仲直りの鰻
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「皇さん、どうぞ」
診察室の中からしのぶの声がする。清治が入ると、きよも続いて一緒に入ったが、すぐにしのぶが二人きりにするように言うと、きよはうつむいて出て行った。
「こちらに座ってください」
壁沿いに並ぶガラス張りの戸棚の中には、薬品の入った瓶が多く並んでいる。それらの匂いが鼻にツンとくる診察室で、清治は黙ってしのぶと向かい合って座る。これからどんな事を言われるのか、清治は仏頂面でしのぶを見ている。
しのぶは誰かの診療録を棚に戻すと、清治の前に座った。
「……許せませんか?」
しのぶは微笑んで清治の右手を取り、次に左手、左足、右足……と順に、打たれて痣になった箇所を診ていく。
「許せないのは鬼ですか? それとも私たちですか?」
「…………」
答えられずにいる清治を見ながら、しのぶは微笑み続けている。
「私も両親と姉を鬼に殺されました。鬼が憎いです。大嫌いです。私の姉は花柱でした。戦いの最中に鬼に殺されました。人と鬼が仲良くできればいいのに、というのが姉の願いでした。本当はそれを叶えてあげたいけれど、私には本心からそれを望めなかったんです。どうしても鬼が許せなくて。そんな自分自身も許せなくて」
しのぶの小さな手がわき腹を伝う。肋骨の一本一本を触りながら具合を診ていく。しのぶが動く度、清治の周りでは藤の花の良い香りが漂い、荒ぶった気分がだんだん落ち着いてくる。
「仲良くするには、お互いを思いやらなければなりません。俗に、愛をもって人と接すると言いますが、愛する事と慈しみの意味が違うのは御存じでしょうか」
「……はい。仏教では、愛は執着を指します。見返りを求める愛とは苦しみの原因になります。ですが慈しみは無償の心、自分よりも他人に利をもたらすものとしています」
「そう。ではその慈しみに悲しみが合わされば何かしら」
「……慈しみに悲しみ……。慈悲ですか」
「正解です。悲とは苦しみの事。誰かの苦しみを取り除き、幸せを与えたい。その二つの思いこそが慈悲と言うものです。それを体現しているのがあの竈門兄弟。私はあの二人に姉の願いの可能性を見出しました。あの二人はお互いを思い合う抜苦与楽 、まさに慈悲の心なのですよ」
炭治郎は「絶対に人を襲わせないようにするから殺さないでくれ」と涙ながらに訴え、今までそれを守り、何とか妹を人間に戻そうと模索している。そして、どんな鬼に対してもただ憎んで殺すだけではなく、鬼となってしまった背景にも寄り添い、悼む優しさを持っている。
禰豆子も決して人を食べようとせず、時に湧き上がる鬼の本能に抗って生きている。鬼でありながら、禰豆子は人間を自分の家族だと思って慈しみ、人の道を行く。時に人間を助けて共に戦い、鬼の力を私欲のためではなく鬼殺のためだけに使っているのだ。
しのぶは聴診器を清治の胸に当てる。まるで心の声に耳を澄ますように、ゆっくりと丁寧に体の具合を診ていく。
(抜苦与楽……。父ちゃんがよう言っとった言葉や)
一人一人がそうあれば、誰もが生きやすい世の中になると教えられていた清治は、その精神で鬼をこの世から排除しようとしてきた。鬼殺隊士となり、人を襲う鬼を倒す事が世のため人のためになるという正義の心で刀を振るってきた。それが信念であったはずなのに、しのぶは鬼に対しても慈悲の心を持つのが正しいと言うのか。
情けなどかけてくれない鬼に、なぜ情けをかけなければならないのか。あんなに利己的な存在にそこまでしてやる理由はない。命を奪った償いは、自分の命をもって償わせるのが道理だ。
曇った表情でしのぶを見つめる清治に、しのぶはクスっと笑いかけた。
「許す事は、人間が最も苦手な事かもしれません。私もこうしていろんな事が許せないまま過ごしていますけど、私ではできない事を炭治郎さんがやってくれているのを見ると、心が落ち着くんですよ。ああ、これが姉の望んだ世界なんだって。憎しみのない素敵な世界なんだって。私にはまだできないですけど……。私の中では理想と現実が喧嘩してますけど……。でも、いつかは許せる人になりたいと思ってるんですよ」
「許せる人……」
それは鬼を許すという事か、それとも鬼にも慈悲の心を持つという自分を許すという事か。
鬼と人が仲良く共に生きる世界など、ただの絵に描いた餅で絶対にあり得ない。ただの理想論に過ぎず、人はそう願っていても鬼はそう願う事などないだろう。
