13話 選んだ道
【名前変換】
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――頭の中に、朧げに浮かんでいた。
それはもう随分昔の事で、思い出すと懐かしくて、少しだけ胸が痛くなって、けれど――……
とても、温かいものだった――……
それが、千歳がここに来た理由。
千歳が足早にやって来たのは、山南の部屋の前だった。
襖の前で呼吸を整え、千歳は膝をついて、中に向かって声を掛ける。
「失礼します。…山南さん、千歳です」
「…千歳さん…?まだ何かご用ですか?」
感情の籠らない声が、襖の向こうから聞こえてきた。
千歳は、知らぬうちに手に力を込めて、彼に答える。
「あの……、山南さんのお食事、私に作らせて頂けませんか…?どうしても、山南さんに召し上がって頂きたいんです」
千歳がそう言うと、ややあってザッ、と目の前の襖が開いた。
顔を上げると、山南が鬱陶しそうな瞳で千歳を見下している。
眼鏡の奥にある双眼は、冷たかった。
「私には不要だと言ったはずです。死なない程度には食べますので、あなたが心配する必要はありません」
突き放すような言葉が返ってくる。
微かに感じた悲しみに、千歳の眉間が一瞬ぴくりと動いた。
けれどその悲しみは、自分に向けられた言葉の冷たさから生じたものではない。
彼が、自分自身の体をないがしろに扱っているような気がして、それが悲しかったのだ。
千歳の申し出が拒絶される事は、分かっていた。
でも、それでも――…
あの時、千歳には手を伸ばしてくれる人がいた。
拒んでも、拒んでも、手を伸ばし続けてくれる人達がいた。
だから、千歳はその差し出された手を取り、今生きる事が出来ている。
千歳は、ぎゅっと唇を引き結んでから山南を見据え、言葉を選びながら答えた。
「……いえ、それでは十分ではありません。傷の塞がりも遅れます。出過ぎた事を言っているのは、重々承知です…。でも……どうしても、山南さんに食べて頂きたいんです…」
千歳が懇願するようにそう言うと、山南は溜息を付き、踵を返す。
「…お引き取りください。あなたに、とやかく言われる筋合いはありません」
「…でも――…」
彼の背に向かい、千歳が更に言葉を紡ごうとすると、山南は勢いよくこちらを振り返って、一息に捲し立てた。
「…――っ…いい加減迷惑です!放っておいてほしいと言っているのに、あなたは随分とお節介な人なのですね…!そうやって私の事を心配しているようですが、本当は自分が善人だと周りにひけらかしたいだけなのではないですか!?」
「……っ…」
初めて声を荒げた山南に、千歳は思わず息を呑む。
向けられた言葉の刃に、僅かに心が揺さぶられたが、千歳には大きな悲しみや怒りはやってこない。
ただ、あの穏やかな山南が、ここまで露骨に感情をぶつけてくる姿に、千歳は、目を細めた。
彼の負った傷は、どれほど深いものなのだろう。
千歳には、その傷の深さを真に知る事も、治す事も出来はしない。
立ち上がるのは、彼自身の力でなくてはいけない。
でも―――……
立ち上がる為に、手を貸す事だけは出来る。
手を伸ばす事も、千歳には出来る。
彼等が、千歳にそうし続けてくれたように――……
――山南は、あの時の千歳と、よく似ていた――……
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