桜月夜の晩に
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季節は春―…
寒い冬が終わりを告げて、色のない景色が華やかなものに変わる。
薄緑の葉が芽吹き、色鮮やかな花が咲き乱れ、身を包む空気は暖かい。
そんな穏やかな季節は、まるで夢の世界のようで、訳もないのについ、心を弾ませてしまう。
そして、愛しい人が隣に居れば、なおさら…―
この季節は幸せで、満ち足りた時間に―…
――――――…
西国―…
ここにも既に、春は訪れていた。
城内の庭をのんびりと歩いていた紫野は、不意に足を止めて周囲を見回す。
殺風景だった庭は緑で溢れ、小さな花があちらこちらに、可愛らしい様子で咲いていた。
そして、紫野に温もりを与えてくれる柔らかな昼間の日差しは、まさしく春そのもの。
「気持ち良い…もう春なのね」
思わず一人で呟いて、ぐーっと伸びをする。
新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込めば、何とも清々しい気持ちになった。
ふぅっと息を吐き出してから、紫野は薄青色の空を見上げる。
そして、どこか遠くを見るようにすっと目を細めた。
「ここに来て、もう半年…か…」
時が経つのは早いものだと思うと、色々と懐かしく感じられて、紫野は自然と笑みを零す。
それもそのはず。
ここ、西国の地に来てからは、周りの環境に慣れるのに必死で、時間なんて気にしていられなかったのだから…。
―…殺生丸と出会い、旅をすることになった紫野は、次第に彼に惹かれ、そして恋をした。
そして、幸せなことに、殺生丸と想いを通わす事が出来たのである。
殺生丸は旅の目的を果たすと、すぐに紫野と祝言を上げてくれた。
紫野は人間、殺生丸は妖怪。
人間と妖怪では、幾ら想い合っていたとしても、越えられない壁があるのではないか…。
そんな心配をしていた紫野にとって、彼の何の迷いもない行動は、とても嬉しく、同時に紫野を安堵させてくれた。
種族など関係ないのだと、殺生丸は行動で示してくれたのだ。
―…だから今、紫野はこうしてここに居る。
人間として、堂々とここに居られる。
殺生丸の一族……犬妖怪の一族の根城。
この、西国の地に…―
初めは、跡継ぎの嫁が人間では、一族から反感や非難の声が上がるのではないかと案じていた紫野だったが、それは杞憂だった。
幸いな事に、殺生丸の一族は、人間である紫野を温かく迎えてくれたのである。
紫野を敬遠するどころか、むしろ好意を持って接してくれていた。
不安いっぱいだった紫野にとって、それがどれほどありがたかったことか…。
犬妖怪一族への感謝と、そしてやはり、殺生丸の力や、存在の大きさを感じずにはいられなかった。
殺生丸への信頼があるからこそ、一族は紫野を認めてくれたのだと、紫野は思う。
彼の、一族での存在が、いかに大きなものか改めて感じた。
「――…殺生丸様…」
紫野は、風に流れていく真っ白な雲を見上げながら、無意識のうちに彼の名を呼んだ。
しかし返事はなく、紫野は直ぐにその理由を思い出す。
今朝がた、「出てくる」と一言残して、どこかに出掛けてしまった殺生丸。
彼の後ろ背が浮かぶと、紫野は少し寂しい気持ちになった。
でも、どうしようもない事なのは分かっていたので、紫野は大人しく手ごろな石の上に腰を下ろす。
そうして、紫野がそっと目を伏せたときだった。
「紫野様、ここにいらっしゃったんですか?」
不意に名前を呼ばれて、紫野は顔を上げた。
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