40話 戻らない時間
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――ツナの訃報を聞いた、翌日――…
音羽は昨日と同様に、ケーニッヒの研究室で炎の抽出作業を行っていた。
ケーニッヒ曰く、理論上作成可能な匣の設計図は、もう出来たらしい。
それは、音羽の為に作られた、音羽専用の匣兵器。
これまで作られたことのない、新しい“天”の匣。
音羽は七属性の炎を全て灯す事が出来るが、身体に流れている波動は既存の波動とは全く異なるらしいので、通常の匣作成時に使用する人工的な炎エネルギーではなく、音羽自身から直接採取した炎をベースにしなければ、匣の作成は不可能らしい。
だから音羽は、右手の四本指と左手の三本指にそれぞれ器具を付け、七つの属性の炎を同時に放出していた。
「………」
音羽は七色に零れ出る炎を見下し、気を集中させていく。
赤、黄、青、緑、藍、紫――
――そして、橙――……
小さなオレンジ色の炎を見つめて、音羽は眉根を寄せた。
温かいこの炎を見て思い出すのは、勿論ツナのことだった。
未だに、彼の死を受け入れきれていない自分がいる。
そんな話は嘘だ、と否定したい。
けれど――…それは全て本当の話で、ツナはもう、この世にはいないのかもしれない――…そう思っている自分も、確かにいた。
…昨夜ひとしきり泣いた後、音羽は眠れないままベッドに入って、ツナが射殺された経緯を思い出していた。
ミルフィオーレ側は、ボンゴレ本部が陥落した時点で、ツナを“交渉”の席に呼び出したという。
だがそこでは交渉など一切行われず、ツナは一方的に射殺されてしまった。
そういう世界だと言われれば、仕方がないのかもしれない。
でもそれは余りに酷くて、卑怯な事だと音羽は思うのだ。
ツナの柔らかい笑顔が頭の中を過る度、どうしてあんなに優しい彼が、と思ってしまう。
心の中がざわついて、重くなって、悲しくて、悔しくて、音羽の七色の炎は大きく揺れる。
音羽はもう何度目か、ツナと初めて話した中学二年生のときの事を、また自然と思い出していた。
まだ並中に転校してきたばかりで、気軽に話せるような友達もおらず、放課後の図書室通いが日課になっていた頃。
獄寺や山本と一緒に図書室にやって来たツナは、一度も話した事がない音羽にも、物腰柔らかに接してくれた。
ツナは人の気持ちがよく分かる人で、音羽が困っていると気が付いて声を掛けてくれたし、落ち込んでいるときは元気が出るように励ましてくれた。
黒曜ランドで色々あったときも、ヴァリアーが来たときも、その後も、ずっと助けてもらっていたし、親しくさせてもらっていた。
気が付けば、もうすぐ十年の付き合いになろうとしていたのだ。
音羽にとっては大切な仲間であり、ずっと変わらない友達の一人だった。
「……」
音羽は俯いたまま、机の上に置いていた拳に力を込める。
指に嵌めている器具が邪魔をして、上手く手を握れない。
けれど音羽から放たれる炎達は、音羽の悲しみや怒りの感情に呼応して、先程よりもその大きさと強さを増しているようだった。
「……昨日と違って、今日は随分調子が良いね」
そう不意に声を掛けられて、音羽はゆっくりと視線を持ち上げる。
その先には、にっこりとこちらに笑顔を向けた、ケーニッヒの姿があった。
音羽は彼に薄く微笑みかけたが、何か言葉を紡ぐ気にはなれず、再び目を伏せる。
ケーニッヒは無言の音羽をしげしげと見つめ、ややあってから口を開いた。
「…音羽ちゃんが今考えているのは、ボンゴレ十代目のこと?」
「…!」
言い当てられた音羽は、僅かに息を呑んで顔を上げ、ケーニッヒを見やる。
音羽の表情に浮かんでいた疑念の色を認めて、ケーニッヒは苦笑を浮かべた。
「知ってるよ、ボンゴレ十代目の訃報はね。俺も“こっち”の人間だから、そういう情報は直ぐ入ってくる。しかもそれがボンゴレのボスとなれば、伝達速度は一瞬さ」
ケーニッヒはそう言いながら、顔を曇らせた音羽を覗き込む。
「……ボス想いなんだね、音羽ちゃんは」
――…どこかの誰かと違って。
と、ケーニッヒは心の中で付け足しながら、相変わらず後ろのソファで傲然と座っている雲雀をちらりと見る。
音羽は目線を落としたまま、小さく呟いた。
「……同級生だったんです、沢田くんは…」
「………」
音羽のか細い声を聞き入れたケーニッヒは、音羽の横顔を見下し、唇を結ぶ。
彼女にとってボンゴレ十代目は、単なる“ボス”というだけではないらしい。
深い悲しみを湛えた瞳の奥底に沈んだ、確かな怒り。
ケーニッヒはそれを見つけて、音羽の顔をまじまじと見つめる。
――…意外だな。ボンゴレが死んで、てっきり昨日より沈んでるんじゃないかと思ったけど…。
寧ろ炎は安定してる。ボンゴレを殺された事に対する怒りが、彼女の中の覚悟を強めているのか。
普段は穏やかな彼女の瞳に、怒りという感情が滲んでいるのは少し不思議な感じで、ケーニッヒはついその瞳に魅入る。
そして、ゆっくりと音羽の手元に視線を移すと、その炎はやはり、彼女の心を表すかのように煌々と、ただ静かに燃えていた。
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