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《其ノ弐拾参》悪い奴には粛清を、想い合う二人に祝福を
❀
「………何騒いでんだって聞いてんだ、だんまりかコラ。今まで達者に動かしてた口はどこに行った」
何ともまあベストタイミングで現れる土方さんだこと…逆に何も気付いてないとは信じ難く、もう持っているとしか思えない彼の嗅覚にも、これまた感服です。暫く放心状態だった私達だったが、遂にその状況を打破すべく朝宮ねねが口を開いた。さっきまでとは打って変わり、いつも通りうるうる水分の多い瞳。今となっちゃ最早狙ったあざとさの困り眉。……土方さんお願いだから、ここいらで早めに目覚まして下さい。
「土方さんっ……どうしようっ……!
私どうやらこの二人に嫌われてしまったみたいでっ……」
「おいおい馬鹿も大概にしときなせェ。いつまでそのキャラ演じるつもりですかィ?言い逃れ出来ねー証拠は揃ってるっつってんだろ」
「…話が見えて来ねェ、どーいう事だ」
「アンタのその鈍感レベルも脅威だな、…本当に気付いてねーのか?
…名前の様子がここ最近おかしかった理由。突然変な噂が流れ出し立場が危うくなった理由。
………全部、この性悪女が仕組んでたって事でさァ」
きっ、と土方さんを睨む様な鋭い目つき。握りっぱなしだった私の手を引いて、総悟は私と彼を向かい合わせた。 …上手く土方さんの顔が見れない。どんなこと言われるか分からない。だってこの二人、私が居ないところで既に仲は深まっていて、良い感じになっちゃってるかもしれないじゃん。てかもしかしたら付き合ってるかも。思い込みに耽っていたら、重力に耐え切れずぽたりと一筋の涙が落ちた。そんな私に追い討ちをかけるように詭弁を語り始める朝宮ねね。もう辞めてくれないかな。一体私があなたに何をしたっていうんだ。
「酷いです沖田さんっ…!!私そんなことしてな」
「………本当なのか、名前」
「…………へ、? 」
「……お前が倒れたあの日、何か言いたそうな顔してたのは分かってた。それが…あの時俺が聞いても答えなかった事実なのか?」
…大丈夫だから顔を上げろ、と諭すような優しい声。いつも人の気なんてひとつも分かってないような素振りのくせに、どうしてこういう時ばっかり分かっちゃうの…?土方さんの声に吸い寄せられるよう、ゆっくりと視線を交わらせる。
…そこまで分かってるなら、私の気持ち全部汲み取ってよ。私があなたにどうしようもないほど恋をして、もう後には引けないってこと。総悟でも銀ちゃんでもない、私がここまで心揺さぶられるのは___世界中探してもきっともうあなたしか居ない。
土方さんがぐっと両の拳を握りながら、いつになく真剣な顔で私の返事を待っている。…本当に言っても大丈夫なのかな。本当に土方さんは私を信じてくれるのかな。いつもはおちゃらける総悟ですらこういう時は大人しく出来るんだから調子狂っちゃうよ。それはまるで永遠にも思える時間だった。__意を消して、喉から事実を捻り出しかけたその瞬間、私の目の前には___
勢い良く土方さんの胸に飛び込む朝宮ねねの姿が、スローモーションのように映った。
「………おい。何の真似だ、」
「っ……土方さん、まさかこの二人の言うことは信じて、私の事信じてくれないなんて、そんなわけないですよね……?
忘れちゃったんですか…?
