44話 欲しいのは君と、君との未来
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「恭弥さん…!」
後ろを振り返り、雲雀のあからさまに不機嫌な顔を見た音羽は、びくりと肩を跳ねさせた。
驚きと焦りの入り混じった声が口から零れ出るが、もう遅い。
彼がそんな顔をしている理由が分からない程、音羽は愚鈍ではなかった。
自然と体が動いてしまったとは言え、音羽がツナの手に触れてしまったからだ。
彼の姿を見た瞬間――…ツナが生きていると思ったら、それをちゃんと確かめずにはいられなくて、音羽はつい衝動的に身体を動かしてしまった。
当然そこに、何かの意味や意図がある訳もない。
雲雀を守らなければと思って体が勝手に動いてしまう時と同じように、さっきも、考えるより先に行動してしまっていた。
しかし、幾ら音羽に他意が全くなかったとは言え、雲雀を不快にさせてしまった事に変わりはない。
音羽は未だ眉を顰めている雲雀をおずおずと見上げ、慌てて彼に謝った。
「ご、ごめんなさい…恭弥さん…。私、さっき咄嗟に体が動いてしまって……」
雲雀自身、音羽がとった行動に特別な理由があったなどとは、微塵も思っていないだろう。
ただ彼は、音羽が他の男に触れてしまった事実が気に入らないのだ。
雲雀の独占欲の強さを、身を以って知っている音羽は、彼に対して申し訳なく思うと同時に、きっとまた叱られてしまうであろう未来が見えて項垂れた。
しかし―――……
音羽に降って来たのは、いつものお説教でも、彼の文句でもなかった。
「………はぁ…」
「…!」
唯一つ、雲雀がついた深い溜息に、音羽は弾かれたようにパッと顔を上げる。
その時雲雀は、丁度音羽から視線を逸らしたところで、彼の目線はツナの方を捉えていた。
「…何してたんだい、沢田綱吉。山本武と獄寺隼人は、その林の中だ」
「え…!?あっ……!!――ご、獄寺君、山本!!!」
ツナの方も、雲雀が音羽に何か不満を漏らすと思っていたのかもしれない。
あるいは、その不満の矛先が運悪く自分に向けられるような事がなかったからか…。
いずれにせよ、彼も一瞬意外そうな顔をして目を丸くしていたが、雲雀の言葉に友人の姿を思い出し、示された方に走っていく。
すると、マントを羽織った綺麗な女性が一人、ツナの後を追って行った。
音羽は見た事のない女性だったが、どうやらずっとツナと一緒に居たようだ。
普段ならそれくらい気が付くはずだが――…どうやらそんな事にも気付かない程、音羽はツナの方に気を取られてしまっていたらしい。
雲雀が怒るのも、無理はないと思ってしまう。
「………」
音羽は二人の背中を呆けたように見送って、それから恐る恐る、窺うように雲雀の顔を見上げた。
彼もツナ達の後ろ姿をじっと見据えていたが、“気を損ねている”以外に、他の感情が読み取れない。
音羽は、胸の中がもやもやするのを感じて俯いた。
彼の、あの溜息の意味は何だろう。
諦めとも、呆れとも、許しとも取れる溜息だった。
――…普段なら、絶対もっと何か言って怒るのに…。どうして……?
音羽は珍しく、眉を寄せて考え込む。
普段の雲雀なら、それが許しのものでも呆れたものでも、溜息に追加して何か文句を言ってくるのが常である。
――しかし、先程の雲雀は何も言ってこなかった。
音羽だって、積極的に雲雀に怒られたい訳では勿論ない。
だが、これまで怒っていた事を急に看過されると―――……自分でも不思議だと思うが、何だか不安な気持ちになってしまう。
…――思い返してみれば、ドイツでケーニッヒに手を引っ張られたあの時も、雲雀は少し苛立っていたけれど、怒るでもなく、何か言ってくる訳でもなかった。
あの時は、偶々雲雀の逆鱗にそこまで触れなかったのだろうと思って、余り気にしていなかったが―――……
もしかしたら、とうとうこれまであった色々な事が積み重なって、本当に呆れられてしまったのかもしれない。
……そればかりでなく、もし彼に愛想まで尽かされてしまったら――。
「――――」
そんな思いが頭を少し過った瞬間、心臓が嫌に早く打ち始めて、胸が重くなる。
何の根拠もないし、彼の優しい眼差しを思い返せば、そんなはずはないと思うのに。
頭の何処かで否定していても、それは音羽にとって最も耐え難い事であるが故に、一度浮かんでしまうと、そう簡単には消えてくれない。
雲雀に尋ねたい事や、ツナ達に伝えなければいけないことも、沢山あったはずなのに。
音羽はどうしても耐え切れなくなって、側にあった雲雀の右腕を、縋るように掴んだ。
「っ…恭弥さん……」
頼りなく震えた声が出てしまったが、雲雀はゆっくりとこちらを振り返ってくれる。
彼は音羽を見ると僅かに目を瞠ったが、相変わらず何を思っているかは分からない。
しかし、雲雀が自分を見返してくれるだけで、どこか少し安堵してしまう。
雲雀はしばし観察するように音羽の顔を覗き込んでいたが、やがて先程のものより小さく、息を付いて呟いた。
「………来て」
「……えっ…?――あ、あの…!?」
雲雀は音羽の腕を掴むと、強く引いてつかつかと歩いて行く。
困惑しながらも大人しく付いて行くと、雲雀は境内の手前で足を止め、霧のリングを素早く指に嵌めた。
すると程なくゴゴゴ…と機械の動く重い音がして、雲雀は躊躇いなく、境内の方に一歩足を踏み出す。
音羽も続けて歩を進めると、辺りの景色は一瞬で変わり――……
音羽と雲雀は、彼のアジトに続く階段を、コツコツと靴音を響かせながら、足早に降りて行った。
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