師範の秘密
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その夜、清治は善逸の病室で一緒に寝させてもらう事になった。夕餉を食べ、湯浴みも済ませてすっきりした清治は、善逸の隣の空いた寝台の上にゴロリと転がり、大の字になる。
「何で獪岳の事知ってんだろって思ってたら、あの人も奈良に行ってたんだな」
「ええ。行きの汽車の席で一緒になったんですよ。班編成も一緒になって、帰りの汽車も一緒でした」
「そりゃ災難だったね。何か言われなかった?」
「……そりゃあまぁ。あの人ですからね」
「……だよね。あの人が何も言わないわけないもんね」
獪岳の事を話題にすると、善逸は浮かない顔をする。二人が直接会話をしているところを見た事はないが、清治は夢で見た光景が脳裏に浮かぶ。善逸は獪岳がいるだけで委縮し、常に機嫌を伺ってへつらっていたのだ。見るからに息苦しい関係である。
「獪岳さん、鬼を相手に二回ほど壱ノ型をやろうとしました。でも結果的にはできませんでした」
「……」
「性に合わないって言い張るんですよ。何ででしょうね、他の技はできるのに、何であれだけ……」
「もう寝るぞ、清治」
善逸は寝返りをして背中を見せた。まだ話したい清治は物足りない。
「おやすみ」
「……おやすみなさい」
清治はしばらく善逸の背中を見ていた。善逸も獪岳も同じだった。話題にするとそっぽを向いて多くを語らない。きっとお互い相手に思う事は沢山あるのに、それを言おうとしない。善逸は特に普段はうるさいくらいにお喋りなのに、獪岳の事になると口を閉ざす。言いたい事を押し殺しているような、そんな態度を取る。
蓮峰が最期に言った言葉がずっと引っかかっている。
『兄貴分をよう見とかんと、ワシと同じ道を辿るで』
あの時、蓮峰が言ったのはこうだったのではないか。つまり、獪岳も鬼になってしまう可能性があるという事を言っているのだ。
あんなに向上心のある獪岳がそんな事になるはずはないと信じたいが、蓮峰もまた鬼殺隊士として活動し、辞めさせられてからも自主的に鬼を殺していた。それは憧れた桑島に認められたいという気持ちからだったが、怪我を負って引退した桑島を見た事で、憧れの対象がいつの間にか鬼になっていたと言っていた。
鬼になった蓮峰は幸せそうには見えなかった。満足そうにも見えなかった。結局何のために生きているのか、その理由をずっと見つけられずにいたようだった。
鬼になっても人間だった頃の執着に囚われ続け、満たされないまま人を襲い続ける。蓮峰は鬼になれば強大な力を得て、桑島の力を越えた自分をついに認めさせる事ができると信じたのだろうが、そんな事に何の意味があるのか。どんな姿になろうとも、人の夢は人でしか叶えられないものなのだと清治は思った。
蓮峰は桑島に拒絶され、獪岳も桑島に褒められる事は決してなかったと言っていた。獪岳のその心の傷がもっと大きくなっていけば、獪岳も蓮峰のように闇に引きずり込まれてしまうかもしれない。
(桑島先生……。どうしてあなたは……)
教えを請う者の心には、常に不安が付き纏う。これでいいのか、間違った事をしていないだろうか。弟子は問いかけ、師はそれに答えてやらなければならない。厳しさだけではなく、時に嘘をついてでも励ましてやらなければならない場面もある。
(獪岳さんに何かあったら、あなたのせいかもしれませんよ、桑島先生──)
善逸はたった一言で自信と勇気を与えられたのに、獪岳にはそれがなかった。だから壱ノ型ができないままなのではないか。獪岳の性格が善逸と違っていても、たった一言でも褒めてやっていれば、獪岳は今とは違う人間に育っていたかもしれない。
そんな事を考えているうちに、清治は眠ってしまっていた。夢の中では獪岳と善逸が実の兄弟だと判り、二人は抱き合って笑い合っていた。そして頻繁に連絡を取り合い、共に雷の呼吸の後継者となって一緒に道場を開く──。そんな幸せな夢を見ていた。
だがそれはただの夢。叶う事のないただの夢だ。
(清治……)
清治の寝息が聞こえ始めると、善逸は寝返りをして清治の方を向いた。
寝るフリをして、ずっと目を閉じずに起きていたのだ。
(清治が兄貴と一緒に任務を……。きっと俺の事、ボロクソに言ってるのを聞いただろうな。こんな俺を師範に持って、きっとガッカリしたんじゃないかな。兄貴に弟子入りすれば良かったって思ったはずだ。そうだよ、俺はお前に何も教えられない。お前に教えられる事なんて、何もないんだ。……ちゃんと言わなきゃ、兄貴の方に行けって。俺からそう言われれば、清治も行きやすいだろ)
少し見ない間に清治は大人になった。ここに初めて来た時はまだあどけない子供のようだったのに、亡くなった隠の弔いもしっかりと行い、蝶屋敷の面々には気を遣って土産を買って帰って来た。
いろいろな人と出会っていろいろな経験をして視野が広まった清治が、こんな情けない師範の元に留まる必要はない。
(兄貴は清治の事、どう思っただろう。清治なら誰とでもうまくやれる。俺は兄貴とはうまくやれなかったけど、清治なら兄貴もきっと認めて……ん? 何かおしっこしたくなってきたかも……)