こんなふうに、優しく抱き締めてくれたのに……!」
「は…?…いや、お前なあれは」
______もう、全てがどうでもいい。
気付けば私は、その場所から逃げるように総悟の手を振り払って駆け出していた。
そうかもしれないとは覚悟していたけれど、やっぱり本人の口から聞くのは相当ダメージが大きい。
結局私は負けた、あの子が何枚も上手だった。だんだんと遠ざかっていく私を呼び止める声の主は総悟?土方さん…?涙でぐちゃぐちゃの顔を着物の袖で拭いながら屯所を飛び出す。門番係の隊士さんがただならぬ雰囲気を察して追い掛けて来ようとしたが、大丈夫です来ないでください!と叫んで、私は行く宛てもないままただひとりで、街灯だけが光るかぶき町の道を走るだけだった。
・ ・ ・
「名前!!!」
土方さんがテメーの胸に引っ付く性悪女を引き剥がして、名前を追い掛けようと身を乗り出した。ああ、本当にコイツらを見てると堪忍袋の緒が何個あっても足りねーや。最後の最後に修復困難な爆弾を落としていった今回の騒動の張本人は、白々しく目元に光る涙を拭いながら土方の行く手を引き留めている。………俺は女の目の前に立ちはだかり、ありったけの力で頬を引っぱたいてやった。別にそんな強くしてねェよ、女にしては手加減してねーって位でィ。
「っ………!!!痛っ…、」
「……これ以上俺に痛くされたくねーなら、その汚ェ手さっさと土方から離せよ。阿婆擦れが」
「………総悟、お前」
「アンタもモタモタしてねェでさっさと追い掛けたらどうなんです?俺が今から渡すこの女の悪事の数々を一分以内で全部理解しろ、分かったんなら行け。名前連れ戻すまで帰って来んじゃねェや腑抜け野郎」
ポケットに入れっぱなしだった、全ての証拠が揃ったとっておきの俺のスマホをぶん投げると、土方は反射的にそれを両手で捕まえた。言われるがままに開いてあった写真フォルダを凝視し、しばらくして奴の表情から困惑と疑問の念がスッと消えていく。___そこには流石の鬼の副長とも呼ばれる男。冷酷で無情な瞳が射るようにその女を見詰めていた。
「ひ、土方さん………?待ってください、それはフェイクで、 」
「…………総悟、コレ返すわ。あとコイツは」
「言われなくても分かってやす。アイツ連れ戻せなかったら今度こそ………本当にアンタのこと殺すからなァ」
「……………………行ってくる」
土方の手から薄い端末を受け取ると、俺は朝宮の手首を乱雑に掴んで手錠をかけた。気付けば土方の姿はもうそこにはない。……まあ好きな女のことになると速ェのなんの。だが俺のやる事は変わらない。悪事を働いた者には必ず粛清を下す。それが真選組の法度だから。
「っ待って、土方さ___」
「傷害に窃盗、恐喝侮辱…その他諸々ありますが。テメェには朝まで詳しく話聞かせてもらいやしょーか」
「はぁ……!?ちょっと何なのよ、こんな……外しなさいよっ!!!父上と母上に言い付けてやる……!!」
「まさに馬鹿は死んでも直らねェってな、自分のやった事に責任も取れねー小物が。ウチの敷居を跨いで悪事を働くってのはこういうことでさァ。存分に後悔させてやるよ」
若い女にこの仕打ちが気の毒だなんてちっとも思わねー。嫌々と抵抗する朝宮を取調室まで引っ張り込む。…こっちだってあの野郎に不本意ながらチャンスを与えちまったことで虫の居所が悪ィんだ、観念して大人しくしろ。
付け上がらせたくねェから口が裂けても言わないが、…俺ァ好きな女を自分の物にするより、…好きな女の幸せの為にこの身を粉にするってのも悪くねェなんて。いつの間にかアイツに絆されちまってたのは土方の野郎だけじゃなくて、俺も同じってことでさァ。
・ ・ ・
もうどれくらい歩いたのか分からない。
