鬼を守る者
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清治の切れ長の目は、禰豆子を鋭く睨んでいる。
「運が悪かったな。俺は目の前で父親を鬼に殺されて鬼殺隊士になった。俺は鬼が憎くて仕方がない。お前らは生きていていい存在じゃない。絶対に殺してやる!」
禰豆子は怯えた目で清治を見上げている。
「どうした。このまま頸を斬られて死ぬか、それとも日の下へ俺が引っ張り出して焼き殺してやろうか」
首を横に振って抵抗しているが、清治は鬼が女だろうが子供だろうが、容赦するつもりはない。ツカツカと歩み寄り、後ろ襟を掴んで思いきり引っぱると、禰豆子はそれに抵抗してもみ合いになり、傍に置かれた洗濯籠が弾みでひっくり返った。中に入っていた血の付いた包帯は畳に散らばり、それを見た清治はもっと激高した。
「お前‼ こんな物まで……。それほど人の血が好きなのか! こんな物まで盗もうとするとは……!」
「む゛ーっ‼」
清治は髪を掴んで畳に投げ飛ばすと、一旦刀を納めて身を低くした。
────シィィィィィィ……
────雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃
「ん゛む゛ー‼」
畳に倒れ、すぐに起き上がろうとする禰豆子の細首めがけて、清治は刃を薙ぎ払った。
「うっ‼」
その瞬間、ガチンと音を立てて火花が散り、清治の前に立ちはだかった者がいた。
「……何してんだよ清治」
低く落ち着いた声。いつもとは様子が違うようだが、確かに聞いた事のある声がする。
「しっ、師範‼」
善逸は、庇うように禰豆子の前に立って清治に切っ先を向けた。
「お前、禰豆子ちゃんに何してんだよ。よくも乱暴な真似をしてくれたな」
「ねっ……? ね……ずこ……ちゃん? あっ……!」
誰の事かと思ったが、以前眠っている善逸が寝言で口走った名前だ。
「刀をしまえ。禰豆子ちゃんに触れるな」
「でも師範! コイツは鬼です!」
「……だったら何だよ」
「えっ⁉ だったら何って……。師範、何を言ってるんですか! 鬼だったら殺さないと──」
「禰豆子ちゃんを殺そうとするなら、俺はお前を殺す」
「はっ⁉」
いつもの善逸ではない。その表情は見た事がないほど殺気立ち、清治は自分をじっと睨みつける琥珀色の瞳を見て背筋がゾクリとした。
「俺は人間だろうと何だろうと、禰豆子ちゃんを殺そうとする奴は許さない。清治、お前でも許さない」
「師範、正気ですか!? それでは隊律違反です! 鬼殺隊は鬼を殺すためのもの。何で鬼を庇うんですか!」
「お前には言ってなかったけど、禰豆子ちゃんは炭治郎の大事な妹だ。命よりも大切な存在だと言っていた。今、炭治郎は意識がない状態だ。その間、俺は禰豆子ちゃんを守らなくてはならない」
「そんな! 蝶屋敷の人は⁉ みんなこの事を知らないんでしょ?」
「知ってるさ。みんな知ってる。お館様も柱もみんな。ここで知らないのはまだ入隊したばかりのお前くらいだ」
「……そんな」
一体どういう事か。清治には全くもって状況が分からない。
「でも何で! 何で鬼を守るんです⁉ 鬼は人を襲って喰ってしまうんですよ!?」
「禰豆子ちゃんはそんな鬼じゃない」
「そんなの分かんないじゃないですか! 猛獣と一緒ですよ! どんなに躾けて人に慣れさせたって、何かの拍子に人を襲ってしまうかもしれませんよ! 何かあってからじゃ遅いんです!」
「だから何だよ。どんな理由があっても、俺は禰豆子ちゃんを守る。殺されるわけにはいかない」
「師範も喰われてしまいますよ!?」
「いいさ。俺は禰豆子ちゃんが生きるためなら死んだっていい」
「師範!」
何を解からない事を言っているのか、善逸の心は少しも動かないようで絶望する。馴れ合いで鬼に情があるのかも知れないが、清治には決めている事がある。一度見た鬼は、決して逃がさずに殺す。これは目の前で父親を殺した鬼が逃げて行ってしまったからだ。あの頃は何の力もないただの子供だったが、隊士を目指して呼吸習得の鍛錬中にずっと誓ってきた事だ。
