陰と陽
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第四部 白日
蓮峰 を倒して約一か月半後、清治らはようやく帰路についた。怪我を負っていた隊士たちだったが、どの隊士も具合はそれほど悪くなく、回復した隊士からそれぞれ東京へ帰る事になっていた。しかし現地の隠からの強い要望があり、隊士不足の奈良の他地方での鬼殺の任務をしばらくの間手伝う事となった。
怪我の治りが一番遅かったのは足首を疲労骨折し、肋骨にはヒビ、さらに軽い気胸を起こしていた清治のみで、獪岳は他の隊士と共に奈良市街地での鬼狩りに派遣されていたが、この度清治が全快した事でみんな揃っての帰京となった。
来た時と同じように清治は獪岳と一緒に汽車に乗り、向かい合って座る。その膝の上には、菊江の遺骨が大事に抱えられていた。
「ったく、寺の息子だって言うのは本当の話だったんだな。毎日毎日欠かさず念仏唱えやがって」
「そんな嘘なんかついて何になるんですか。ちょうど菊江さんが亡くなってから四十九日ほどです。それまでは特に念入りに供養するんですよ、普通は」
「念入りねぇ……。何の念がこもってんだか」
「もし獪岳さんが死んだら、ちゃんとお経を上げてあげますよ。死ねばみんな仏、お釈迦様の弟子、それが浄土真宗の教えです」
「ケッ。お前の声なんか死んでまで聞きたくもねぇよ。俺を苦しめる気か」
「強がっちゃって。獪岳さんも毎日南無阿弥陀仏と唱えてください。唱えるだけで極楽浄土へ行けるんですから、ありがたいもんですよ。あっ、柿の葉寿司だ! おじさんっ、くださーいッ!」
出発の直前、車窓の外では弁当売りが乗客に声を掛けていた。清治は話の途中で慌てて窓を押し上げ、首を出す。
「二つください! いや、やっぱり五つ! いや、やっぱり十 で!」
「十やと⁉ いやいや、えろうおおきに! うちのはちゃんと吉野の柿の葉使っとるさかい、香りも良うて旨いで」
弁当売りは驚くが、一緒にいた獪岳はもっと驚いた。
「おいバカ、一人で何個食うんだよ! 一箱に六個も入ってんだぞ」
「違いますよ、俺と獪岳さんの分と、それから師範たちに……蝶屋敷の人たちの分もです」
「はぁぁぁあ!? 金あんのか!?」
「全然足りないので、ちょっと貸してください。給金もらったら返します!」
「はぁぁぁぁぁぁぁっ⁉」
出発の汽笛が鳴る。清治は早く早くと急かして獪岳に金を出させ、柿の葉寿司を十個受け取った。
「はぁ~、良かった~。間に合った~」
「何が間に合っただよ。テメェ、借りた分は倍にして返せよ」
「そんな事言わずに、階級は俺より遥かに上なんだから、気持ち良く貸してくれたらいいじゃないですか。どうせ意中の女性 がいるわけでもなさそうだし、博打以外で使う事ないでしょ? いやぁ、吉野と言えば柿の葉寿司。いっぺん食ってみたかったんですよね」
「何が柿の葉寿司だ。寿司と言ったら江戸前だろ。邪道だ、邪道。そんなもん、柿の葉で包んだだけのただの押し寿司だろうが。東京まで持つのか? 腐ったりしねぇのか? もう中毒騒ぎは御免だぜ」
どの隊士たちも、来る時よりも顔が晴れやかで口数も多い。そのため、貸し切りの車両はガヤガヤと賑わしい。そこらじゅうで笑い声が上がり、吉野での思い出話に興じている。
一行は大阪で東京行きの汽車に乗り換え、長い道のりを揺られて行く。昼間の車窓はいつの間にか夕焼け空の景色へと変わり、やがて夜景となった。翌昼すぎには到着という事で、逸る気持ちに暇を持て余した隊士たちは、ようやく帰れる安堵感からか早々に眠りに落ちる。