流石眠らない街新宿かぶき町。気付けば私の足は街中に向かっていた。煌びやかな夜のライトアップは、皮肉にも今の私の気持ちとは裏腹、いつもより光り輝いて見える。辺りはこんなに賑わっているのにどうして私は独りぼっちなんだろう。
すれ違う人の中に、私みたいに今にも泣き出しそうな人なんて一人も居やしない。感傷に浸るにはやっぱり場違いだったんだ、こんな賑やかな所は。財布も携帯も持たずに屯所を飛び出して来てしまったせいで、ヤケ酒も出来なければ迎えだって呼べない。可能性があるのだとすれば、総悟が私を追い掛けて来てくれた場合、それしかないわけで______
「………っ、お前なァ、逃げ足速ェんだよ、!……ったく、こんな遠くまで来やがって……」
ぐっと肩を引かれて振り返った先には、___膝に手を付き、肩で呼吸をしながら必死に私を引き留める土方さんの姿があった。
………何で。
総悟だと思ってたのに、そうじゃなかった。
土方さんが私を追いかけて来てくれた。
死ぬほど嬉しい筈なのに、息を切らしながら私を見つめる彼の姿がだんだんとぼやけてきて見えなくなる。そして私はどこかで、心にかかったままの霧を晴らせないでいるから、…あなたにぶつけてしまう言葉にも強がりが生まれる。
「っ何しに来たんですか……」
「……何って……だから、俺は全部事実を聞いた上で」
「慰めてなんて頼んでない……、今更情けなんてかけてこないでください…!!これ以上、私のこと惨めにさせないでっ……」
「はぁ……!?お前ちょっと待て、さっきから何言ってんだ、!」
「もう嫌……っ、土方さんと話したくない、!!心配しなくても手ぶらなんでその内帰りますからっ……早く行っ」
「っだから、テメェは人の話を最後まで聞けっつってんだよ!!そうやっていつも早とちりするから、こう喧嘩になんだろうが…っ、!!」
思えば前もこんなやり取りをした、と海馬の隅っこで蘇る記憶。だけどその時と明らかに違うのは………。
ここが道のど真ん中だということも厭わず、土方さんが私を強く抱き締めているという事実。
………目の前が隊服の黒でいっぱいに染まり、鼻に突き抜ける微かな煙草の残り香が、余計に私の目の奥に熱を持たせた。
道行く人のざわめきが、私達の異様な空気を物語っている。中には囃し立てたり、くすくすと嘲笑を向けてくる者もいる。……なのに土方さんの腕の力は緩むどころか、離すまいと私の呼吸を苦しくするばかりで。
「…朝宮の…、俺が抱き締めたとかいうアレは…確かに事実ではあるが、あれは不慮の事故だった。意図的に盛られた発言であるという事を理解して欲しい」
「………」
「………そして奴の本性を総悟から全て聞いた。洗いざらい全部だ」
「…………っ。」
「お前が暴漢に襲われた時に約束した筈だったのに、…本当に、いつも俺は肝心な時ほど…お前の気持ちを分かってやれない。
……辛い思いさせて、悪かった」
「…………っ、そんな、こと、もういいです……」
聞きたいのは謝罪の言葉でも、後悔の念でもない。
………私が今、あなたの腕の中にこうして居ていい理由、ただそれだけなの。
散々泣かされて、散々辛い想いをして、沢山悩んで、漸く辿り着いた答え。
それでも私にこの世界での居場所をくれたのは、紛れもなく土方さん、あなたしかいないから。
秋中の少し肌寒い夜風が、私達の袖を翻すように吹き抜ける。賑わう街の雑多、人の声なんてものはもう、私にとっては無に等しい。まるで今この場所には、私とあなたしかいない___そんな風に錯覚してしまうほど、とっくに私の五感は、あなたの事しか感じられないの。
ねえ、もうお互い、
…いい加減に素直になりませんか。
「…………好きです、っ土方さん……
私は、あなたが好き………」
___ゆっくりとあなたから身を剥がして、
私は精一杯、ありったけの想いを伝えた。
