二人の刃
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獪岳は牛込駅で汽車を降りた。
昼間、駅で路線図を見ていたのはこのためである。歩いて行く事もできたが、汽車の方が早いと思っての事だ。
何度か任務でこの辺に来た事があったが、今から向かおうとしている場所には一度も近付いた事はない。
──東京市牛込區神楽坂。
獪岳には縁がない。しかし、縁のある場所かもしれなかった。
満で歳を数えればまだ十代。数えでは二十歳を越えているが、獪岳にはこのような賑やかでギラギラした場所に興味が湧く事もなかった。牛込一帯には閑静な住宅街が広がっているが、神楽坂は違う。多くの人がどこからともなくここへ集まり、享楽に耽っているのだ。
「兄さんどうだい、遊んで行かないか。この時間なら安くしとくよ~」
通りに足を踏み入れるとすぐに声がかかる。獪岳はギロリとひと睨みすると、無視をして人混みの中を進んで行く。
(……何だってこんな所に来ちまったんだよ俺は! 帰って寝てりゃいいものを……)
東京駅で清治と別れた後は途中まで家に向かっていたのだが、結局また駅に引き返して汽車に乗り込んだ。そしてここへやって来た。日はもう暮れかかり、提灯や電灯が煌々と通りを照らし出している。
目的があった。思い出した事があったからだ。
(記憶の中のお袋の首には、確かに勾玉があった。顔は全く覚えてねぇけど、胸元の記憶だけはある)
母親に抱かれて乳を飲んでいたせいか。着物をはだけた白い肌に映える勾玉の首飾り。毎晩寝る前にぐずって乳を飲みながら、小さな手でそれを掴んで母親の腕枕で眠っていく。そんな事を覚えているはずもないのだが、獪岳にとって勾玉は母親の記憶だった。
(俺の記憶が正しければ、確か勾玉は二つあったはずだ。二つで対になっていて、重ね合わせると丸くなる不思議な形だと思っていたんだ……)
そのうちの一つがおそらく今身に着けている物。もう一つは母親が身に着けているはずである。
(そもそも生きてんのか? こういう場所で客取ってると、若いうちに病気になると言う。生きてりゃ何歳だよ。とっくに薹 が立ってお払い箱だと思うが……)
母親に会う事が目的ではない。そもそもここにいるとは思っていない。しかし、売られた先が神楽坂だとは限らないのに、なぜここへやって来てしまったのか──。
「……ちょっと尋ねるが、今から十六、七年くらい前に、この店で首に勾玉をぶら下げた女が働いてなかったか?」
店先で呼び込みをしている男に声をかける。
「勾玉だぁ? 知らねぇな」
「その女、ちょうどその頃に売られてきたはずなんだが」
「さあな。売られた女なんて山のようにいるからな。昨日だっていたよ」
「……子を産んだ女はいなかったか? ここへ来てわりとすぐに」
「はぁ⁉ 子なんて堕ろすだろうが。ここをどこだと思ってやがる、商売にすらならねぇ」
「……だよな。いや悪ィ。忘れてくれ」
こんなやり取りをいろいろな店で何度となく繰り返す。どの店でもこんな調子か、冷たくあしらわれるだけだった。
昼間、駅で路線図を見ていたのはこのためである。歩いて行く事もできたが、汽車の方が早いと思っての事だ。
何度か任務でこの辺に来た事があったが、今から向かおうとしている場所には一度も近付いた事はない。
──東京市牛込區神楽坂。
獪岳には縁がない。しかし、縁のある場所かもしれなかった。
満で歳を数えればまだ十代。数えでは二十歳を越えているが、獪岳にはこのような賑やかでギラギラした場所に興味が湧く事もなかった。牛込一帯には閑静な住宅街が広がっているが、神楽坂は違う。多くの人がどこからともなくここへ集まり、享楽に耽っているのだ。
「兄さんどうだい、遊んで行かないか。この時間なら安くしとくよ~」
通りに足を踏み入れるとすぐに声がかかる。獪岳はギロリとひと睨みすると、無視をして人混みの中を進んで行く。
(……何だってこんな所に来ちまったんだよ俺は! 帰って寝てりゃいいものを……)
東京駅で清治と別れた後は途中まで家に向かっていたのだが、結局また駅に引き返して汽車に乗り込んだ。そしてここへやって来た。日はもう暮れかかり、提灯や電灯が煌々と通りを照らし出している。
目的があった。思い出した事があったからだ。
(記憶の中のお袋の首には、確かに勾玉があった。顔は全く覚えてねぇけど、胸元の記憶だけはある)
母親に抱かれて乳を飲んでいたせいか。着物をはだけた白い肌に映える勾玉の首飾り。毎晩寝る前にぐずって乳を飲みながら、小さな手でそれを掴んで母親の腕枕で眠っていく。そんな事を覚えているはずもないのだが、獪岳にとって勾玉は母親の記憶だった。
(俺の記憶が正しければ、確か勾玉は二つあったはずだ。二つで対になっていて、重ね合わせると丸くなる不思議な形だと思っていたんだ……)
そのうちの一つがおそらく今身に着けている物。もう一つは母親が身に着けているはずである。
(そもそも生きてんのか? こういう場所で客取ってると、若いうちに病気になると言う。生きてりゃ何歳だよ。とっくに
母親に会う事が目的ではない。そもそもここにいるとは思っていない。しかし、売られた先が神楽坂だとは限らないのに、なぜここへやって来てしまったのか──。
「……ちょっと尋ねるが、今から十六、七年くらい前に、この店で首に勾玉をぶら下げた女が働いてなかったか?」
店先で呼び込みをしている男に声をかける。
「勾玉だぁ? 知らねぇな」
「その女、ちょうどその頃に売られてきたはずなんだが」
「さあな。売られた女なんて山のようにいるからな。昨日だっていたよ」
「……子を産んだ女はいなかったか? ここへ来てわりとすぐに」
「はぁ⁉ 子なんて堕ろすだろうが。ここをどこだと思ってやがる、商売にすらならねぇ」
「……だよな。いや悪ィ。忘れてくれ」
こんなやり取りをいろいろな店で何度となく繰り返す。どの店でもこんな調子か、冷たくあしらわれるだけだった。
