月の贈り物 中編
【名前変換】
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
次の日は、朝からしとしとと雨が降っていた。
常ならば静かになるはずの屋敷が、今日はいつになく慌しい。
それもそのはず…。
紫野が、発作を起こしたのだ。
朝、いつも通り紫野を起こしに行った下女が、紫野の異変に気付いたらしい。
意識はほとんど虚ろで、ただ咳をして荒く呼吸を繰り返していたという。
最近は病状も落ち着き、発作が起こらなくなった、と喜んでいた紫野の母―…静香は、真っ青な顔で紫野の傍に座る。
薬を飲んで、布団の上で眠る娘は、これまでで一番様態が悪そうに見えた。
静香の顔色も悪かったが、それよりもまだ悪い。
青白いというよりも、むしろ白く、手を握ればとても冷たかった。
「紫野……どうして急に………」
静香は、目に涙が滲むのを感じながら、娘の冷たい手を撫でる。
確かに最近は顔色が悪かったし、以前に増して咳をするとは思っていたのだ。
けれど、ちゃんと薬も飲んでいたはずである。
それに何より、近頃の紫野はいつも楽しそうに笑っていた。
子供の頃よく見せてくれた笑顔で、いつもの取り留めのないことを、本当に楽しそうに話してくれたのだ。
昨日までは元気だったのに、どうして…――
静香はそう思いながら、紫野の寝顔を見つめた。
紫野の顔は少しやつれ、頬にも唇にも色がない。
眠っている間も時々咳を繰り返し、呼吸をする際も、隙間風が吹くような音を伴っていた。
静香は心配で、胸が張り裂けそうになる。
「紫野………――」
ぽた、と一滴涙が落ちて、布団にじわりと染みこんだ時、不意に廊下から下女の声がした。
「奥様、杉本先生がいらっしゃいました…」
「!!すぐ行くわ…―」
静香は弾かれたように顔を上げ、涙を拭うと忍び足で紫野の部屋を出る。
玄関まで小走りで向かうと、一人の年配の男が、雨具を外していた。
静香はすぐさま彼に駆け寄り、矢継ぎ早に口を開く。
「杉本先生…!紫野が、娘が、発作を起こしてしまって…!」
「ええ、私も聞いて驚きました。
最近は病状も安定していましたのに…。
―早速、診させてもらいますよ」
村医者である杉本は些か険しい顔をして、足早に紫野の部屋に向かった。
静香もその後に続く。
杉本は部屋に入るなり、持っていた道具を用意し始めた。
屋敷の物々しさに目が覚めたのか、紫野の睫毛が僅かに揺れる。
「紫野!!」
静香は思わず声を上げて、杉本の隣に並ぶように、紫野の傍に座った。
「母、様……杉本先生……」
紫野はぼんやりとした瞳で二人を交互に見ながら、掠れる声で呟く。
「もう大丈夫よ、杉本先生が来てくれたから…!
母さんも、ずっとあなたの傍にいるわ…!」
そう言うと、紫野は弱々しい微笑みを浮かべた。
こんな時、主人がいてくれたら…と、静香は思わずにはいられない。
夫は、三日前から所用で家を留守にしているのだ。
家には、明日帰る予定だと言われている。
静香は弱気になる自分に、ふるふると首を振ると、杉本の診察を受ける紫野を、力強く見つめた。
―…夫がいない今、この子の傍にいてあげられるのは、私だけだわ。
私が、しっかりしないと…!
静香がぎゅっと拳を握りしめて決意を固めたとき、杉本は診察が終わったのか、ゆっくりと顔を上げる。
そして、僅かに微笑んで紫野に言った。
「……今はまだ何とも言えないが……ちゃんと薬を飲んで、ゆっくり休みなさい。
発作が起きたら飲む薬も、出しておくからね…」
「……はい、杉本先生。ご迷惑をかけて、すみません…。
ありがとうございました…」
診察の間に幾分目が覚めたのか、紫野はぱっちりと瞳を開け、先ほどよりもはっきりした声で答える。
静香はほっと胸を撫で下ろし、杉本を見遣る。
しかし、杉本はなぜか口惜しそうに唇をきつく結んでいた。
「……?」
静香はどこか違和感を感じ、眉根を寄せる。
じっと杉本の様子を窺っていると、杉本が静香に視線を移した。
「奥様、少しよろしいでしょうか……」
嫌な予感がした。
いつもより低い気がする医者の声に、静香は、はいと小さく答えて、部屋を後にする。
ちらと後ろを振り返れば、水を口にする紫野がいた。
廊下を少し歩いて紫野の部屋から離れると、静香は堪らず口を開いた。
「先生……娘に、何かあったんでしょうか…?」
静香が焦った声でそう言うと、杉本は言いづらそうに目を伏せ、口を開ける。
「実は……―――」
・