辺り一帯の空気が揺れる。秋風に二人の髪が靡く。
口に出してしまった想いは留まることを知らず、もっともっとって溢れてくるのに、上手く言葉には出来なくて。だけどずっと温めていたその『二文字』は、私の体の奥底からこの人に言いたいと叫んでいる。
「………っ好き、土方さん」
「ずっと前から好き……」
「あなたのことが……す、 」
「…………っ分かっ、たから、!もう、いい」
耳まで沸騰しそうな、満赤面の土方さんの熱すぎる手のひらが私の口を覆い隠すように塞いだ。
馬鹿の一つ覚えみたいに、譫言のように繰り返された『好き』の羅列に痺れを切らした土方さんは、いつものお得意のクセである大袈裟な溜め息を一つ吐きながら、じと…っとこちらを睨めるように視線だけ向けた。
「……っ大体なァ、流れとか空気っつーのを……もっと察すんだよこーいうのは!」
「え……、?だから、その流れと空気を読んで言ったつもり…なんですけど…」
「……ちげーよ!!!何処に女の口から先に言わせるバカが居んだよ、っつってんだ!!!」
「ここに居るじゃないですか!!私の目の前に!!」
「だーーーからテメェが読めてねんだろが!!!!流れ空気!!!!」
「えええ…!?」
もう照れと恥ずかしさのリミットブレイクで、なんかいつものキレ芸始まっちゃってる土方さん。理不尽に怒られていることに変わりはないのに、込み上げてくる笑いは止められなくて。
……ねえ土方さん、てことは、つまりは。
期待たっぷりにあなたの胸板に手をつき、上目遣いで見上げる。そんな私の顔を見て決まりの悪そうな表情を浮かべた土方さん。荒々しくV字の前髪をかきあげ、ごくりと上下する喉をこの目に捉えたその時。
______土方さんは、
今まで味わったこともないような穏やかな手つきで私の両頬を包み込み、
私の唇に、今まで募らせてきた全ての想いを込めたような口付けをひとつ落とした。
触れ合ったところから全身まで、一気に愛おしさが駆け抜けていくような甘くてあたたかいキスに、叶うことならずっとこのまま酔いしれていたい。そう思わずにはいられなかった。
「名前、……もう降参して、俺のモンになれ。
………俺の隣に居りゃ絶対に泣かせたりしねェから」
照れ屋で不器用で口下手で、ぶっきらぼうな彼が、勇気を出して伝えてくれた正直な気持ち。
きっと私はこの日を一生忘れはしない。
土方さんの言う通り。
この人の隣に居れば、本当に全てが上手くいくような気がしてくるから。
完。
(あの……土方さん?
肝心なあの二文字、まだ聞いてないんですけど)
(………ン?)
(惚けないでくださいよ!…私には散々言わせておいて)
(っ得意じゃねェって分かんだろ俺が、そーいう甘ったるいセリフは)
(ねーーえーーー!まだ好きって聞いてないー!!!好きって言わせるまで帰らないー!!!)
(このガキ………)
❀
「………何騒いでんだって聞いてんだ、だんまりかコラ。今まで達者に動かしてた口はどこに行った」
何ともまあベストタイミングで現れる土方さんだこと…逆に何も気付いてないとは信じ難く、もう持っているとしか思えない彼の嗅覚にも、これまた感服です。暫く放心状態だった私達だったが、遂にその状況を打破すべく朝宮ねねが口を開いた。さっきまでとは打って変わり、いつも通りうるうる水分の多い瞳。今となっちゃ最早狙ったあざとさの困り眉。……土方さんお願いだから、ここいらで早めに目覚まして下さい。
「土方さんっ……どうしようっ……!
私どうやらこの二人に嫌われてしまったみたいでっ……」
「おいおい馬鹿も大概にしときなせェ。いつまでそのキャラ演じるつもりですかィ?言い逃れ出来ねー証拠は揃ってるっつってんだろ」
「…話が見えて来ねェ、どーいう事だ」
「アンタのその鈍感レベルも脅威だな、…本当に気付いてねーのか?
