取って投げ捨て、隊服の釦 をブチブチと音を立てて外していく。
「何じゃい、年格好のわりには腹に固い肉が付いとるのぅ……ヒィッヒ。肝が大きいといいが、こやつはどうも小ちんまそうじゃのぅ……ヒィッヒヒヒ」
姥鬼が善逸の体をサワサワと弄まさぐっている隙に、清治は静かに戦闘態勢に入った。
────シィィィィィィ……
(師範は絶対に俺が助ける!)
清治は刀を握る両手にグッと力を入れて気を練り、血の流れを加速させた。
────雷の呼吸 肆ノ型 遠雷
「そこか小僧!」
姥鬼は突然背後に現れた清治に鎌を投げつける。鎌はヒュンヒュンと音を立てて回転し、遠雷の技はその鎌を弾いて打ち上げただけで終わった。
「ハーッ、ハッハッハッハッハー‼ わしが気付かんと思うたか、黒い鼠め!」
「師範‼ 師範ーッ‼」
清治は善逸に駆け寄り、逆さ吊りになった体を揺する。怪我をした様子ではないが、ぐったりとした肢体は完全に弛緩している。
「……師範に何をした」
「見たところ、おぬしもこの変ちくりんな頭の小僧と同じ。鬼狩りにしてはへぼのひよっ子じゃな」
「ひよっ子……。ああ、よく分かったな。俺はまだ鬼殺隊士になって日が浅い」
「ほぉ~。おぉそうじゃ、思い出したわい。どのくらい前じゃったか、わしは鬼狩りの女を喰った事があるな。あの女郎めろうもなったばかりじゃと言っておったなぁ……ヒィ~ヒッヒ」
その時の事を思い出したのか、姥鬼はジュルリと涎を啜った。
「杖が折れて一人で歩けんと言うたらな、ククク……鬼じゃとも気付かずにわしを担いでの。その細頸に噛みついてやったら……ヒィッヒッヒィ~ッ! なぁ~にが鬼から人を守る鬼殺隊じゃ。小娘のくせに大層な事を言いおったくせに、愚かにも鬼に喰われて死んでったわい。間抜けな鬼狩りの黒鼠どもめ」
「……アンタ、師範を殺したわけじゃねぇだろうな?」
「師範? こん男かぇ? どうじゃろうのぅ? ちょっと触っただけで気を失うようなこんな腰抜けなぞ、この老婆にくれてやれぇ……のぅ? わしも昔は別嬪じゃったが、今は歳を取りすぎて醜くていかん。脂が乗った肝をたんまり喰って若返りたいもんじゃのぅ、ヒィッヒィッ、ヒィィィィィ~」
気味の悪い引き笑いが暗闇に響き渡る。清治は怒りを覚え、刀を握りしめた。
「……年寄りには親切にしろって、俺の親父が昔からよく言ってたもんだよ。醜く腰が曲がっても、皺くちゃでも、歯がボロボロ抜け落ちて何言ってっか分かんなくても、嗤 ったりなんかすんなって。年寄りは将来の自分の姿を映す鏡なんだからってな。だから俺は年寄りには優しくしてきたつもりだ。その女隊士だってそういう気持ちがあったんだろ。困ってる人を見かけたら、何とかしてやりたいって思うのが隊士だからな」
徳を説いたところで、この姥鬼の心には響かないだろう。だが、そうやって心がけてきた事を否定されたようで、清治は何か言ってやらないと気が済まない。
「でもなぁ婆さん、アンタにはダメだ、親切になんかできねぇ。肝を食って若くなるだって? へぇ~、じゃあ十四の俺が食えば下手したら赤ん坊になっちまうよなぁ。若返った奴はいるのか? そんなに若返るんならみんなとっくに食ってるよなぁ? ったくバカらしいぜ。婆さんよ、根拠もねぇのにボケた事言ってんじゃねぇよ。ほら、大人しく頸を出せ。せめて痛くないように俺が一瞬で斬ってやるから、あの世でさっさと閻魔様の裁きを受けろ!」
姥鬼は、尖った鷲鼻をピクつかせながら清治を睨んでいる。
「一丁前の口を叩くガキじゃな」
「ああ。よく言われるよ。俺は生意気だ。生意気で自信家で、この世の鬼をこの手で一匹残らずぶっ殺してやろうって思ってるクソガキだァッ!」
────シィィィィィィィ
清治は抜刀した状態で狙いを定め、息を吐いた。
────雷の呼吸 参ノ型 聚蚊成雷
闇夜が昼間のように明るくなる。その中心には縦横無人に刀を振るう清治の姿があった。
昼間、伊之助と手合わせした際に、その両刀での見事な剣さばき──牙を剥き、爪を立てて鋭く襲い掛かる獣のような──に刺激を受けていた。箸を右手で持って食べていた右利きの伊之助だったが、刀においては左右の差はまるでない。二刀流は単なる飾りではなく、防御の為でもなく、まさに鬼に噛みついて斬り裂く二つの牙。その扱いがいかに難しい事か。
清治は一本の刀で勝負をつけなければならない。広範囲に斬撃の軌跡を残して鬼に斬り込んでいくこの技は、目に映る時にはもうすでにそれはただの残像であり、光の速さで剣を振るい続ける。それは相手にとっては威圧的な技である。
一本で二本のように──、いやそれ以上。阿修羅の如く、清治は闇夜を照らす光となって剣舞まい続けた。
ここへ来る道中に言われていた言葉だが、まさかその通りにできるわけもない。何とも情けない師範の姿、これのどこが「強い」のか、炭治郎に問いただしたくなる。
(でもここで見捨てちゃ、俺は鬼殺隊にいられなくなる! 仲間すら助けられない奴が、普通の人を助けられるわけがない!)
