12話 代償
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―――二日前―――……
『……心を読む…?』
昼下がり、木陰に腰を下ろしていた殺生丸は、隣に座る紗夜を振り返った。
今しがた彼女から放たれた言葉を繰り返せば、紗夜は真剣な顔のまま、頷く。
『…はい……、そうとしか、思えなくて……』
紗夜はそう言って、膝の上に乗せた左手を、右手で覆うようにぎゅっと握った。
『…夢の中のあの人の意識に、半分呑まれていたとき……私は、私の過去を見ました…。殺生丸様と出会う前のことも、出会った後のことも、いなくなってしまった人たちのことも……私の気持ちも……全部、見えたんです…』
『………』
紗夜はか細い声でそう言って、俯く。
殺生丸は、物憂げに伏せられた瞳を、その横顔を、じっと見つめた。
『…もし夢の中のあの人が、本当にあの世とこの世の境にいたのなら――…奈落を追って行ったあの時に、きっと私の心を見られたのだと思います…』
だから私が夢で見たのは、あの人の記憶だと思うんです…と、紗夜は呟くように付け足す。
サアッと吹いた風が、二人の髪を柔く攫った。
風に乗って、少し離れた所で戯れているりんと、邪見の声が聞こえてくる。
殺生丸は紗夜の不安げな顔を見ながら、問うた。
『……怖いか?』
『………』
その問いに、紗夜は目を伏せたまま緩く首を振る。
そして、握る手にぎゅっと力を込めながら、静かに言った。
『……怖くはありません…。悪い感じは、しなかったから…。でも――殺生丸様に迷惑をかけてしまうかもしれないと思ったら、やっぱり嫌で……』
『………』
紗夜はそう言って、表情を暗くする。
紗夜は、ただ殺生丸に守られるしかない存在になった自分を、酷く苛んでいる。
だから今も、あの世とこの世の境に真実を確かめに行くのが、無駄足になりはしないか。
何かが起きて、殺生丸の手を煩わせないかと、紗夜はそれを懸念している。
加えて、先日の奈落の襲撃――
紗夜は、殺生丸の動きを封じるのに最も都合の良い人間だと、奈落は知ってしまった。
紗夜はその事もあり、より自分の無力さに落ち込んでいるようだった。
確かに相手は、他者の心を弄ぶ策を何より好む奈落である。
紗夜の存在、関係を、最も知られてはならない人物だった。
だがそこに、紗夜が自責の念を感じる必要は微塵もない。
『…………』
殺生丸は紗夜から視線を逸らし、忌々しい奈落の顔を思い出して、僅かに眉間を寄せる。
迂闊だった。
自分の行動には細心の注意を払うべきだと、分かってはいたはずだったが―――……
紗夜の身を思い、馳せて来たあの時の自分には、紗夜の身を守ることしか頭になかった。
それが仇になってしまうのは、何とも皮肉な事である。
だが、奈落に真実を知られてしまったとはいえ、殺生丸のやるべきことは、ただ一つ。
紗夜を、必ず守ること――…
誰に脅かされようと、その誓いに似た決意だけは、変わらない。
だからこそ、今回の事を放っておくわけにはいかなかった。
――…父の骸が眠る場所で、心を読む白髪の妖怪……。
殺生丸は目を細め、紗夜から聞いたその姿を思い浮かべる。
紗夜は悪い感じはしない、というが……。
その妖怪は、紗夜の心を読んで、一体何をしようとしているのか。
奈落という存在が、いつ紗夜を脅かすか分からないこのときに、他の危険の芽は早めに摘んでおいた方が良い。
殺生丸はそう思いながら、再び紗夜へと視線を向ける。
『………』
その横顔は、憂いを帯びてもなお、美しい。
だが、温かい、嬉しそうなその笑顔を想って。
思わず引き寄せられるように、殺生丸は手を伸ばす。
す、とその頬に手を添えれば、驚いたのか少し身じろぎをして、紗夜が顔を上げる。
黒い瞳に光を宿した紗夜は、殺生丸の姿を捉え、頬を仄かに赤く染めた。
戸惑いに瞳を揺らしていたが、紗夜は殺生丸の目を見つめ、やがてどこか安堵したような微笑みを浮かべる。
―――…お前は、このままでいい。
言葉には出さぬまま、殺生丸は心の中で、あの時と同じ事を思う。
紗夜が笑って、己の側にいるのなら――…
ただ、それだけでいい。
殺生丸はそう思って、ゆっくりとそのまま身を屈めた。
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