…名前の様子がここ最近おかしかった理由。突然変な噂が流れ出し立場が危うくなった理由。
………全部、この性悪女が仕組んでたって事でさァ」
きっ、と土方さんを睨む様な鋭い目つき。握りっぱなしだった私の手を引いて、総悟は私と彼を向かい合わせた。 …上手く土方さんの顔が見れない。どんなこと言われるか分からない。だってこの二人、私が居ないところで既に仲は深まっていて、良い感じになっちゃってるかもしれないじゃん。てかもしかしたら付き合ってるかも。思い込みに耽っていたら、重力に耐え切れずぽたりと一筋の涙が落ちた。そんな私に追い討ちをかけるように詭弁を語り始める朝宮ねね。もう辞めてくれないかな。一体私があなたに何をしたっていうんだ。
「酷いです沖田さんっ…!!私そんなことしてな」
「………本当なのか、名前」
「…………へ、? 」
「……お前が倒れたあの日、何か言いたそうな顔してたのは分かってた。それが…あの時俺が聞いても答えなかった事実なのか?」
…大丈夫だから顔を上げろ、と諭すような優しい声。いつも人の気なんてひとつも分かってないような素振りのくせに、どうしてこういう時ばっかり分かっちゃうの…?土方さんの声に吸い寄せられるよう、ゆっくりと視線を交わらせる。
…そこまで分かってるなら、私の気持ち全部汲み取ってよ。私があなたにどうしようもないほど恋をして、もう後には引けないってこと。総悟でも銀ちゃんでもない、私がここまで心揺さぶられるのは___世界中探してもきっともうあなたしか居ない。
土方さんがぐっと両の拳を握りながら、いつになく真剣な顔で私の返事を待っている。…本当に言っても大丈夫なのかな。本当に土方さんは私を信じてくれるのかな。いつもはおちゃらける総悟ですらこういう時は大人しく出来るんだから調子狂っちゃうよ。それはまるで永遠にも思える時間だった。__意を消して、喉から事実を捻り出しかけたその瞬間、私の目の前には___
勢い良く土方さんの胸に飛び込む朝宮ねねの姿が、スローモーションのように映った。
「………おい。何の真似だ、」
「っ……土方さん、まさかこの二人の言うことは信じて、私の事信じてくれないなんて、そんなわけないですよね……?
忘れちゃったんですか…?
こんなふうに、優しく抱き締めてくれたのに……!」
「は…?…いや、お前なあれは」
______もう、全てがどうでもいい。
気付けば私は、その場所から逃げるように総悟の手を振り払って駆け出していた。
そうかもしれないとは覚悟していたけれど、やっぱり本人の口から聞くのは相当ダメージが大きい。
結局私は負けた、あの子が何枚も上手だった。だんだんと遠ざかっていく私を呼び止める声の主は総悟?土方さん…?涙でぐちゃぐちゃの顔を着物の袖で拭いながら屯所を飛び出す。門番係の隊士さんがただならぬ雰囲気を察して追い掛けて来ようとしたが、大丈夫です来ないでください!と叫んで、私は行く宛てもないままただひとりで、街灯だけが光るかぶき町の道を走るだけだった。
・ ・ ・
「名前!!!」
土方さんがテメーの胸に引っ付く性悪女を引き剥がして、名前を追い掛けようと身を乗り出した。ああ、本当にコイツらを見てると堪忍袋の緒が何個あっても足りねーや。最後の最後に修復困難な爆弾を落としていった今回の騒動の張本人は、白々しく目元に光る涙を拭いながら土方の行く手を引き留めている。………俺は女の目の前に立ちはだかり、ありったけの力で頬を引っぱたいてやった。別にそんな強くしてねェよ、女にしては手加減してねーって位でィ。
「っ………!!!痛っ…、」
「……これ以上俺に痛くされたくねーなら、その汚ェ手さっさと土方から離せよ。阿婆擦れが」
「………総悟、お前」
「アンタもモタモタしてねェでさっさと追い掛けたらどうなんです?俺が今から渡すこの女の悪事の数々を一分以内で全部理解しろ、分かったんなら行け。名前連れ戻すまで帰って来んじゃねェや腑抜け野郎」
ポケットに入れっぱなしだった、全ての証拠が揃ったとっておきの俺のスマホをぶん投げると、土方は反射的にそれを両手で捕まえた。言われるがままに開いてあった写真フォルダを凝視し、しばらくして奴の表情から困惑と疑問の念がスッと消えていく。___そこには流石の鬼の副長とも呼ばれる男。冷酷で無情な瞳が射るようにその女を見詰めていた。