予定は狂う。素晴らしいとされる師範の壱ノ型を見て、見事鬼を討ち、怪我もなく蝶屋敷へ帰るつもりだった。
清治は暗闇の中、草を掻き分けながら姥鬼と師範の姿を捜す。すると前方斜め、崖沿いの大きな岩の前にいる姥鬼の後ろ姿を見つけた。
(いたぞ!)
姥鬼は善逸の足首に縄を括り、逆さにして傍の大木にぶら下げている途中だった。何とも手際よく縄を引き、木の根元に縄を括りつけている。こうして夜な夜な若い娘をさらっては、木にぶら下げて血抜きをし、喰らっていたと言うのか。
奪われた善逸の日輪刀は適当にその辺に投げ捨てられ、姥鬼の背後は無防備にもがら空き。そこに腰の曲がったただの老女がいるだけの、何とも弱々しい姿に見える。
(師範の意識はなさそうだ。どうする……刀を先に回収するか? それともあの婆さんを一気に片付けるか。今なら俺一人でも……)
藤襲山での経験から見て、あの姥鬼の能力もさほど高くなさそうだと判断した清治は、物音を立てないように静かに静かに近づいて行く。ざわざわと風が吹いて草が揺れているのがせめてもの幸い。どうしても出てしまう草を踏む音と隊服の擦れる音がそれに上手に紛れ込む。
善逸の目を覚ます事は容易ではない。ましてや、考えたくない事ではあるが、生きているのかも分からない。意識を取り戻したとしてもすぐに反撃に転じられない善逸の助太刀に賭けるよりは、このまま姥鬼の背後から一瞬で頸を取ってしまおうと考えた。
無駄なくやりきるには、数ある型の中でも壱ノ型と肆ノ型が有効であると考えた清治だったが、壱ノ型では少し距離がありすぎ、速度が落ちてしまう可能性がある。では肆ノ型の遠雷はどうか。こちらは抜刀した状態で行う技なので、反撃された場合にすぐに防御、または別の型に切り替えられる。速度は壱ノ型に劣るが、一息に姥鬼との間合いを縮める事もできる。
清治は、風が強く吹く瞬間を見計らって刀を鞘からそっと抜き、にじにじと前へ進む。姥鬼までもう十五歩、そして十歩と言った所──。
「もう一人小僧がおったがのぅ。ま、小娘も飽きた事じゃし、ちょうどえぇわい。どれどれ……この小僧の肝の味でも確かめてみるかぇ」
姥鬼は善逸の羽織をはぎ取って投げ捨て、隊服の
「何じゃい、年格好のわりには腹に固い肉が付いとるのぅ……ヒィッヒ。肝が大きいといいが、こやつはどうも小ちんまそうじゃのぅ……ヒィッヒヒヒ」
姥鬼が善逸の体をサワサワと弄まさぐっている隙に、清治は静かに戦闘態勢に入った。
────シィィィィィィ……
(師範は絶対に俺が助ける!)