しのぶは正直な自分の心と戦いながら生きている。もし禰豆子を味方として受け入れろと言われれば、きっと自分もしのぶと同じでずっと本心と戦い続ける事になるはずだと清治は思った。
診察室の中からしのぶの声がする。清治が入ると、きよも続いて一緒に入ったが、すぐにしのぶが二人きりにするように言うと、きよはうつむいて出て行った。
「こちらに座ってください」
壁沿いに並ぶガラス張りの戸棚の中には、薬品の入った瓶が多く並んでいる。それらの匂いが鼻にツンとくる診察室で、清治は黙ってしのぶと向かい合って座る。これからどんな事を言われるのか、清治は仏頂面でしのぶを見ている。
しのぶは誰かの診療録を棚に戻すと、清治の前に座った。
「……許せませんか?」
しのぶは微笑んで清治の右手を取り、次に左手、左足、右足……と順に、打たれて痣になった箇所を診ていく。
「許せないのは鬼ですか? それとも私たちですか?」
「…………」
答えられずにいる清治を見ながら、しのぶは微笑み続けている。
「私も両親と姉を鬼に殺されました。鬼が憎いです。大嫌いです。私の姉は花柱でした。戦いの最中に鬼に殺されました。人と鬼が仲良くできればいいのに、というのが姉の願いでした。本当はそれを叶えてあげたいけれど、私には本心からそれを望めなかったんです。どうしても鬼が許せなくて。そんな自分自身も許せなくて」
しのぶの小さな手がわき腹を伝う。肋骨の一本一本を触りながら具合を診ていく。しのぶが動く度、清治の周りでは藤の花の良い香りが漂い、荒ぶった気分がだんだん落ち着いてくる。
「仲良くするには、お互いを思いやらなければなりません。俗に、愛をもって人と接すると言いますが、愛する事と慈しみの意味が違うのは御存じでしょうか」
「……はい。仏教では、愛は執着を指します。見返りを求める愛とは苦しみの原因になります。ですが慈しみは無償の心、自分よりも他人に利をもたらすものとしています」
「そう。ではその慈しみに悲しみが合わされば何かしら」
「……慈しみに悲しみ……。慈悲ですか」
「正解です。悲とは苦しみの事。誰かの苦しみを取り除き、幸せを与えたい。その二つの思いこそが慈悲と言うものです。それを体現しているのがあの竈門兄弟。私はあの二人に姉の願いの可能性を見出しました。あの二人はお互いを思い合う
炭治郎は「絶対に人を襲わせないようにするから殺さないでくれ」と涙ながらに訴え、今までそれを守り、何とか妹を人間に戻そうと模索している。そして、どんな鬼に対してもただ憎んで殺すだけではなく、鬼となってしまった背景にも寄り添い、悼む優しさを持っている。
禰豆子も決して人を食べようとせず、時に湧き上がる鬼の本能に抗って生きている。鬼でありながら、禰豆子は人間を自分の家族だと思って慈しみ、人の道を行く。時に人間を助けて共に戦い、鬼の力を私欲のためではなく鬼殺のためだけに使っているのだ。
しのぶは聴診器を清治の胸に当てる。まるで心の声に耳を澄ますように、ゆっくりと丁寧に体の具合を診ていく。
(抜苦与楽……。父ちゃんがよう言っとった言葉や)
一人一人がそうあれば、誰もが生きやすい世の中になると教えられていた清治は、その精神で鬼をこの世から排除しようとしてきた。鬼殺隊士となり、人を襲う鬼を倒す事が世のため人のためになるという正義の心で刀を振るってきた。それが信念であったはずなのに、しのぶは鬼に対しても慈悲の心を持つのが正しいと言うのか。
情けなどかけてくれない鬼に、なぜ情けをかけなければならないのか。あんなに利己的な存在にそこまでしてやる理由はない。命を奪った償いは、自分の命をもって償わせるのが道理だ。
曇った表情でしのぶを見つめる清治に、しのぶはクスっと笑いかけた。
「許す事は、人間が最も苦手な事かもしれません。私もこうしていろんな事が許せないまま過ごしていますけど、私ではできない事を炭治郎さんがやってくれているのを見ると、心が落ち着くんですよ。ああ、これが姉の望んだ世界なんだって。憎しみのない素敵な世界なんだって。私にはまだできないですけど……。私の中では理想と現実が喧嘩してますけど……。でも、いつかは許せる人になりたいと思ってるんですよ」
「許せる人……」
それは鬼を許すという事か、それとも鬼にも慈悲の心を持つという自分を許すという事か。
鬼と人が仲良く共に生きる世界など、ただの絵に描いた餅で絶対にあり得ない。ただの理想論に過ぎず、人はそう願っていても鬼はそう願う事などないだろう。
しのぶは正直な自分の心と戦いながら生きている。もし禰豆子を味方として受け入れろと言われれば、きっと自分もしのぶと同じでずっと本心と戦い続ける事になるはずだと清治は思った。