「俺たちも寝るか。帰ったその日に任務って事もあるかも知れねぇし」
「ですね。でもその前に、東京で別れたら、次にいつ獪岳さんに会えるか分からないので……。一つお願いがあるんです」
急に改まる清治に、獪岳は無意識に姿勢を正した。
「何だよ。もっと金貸せってか?」
「まぁ、それも是非お願いしたいところですけどね。違うんですよ。実はこれなんです」
清治はゴソゴソと手荷物をあさる。その中から、きちんと畳まれた青い羽織を取り出した。雷一門の証である、三角の鱗模様の羽織だ。
「これ、桑島先生にいただいた物だって前に言ったでしょう? でも本当は獪岳さんに用意していた物だったんだと思います。隊士になってあの山を下りる時、なぜこれを着て行かなかったんですか?」
清治が夢の中で見た光景。あの時、清治が見ていたのは善逸の目から見た光景だった。
「なぜ『こんな物は着られません』なんて言い方をしたんですか。先生は勘違いなされたようですよ。本当は拒絶ではなく、遠慮をしたんですよね?」
獪岳は目を丸くして驚いた。なぜ、その事を知っているのかと問おうとしたが、どうせ善逸に聞いたのだろうと納得した。
「獪岳さんがこれを着るべきです。桑島先生は大事に大事に弟子を育ててこられたんです。全力で手塩にかけて、大事に大事に……」
「違えよ。先生はあのカスばかり贔屓した。俺には厳しかったのに、アイツが何かできるようになると、わざとらしく俺の前で褒め散らかした。俺には褒める事なんか一切なかったのに。先生にとって大事だったのは俺じゃない。俺なんて、放っておいてもいいって思ってたんだ!」
「違います。桑島先生は分け隔てなく愛情深く育ててくれたはず。二人の性格が違うからこそ、個々に最善の方法で指導していたんですよ。善逸さんは褒めないと伸びない人だ。でも獪岳さんは褒めると驕ってしまう」
「驕るだと?」
「獪岳さんは器用だ。それに矜持もある。先生にとって、獪岳さんは真面目で優秀で自慢の弟子だった。でも、人よりも高い山に登ってしまえば、見える景色は見下ろすものばかり。もっと上を目指してほしくても、本人が上を見なきゃもっと高い山がある事にも気付けない。……驕りは視野を狭めるって先生は知っていたからこそ、弟子にそうなってほしくなかった。獪岳さんを褒めれば、獪岳さんをだめにしてしまうんじゃないかって思っていたんですよ」
獪岳は顔を歪ませて清治を睨みつける。今にも殴りつけそうになるが、御骨を抱えた清治には手を出せない。
「獪岳さん、雷は龍神の化身だという言い伝えがあります。そして本当の龍になるには鱗が必要です。だから受け取ってください」
目の前に差し出された羽織には、獪岳は一切触れようとしなかった。何を思い浮かべているのか分からないが、しばらくそれを見つめた後、ぷいと窓へと顔をむけて頬杖をつく。
「くだらねぇ。そんなもんがなくたって、俺は龍になれる」
「先生は気付いていたんじゃないでしょうか。獪岳さんと善逸さんは、実の兄弟。バラバラになってしまった幼子がご自身の元で再会できたのは何かの奇跡だと。その絆を大事にして助け合ってほしいんですよ」
「バカ野郎‼ 誰があんなカスと実の兄弟なんだよ‼ あんな奴と血が繋がってるなんて、想像しただけで体中蟲が這いずり回ってるみてぇに気持ち悪ィんだよっ‼」
