阿弥陀ヶ原の鬼婆
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その間、師範である善逸は姥鬼と睨み合っていた。
「若い娘の生肝を喰えば若返ると聞いたんじゃがなぁ、まだ喰い足らんか、ちぃっとも若くならんわ。ええい、若い男でもええわい、一緒じゃろうて。……しっかし、おぬしは不味そうじゃ。おかしな髪の色をしよる」
「おっ……おかしくて結構だよッ! 好きでこうなったんじゃないんだから!」
「お前より、もう一人の顔のええ方が旨そうじゃぁぁぁ~」
姥鬼はしわがれた声を放ちながら善逸に向けて鎌を思いきり振り下ろす。草刈りに使うような短い柄の物だが、刃には赤錆なのか血なのか分からない赤黒い物がびっしりと付いている。
(遅い!)
姥鬼の動きは緩慢。咄嗟に体を捻って避けた善逸のすぐ横で、姥鬼は勢い余って前のめり、ブスリと草むらを刺した。
(ええっ⁉)
善逸は顔をひきつらせた。鬼なのでどんなに俊敏な動きをするのだろうと思いきや、この姥鬼は歳相応の動きを見せる。果たして、この程度でどうやって人をさらって喰ってきたと言うのだろうか。
「ふんぬ~っ!」
姥鬼は土に食い込んだ鎌を引き抜こうと両手で引っぱっている。どうも太い根っこが絡まってしまったようだ。そうこうするその背後に回った善逸は、早速前傾姿勢になって刀に手を掛けた。
草だらけのこの原っぱ、所々にぬかるみがある。
ぐちゃりと足袋の先が濡れ、草履もろとも泥に食い込んでしまうが、踏み込みはどうなるか。だがそんな事には構っていられない。姥鬼が背を向けているこの間に勝負を決めてしまいたい。善逸は頸に狙いを定めて静かに目を閉じた。
────シィィィィィィィ……
その独特の音を聞き、離れた茂みの中に女性を下ろした清治は草を掻き分けて様子を窺う。
(……出るぞ出るぞ、師範の霹靂一閃!)
この馴染みのある呼吸音は清治も使う。これは神経を集中させ、酸素を筋肉に取り込む前段階である。この音が途切れた時、爆発的な速さが生まれるのだ。
────雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃
清治もまた、一緒に心の中で唱えていた。だがそこまでは一緒でも、それ以外は自分のものとは全く似て非なるものだった。
ビュンと放たれた矢のように勢いは鋭く、光を纏った善逸は鬼の方へと真っ直ぐ進んで行く。
「フンッゴォォォォォォッ!」
振り向いた姥鬼は、犀利な横一文字で斬り込んで来た日輪刀を口で受け止め、そのまま刀に喰らいついて離さない。
「えっ⁉」
「ンギギギギギギギ……!」
刀を取られては戦えない。予想外の展開に善逸も焦り、急いで姥鬼の口から刀を引き抜こうとするが、歯がボロボロと抜け落ちるだけで、ピクリとも動かない。
「師範ーッ‼」
「どっ、どうしよう、清治ーッ! 刀が抜けないッ‼」
そのまま姥鬼を蹴り倒し、頭を片足で押さえて力一杯引き抜けばいいものを、善逸はそれをせずにただ踏ん張って刀を引き抜こうとしている。
(なぜだ師範! あんな婆さん、師範の脚力ならぶっ飛ばせるだろ!?)
