15話 赤い呪縛
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元治元年(1864年)六月某日――…
千鶴は、屯所の自室でじっとして、障子戸を開けて涼んでいた。
京には夏が来ていた。京の夏は蒸し暑くて、家の中でじっとしているだけでも、汗をかいてしまう。
だが、日が沈むと少し暑さも和らいで、こうして大人しくしていれば、涼を取る事が出来た。
伏見で父を見たという噂を聞き、斎藤と千歳が真偽を確かめに行ってくれたのが、早一月前――…
結局その噂は別人だったという事で、わざわざ赴いてくれた二人には申し訳なかったし、千鶴もようやくもたらされた手掛かりだと思っていたので落胆したが…。
あれから千鶴は、隊士の巡察に同行して、父探しを出来るようになった。
まだ希望が無くなった訳ではないと自分に言い聞かせ、その度に千鶴は思い出す。
伏見に行ってから次に会った時、千歳が自分を励ましてくれた事を――…
千歳は、落ち込んでいた千鶴を慰め、きっと見つかると、力強く言ってくれた。
父が見つからず、気が滅入りそうになったとき、千鶴は彼女の言葉をよく思い出している。
「千歳さん、今日もお店かなあ…」
ぼんやりと縁側を見つめながら、千鶴が一人呟いた時。
――バタバタバタ…!!
屯所の廊下を走る、大きな足音が聞こえて来た。
その足音は一人や二人の物ではなくて、ひっきりなしに聞こえて来る。
「…今日は何だか騒がしいなあ…」
千鶴は、日が落ちる前、廊下で偶々会った永倉の事を思い出した。
彼は五寸釘と蝋燭を持って、「長州の間者を捕まえたが、中々口を割らない」とぼやいていたのだ。
もしかすると、その件とこの騒ぎは、何か関係があるのだろうか…。
そう思って、千鶴は膝を着いてもそもそと戸口の方に歩き、顔を覗かせて廊下を見た。
見れば、隊士の数人が慌てた様子で廊下を駆け抜けていた。
やっぱり何かあったようで、千鶴は気になってしまい、自室を出る。
誰か話を聞ける人はいないかと思い、広間に向かっていると、丁度目の前の廊下を駆け抜けていく平助の姿を見つけた。
「平助君!」
「!千鶴!」
平助は千鶴の姿を認めると、立ち止まってこちらを振り返ってくれる。
「何かあったの?何だか皆、バタバタしてるけど…」
「ああ。あいつがようやく口を割ってさ。今夜、長州の奴らが会合するらしいんだ。で、オレらは討ち入り準備中ってわけ」
平助はいつもより早口にそう言うと、千鶴に簡単に説明してくれた。
これから新選組は、会合が開かれる可能性がある二つの旅籠に、二手に分かれて向かうらしい。
一つは、池田屋に向かう近藤ら十名。そして、四国屋に向かう土方ら、二十四名。
四国屋の方が本命であろうという推測から、人数配分は土方の隊の方が多いそうだ。
それでもやはり、動ける隊士は三十名少しと言う事で、会津藩や所司代にも連絡をしたそうだが…未だに動く気配はないらしい。
苦い顔をする平助を見送っているうち、瞬く間に隊士達は屯所を出て、千鶴は残った山南と共に留守番をすることになったのだが…――
――その、一刻程後―――
千鶴は、暗い夜の通りを一人、全速力で走る事になる。
――本命は、池田屋―――
その言葉を、四国屋に向かった土方達に伝える為に――……
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