「獪岳さんだって気付いてたんでしょ!? あの時、お母さんのお腹にいたのは善逸さんだったのかもって! 善逸さんが拾われたのは神楽坂だった! 神楽坂って言えば牛込の花街ですよ。きっとお母さんは無事産めたけど、手放して誰かに育ててもらうしかなかった……!」
「やめてくれ! もう本当に……やめてくれっ!」
獪岳が顔を背けようとも、その泣き顔が車窓に映っている。清治はそれを見ないように顔を逸らした。
怪我の治りが一番遅かったのは足首を疲労骨折し、肋骨にはヒビ、さらに軽い気胸を起こしていた清治のみで、獪岳は他の隊士と共に奈良市街地での鬼狩りに派遣されていたが、この度清治が全快した事でみんな揃っての帰京となった。
来た時と同じように清治は獪岳と一緒に汽車に乗り、向かい合って座る。その膝の上には、菊江の遺骨が大事に抱えられていた。
「ったく、寺の息子だって言うのは本当の話だったんだな。毎日毎日欠かさず念仏唱えやがって」
「そんな嘘なんかついて何になるんですか。ちょうど菊江さんが亡くなってから四十九日ほどです。それまでは特に念入りに供養するんですよ、普通は」
「念入りねぇ……。何の念がこもってんだか」
「もし獪岳さんが死んだら、ちゃんとお経を上げてあげますよ。死ねばみんな仏、お釈迦様の弟子、それが浄土真宗の教えです」
「ケッ。お前の声なんか死んでまで聞きたくもねぇよ。俺を苦しめる気か」
「強がっちゃって。獪岳さんも毎日南無阿弥陀仏と唱えてください。唱えるだけで極楽浄土へ行けるんですから、ありがたいもんですよ。あっ、柿の葉寿司だ! おじさんっ、くださーいッ!」
出発の直前、車窓の外では弁当売りが乗客に声を掛けていた。清治は話の途中で慌てて窓を押し上げ、首を出す。
「二つください! いや、やっぱり五つ! いや、やっぱり
「十やと⁉ いやいや、えろうおおきに! うちのはちゃんと吉野の柿の葉使っとるさかい、香りも良うて旨いで」
弁当売りは驚くが、一緒にいた獪岳はもっと驚いた。
「おいバカ、一人で何個食うんだよ! 一箱に六個も入ってんだぞ」
「違いますよ、俺と獪岳さんの分と、それから師範たちに……蝶屋敷の人たちの分もです」
「はぁぁぁあ!? 金あんのか!?」
「全然足りないので、ちょっと貸してください。給金もらったら返します!」
「はぁぁぁぁぁぁぁっ⁉」
出発の汽笛が鳴る。清治は早く早くと急かして獪岳に金を出させ、柿の葉寿司を十個受け取った。
「はぁ~、良かった~。間に合った~」
「何が間に合っただよ。テメェ、借りた分は倍にして返せよ」
「そんな事言わずに、階級は俺より遥かに上なんだから、気持ち良く貸してくれたらいいじゃないですか。どうせ意中の
「何が柿の葉寿司だ。寿司と言ったら江戸前だろ。邪道だ、邪道。そんなもん、柿の葉で包んだだけのただの押し寿司だろうが。東京まで持つのか? 腐ったりしねぇのか? もう中毒騒ぎは御免だぜ」
どの隊士たちも、来る時よりも顔が晴れやかで口数も多い。そのため、貸し切りの車両はガヤガヤと賑わしい。そこらじゅうで笑い声が上がり、吉野での思い出話に興じている。
一行は大阪で東京行きの汽車に乗り換え、長い道のりを揺られて行く。昼間の車窓はいつの間にか夕焼け空の景色へと変わり、やがて夜景となった。翌昼すぎには到着という事で、逸る気持ちに暇を持て余した隊士たちは、ようやく帰れる安堵感からか早々に眠りに落ちる。
「俺たちも寝るか。帰ったその日に任務って事もあるかも知れねぇし」
「ですね。でもその前に、東京で別れたら、次にいつ獪岳さんに会えるか分からないので……。一つお願いがあるんです」
急に改まる清治に、獪岳は無意識に姿勢を正した。