「師範、俺は父親を鬼に殺されたのは知っていますよね。俺は鬼が憎い。絶対に許せない。その女の鬼が父を殺した鬼じゃないにしても、俺は絶対に許せません」
「……」
「裏切られたような気分ですよ。まさか鬼殺隊が鬼を生かしておくような人たちだったとは思ってもみませんでした。そんな事でどうやって隊をまとめるんですか? 都合の悪い鬼は斬り捨て、自分たちに害のない鬼は生かしておくんですか? 一体どんな匙加減で判断するんでしょう。そんな事をしていると、百年後も二百年後も鬼が生き残ってしまいますよ。俺たちは何のために戦うんですか? 俺たちはお館様がそうしろと言えば鬼に喰われればいいんですか? 俺はそんなの御免だ。こんな奴ら、一匹でも多く殺してから俺は死にたいんですよ!」
清治は善逸に捲し立てるように訴える。それを黙って聞いていた善逸だったが、禰豆子に隠れているように言うと、清治を庭に誘った。
「分かった。そんなに禰豆子ちゃんを殺したいのなら、まずは俺を殺せ。俺を殺せたら、禰豆子ちゃんはお前の好きにしろ」
「……そんな事を言っていいんですか? 俺は全ての型を使って、本気でいきますよ。師範を倒したら、次は本当にあの鬼を殺すつもりですがいいんですか?」
「構わない。だけどな、清治。俺はお前なんか に殺されるつもりはないよ」
「‼ フッ……壱ノ型しか 使えない隊士に俺が負けるわけがありませんよ」
────シィィィィィィ……
「クッ……!」
清治は生意気な啖呵を切ったが、低く構える師範の姿勢を見て恐れを為してしまう。鞘に隠された鋭い刃は、どんな速さで出てくるのか予想もできない。今までどんなに頼み込んでも手合わせをしてくれなかった善逸は、ここへ来てようやく清治と刃を交わそうとしている。
(師範は……本気なんか? 本気で俺を殺すつもりなんか?)
清治は震える手で刀を抜き、腰を落として構えの姿勢を取る。鬼は殺したいが、実際は師範を殺す勇気はない。どんな理由があっても、人が人を殺すのは道理に反していると思うからだ。
(どうする? どうするんや俺は! 師範はホンマにやるつもりやで。隊律違反なんてこの人は考えとらん。何でや、いつもは鬼が怖いって逃げ腰やのに、何でこんな事くらいで……!)
震える唇をグッと噛む。怖くて堪らない。まるで別人になってしまったような師範が怖くて堪らない。
────雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃
「‼」
師範は消えた。消えた瞬間にいきなり目の前に現れた。
「グッ……ゥゴォォォッ!」
清治は胃液を噴き出し、後方へと飛ばされる。
「……グフッ、ゲホッ」
「立てよ清治。何をボーっとしてんだ。鬼を殺したいんだろ? さっきの威勢はどこに行ったんだよ」
「しっ、師範……ッ」
峰打ちだった。わざとそうしてくれたのだろう。もしそうでなかったら、胴体が真っ二つになっていた。
「俺は本気だぞ。俺は禰豆子ちゃんを守るためなら何だってする」
「……俺だって! 鬼を殺すためなら何だって……!」
腹を押さえ、ヨロヨロと刀を杖代わりに立ち上がった時点で、清治にはもう勝敗が見えていた。師範が師範たる所以 ──。自分とは比べ物にならないほどの技の速さだ。
(この人の姿……普通の人にはちゃんと見えるんか? 鬼でも分からんのちゃうか? まるで……まるでホンマの雷のような人や)
どんなに足掻いても勝てそうもない。あれだけ手こずった蓮峰よりも手強いのではないかとさえ思う。
師範なら、蓮峰なんてすぐに倒せていたのではないか。獪岳も速かったが、それ以上だ。もしこの師範が全ての型を使えたなら、桑島を越えるような柱になるのではないか。
(アカン……。またや、また俺は諦めてしまいそうや。蓮峰の時と同じや。何でなんや、何でいつも俺はこんなに臆病なんや!)