「ひ、土方さん………?待ってください、それはフェイクで、 」
「…………総悟、コレ返すわ。あとコイツは」
「言われなくても分かってやす。アイツ連れ戻せなかったら今度こそ………本当にアンタのこと殺すからなァ」
「……………………行ってくる」
土方の手から薄い端末を受け取ると、俺は朝宮の手首を乱雑に掴んで手錠をかけた。気付けば土方の姿はもうそこにはない。……まあ好きな女のことになると速ェのなんの。だが俺のやる事は変わらない。悪事を働いた者には必ず粛清を下す。それが真選組の法度だから。
「っ待って、土方さ___」
「傷害に窃盗、恐喝侮辱…その他諸々ありますが。テメェには朝まで詳しく話聞かせてもらいやしょーか」
「はぁ……!?ちょっと何なのよ、こんな……外しなさいよっ!!!父上と母上に言い付けてやる……!!」
「まさに馬鹿は死んでも直らねェってな、自分のやった事に責任も取れねー小物が。ウチの敷居を跨いで悪事を働くってのはこういうことでさァ。存分に後悔させてやるよ」
若い女にこの仕打ちが気の毒だなんてちっとも思わねー。嫌々と抵抗する朝宮を取調室まで引っ張り込む。…こっちだってあの野郎に不本意ながらチャンスを与えちまったことで虫の居所が悪ィんだ、観念して大人しくしろ。
付け上がらせたくねェから口が裂けても言わないが、…俺ァ好きな女を自分の物にするより、…好きな女の幸せの為にこの身を粉にするってのも悪くねェなんて。いつの間にかアイツに絆されちまってたのは土方の野郎だけじゃなくて、俺も同じってことでさァ。
・ ・ ・
もうどれくらい歩いたのか分からない。
流石眠らない街新宿かぶき町。気付けば私の足は街中に向かっていた。煌びやかな夜のライトアップは、皮肉にも今の私の気持ちとは裏腹、いつもより光り輝いて見える。辺りはこんなに賑わっているのにどうして私は独りぼっちなんだろう。
すれ違う人の中に、私みたいに今にも泣き出しそうな人なんて一人も居やしない。感傷に浸るにはやっぱり場違いだったんだ、こんな賑やかな所は。財布も携帯も持たずに屯所を飛び出して来てしまったせいで、ヤケ酒も出来なければ迎えだって呼べない。可能性があるのだとすれば、総悟が私を追い掛けて来てくれた場合、それしかないわけで______
「………っ、お前なァ、逃げ足速ェんだよ、!……ったく、こんな遠くまで来やがって……」
ぐっと肩を引かれて振り返った先には、___膝に手を付き、肩で呼吸をしながら必死に私を引き留める土方さんの姿があった。
………何で。
総悟だと思ってたのに、そうじゃなかった。
土方さんが私を追いかけて来てくれた。
死ぬほど嬉しい筈なのに、息を切らしながら私を見つめる彼の姿がだんだんとぼやけてきて見えなくなる。そして私はどこかで、心にかかったままの霧を晴らせないでいるから、…あなたにぶつけてしまう言葉にも強がりが生まれる。
「っ何しに来たんですか……」
「……何って……だから、俺は全部事実を聞いた上で」
「慰めてなんて頼んでない……、今更情けなんてかけてこないでください…!!これ以上、私のこと惨めにさせないでっ……」
「はぁ……!?お前ちょっと待て、さっきから何言ってんだ、!」
「もう嫌……っ、土方さんと話したくない、!!心配しなくても手ぶらなんでその内帰りますからっ……早く行っ」
「っだから、テメェは人の話を最後まで聞けっつってんだよ!!そうやっていつも早とちりするから、こう喧嘩になんだろうが…っ、!!」
思えば前もこんなやり取りをした、と海馬の隅っこで蘇る記憶。だけどその時と明らかに違うのは………。
ここが道のど真ん中だということも厭わず、土方さんが私を強く抱き締めているという事実。
………目の前が隊服の黒でいっぱいに染まり、鼻に突き抜ける微かな煙草の残り香が、余計に私の目の奥に熱を持たせた。
道行く人のざわめきが、私達の異様な空気を物語っている。中には囃し立てたり、くすくすと嘲笑を向けてくる者もいる。……なのに土方さんの腕の力は緩むどころか、離すまいと私の呼吸を苦しくするばかりで。