「何だよ。もっと金貸せってか?」
「まぁ、それも是非お願いしたいところですけどね。違うんですよ。実はこれなんです」
清治はゴソゴソと手荷物をあさる。その中から、きちんと畳まれた青い羽織を取り出した。雷一門の証である、三角の鱗模様の羽織だ。
「これ、桑島先生にいただいた物だって前に言ったでしょう? でも本当は獪岳さんに用意していた物だったんだと思います。隊士になってあの山を下りる時、なぜこれを着て行かなかったんですか?」
清治が夢の中で見た光景。あの時、清治が見ていたのは善逸の目から見た光景だった。
「なぜ『こんな物は着られません』なんて言い方をしたんですか。先生は勘違いなされたようですよ。本当は拒絶ではなく、遠慮をしたんですよね?」
獪岳は目を丸くして驚いた。なぜ、その事を知っているのかと問おうとしたが、どうせ善逸に聞いたのだろうと納得した。
「獪岳さんがこれを着るべきです。桑島先生は大事に大事に弟子を育ててこられたんです。全力で手塩にかけて、大事に大事に……」
「違えよ。先生はあのカスばかり贔屓した。俺には厳しかったのに、アイツが何かできるようになると、わざとらしく俺の前で褒め散らかした。俺には褒める事なんか一切なかったのに。先生にとって大事だったのは俺じゃない。俺なんて、放っておいてもいいって思ってたんだ!」
「違います。桑島先生は分け隔てなく愛情深く育ててくれたはず。二人の性格が違うからこそ、個々に最善の方法で指導していたんですよ。善逸さんは褒めないと伸びない人だ。でも獪岳さんは褒めると驕ってしまう」
「驕るだと?」
「獪岳さんは器用だ。それに矜持もある。先生にとって、獪岳さんは真面目で優秀で自慢の弟子だった。でも、人よりも高い山に登ってしまえば、見える景色は見下ろすものばかり。もっと上を目指してほしくても、本人が上を見なきゃもっと高い山がある事にも気付けない。……驕りは視野を狭めるって先生は知っていたからこそ、弟子にそうなってほしくなかった。獪岳さんを褒めれば、獪岳さんをだめにしてしまうんじゃないかって思っていたんですよ」
獪岳は顔を歪ませて清治を睨みつける。今にも殴りつけそうになるが、御骨を抱えた清治には手を出せない。
「獪岳さん、雷は龍神の化身だという言い伝えがあります。そして本当の龍になるには鱗が必要です。だから受け取ってください」
目の前に差し出された羽織には、獪岳は一切触れようとしなかった。何を思い浮かべているのか分からないが、しばらくそれを見つめた後、ぷいと窓へと顔をむけて頬杖をつく。
「くだらねぇ。そんなもんがなくたって、俺は龍になれる」
「先生は気付いていたんじゃないでしょうか。獪岳さんと善逸さんは、実の兄弟。バラバラになってしまった幼子がご自身の元で再会できたのは何かの奇跡だと。その絆を大事にして助け合ってほしいんですよ」
「バカ野郎‼ 誰があんなカスと実の兄弟なんだよ‼ あんな奴と血が繋がってるなんて、想像しただけで体中蟲が這いずり回ってるみてぇに気持ち悪ィんだよっ‼」
「獪岳さんだって気付いてたんでしょ!? あの時、お母さんのお腹にいたのは善逸さんだったのかもって! 善逸さんが拾われたのは神楽坂だった! 神楽坂って言えば牛込の花街ですよ。きっとお母さんは無事産めたけど、手放して誰かに育ててもらうしかなかった……!」
「やめてくれ! もう本当に……やめてくれっ!」
獪岳が顔を背けようとも、その泣き顔が車窓に映っている。清治はそれを見ないように顔を逸らした。
