8話 生まれた隔たり
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「――――て……。――…ちゃん、…きて…」
遠くでぼんやりと、自分の名を呼ぶ声がする。
緩く意識が戻ってくると、瞼の向こうが明るくて、ゆさゆさと体を揺すられている事に気が付いた。
「千歳ちゃん、起きて」
「………ん……」
さっきより鮮明に声が聞こえて、千歳はゆっくりと瞳を開ける。
見慣れない部屋、壁、天井。
ここはどこだっけ………?
どうして私、ここに……?
ぼうっとする頭で思い出そうとしていると、足元の方から声がした。
「おはよう、千歳ちゃん」
「……!」
聞き覚えのある声に、千歳は慌てて飛び起きる。
そこにいたにんまり顔。
「……沖田…さん……。……!!」
千歳は屈んでこちらを窺う沖田の顔を見、そうして昨夜の事を一息に思い出した。
――昨夜、斎藤や沖田、土方が“人のようなもの”を殺めていたこと。
その“人のようなもの”は、千歳が見てはいけなかったもの。
千歳はそれを見てしまったばっかりに、新選組に殺されるかもしれない立場になってしまった事……―――
――そうだ……それで屯所に連れて来られて……斎藤さんと話しているうちに、いつの間にか寝ちゃったんだ……。
千歳が目を伏せて考えていると、沖田は普段と変わらない様子で言った。
「思い出した?それにしても、よく寝てたね。布団もあったのに、使わなかったんだ」
「………あ…」
沖田に言われてよく見てみると、千歳は昨日座っていた場所からそのままこてんと横になってしまったようで、畳の上にいるままだった。
けれど、体の上には布団にあったはずの掛布団が掛けられていて、千歳の体を温めてくれている。
千歳は掛布団の端を捲り上げながら、沖田に問う。
「…これは、沖田さんが…?」
「ううん、僕じゃないよ。夜中は一君が君を見てたから、一君が掛けてくれたんじゃない?」
「…そうですか…」
千歳はぎゅっと布団を握って、昨晩の彼の背中を思い出した。
胸の中は以前複雑なままで、一晩寝た所で整理などされなかったらしい。
昨日見たモノの正体も見当はつかないし、きっと見当をつけてはいけない。
勿論“あれ”がなんだったのか気にはなるが、千歳が介入して良い事は一つもないのだ。
斎藤は、千歳が見てしまった事は、皆偶々だと分かってはいると言っていたが……。
最悪の場合、口封じで殺されてしまうかもしれない。
その時……彼は、千歳をどうするだろう………―――
「千歳ちゃん」
「!はい…」
不意に沖田に声を掛けられ、千歳はハッと我に返る。
沖田は笑みを浮かべたまま口を開いた。
「君を呼びに来たんだけど、来てくれるよね?一君を含め、新選組の幹部たちが広間に集まってるんだけど」
沖田の口調も表情も、いつもと何ら変わらない。
昨日あった出来事なんて、無かった事のように感じられるほどだ。
「……はい、行きます…」
千歳が小さく頷くと、沖田は機嫌よさそうに笑って立ち上がる。
「うん、素直で良いね。ほら、千歳ちゃん」
沖田はそう言いながら、千歳に手を差し出した。
千歳は少し躊躇ったが、その手をおずおずと取る。
沖田は千歳の手が触れると、掴むように強く引き上げた。
「!」
その勢いに驚いて沖田を見上げると、彼は千歳を見下してにやりと微笑を浮かべる。
「何を話し合うかは、分かるよね?どういう処分になっても文句は言えないから、覚悟しておいて」
「……!」
そう言った沖田の瞳は、昨日みた斎藤の瞳と少し似ていた。
冷たくて、鋭くて。
でも、彼特有のからかわれているような、面白がられているような、そんな色もあった。
彼や、新選組としての真意が読み取れない。
自分はどうなってしまうのだろう……。
不安は確かにあったが、千歳はどこか落ち着いていた。
それがなぜなのか、己の胸に問いながら、千歳は沖田に手を引かれ、屯所の大広間に連れて行かれるのだった。
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