6話 江戸の味
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―――…十一月。
すっかり秋は深まって、京の町は毎日少しずつ寒くなっていた。
「よいしょ…っと…。それじゃあマツさん、行って来ます」
袴を身に付けた千歳は、女物の着物を入れた風呂敷を背負い、マツに一声かけて店を出る。
今日、藤屋はお休みの日。
斎藤が、夕前であれば稽古をつけられる、ということだったので、今から屯所に向かう所だ。
あれから何度か斎藤に稽古をつけてもらったのだが、前回何度も打ち返されて、転んだり尻餅をついたりして、袴も着物も土塗れになってしまった。
店に帰って来た時、どうしたんだ!?と伊織にもマツにも心配されてしまったので、今日は念のため着替えを持って行くことにしたのだ。
本当は袴があればよかったのだが、残念ながら千歳は今履いているものしか持っていない。
屯所で着替えさせてもらう訳にもいかないが…店に入る前、裏口かどこかでこっそり着替えればいいだろう。
夢のような事とは分かっていても、今日こそは一本取りたいなあ……と思いながら、千歳は壬生へと向かうのだった。
――――――――……
屯所に着いて、千歳は例の如く玄関口へ向かった。
「…あれ…?」
が、いつも開いているはずの木戸は閉ざされており、心なしか中もしん…としている気がする。
日にちを間違えてしまっただろうか…と一抹の不安を抱くが、様子を見るために中庭の方へと回り込んでみた。
「あ……!」
千歳は、縁側でごろんと横になっている人物を見つけて、思わず声を上げる。
「…ん…あれ?千歳ちゃん?何、その恰好」
「沖田さん!」
沖田は寝転んだまま千歳に視線を移すと、面白そうに口の端を吊り上げた。
千歳は見知った人物を見つけて安堵しながら、彼の傍まで歩いて行く。
「あの…剣の稽古をつけてもらいに来たんですけど…」
「稽古…?ああ、そう言えば一君に教えてもらってるんだっけ。だから袴なんだ」
「はい。斎藤さんは、お留守ですか?」
千歳が尋ねると、沖田は欠伸を一つして体を起こした。
「うん。一君なら、今夕餉の食材の買い出しに行ってるよ。結構前に行ったから、そろそろ戻ってくると思うけど」
「そうですか……」
忙しい時に来てしまったかもしれない。
治安維持の仕事もこなしつつ、食材の買い出しもしなければいけないなんて…新選組は、千歳が思っていた以上に大変そうだ。
そんな中、斎藤が時間を割いて千歳の稽古もつけてくれているなんて、何だか申し訳なくなってくる。
出直した方がいいかもしれない、と千歳が思っていると、沖田が思いついたように声を上げた。
「あ、そうだ。千歳ちゃん、一君もまだ帰って来ないことだし、僕が稽古つけてあげようか?」
「…え!?沖田さんが…ですか…?」
沖田の意外な提案に、千歳は目を見開く。
すると沖田は、にっこり笑って頷いた。
「うん。僕の稽古は、一君みたいに厳しくはないけど……」
と、沖田はそこまで言って言葉を区切ると、すっと瞳を開けて千歳を見据える。
「女の子だからって手加減はしてあげられないから、ちょっと怪我しちゃうかもしれないけど、ね」
「!!」
沖田のその眼差しが、楽しんでいるような本気で言っているような、不思議な色をしていて、千歳は目を見開いた。
思わず言葉を詰まらせていると、不意に足音が聞こえて来て、廊下に人影が現れる。
「おやおや、沖田君の楽しそうな声が聞こえると思ったら…珍しいお客様ですね」
「ああ、山南さん。この子、今一君が稽古をつけてあげてる子なんですよ」
穏やかに言いながら現れたその男――山南は、くいと眼鏡を持ち上げて千歳を見た。
雰囲気は優しくて穏やかなのに……何処か全て見透かされているような感じがする。
男は目を細めると、油断ない口調で言った。
「なるほど…。斎藤君という事は…あなたはもしやあの、羊羹をくださった藤屋のお嬢さん、という事でしょうか」
「…!!」
この格好で直ぐに女だと言われてしまったうえ、どこの娘かまで特定されてしまって、千歳は驚きにぴくんと肩を上げる。
すると、沖田が楽しそうに笑んで尋ねた。
「さすが、山南さんですね。でも、どうしてこの子が藤屋の子だって分かったんですか?」
「簡単ですよ。今まで斎藤君を訪ねて来た女性は、私の知る限りでは、先日の藤屋の方しかいませんからね。彼に女性の知り合いが多いとは思いませんし」
「はははっ、そうですよね。一君、そういうの疎いし」
そう言って笑う二人をぽかんと眺めていると、山南が再び千歳を見やる。
千歳は彼と目が合って我に返り、頭を下げた。
「あ…私、藤屋の更科千歳です。お世話になってます…」
「私は新選組総長の山南敬介です。こちらこそ、先日はありがとうございました。とっても美味しく頂きましたよ」
「!よかったです…!」
山南が柔らかく笑んでくれたので、千歳も安堵し、つられて微笑む。
山南はこれから用事があるので…と言うと、来た時と同じように、静かに廊下の向こうへと歩いて行ってしまった。
残された千歳と沖田は、山南の後ろ姿を見送る。
そして、先に口を開いたのは沖田だった。
「で、どうする?千歳ちゃん。僕と手合わせ、してみる?」
「……えっと……」
千歳は俯いて思案する。
斎藤は忙しそうだから、出直そうかと思っていたが…。
せっかくここまで来たのだし、別の人と手合わせをするのも勉強になるだろう。
沖田もこう言ってくれているし……手加減なしというのは少し怖いが……。
千歳は考えあぐねた末顔を上げると、沖田に向かって頷いた。
「沖田さん、宜しくお願いします」
「うん、そう来なくっちゃ」
千歳の返事に、沖田は子供のような満面の笑みを浮かべるのだった。
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