23話 闇の世界
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『私を、殺してください』
紗夜がそう殺生丸に請うたのは、もう随分昔の事のように思える。
出会ったばかりの紗夜は、その漆黒の瞳に一切の光も宿していない、死ねないから生きているだけの女だった。
多大な妖力をその身に宿し、妖怪に狙われる体。けれど、殺されることも、死ぬこともない体。
周りに生きている命ばかりが奪われ、自分は決して死ぬことはない。
他人に恨まれ、憎まれ、死を望まれる。自分が死ねば良かった、自分が生きているせいで、他の命が犠牲になる。
自分は生きていてはいけない、死んでしまった方がいい。
紗夜はそう思い続けて、自分を責め、嫌って生きていた。
死んだように生きていた紗夜。表情もなく滅多に声を出す事もない、初めはそんな彼女に、深く関わるつもりはなかった。
ただただ興味本位で旅に連れて行った。か弱い人間のくせに、殺してくれなどと、面白い事を言うからだ。
けれど……紗夜が野党に連れ去られ、殺生丸がその場に乗り込んだとき、紗夜は震えていた。
平生感情を表さない紗夜が、初めて強い感情を露わにしていて、僅かながら驚いた事を覚えている。
いくら死を願っていても、彼女はまだ生きている。何度心を殺しても、生きている限り心は死なない。
紗夜は生きていた。
だから、殺生丸は紗夜に惹かれた。
死を望みながら、生きる傷をさらに負いながら、けれど紗夜は立ち上がる。
その度に、少しずつ強さを増して。
何度も生き返る紗夜の心に、殺生丸は惹きつけられた。
死のうがどうしようが、勝手にすればいい。初めはそう思っていた殺生丸の心は、次第に変化していった。
紗夜を死なせたくない、失いたくない、と。
自分が、誰かや何かに対してそう思う事が信じられず、受け入れがたかった。
元来殺生丸の生きる目的は、強さを得る事。父を超える大妖怪になる事。
その目的に、他者への執着などは必要のない。とりわけ情や優しさ、愛などは、あってはならないものだったのだ。
情は弱さに繋がる。敵に自らの弱みを与え、つけこむ隙を与えてしまう。そして情など愛などと、そんな想いを心に持つこと自体が、弱い者の証である。
そんなもの自分には必要ない。
何百年もの永い間、そう思っていたのに。
紗夜が幼馴染の男と一緒に、自分の元を離れ、いずれ死す運命を辿るのかと思った時、胸がざわつき重くなった。
紗夜を死なせたくなかったのだ。それは人間に対する憐れみでも、情けでもなく、殺生丸にとって紗夜が、もう失くしてはならない存在だったから。
紗夜が本心では殺生丸と生きたいと思っていたように、殺生丸も、紗夜と共に生きることを望んでいたのだ。
“冷酷”と言われる大妖怪殺生丸は、ただ一人の人間の女を愛してしまった。
受け入れてしまえばそれは、殺生丸を不快にさせる訳でも、弱くさせる訳でもなかった。寧ろ、大切な者を守りたいというその気持ちが、殺生丸に力を与える。強さを与える。
紗夜が日の光の下、自分の隣で微笑めば、殺生丸はこれまで知らずにいた安らぎを感じた。幸せそうな紗夜が、愛おしかった。
だから、必ず守ると、死なせはしないと、誓ったのだ。
紗夜の幸福に包まれた笑顔を見るために―――――……
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