22話 たった一つの願い事
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八年前のあの日と同じように、村全体が炎に包まれている。
轟々と音を立て、赤く燃え盛る屋敷。
紗夜は困惑した瞳で、女――朝霞を見つめた。
『私は、朝霞。お前の本当の母親だ』
はっきりと告げられた言葉は、到底信じられるものではない。
朝霞の言葉には、なんの証拠もない。
紗夜はここで、この村で、屋敷で何もかも失ってきた。
心も、生きる希望も、大切なものは何もかも。
紗夜の知る母親は、自分を強く憎んでいたあの母――桜しか居ない。
そう、思っているのに。見れば見るほど、朝霞と紗夜は似通っていて、彼女の姿に己の影を見つけることは容易かった。
「…どういうことなの…?」
混乱した中で口を開けば、掠れた声が漏れ出た。
状況を受け入れきれない紗夜を見て、朝霞は冷たい微笑を浮かべた。
「私の言葉が真実だという理由を示してやろう。紗夜よ、考えたことはなかったか?桜は、お前より兄を愛していたと」
「!!」
朝霞に言われて、紗夜は息を呑むと同時に思い出した。
母はあの日、紗夜を一人で村から出そうとしていた。蓮が行くことはないと。
母はいつも、兄の心配を一番にしていた。兄が死ぬと母は豹変し、紗夜を心底邪魔な子供として扱った。
今でも、忘れられない。母のあの、恐ろしい瞳。
「…………っ…」
朝霞の言いたいことが、彼女の言葉が真実だということには、あまりに確証がありすぎる。
「実子でないお前を、桜は心から憎んでいた。だからこそ桜は、お前に本当のことを教えなかったのだ。お前は自分の子ではないと。
実母に憎まれ、その生を否定されていた方が、お前の心の傷は深く苦しくなり、壊れていく。
だから桜は、自分を実母と思わせたまま、お前を憎み、恨み、当たり続けたのだ。桜が一時お前を可愛がっていたのも、全て幻、偽り。
そして私も、お前の生を望んだことなど、ない。お前は誰にも愛されていなかったのだ」
紗夜は俯いて地面を見つめ、その拳を強く握りしめた。
全て、真実なのだ。彼女の言っていることは、全部辻褄が合っている。
ずっと、兄が死んでから母に憎まれてきた。
自分のせいで死んだのだし、そう思われても仕方がない、何度もそう言い聞かせてきた。
けれど、幸せな思い出は確かに胸の中にあって。
紗夜にとってはただ一人の母親、やはり特別な存在だった。
愛情を求めることはもうなかったが、特別だった。
でも、そう思っていたのは、本当に紗夜だけだったのだ。
紗夜は、本当に母に――桜に、憎まれていたのだ。
「…………」
――分かっていたのに、憎まていたことなんて。
今更落ち込むことに、何の意味があるのだろう。
頭ではそう思っていても、心は確かに傷ついた。
真実なのだ。実感は全くないが、本当の母親は、朝霞だという事も…――
そしてその朝霞も、紗夜を憎み、紗夜の心を蝕もうとしている事も…――
―――でも……―――
でも、もう私は、一人じゃない。
紗夜は顔を上げて、ここまで一緒に来た仲間を見回した。
りんも邪見も、目が合えば力強く頷いてくれる。
以前ならきっと、またここで立ち止まってしまっていた。
絶望して、生きる気力を失って、死に逃げた。
――でももう、あの頃の私とは、違う。
紗夜は、こちらを振り返り見る殺生丸を見返した。
その瞳は出会った時と同じ。強く凛としたそれが、今は紗夜に大きな生きる力を与えてくれる。
側で生きろと言ってくれた彼の言葉が、紗夜の生きる希望なのだ。
――もう私は迷わない。大切なものが出来たから…!
紗夜は、強い意志の籠った瞳で朝霞を睨んだ。
紗夜の瞳の輝きを見て、朝霞は眉を顰める。
「…まだそんな顔をしていられるか…。では紗夜、これを見ればお前はどうなる?」
そう言いながら朝霞は、己の懐に手を差し入れ、何かをこちらに差し出した。
「!!それは――…!!」
見覚えのある鈍く光る短刀に、紗夜も殺生丸も思わず息を呑む。
それは紗夜の結界を破る事のできる、要が持っていた、あの短刀だった。
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