清治は加勢しようと立ち上がるが、助けた娘が清治の足にしがみつく。
「イヤァァァァァッ、一人にしないでよぉぉぉ!」
「ちょっ! お姉さん、ちょっと離して! マズイ状況なんだよ! うわっ!」
「一人にしないでってばぁ‼」
悶着していると娘は両足にしがみつき、清治は思いきりすっ転んだ。これでは一体どちらが襲われているのか分からない。そのままビービー泣くので、もうどうしようもなく、清治は突っ伏したまま「師範!」と何度も呼びかけるしかなかった。
「師範! 蹴ってください! その婆さんを蹴るんです!」
「むっ、無理だよッ! 人を蹴るなんて!」
「そいつは人じゃない、鬼です! このままじゃ殺されてしまいます! 早く!」
「わぁぁぁぁぁ清治ー‼ できないっ、俺にはできないんだよぉぉぉっ!」
「師範ーッ!」
弱味噌と聞いていたが、まさにそうだと思った。体術を身につけていなくとも、力に勝る男なら多少なりとも手なり足なり動かせば、女の動きを封じる事もできよう。相手が鬼であろうとも、何でもできる事はやってみるべきである。それを頭からできないと言い張る姿……。本当に鬼の頸を斬った事があるのかと疑いたくもなる。階級は庚かのえだと聞いているが、一体どうやって昇級したと言うのか。
「刀がなければただの人じゃて……。なぁ小僧よ、そうじゃろう……?」
姥鬼は刀を咥えた口からダラダラと粘っこい涎を垂らしながら、慌てふためく善逸の頬を、小刻みに震えるしわくちゃの手でソロソロ……と撫で回した。長い黄ばんだ爪は弓型に曲がり、ちょうど鉤爪のようになっている。その先端が図らずもスリスリ……と当たって善逸の頬を優しく掻く。
「ヒッ、ヒィィィィィィィ~‼」
どれほどおぞましく、気持ち悪かったか、想像に難くない。善逸は大絶叫を撒き散らし、バタリと倒れた。……こうして清治の師範となった男は毎度お騒がせをするのである。
「何じゃい、鬼狩りのくせにこんなあっけないもんかえ」
姥鬼は鎌を引っこ抜いて帯に差し、善逸の山吹色の羽織の襟に爪をっ引っかけ、器用に日輪刀を地面に挿しては抜き、挿しては抜き、杖代わりにしてズルズルと善逸を引きずってゆっくり歩いて行く。
「師範!」
厠で驚かせた時以上の叫び声を聞き、清治はただ事ではない何かを感じた。一体姥鬼に何をされたと言うのか。
「お姉さん、ホント今ヤバい状況なんですよ! ここに隠れてるか、今のうちに家に戻るかしてください! 俺はあの婆さんを殺さなきゃいけないんだ! 行かなきゃならないんだ!」
「こっ殺す⁉ 殺すの!? あなたが? 警察に突き出せばいいじゃない!」
「あれは人間じゃない! 殺さなきゃ、みんな殺られちまうんだ!」
清治は女性の腕から自分の脚を引き抜き、野原を駆けて行った。
「若い娘の生肝を喰えば若返ると聞いたんじゃがなぁ、まだ喰い足らんか、ちぃっとも若くならんわ。ええい、若い男でもええわい、一緒じゃろうて。……しっかし、おぬしは不味そうじゃ。おかしな髪の色をしよる」
「おっ……おかしくて結構だよッ! 好きでこうなったんじゃないんだから!」
「お前より、もう一人の顔のええ方が旨そうじゃぁぁぁ~」
姥鬼はしわがれた声を放ちながら善逸に向けて鎌を思いきり振り下ろす。草刈りに使うような短い柄の物だが、刃には赤錆なのか血なのか分からない赤黒い物がびっしりと付いている。
(遅い!)
姥鬼の動きは緩慢。咄嗟に体を捻って避けた善逸のすぐ横で、姥鬼は勢い余って前のめり、ブスリと草むらを刺した。
(ええっ⁉)
善逸は顔をひきつらせた。鬼なのでどんなに俊敏な動きをするのだろうと思いきや、この姥鬼は歳相応の動きを見せる。果たして、この程度でどうやって人をさらって喰ってきたと言うのだろうか。
「ふんぬ~っ!」
姥鬼は土に食い込んだ鎌を引き抜こうと両手で引っぱっている。どうも太い根っこが絡まってしまったようだ。そうこうするその背後に回った善逸は、早速前傾姿勢になって刀に手を掛けた。
草だらけのこの原っぱ、所々にぬかるみがある。
ぐちゃりと足袋の先が濡れ、草履もろとも泥に食い込んでしまうが、踏み込みはどうなるか。だがそんな事には構っていられない。姥鬼が背を向けているこの間に勝負を決めてしまいたい。善逸は頸に狙いを定めて静かに目を閉じた。
────シィィィィィィィ……
その独特の音を聞き、離れた茂みの中に女性を下ろした清治は草を掻き分けて様子を窺う。
(……出るぞ出るぞ、師範の霹靂一閃!)