あれやこれやと考えていると尿意を感じた善逸は、ムクリと起き上がる。蝶屋敷は既に消灯時間。暗い中で外の厠まで行くのは気が引けるが、このまま朝まで我慢できそうもない。善逸は清治を起こさないよう、静かに寝台から離れて廊下へ出た。
「何で獪岳の事知ってんだろって思ってたら、あの人も奈良に行ってたんだな」
「ええ。行きの汽車の席で一緒になったんですよ。班編成も一緒になって、帰りの汽車も一緒でした」
「そりゃ災難だったね。何か言われなかった?」
「……そりゃあまぁ。あの人ですからね」
「……だよね。あの人が何も言わないわけないもんね」
獪岳の事を話題にすると、善逸は浮かない顔をする。二人が直接会話をしているところを見た事はないが、清治は夢で見た光景が脳裏に浮かぶ。善逸は獪岳がいるだけで委縮し、常に機嫌を伺ってへつらっていたのだ。見るからに息苦しい関係である。
「獪岳さん、鬼を相手に二回ほど壱ノ型をやろうとしました。でも結果的にはできませんでした」
「……」
「性に合わないって言い張るんですよ。何ででしょうね、他の技はできるのに、何であれだけ……」
「もう寝るぞ、清治」
善逸は寝返りをして背中を見せた。まだ話したい清治は物足りない。
「おやすみ」
「……おやすみなさい」
清治はしばらく善逸の背中を見ていた。善逸も獪岳も同じだった。話題にするとそっぽを向いて多くを語らない。きっとお互い相手に思う事は沢山あるのに、それを言おうとしない。善逸は特に普段はうるさいくらいにお喋りなのに、獪岳の事になると口を閉ざす。言いたい事を押し殺しているような、そんな態度を取る。
蓮峰が最期に言った言葉がずっと引っかかっている。
『兄貴分をよう見とかんと、ワシと同じ道を辿るで』
あの時、蓮峰が言ったのはこうだったのではないか。つまり、獪岳も鬼になってしまう可能性があるという事を言っているのだ。
あんなに向上心のある獪岳がそんな事になるはずはないと信じたいが、蓮峰もまた鬼殺隊士として活動し、辞めさせられてからも自主的に鬼を殺していた。それは憧れた桑島に認められたいという気持ちからだったが、怪我を負って引退した桑島を見た事で、憧れの対象がいつの間にか鬼になっていたと言っていた。
鬼になった蓮峰は幸せそうには見えなかった。満足そうにも見えなかった。結局何のために生きているのか、その理由をずっと見つけられずにいたようだった。
鬼になっても人間だった頃の執着に囚われ続け、満たされないまま人を襲い続ける。蓮峰は鬼になれば強大な力を得て、桑島の力を越えた自分をついに認めさせる事ができると信じたのだろうが、そんな事に何の意味があるのか。どんな姿になろうとも、人の夢は人でしか叶えられないものなのだと清治は思った。
蓮峰は桑島に拒絶され、獪岳も桑島に褒められる事は決してなかったと言っていた。獪岳のその心の傷がもっと大きくなっていけば、獪岳も蓮峰のように闇に引きずり込まれてしまうかもしれない。
(桑島先生……。どうしてあなたは……)
教えを請う者の心には、常に不安が付き纏う。これでいいのか、間違った事をしていないだろうか。弟子は問いかけ、師はそれに答えてやらなければならない。厳しさだけではなく、時に嘘をついてでも励ましてやらなければならない場面もある。
(獪岳さんに何かあったら、あなたのせいかもしれませんよ、桑島先生──)
善逸はたった一言で自信と勇気を与えられたのに、獪岳にはそれがなかった。だから壱ノ型ができないままなのではないか。獪岳の性格が善逸と違っていても、たった一言でも褒めてやっていれば、獪岳は今とは違う人間に育っていたかもしれない。
そんな事を考えているうちに、清治は眠ってしまっていた。夢の中では獪岳と善逸が実の兄弟だと判り、二人は抱き合って笑い合っていた。そして頻繁に連絡を取り合い、共に雷の呼吸の後継者となって一緒に道場を開く──。そんな幸せな夢を見ていた。
だがそれはただの夢。叶う事のないただの夢だ。
(清治……)
清治の寝息が聞こえ始めると、善逸は寝返りをして清治の方を向いた。
寝るフリをして、ずっと目を閉じずに起きていたのだ。
(清治が兄貴と一緒に任務を……。きっと俺の事、ボロクソに言ってるのを聞いただろうな。こんな俺を師範に持って、きっとガッカリしたんじゃないかな。兄貴に弟子入りすれば良かったって思ったはずだ。そうだよ、俺はお前に何も教えられない。お前に教えられる事なんて、何もないんだ。……ちゃんと言わなきゃ、兄貴の方に行けって。俺からそう言われれば、清治も行きやすいだろ)
少し見ない間に清治は大人になった。ここに初めて来た時はまだあどけない子供のようだったのに、亡くなった隠の弔いもしっかりと行い、蝶屋敷の面々には気を遣って土産を買って帰って来た。
いろいろな人と出会っていろいろな経験をして視野が広まった清治が、こんな情けない師範の元に留まる必要はない。
(兄貴は清治の事、どう思っただろう。清治なら誰とでもうまくやれる。俺は兄貴とはうまくやれなかったけど、清治なら兄貴もきっと認めて……ん? 何かおしっこしたくなってきたかも……)
あれやこれやと考えていると尿意を感じた善逸は、ムクリと起き上がる。蝶屋敷は既に消灯時間。暗い中で外の厠まで行くのは気が引けるが、このまま朝まで我慢できそうもない。善逸は清治を起こさないよう、静かに寝台から離れて廊下へ出た。