「…朝宮の…、俺が抱き締めたとかいうアレは…確かに事実ではあるが、あれは不慮の事故だった。意図的に盛られた発言であるという事を理解して欲しい」
「………」
「………そして奴の本性を総悟から全て聞いた。洗いざらい全部だ」
「…………っ。」
「お前が暴漢に襲われた時に約束した筈だったのに、…本当に、いつも俺は肝心な時ほど…お前の気持ちを分かってやれない。
……辛い思いさせて、悪かった」
「…………っ、そんな、こと、もういいです……」
聞きたいのは謝罪の言葉でも、後悔の念でもない。
………私が今、あなたの腕の中にこうして居ていい理由、ただそれだけなの。
散々泣かされて、散々辛い想いをして、沢山悩んで、漸く辿り着いた答え。
それでも私にこの世界での居場所をくれたのは、紛れもなく土方さん、あなたしかいないから。
秋中の少し肌寒い夜風が、私達の袖を翻すように吹き抜ける。賑わう街の雑多、人の声なんてものはもう、私にとっては無に等しい。まるで今この場所には、私とあなたしかいない___そんな風に錯覚してしまうほど、とっくに私の五感は、あなたの事しか感じられないの。
ねえ、もうお互い、
…いい加減に素直になりませんか。
「…………好きです、っ土方さん……
私は、あなたが好き………」
___ゆっくりとあなたから身を剥がして、
私は精一杯、ありったけの想いを伝えた。
辺り一帯の空気が揺れる。秋風に二人の髪が靡く。
口に出してしまった想いは留まることを知らず、もっともっとって溢れてくるのに、上手く言葉には出来なくて。だけどずっと温めていたその『二文字』は、私の体の奥底からこの人に言いたいと叫んでいる。
「………っ好き、土方さん」
「ずっと前から好き……」
「あなたのことが……す、 」
「…………っ分かっ、たから、!もう、いい」
耳まで沸騰しそうな、満赤面の土方さんの熱すぎる手のひらが私の口を覆い隠すように塞いだ。
馬鹿の一つ覚えみたいに、譫言のように繰り返された『好き』の羅列に痺れを切らした土方さんは、いつものお得意のクセである大袈裟な溜め息を一つ吐きながら、じと…っとこちらを睨めるように視線だけ向けた。
「……っ大体なァ、流れとか空気っつーのを……もっと察すんだよこーいうのは!」
「え……、?だから、その流れと空気を読んで言ったつもり…なんですけど…」
「……ちげーよ!!!何処に女の口から先に言わせるバカが居んだよ、っつってんだ!!!」
「ここに居るじゃないですか!!私の目の前に!!」
「だーーーからテメェが読めてねんだろが!!!!流れ空気!!!!」
「えええ…!?」
もう照れと恥ずかしさのリミットブレイクで、なんかいつものキレ芸始まっちゃってる土方さん。理不尽に怒られていることに変わりはないのに、込み上げてくる笑いは止められなくて。
……ねえ土方さん、てことは、つまりは。
期待たっぷりにあなたの胸板に手をつき、上目遣いで見上げる。そんな私の顔を見て決まりの悪そうな表情を浮かべた土方さん。荒々しくV字の前髪をかきあげ、ごくりと上下する喉をこの目に捉えたその時。
______土方さんは、
今まで味わったこともないような穏やかな手つきで私の両頬を包み込み、
私の唇に、今まで募らせてきた全ての想いを込めたような口付けをひとつ落とした。
触れ合ったところから全身まで、一気に愛おしさが駆け抜けていくような甘くてあたたかいキスに、叶うことならずっとこのまま酔いしれていたい。そう思わずにはいられなかった。
「名前、……もう降参して、俺のモンになれ。
………俺の隣に居りゃ絶対に泣かせたりしねェから」
照れ屋で不器用で口下手で、ぶっきらぼうな彼が、勇気を出して伝えてくれた正直な気持ち。
きっと私はこの日を一生忘れはしない。
土方さんの言う通り。
この人の隣に居れば、本当に全てが上手くいくような気がしてくるから。
完。
(あの……土方さん?
肝心なあの二文字、まだ聞いてないんですけど)
(………ン?)
(惚けないでくださいよ!…私には散々言わせておいて)
(っ得意じゃねェって分かんだろ俺が、そーいう甘ったるいセリフは)
(ねーーえーーー!まだ好きって聞いてないー!!!好きって言わせるまで帰らないー!!!)
(このガキ………)