この馴染みのある呼吸音は清治も使う。これは神経を集中させ、酸素を筋肉に取り込む前段階である。この音が途切れた時、爆発的な速さが生まれるのだ。
────雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃
清治もまた、一緒に心の中で唱えていた。だがそこまでは一緒でも、それ以外は自分のものとは全く似て非なるものだった。
ビュンと放たれた矢のように勢いは鋭く、光を纏った善逸は鬼の方へと真っ直ぐ進んで行く。
「フンッゴォォォォォォッ!」
振り向いた姥鬼は、犀利な横一文字で斬り込んで来た日輪刀を口で受け止め、そのまま刀に喰らいついて離さない。
「えっ⁉」
「ンギギギギギギギ……!」
刀を取られては戦えない。予想外の展開に善逸も焦り、急いで姥鬼の口から刀を引き抜こうとするが、歯がボロボロと抜け落ちるだけで、ピクリとも動かない。
「師範ーッ‼」
「どっ、どうしよう、清治ーッ! 刀が抜けないッ‼」
そのまま姥鬼を蹴り倒し、頭を片足で押さえて力一杯引き抜けばいいものを、善逸はそれをせずにただ踏ん張って刀を引き抜こうとしている。
(なぜだ師範! あんな婆さん、師範の脚力ならぶっ飛ばせるだろ!?)
清治は加勢しようと立ち上がるが、助けた娘が清治の足にしがみつく。
「イヤァァァァァッ、一人にしないでよぉぉぉ!」
「ちょっ! お姉さん、ちょっと離して! マズイ状況なんだよ! うわっ!」
「一人にしないでってばぁ‼」
悶着していると娘は両足にしがみつき、清治は思いきりすっ転んだ。これでは一体どちらが襲われているのか分からない。そのままビービー泣くので、もうどうしようもなく、清治は突っ伏したまま「師範!」と何度も呼びかけるしかなかった。
「師範! 蹴ってください! その婆さんを蹴るんです!」
「むっ、無理だよッ! 人を蹴るなんて!」
「そいつは人じゃない、鬼です! このままじゃ殺されてしまいます! 早く!」
「わぁぁぁぁぁ清治ー‼ できないっ、俺にはできないんだよぉぉぉっ!」
「師範ーッ!」
弱味噌と聞いていたが、まさにそうだと思った。体術を身につけていなくとも、力に勝る男なら多少なりとも手なり足なり動かせば、女の動きを封じる事もできよう。相手が鬼であろうとも、何でもできる事はやってみるべきである。それを頭からできないと言い張る姿……。本当に鬼の頸を斬った事があるのかと疑いたくもなる。階級は庚かのえだと聞いているが、一体どうやって昇級したと言うのか。
「刀がなければただの人じゃて……。なぁ小僧よ、そうじゃろう……?」
姥鬼は刀を咥えた口からダラダラと粘っこい涎を垂らしながら、慌てふためく善逸の頬を、小刻みに震えるしわくちゃの手でソロソロ……と撫で回した。長い黄ばんだ爪は弓型に曲がり、ちょうど鉤爪のようになっている。その先端が図らずもスリスリ……と当たって善逸の頬を優しく掻く。
「ヒッ、ヒィィィィィィィ~‼」
どれほどおぞましく、気持ち悪かったか、想像に難くない。善逸は大絶叫を撒き散らし、バタリと倒れた。……こうして清治の師範となった男は毎度お騒がせをするのである。
「何じゃい、鬼狩りのくせにこんなあっけないもんかえ」
姥鬼は鎌を引っこ抜いて帯に差し、善逸の山吹色の羽織の襟に爪をっ引っかけ、器用に日輪刀を地面に挿しては抜き、挿しては抜き、杖代わりにしてズルズルと善逸を引きずってゆっくり歩いて行く。
「師範!」
厠で驚かせた時以上の叫び声を聞き、清治はただ事ではない何かを感じた。一体姥鬼に何をされたと言うのか。
「お姉さん、ホント今ヤバい状況なんですよ! ここに隠れてるか、今のうちに家に戻るかしてください! 俺はあの婆さんを殺さなきゃいけないんだ! 行かなきゃならないんだ!」
「こっ殺す⁉ 殺すの!? あなたが? 警察に突き出せばいいじゃない!」
「あれは人間じゃない! 殺さなきゃ、みんな殺られちまうんだ!」
清治は女性の腕から自分の脚を引き抜き、野原を駆けて行った。