育手以外、同じ呼吸を使う剣士と手合わせをする経験がなかった清治。自分が使える技を相手も使えるとなると、自分の強みを奪われたような気がしてしまう。
何をどう戦っても、相手に読まれて何の打撃も加えられないのではないかと思ってしまうのだ──。
「運が悪かったな。俺は目の前で父親を鬼に殺されて鬼殺隊士になった。俺は鬼が憎くて仕方がない。お前らは生きていていい存在じゃない。絶対に殺してやる!」
禰豆子は怯えた目で清治を見上げている。
「どうした。このまま頸を斬られて死ぬか、それとも日の下へ俺が引っ張り出して焼き殺してやろうか」
首を横に振って抵抗しているが、清治は鬼が女だろうが子供だろうが、容赦するつもりはない。ツカツカと歩み寄り、後ろ襟を掴んで思いきり引っぱると、禰豆子はそれに抵抗してもみ合いになり、傍に置かれた洗濯籠が弾みでひっくり返った。中に入っていた血の付いた包帯は畳に散らばり、それを見た清治はもっと激高した。
「お前‼ こんな物まで……。それほど人の血が好きなのか! こんな物まで盗もうとするとは……!」
「む゛ーっ‼」
清治は髪を掴んで畳に投げ飛ばすと、一旦刀を納めて身を低くした。
────シィィィィィィ……
────雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃
「ん゛む゛ー‼」
畳に倒れ、すぐに起き上がろうとする禰豆子の細首めがけて、清治は刃を薙ぎ払った。
「うっ‼」
その瞬間、ガチンと音を立てて火花が散り、清治の前に立ちはだかった者がいた。
「……何してんだよ清治」
低く落ち着いた声。いつもとは様子が違うようだが、確かに聞いた事のある声がする。
「しっ、師範‼」
善逸は、庇うように禰豆子の前に立って清治に切っ先を向けた。
「お前、禰豆子ちゃんに何してんだよ。よくも乱暴な真似をしてくれたな」
「ねっ……? ね……ずこ……ちゃん? あっ……!」
誰の事かと思ったが、以前眠っている善逸が寝言で口走った名前だ。
「刀をしまえ。禰豆子ちゃんに触れるな」
「でも師範! コイツは鬼です!」
「……だったら何だよ」
「えっ⁉ だったら何って……。師範、何を言ってるんですか! 鬼だったら殺さないと──」
「禰豆子ちゃんを殺そうとするなら、俺はお前を殺す」
「はっ⁉」
いつもの善逸ではない。その表情は見た事がないほど殺気立ち、清治は自分をじっと睨みつける琥珀色の瞳を見て背筋がゾクリとした。
「俺は人間だろうと何だろうと、禰豆子ちゃんを殺そうとする奴は許さない。清治、お前でも許さない」
「師範、正気ですか!? それでは隊律違反です! 鬼殺隊は鬼を殺すためのもの。何で鬼を庇うんですか!」
「お前には言ってなかったけど、禰豆子ちゃんは炭治郎の大事な妹だ。命よりも大切な存在だと言っていた。今、炭治郎は意識がない状態だ。その間、俺は禰豆子ちゃんを守らなくてはならない」
「そんな! 蝶屋敷の人は⁉ みんなこの事を知らないんでしょ?」
「知ってるさ。みんな知ってる。お館様も柱もみんな。ここで知らないのはまだ入隊したばかりのお前くらいだ」
「……そんな」
一体どういう事か。清治には全くもって状況が分からない。
「でも何で! 何で鬼を守るんです⁉ 鬼は人を襲って喰ってしまうんですよ!?」
「禰豆子ちゃんはそんな鬼じゃない」
「そんなの分かんないじゃないですか! 猛獣と一緒ですよ! どんなに躾けて人に慣れさせたって、何かの拍子に人を襲ってしまうかもしれませんよ! 何かあってからじゃ遅いんです!」
「だから何だよ。どんな理由があっても、俺は禰豆子ちゃんを守る。殺されるわけにはいかない」
「師範も喰われてしまいますよ!?」
「いいさ。俺は禰豆子ちゃんが生きるためなら死んだっていい」
「師範!」
何を解からない事を言っているのか、善逸の心は少しも動かないようで絶望する。馴れ合いで鬼に情があるのかも知れないが、清治には決めている事がある。一度見た鬼は、決して逃がさずに殺す。これは目の前で父親を殺した鬼が逃げて行ってしまったからだ。あの頃は何の力もないただの子供だったが、隊士を目指して呼吸習得の鍛錬中にずっと誓ってきた事だ。
