34話 霧の少女
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ヴァリアーとの戦いから、一週間が経った頃。
すっかり日常生活に戻って、音羽は毎日学校に行き、休み時間や放課後は雲雀と過ごしたり、図書室に行ったりと、穏やかな日々を過ごしていた。
そんな折の、ある休日のこと――…
音羽は、電車に揺られて隣町の黒曜に来ていた。
というのも、来週末に温泉旅行に行く母に、買い物を頼まれたのだ。
先日、母が商店街の福引で一等の温泉旅行ペアチケットを当てたので、普段は仕事で忙しく、中々ゆっくり出来ない父と、夫婦水入らずで行く事になったのである。
その為、片桐家は今、旅行の準備に追われていた。
黒曜駅の近くの商店街には、母が長らく愛用している化粧品メーカーのショップがある。
残念ながら並盛にはないお店なので、母はいつも、わざわざ黒曜まで買いに行っているのだ。
丁度化粧水を切らしてしまったらしく、別の買い物をする母の代りに、音羽がお遣いに出されたという訳である。
以前バスで行った黒曜ランドは、すっかり廃れてしまっていたが、黒曜駅の方は並盛と変わらない位の活気があった。
音羽は母から聞いた道順を辿り、目的のショップに着いて、頼まれていた物を買った。
そうして用事を終え店を出て、見慣れない商店街を見回しながら、音羽はこの後どうしようか考える。
――黒曜駅まで来ることなんて滅多にないし……。少しだけお店を見て回るのも、偶にはいいかも。
うん、そうしよう、と心の中で思って、音羽は商店街を歩き出した。
私服を着て外を出歩くのも、随分久しぶりな気がする。
長袖の白いブラウスに、ネイビーを基調の色とした、チェック柄の膝下丈スカート。
ブラウスの袖にちょっとした花模様の刺繍が付いているのが、お気に入りだ。
学校のある日は絶対制服だし、休みの日も雲雀がいるので学校に行く事もあって、私服を着る機会がめっきり少なくってしまった。
久しぶりに着る私服と、見慣れない景色が新鮮で、何だか楽しくなってくる。
雑貨屋さんに、本屋さん。お洋服屋さんにも行ってみて、音羽はウィンドウショッピングを楽しんだ。
可愛いワンピースやスカートを物色し、手に取ったとき、音羽は不意に思う。
――…雲雀さんって、どういう服が好きなんだろう…。
女の子の服装の好みが、雲雀にもあるのかどうかは分からないが、彼女として気になる所ではある。
でも、雲雀は外見にとらわれるような人ではないし、何でもいいよと言いそうな気がしないでもない。
ワンピースの掛かったハンガーを元の場所に戻し、音羽はぼんやり考えながら店を出る。
そうして商店街の方へと一歩足を踏み出したとき、音羽はふとある事に気が付いて、ぴたりと動きを止めた。
――…そう言えば私……雲雀さんと私服でどこかに出かけた事ない…。雲雀さんの私服も見た事ないし…。
……あれ…?っていうか、二人でどこかに出掛けた事自体、ない……!?
今更ながら、その事実に気付いてしまって、音羽は道端で立ち尽くし、愕然とした。
以前、付き合う前の事だが――…夏祭りで浴衣を着て、一緒に花火を見た事はある。
でもそれは偶々夏祭りで会う事が出来たからであって、約束をして会ったわけではない。
それに制服ではないとはいえ、私服ではなく、浴衣だった。
つまり音羽は、雲雀と付き合ってから、まだ一度もデートをしたことがないのだ。
想いが通じてからも落ち着く間なくヴァリアーとの戦いがあり、二人でどこかに出掛けるなんて発想が浮かぶ暇さえ無かった。
でもよく考えたら、手だって繋ぐし、キスもしたことがあるのに、一度もデートをしたことがないなんて……悲しすぎる。
「ああ…でも…」
音羽は悶々としながら、つい独り言を呟いた。
――…デート…って、どう誘えばいいんだろう…?そもそも、私から言ってもいいのかな…。
どこかに行きたいから、一緒に行きませんか?って言えば、一緒に行ってくれるかなあ…。
でも雲雀さん、人が群れてる所は嫌いだし…。どこなら一緒に行ってくれるんだろう…?
付き合うのも初めてであれば、デートなんて行くのも初めてで、何をどうすればそういう流れが出来るのか分からない。
ぐるぐる色んな事を考えていると、つい眉が険しく寄ってしまう。
往来の中で、ついうーん…と頭を悩ませていると、唐突に背後から声がした。
「…音羽…?」
「!」
聞き覚えのある、透き通った女の子の声に、音羽はハッとして後ろを振り返る。
黒曜中の制服に、髑髏模様の眼帯。
特徴的な髪型に、紫色の綺麗な瞳を持つ少女。
「ク、クロームちゃん…!」
不思議そうな顔をしてこちらを見るクロームに、音羽は思わず声を上げてしまった。
思考の海から急に引き上げられてびっくりしたのもあるが、クロームに遭う機会など滅多にないので驚いたのだ。
だが、よく考えればここは黒曜だ。黒曜中に通うクロームがいても、何も不思議ではない。
寧ろ何でここにいるの?と思われるのは、音羽の方だろう。
案の定、クロームは小首を傾げて音羽の顔を覗き込んできた。
「どうしたの…?」
問われて、音羽は一瞬答えに戸惑ってしまう。
どうして黒曜にいるの?という意味なのか、どうしてこんな所に突っ立っているの?という意味なのか…。
分からないままだったが、音羽は苦笑して、一先ず一般的な方を彼女に答える。
「えっと、ちょっと買い物に来てて…。クロームちゃんも?」
音羽は、クロームの手に握られているビニール袋に視線を落として尋ねた。
クロームは自分の手元を見下し、小さくこくりと頷いて答えてくれる。
「リップクリーム…。あと…――!」
「…?」
言いかけて、クロームはハッとしたように口を閉ざす。
続けて顔を俯けてしまって、今度は音羽が首を傾げた。
何か悪い事でも聞いてしまっただろうか…。
「…クロームちゃん?」
不安に思いながらクロームの顔を覗き込むと、頬がほんのりピンク色に染まっている。
そして、何か言いたそうにもごもごと口を動かしていて、音羽は何となく、彼女の気持ちが分かった気がした。
言いたいけど、言っていいのか躊躇っている――…そんな表情だった。
そういう時があるのを、音羽はよく知っている。
初対面の時から、不思議な雰囲気を持っていたクローム。
骸と深い関係があるし、少し話しづらいのかもしれないと思っていたが、体育館で会ったあの時と同じく、今のクロームの瞳にも邪気がない。
霧戦の時は凛々しく戦っていたクロームだが、こんな顔もするんだ…と思うと、そのとき少しだけ彼女が身近に感じられて、音羽は自然と微笑んでいた。
「あの…クロームちゃん。もし良かったらなんだけど…、ちょっとだけどこかでお話ししない…?」
「!」
クロームは、音羽の言葉に顔を上げると、大きな瞳を輝かせて頷いた。
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