清治は刀を握る両手にグッと力を入れて気を練り、血の流れを加速させた。
────雷の呼吸 肆ノ型 遠雷
「そこか小僧!」
姥鬼は突然背後に現れた清治に鎌を投げつける。鎌はヒュンヒュンと音を立てて回転し、遠雷の技はその鎌を弾いて打ち上げただけで終わった。
「ハーッ、ハッハッハッハッハー‼ わしが気付かんと思うたか、黒い鼠め!」
「師範‼ 師範ーッ‼」
清治は善逸に駆け寄り、逆さ吊りになった体を揺する。怪我をした様子ではないが、ぐったりとした肢体は完全に弛緩している。
「……師範に何をした」
「見たところ、おぬしもこの変ちくりんな頭の小僧と同じ。鬼狩りにしてはへぼのひよっ子じゃな」
「ひよっ子……。ああ、よく分かったな。俺はまだ鬼殺隊士になって日が浅い」
「ほぉ~。おぉそうじゃ、思い出したわい。どのくらい前じゃったか、わしは鬼狩りの女を喰った事があるな。あの女郎めろうもなったばかりじゃと言っておったなぁ……ヒィ~ヒッヒ」
その時の事を思い出したのか、姥鬼はジュルリと涎を啜った。
「杖が折れて一人で歩けんと言うたらな、ククク……鬼じゃとも気付かずにわしを担いでの。その細頸に噛みついてやったら……ヒィッヒッヒィ~ッ! なぁ~にが鬼から人を守る鬼殺隊じゃ。小娘のくせに大層な事を言いおったくせに、愚かにも鬼に喰われて死んでったわい。間抜けな鬼狩りの黒鼠どもめ」
「……アンタ、師範を殺したわけじゃねぇだろうな?」
「師範? こん男かぇ? どうじゃろうのぅ? ちょっと触っただけで気を失うようなこんな腰抜けなぞ、この老婆にくれてやれぇ……のぅ? わしも昔は別嬪じゃったが、今は歳を取りすぎて醜くていかん。脂が乗った肝をたんまり喰って若返りたいもんじゃのぅ、ヒィッヒィッ、ヒィィィィィ~」
気味の悪い引き笑いが暗闇に響き渡る。清治は怒りを覚え、刀を握りしめた。
「……年寄りには親切にしろって、俺の親父が昔からよく言ってたもんだよ。醜く腰が曲がっても、皺くちゃでも、歯がボロボロ抜け落ちて何言ってっか分かんなくても、
徳を説いたところで、この姥鬼の心には響かないだろう。だが、そうやって心がけてきた事を否定されたようで、清治は何か言ってやらないと気が済まない。
「でもなぁ婆さん、アンタにはダメだ、親切になんかできねぇ。肝を食って若くなるだって? へぇ~、じゃあ十四の俺が食えば下手したら赤ん坊になっちまうよなぁ。若返った奴はいるのか? そんなに若返るんならみんなとっくに食ってるよなぁ? ったくバカらしいぜ。婆さんよ、根拠もねぇのにボケた事言ってんじゃねぇよ。ほら、大人しく頸を出せ。せめて痛くないように俺が一瞬で斬ってやるから、あの世でさっさと閻魔様の裁きを受けろ!」
姥鬼は、尖った鷲鼻をピクつかせながら清治を睨んでいる。
「一丁前の口を叩くガキじゃな」
「ああ。よく言われるよ。俺は生意気だ。生意気で自信家で、この世の鬼をこの手で一匹残らずぶっ殺してやろうって思ってるクソガキだァッ!」
────シィィィィィィィ
清治は抜刀した状態で狙いを定め、息を吐いた。
────雷の呼吸 参ノ型 聚蚊成雷
闇夜が昼間のように明るくなる。その中心には縦横無人に刀を振るう清治の姿があった。
昼間、伊之助と手合わせした際に、その両刀での見事な剣さばき──牙を剥き、爪を立てて鋭く襲い掛かる獣のような──に刺激を受けていた。箸を右手で持って食べていた右利きの伊之助だったが、刀においては左右の差はまるでない。二刀流は単なる飾りではなく、防御の為でもなく、まさに鬼に噛みついて斬り裂く二つの牙。その扱いがいかに難しい事か。
清治は一本の刀で勝負をつけなければならない。広範囲に斬撃の軌跡を残して鬼に斬り込んでいくこの技は、目に映る時にはもうすでにそれはただの残像であり、光の速さで剣を振るい続ける。それは相手にとっては威圧的な技である。
一本で二本のように──、いやそれ以上。阿修羅の如く、清治は闇夜を照らす光となって剣舞まい続けた。