「師範、俺は父親を鬼に殺されたのは知っていますよね。俺は鬼が憎い。絶対に許せない。その女の鬼が父を殺した鬼じゃないにしても、俺は絶対に許せません」
「……」
「裏切られたような気分ですよ。まさか鬼殺隊が鬼を生かしておくような人たちだったとは思ってもみませんでした。そんな事でどうやって隊をまとめるんですか? 都合の悪い鬼は斬り捨て、自分たちに害のない鬼は生かしておくんですか? 一体どんな匙加減で判断するんでしょう。そんな事をしていると、百年後も二百年後も鬼が生き残ってしまいますよ。俺たちは何のために戦うんですか? 俺たちはお館様がそうしろと言えば鬼に喰われればいいんですか? 俺はそんなの御免だ。こんな奴ら、一匹でも多く殺してから俺は死にたいんですよ!」
清治は善逸に捲し立てるように訴える。それを黙って聞いていた善逸だったが、禰豆子に隠れているように言うと、清治を庭に誘った。
「分かった。そんなに禰豆子ちゃんを殺したいのなら、まずは俺を殺せ。俺を殺せたら、禰豆子ちゃんはお前の好きにしろ」
「……そんな事を言っていいんですか? 俺は全ての型を使って、本気でいきますよ。師範を倒したら、次は本当にあの鬼を殺すつもりですがいいんですか?」
「構わない。だけどな、清治。俺はお前
「‼ フッ……壱ノ型
────シィィィィィィ……
「クッ……!」
清治は生意気な啖呵を切ったが、低く構える師範の姿勢を見て恐れを為してしまう。鞘に隠された鋭い刃は、どんな速さで出てくるのか予想もできない。今までどんなに頼み込んでも手合わせをしてくれなかった善逸は、ここへ来てようやく清治と刃を交わそうとしている。
(師範は……本気なんか? 本気で俺を殺すつもりなんか?)
清治は震える手で刀を抜き、腰を落として構えの姿勢を取る。鬼は殺したいが、実際は師範を殺す勇気はない。どんな理由があっても、人が人を殺すのは道理に反していると思うからだ。
(どうする? どうするんや俺は! 師範はホンマにやるつもりやで。隊律違反なんてこの人は考えとらん。何でや、いつもは鬼が怖いって逃げ腰やのに、何でこんな事くらいで……!)
震える唇をグッと噛む。怖くて堪らない。まるで別人になってしまったような師範が怖くて堪らない。
────雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃
「‼」
師範は消えた。消えた瞬間にいきなり目の前に現れた。
「グッ……ゥゴォォォッ!」
清治は胃液を噴き出し、後方へと飛ばされる。
「……グフッ、ゲホッ」
「立てよ清治。何をボーっとしてんだ。鬼を殺したいんだろ? さっきの威勢はどこに行ったんだよ」
「しっ、師範……ッ」
峰打ちだった。わざとそうしてくれたのだろう。もしそうでなかったら、胴体が真っ二つになっていた。
「俺は本気だぞ。俺は禰豆子ちゃんを守るためなら何だってする」
「……俺だって! 鬼を殺すためなら何だって……!」
腹を押さえ、ヨロヨロと刀を杖代わりに立ち上がった時点で、清治にはもう勝敗が見えていた。師範が師範たる
(この人の姿……普通の人にはちゃんと見えるんか? 鬼でも分からんのちゃうか? まるで……まるでホンマの雷のような人や)
どんなに足掻いても勝てそうもない。あれだけ手こずった蓮峰よりも手強いのではないかとさえ思う。
師範なら、蓮峰なんてすぐに倒せていたのではないか。獪岳も速かったが、それ以上だ。もしこの師範が全ての型を使えたなら、桑島を越えるような柱になるのではないか。
(アカン……。またや、また俺は諦めてしまいそうや。蓮峰の時と同じや。何でなんや、何でいつも俺はこんなに臆病なんや!)
育手以外、同じ呼吸を使う剣士と手合わせをする経験がなかった清治。自分が使える技を相手も使えるとなると、自分の強みを奪われたような気がしてしまう。
何をどう戦っても、相手に読まれて何の打撃も加えられないのではないかと思ってしまうのだ──。
