9話 一己の心
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あの、星の見えた草原を歩いて行った一行は、やがて深い森の中に入り、今宵の休息をとっていた。
燃え朽ちた焚火の側では、りんが小さな寝息を立て、邪見はいびきを掻きながら眠っている。
殺生丸は、いつものように少し離れた所に座っていた。
紗夜は、りん達の近くに体を横たえていたが、暫くして閉じていた瞼をのろのろと持ち上げる。
森の中は、暗かった。
鬱蒼と茂る木々が空を覆い隠し、暗闇が森全体を包み込んでいる。
辺りはしん…と静まり返り、二人の立てる寝息以外には、何も聞こえない。
「………」
紗夜は薄っすら瞳を開けて、焚火の跡に残った白い灰を見つめていた。
紗夜がここに寝転んで、どれくらい時間が経っただろう。
ずっと眠れず、寝返りばかり打っていたのに、赤々と燃えていた炎がいつ消えたのかも、覚えていない。
ずっと、考えてしまっていた。
神楽と、殺生丸、そして、自分の事について――。
神楽は、奈落の心臓に繋がる手がかりを、殺生丸に与えた。
紗夜も不思議に思っていた。
殺生丸にあれほど体を砕かれても、奈落は死なない。それが、どうしてなのか――……
神楽の話を聞いて、紗夜はようやく分かったのだ。
奈落の心臓は、その体の中にはない。
どこか別の場所にあるから、死なないのだと――…
そのことに、殺生丸は既に勘付いていた様子だった。
神楽も、殺生丸がそう思っているだろうと踏んで、彼にあの“妖気の結晶”を渡しに来たのである。
紗夜は、朧げな瞳をゆっくりと瞬かせた。
――……私は、また何も知らなかった……。
あの人は、殺生丸様の考えを読んで、あそこに来たのに………私は、側にいながら何も知らなかった……。
そう思ったら、胸が鉛のように重くなる。
離れているのに、彼の考えている事を知っている神楽。
近くにいるのに、何も知らない自分。
どうしてだろう、と、考えても仕方のない事を、考えてしまう。
分かってはいるのだ。
彼女は、奈落の分身で、紗夜よりも奈落に近い所にいる。
だから、紗夜が知らない事を知っているのは当然で、だからこそ、殺生丸の求めている情報を与える事が出来るのだと。
頭では分かっている。
でも―――………
――……あの人は――神楽さんは、奈落を追う殺生丸様を、いつも導いている。求めているときに現れて、進むべき道を照らして行く。だか
ら、殺生丸様は新しいその道を進んで行ける……。
でも、私は………私には、殺生丸様を導いてあげる事は出来ない……。私は、神楽さんのように、殺生丸様の力になる事は、出来ない……。
「――……っ…」
紗夜は、唇を強く噛みしめた。
胸が苦しくて、苦しくて。
結局、自分は何も出来ないのだと、思い知らされる。
殺生丸が行く先を見失ったとき、紗夜は彼を導く光になる事は出来ない。
けれど神楽は――……
殺生丸が一番欲しい知らせを与え、導くことが出来る。
彼女は、紗夜が知りたい事を知っているのだ。
そして、殺生丸の役に立つことが出来る。
――だから――…もし自分にそうする事が出来たなら、どれほど良かっただろうと、想わずにはいられない。
――……でも――私には何もない……。何も…―――
ただ、殺生丸様の足手纏いとして、側にいることしか――……
闇の中に、殺生丸の優しい顔が浮かぶ。
この世で一番大切な人なのに。
自分は、役に立たないどころか、その足枷になっている。
その現実が、堪らなく辛い。
でも――役に立たないことも、足枷になっていることも分かっているのに―――……
離れる事だけは、出来ないのだ。
「……ごめんなさい……殺生丸様……」
自分にしか聞こえない、小さな掠れた声で、紗夜は呟く。
そのとき、サアッと風が吹いて、焚火の傍に積もっていた灰を運んで行った。
夜の空気に溶けてしまいそうな、穏やかな風だった。
その風に、紗夜は神楽の姿を思い出す。
殺生丸を真っ直ぐ見つめて言った、彼女の言葉。
『……あんた程の器でなけりゃ、奈落を殺せない。腕前も妖力も、あんたの右に出る者はいないからね』
「…………」
紗夜は、その言葉を思い出し、そっと目を閉じた。
あの言葉――彼女はどんな想いで、殺生丸に告げたのだろう。
神楽は、奈落のいるあの世とこの世の境に通じる門に、殺生丸を導いた。
そして、奈落の心臓に繋がる手掛かりを、殺生丸に与えた。
奈落の分身であり、本来なら奈落の味方であるはずの神楽は、どういう訳か奈落を裏切ろうとしている。
それは、明白な事実だった。
だから神楽は、殺生丸に手掛かりを与え続けるのだろうか?
殺生丸に、奈落を倒させるために…?
だとしたらあの言葉は―――
殺生丸に奈落を倒させる為のものなのだろうか。
それとも彼女は、殺生丸の事を―――……
幾ら考えても、答えが出来る事はない。
――紗夜には、神楽の想いを知る事は出来ない。
だが、それで良かった。
知ってしまえばきっと、もっと苦しくなるだけだから――……
目を閉じた紗夜に、ようやく眠気が訪う。
紗夜はそれに身を委ねると、意識をゆっくり手放した。
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